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異国の姫

        1

 ボルテックス邸の前で、ジョニーは立っていた。

 右頬に傷をつけてきた自警団の若い一人が因縁をつけてきたが、自己紹介をすると、屋敷の奥に逃げ込んでいった。

「ほう、そうか来てくれたか」

と、ボルテックスが屋敷から出てきた。筋肉で膨れ上がった巨体を、嬉しそうに振るわせている。

 右頬に傷をつけた若い男が、ボルテックスの背後から顔を出した。左頬を赤く晴らして、体罰を受けた証を見せていた。

「早速だが、今から仕事に行く。リコ、お前も従いて来るんだ。……その前に」

と、ボルテックスはジョニーを上下に見回した。ジョニーはボルテックスに観察されて、気分が悪かった。

「お前さぁ。武術をやっている割には、姿勢が悪いぞ。あと、服装も髪型もなってねえ。どんなに顔が悪くても、髪型がよければなんとかなるからな」

「黙れ。仕事と俺の顔面に何の関係がある?」

「いいか、自警団の仕事は、見栄とハッタリよ。出会い頭で勝負が決まるんだ。喧嘩強え、学校の成績が良い、そんなの二の次だ。パッと見で格上か格下か決まる。お前、喧嘩を売られやすい性質たちだろう? そりゃあ、そんなに殺気があるのに、そんなダサい服装ナリをしてちゃあ、舐められるってもんよ。とりあえずお前は、背筋を伸ばせ。堂々としていろ。女にモテるぞ」

 ジョニーは、セレスティナを思い返した。喧嘩を売られる理由と、セレスティナに相手にされない理由に共通点があったと聞いて、意外だった。

「……こうか?」

と、指示通り、背を伸ばした。上体がいびつに重ねた積み木のように不安定になった。「違う、それは単に背中を伸ばしているだけだ」

「背筋を伸ばせ、と貴様の指示だぞ?」

 往来で、覆面をかぶった大男と何を議論しているんだろう、とジョニーは思った。

「姿勢の良さは、頭の位置で決まるんだ。今のお前は、頭について何も考えていない。お前の後頭部に、空気の枕がある。あるという想定しろ。見えない枕にもたれかかれ、昔からカーチャンに怒られなかったか? アタマを使えってな」

 頭の悪い指示ではあったが、指示通りにする。

 後頭部に、存在しない枕があると、想像する。枕にもたれかかる。すると、顔がのけぞり、顔が空を向いた。

「で、顎を引け」

 顎を引く。不思議な感覚になった。いつもより、地面が遠く見える。どこにも力を入れていないのに、姿勢が良くなった気がした。

 姿勢を伸ばせ、とは、ビジーの母親に指摘された記憶がある。だが、背中や腹に力を入れても、なかなか上手くいかなかった。

 格闘技を普段やっていると、腰を落とす、つまり重心が下に落ちる癖ができる。どうしても前傾姿勢になっている。姿勢を正す、とは普段とは反対の筋力を使わなくてはならない。

「貴様、よくこんな手法を知っているな」

「子どもの頃、習ったんだよ。ま、こう見えても良家のお坊ちゃまだったんだ」

 ジョニーは驚かなかった。ボルテックスは普段の言動に似合わず、良家の出身だと知っている。兄のセロンも大神官の職に就いて、シグレナスの財政を管理している、ボルテックスは、今でこそ自警団の親分だが、決して無学の徒ではない。

「仕事とは、なんだ?」

「後で分かる。今は、お前の外見が、緊急の用事だ」

 ジョニーは、ボルテックスに従いていった。ボルテックスは肩で風を切り、シグレナスの街を歩いた。市民たちは、ボルテックスの風貌を見て、恐れおののいていた。顔を下げ、気配を殺し、混雑した道を開けた。

 不良たちが道の真ん中で、だらしない姿勢でたむろしていた。だが、不良たちは、ボルテックスの姿を確認すると立ち上がり、頭を下げて、無抵抗の意思を見せた。

「ここだ」

 ボルテックスが立ち止まった店は、散髪屋だった。

 男たちが椅子に座っている。頭を洗われている者、髪を切り落とされている者、様々だった。

 店の店主は、ボルテックスを見ると、他の客をかき分けて、椅子を用意した。店主は怯えた感情を作り笑いで隠しつつ、手を揉んで、ボルテックスに媚びを売っていた。

「くだらん。興味が無い。シグレナスの男が、髪がどうとかこだわるものではない」

と、ジョニーは引き返す動きを見せた。

「くだらなくても、仕事のうちだ。これから女に会うんだ。女の気を引きたければ、身だしなみには気をつけろ。変な髪型のお前を、俺は連れて行きたくない。金は出してやるから、さっさと切ってもらえ」

