占い師
1
数日が経った。
マミラはビジーの邸宅に戻らなかった。朝食を摂るためにジョニーたちは、“戻りし者”に集まっていた。
「ポーリーさんのご遺族は、誰も名乗り出なかった。お店は、おいらたちの所有になるからね」
と、ビジーが、満足げな表情で、マミラに報告をした。
マミラの瞳が輝いた。マミラの隣に、クルトが座っている。クルトに、うっとりとした視線を移す。クルトは穏やかな表情で、愛情を込めた視線を送り返していた。
いつの間にか、“戻りし者”にクルトが住んでいた。一緒に食