「女だと……?」

 ボルテックスは、ジョニーに誰か女を引き合わせようしている。

 ジョニーは、クリーム色の金髪……セレスティナの顔を思い返した。

 すぐに背もたれのない椅子に座った。先ほどボルテックスに学んだとおり、姿勢を伸ばした。

 椅子の前に、生暖かい湯の入った桶を置かれた。上体を前に倒され、頭を洗われる。

 髪に櫛を透され、毛が肩に落ちていく。

 最後に眉毛を、整えられた。

「次は服だ。仕立屋に行くぞ」

 支払いを済ませたボルテックスに従いていく。

 仕立屋に着くと、新品のトゥニカに着替えさせられた。トゥニカは二枚の合わさった布である。頭部と腕に相当する箇所に穴が開いている。頭からかぶり、腕を穴に通し、裾で太ももの下を隠してから、ベルトで腹部を締める。

 ジョニーが着ていたトゥニカとは違う。所々に固い素材糸が通っていて、身体の凹凸に合わせて、立体的な構造をしていた。

 銅の鏡に映る自分の姿が、逆三角形で、引き締まって見えた。

 これまで服に興味がなかった。ビジーの母親が買ってきた服を、ビジーと分け合って着ていた。外見が良か不良かは、母親の審美眼に掛かっていた。

「羽織り物も買おう。ボルテックス、もっと金を寄こせ」

と、ボルテックスに注文した。理由は忘れたが、何か上に羽織り物が必要だと、占い師が助言していた記憶がある。

「お前、意外と図々しい奴だな。おい、親父。マントだ。マントをこいつにやってくれ。赤はいらんぞ。赤は戦争を意味する。何色がいいかな。白が良い。青は駄目だ。白だ、白。この店で一番、お洒落な奴を持ってこい」

 店主らしき丸い頭の中年が、店の奥に行って、くるまった布を持って帰ってきた。

「白が一番安いんだよ」

と、店長がジョニーに耳打ちをした。マントの両端にはバッジがついていて、ジョニーの両肩に固定した。

「マントはいつでも取り外しが可能だ。使い道はいろいろあるが、まあ大切に使えや」

と、店長が、ジョニーの背中を優しく叩いた。

 ジョニーは銅の鏡に自分の姿を映して、マントが翻させた。

「悪くはない」

と、気に入った。

 髪型も良くなった。ジョニーは、ボルテックスが愚かな存在だと評価していた。だが、ジョニーの外見が遙かに向上した様子から、ボルテックスの評価が少しくつがえった。

「なんだか腹が減ってきたな。メシにしよう。俺の行きつけだ」

と、ボルテックスに定食屋まで連れて行かれた。次から次へと店が変わる。

 ボルテックスがカウンターの前の椅子に座った。ジョニーは、ボルテックスの隣に座った。卓には、半球形の穴がくりぬかれている。

 ボルテックスは机を叩いて、がなり立てた。

牛倒酒ブルキラーだ! ジョッキ三杯で持ってこい」

 中年の女が大きな杯を三杯抱えて持ってきた。ボルテックスの卓に並べた。鼻孔を熱で焦がすような匂いに、ジョニーは眉をしかめた。

「リコ。最高の酒だ。お前も呑むか?」

と、ボルテックスは舌なめずりをしている。

「俺は酒をやらん」

 ジョニーの返事を聞き終わる前に、ボルテックスは、ジョッキを煽った。旨そうな音を立てて、喉を鳴らしている。

「うめぇ!」

 ボルテックスが空の大杯を机に叩きつけた。

 ボルテックスの呑みっぷりに、周りの客がざわついた。

「なんて奴だ……! 牛が一滴でも舐めたら卒倒する、牛倒酒ブルキラーを一気飲みしやがった!」

 気づけば、三杯ともに空になっていた。

 客の驚愕を無視して、ボルテックスは口からこぼれる酒の残りを、太い腕で拭き取り、深いゲップをした。

 店の料理人が、机の穴に、炙り焼きした鶏肉と野菜が注ぎ込んだ。

 棒状になった小麦粉をゆで汁から出して、放り込む。

 ボルテックスは、匙で、野菜と小麦粉の麺を混ぜて、すすりはじめた。

 ジョニーの前にも同じ料理が注がれる。ボルテックスを真似た。

 脂っこくて、旨みはある鶏脂が、麺に絡まっている。野菜の甘みが後に追いかけてきた。

「旨いだろう? 俺のお気に入りの店だ」

と、ボルテックスが自慢した。ジョニーは、あえて無視をした。悔しいが、美味である。

「あれ、ボルテックスの旦那、いつもの別嬪べっぴんさんは?」

と、料理人が素っ頓狂な声を出した。長い付き合いらしく、ボルテックスを怖がっていない。

「レダか? ……別れたよ」

と、ボルテックスは不機嫌な声で返事をした。

「なんですか、また浮気がバレたんですかい?」

「違ぇよ、女のご機嫌はお天気なんだ。コロコロ変わって当たり前」

 ボルテックスが匙で空中に絵を描いた。

 フリーダこそ、ボルテックスの浮気相手ではあったが、ボルテックスがフリーダと別れた事実に、ジョニーは意外に思った。

(ボルテックスに子どもが生まれた、と聞いたが、関連性はあるのか……? 確かな原因は分からんが、セルトガイナーにとってしてみれば、朗報だな)

と、ジョニーは赤毛のセルトガイナーが、遠慮がちな表情でフリーダを見ている様子を思い浮かべた。

「次のお相手は、隣の若い衆ですか?」

と、店主がからかうと、ボルテックスは、麺を吐き出した。

「馬鹿、黙れ、気持ちの悪い想像をするんじゃない」

と、ボルテックスは手を振って蠅でも追い払う仕草をした。ジョニーも、一時食事を中断するほど、気分が悪くなっていた。

        2

「メシも食ったし……。これからが本番よ」

 ボルテックスは、奇妙な門の前に、足を止めた。

「何をするんだ?」

 ジョニーは、異国風の門を眺めた。屋根と柱が赤く、屋根の上にさらに屋根があった。シグレナスではあり得ない構造をしている。

「勧誘、かな」

 ボルテックスが、奇妙な門をくぐった。

 木造の風変わりな屋敷であった。屋根や柱は、門と同じく赤で塗装されている。

 屋敷まで歩くのに、庭を通る必要があるのだが、どこからか楽器の音が聞こえる。竪琴に似ているが、何かが違う。

 庭の一部には、池があった。庭の途中に、また奇妙な門があった。門は壁や屋敷から独立している。赤く塗装されていた。

「なんだ、この門は? 壁も家もないのに、どうしてここに門がある?」

と、ジョニーは建築家の頭脳を疑った。まったく無意味な構造である。

 ボルテックスが説明した。

「これは、鳥居と呼ばれる。異国ではこの門を神が通る、という言い伝えだ。通るときは、神に失礼がないように、手を叩いて、お辞儀をするらしい」

と、ボルテックスは手を叩きながら、お辞儀をした。手を叩いたまま、鳥居を通過する。

 ジョニーは、真似はしなかった。ボルテックスの挙動を見ていて、馬鹿馬鹿しくなったからだ。異国の風習かどうかは知らないが、ここはシグレナスなのである。従うわれはない。

 池の中央に、小さな島があった。池まで丸みを帯びた橋があり、島の中央には、不思議な社があった。

 池を覗くと、水面に、たくさんの魚が泳いでいる。

 赤や金色の、見慣れない魚であった。

 ボルテックスが自慢しているかのように説明した。

「これは、鯉、と呼ばれる魚だ。異国では、屋敷で家族が子どもたちの成長を願う日がある。池で育てた鯉を家族で食べて、食べ終わった骨を屋根より高く飾るという。この儀式を“鯉のぼり(ライジングカープ)”という。格好いい名前の風習だろう?」

「知ったことか」

「手を叩くと集まる。その習性を生かして、捕まえる」

と、ボルテックスは池の前でしゃがんで、手を叩いて音を鳴らした。鯉たちが集まってくる。

「手を叩くの好きだな」

「集まった鯉は、食っていいのかな?」

「駄目だろう」

と、ボルテックスと問答をしていると、声をかけられた。

「ようこそ、おいでくださいましたえ」

 白く顔を塗りたぐった、太った女が現れた。

 異国風の着物を身体に巻き、黒い髪を、頭の真上に巻いて結んでいる。巻かれた頭には、見慣れない色を放つ櫛が通されていた。

「おお、貴女が、この屋敷の主かい?」

「いいえ、私は、ゲイシャ・ハラキリ。こちらでは女中をしております。姫様は、お琴の時間でございますの。姫様をお呼びしますので、さあさ、お白州に」

 庭を迂回して、屋敷の裏に通された。屋敷の裏庭は、地面が白かった。

 ジョニーがよく観察すると、白さは小さい石の集合体であった。

 白い庭には、椅子が用意されていた。

 ジョニーたちが座ると、音楽は止まった。

 白い庭から、木造の部屋が見える。部屋の扉は開閉式で、外からでも内部がよく見えた。木と紙で作られた、奇妙な部屋である。

「姿勢を良くしておけよ」

と、ボルテックスが命令してくるので、ジョニーは姿勢を正した。

 ハラキリが部屋の中に入ってきた。太鼓の前に立ち止まる。

「姫様のおな~り~」

 ハラキリが腹から声を出し、太鼓を叩き始めた。本当に打撃系が好きな屋敷だ、とジョニーは思った。

 部屋に奇妙な出で立ちの女性が入ってきた。長くて複雑な形をした着物を着ている。

 長い裾を床に這わせている。ハラキリの打音に合わせながら、時間をかけて、部屋の中央に辿り着いた。

 床に直接、座る。シグレナスでは考えられない行動である。だが、着物には、一つも皺ができていない。

 姫様と呼ばれた女は、結ばれていない黒い髪をそのままに、背中に流している。

 眼は糸のように細く吊り上がり、眉毛は丸く剃られていた。顔は白く、頬に紅を丸く塗っていた。

 長い袖で顔を隠す。

「レディ・ゲンジ。お初にお目に掛かります。手前はボルテックス商店の会長をやってもらせています、ライトニング・ボルテックスと申します。手紙ではよく話をさせてもらっていますね」

と、ボルテックスが自己紹介をした。普段とは違って、丁寧な話し方をする。

わらわがアシノ国王女のシズカ・ゲンジじゃ。田舎暮らしも不便でのう。ボルテックス。数々の贈り物、喜びの至りじゃ」

と、シズカは長い袖から顔を出し、口角の一方を引き上げ、笑顔を見せた。

 また変な人が増えた、とジョニーは思った。

「して、今宵は、妾に何の用じゃ? これだけ贈り物をいただいたのじゃ。なにか見返りを求めているだろうて」

と、狐のような瞳でボルテックスを品定めしている。

「今度、我々自警団は、ガレリオスの古代遺跡をあばききます」

「面妖な。あれは、ヴェルザンディの領土じゃ。シグレナスのそちたちが暴れでもしたら、ただでは済まされんぞ?」

「かまいません。大いに暴れてやるんです。連中が見ていないところで、ですけどね。……今回、レディ・ゲンジに拝謁はいえつたまわったのはですね、この冒険クエストに、お力添えをいただきたいからです」

「シズカで結構じゃ。……アシノ国は亡国ぞ? 亡国の王女である妾に、何を求めるやら?」

「シズカ姫。俺は、貴女の戦闘能力が欲しい。今回の戦いは、かなり厳しい。中途半端な戦力だと死人が出ます。俺は死人を出したくないんです」

「か細い女の妾に、何ができようぞ?」

「シズカ姫には、これを使っていただくだけで充分です」

と、ボルテックスはどこからともなく弓を取り出した。

 ジョニーは、ボルテックスの弓が、ただの弓でないと気づいた。強力な兵器であると、一瞬で見抜いた。シズカもジョニーと同じ感想らしく、前のめりになって、ボルテックスの弓に興味を見せた。

「やや、ちこう寄れ。妾にその弓を捧げよ。苦しゅうない。近う寄れ」

 ボルテックスは席を離れ、うやうやしい態度でシズカに弓を捧げた。

 シズカが弓を引いた。弦を引けば引くほど、弓に黄金の光が集まっていく。弓の周りに集まった光が、眩しく輝いている。ジョニーは眩しさから手のひらで自分の視力を守った。

「この弓はなんじゃ? 霊力を込めれば込めるほど、光が強くなるぞ?」

「サールーンの日輪弓ボウ・オブ・サンと呼ばれています。シズカ姫、貴女の霊力であれば、強力な一撃を放てるはずです」

「なんと、見事な一品じゃ……。妾は、どんな仕事をすればいいのかえ?」

と、シズカは興奮した口調で質問した。

「これを、当ててやりたい奴がいます。……ヴェルザンディで一番強い奴は、空を飛びます。もしも、奴と戦う羽目になったら、シズカ姫には撃ち落としていただきたい」

「ほほう。ボルテックス商店、おぬしも悪よのう。……だが、しばらく貸してもらうぞ。いくさの前に妾は稽古をしたくてな。かような弓に出会うとは、喜ばしい限りじゃ」

と、シズカは喜んだ。ジョニーはシズカの精神構造がよく分からない。

「お貸ししますよ。このボルテックス商店は、アシノ国再興にお力を貸します」

「うむ。妾の夢は、お家再興じゃ。シグレナスの田舎者どもに、アシノ国の威光を示してくれる」

と、シズカは頬を紅潮させていた。シズカは、ジョニーに気づいた。

「ところで、隣の若武者は何者ぞ? 鋭い眼光、まっすぐと伸びた背筋。それに、その立派な出で立ち。……こやつ、ただものではない。まさか……?」

「まさか?」

と、ボルテックスがジョニーを見た。

「ボルテックス、そちの恋人かや?」

「やめろ、気持ち悪い。俺はこの男を好きになる要素がない」

 今度はジョニーは立ち上がって怒った。

「どうも片思いじゃのう、ボルテックスよ」

と、シズカが長い袖で口を隠して笑っている。

「こりゃあ、姫様に一本とられたわ」

と、ボルテックスは肯定も否定もしなかった。

 帰り際に、ハラキリから、異国風の箱を渡された。

 箱と蓋が赤い紐にくくられている。箱の側面には、波立つ海を思わせる風変わりな絵が描かれていた。

玉手箱トレジャーチェストです。客人に渡す習わしがあります。ですが、絶対に開けてはなりません」

「じゃあ、渡すなよ」

と、ジョニーは自分の思いを口に出した。

 シズカとハラキリに別れを告げて、屋敷の門から出た。

「なあ、この玉手箱、開けようぜ」

 シズカの屋敷から離れて見えなくなった位置で、ボルテックスが提案してきた。子どものように興味津々である。

「やめとけ。開けるな、と禁じられていただろう」

と、ジョニーが止めたが、ボルテックスは玉手箱を開けた。

 箱から紫色の煙が出てきた。箱の中身には、何もなかった。

「なんだったんだ?」

と、ジョニーは疑問に思った。煙は空中に霧散したが、割と良い香りを残していた。

「……からかわれたんだろう」

       3

 ボルテックスと別れて、自宅に帰ってきたジョニーはビジーに出来事を報告した。

「どうしてボルテックスは俺を連れて行ったのだろう?」

「多分、そのお姫様を射止めるには、人選が必要だったのさ」

 ビジーは、ジョニーの変化した姿を上下に見て、応えた。

「人選? ……どういう人選だ?」

 ビジーの考えが理解できない。ジョニーの疑問を無視している。

「ジョニー様、格好いい。どうしたの? どうして、こんなに格好良くなったの?」

と、パルファンが、ジョニーの姿を見て、飛び跳ねた。

「やめろ、見世物ではない」

「どこかの王子様みたいよ」

 まとわりつくパルファンから、ジョニーは身を避けた。

「これだったら、恋人ができるかもね」

と、ビジーが笑った。

「恋人……。そうね、マミラにも恋人ができたし……」

と、パルファンは自分の手を合わせて、目を輝かせている。

 恋人、と聞いて、ジョニーの思考が切り替わった。

 セレスティナに会うまで、外見を維持したくなった。

「パルファン、髪型や眉毛の手入れをしたいんだが、やり方を教えてくれ」

 もっともお洒落そうな人物に依頼する。

「はい、やります、やります!」

 パルファンが嬉しそうに、ジョニーに頬を寄せる。ゆるふわな髪が、ジョニーの耳をくすぐった。

「ん……。良い匂い。ジョニー様、どうしたの?」

と、パルファンは目をつぶって、ジョニーの周りを嗅いだ。

「おそらく、玉手箱のせいだ」

「……玉手箱?」


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― 新着の感想 ―
[一言] ケンカではなく、恋愛の要素が色濃く出ている今回の章はとても、おもしろかったです。 ケンカや戦うばかりが人間ではない!と思いました。
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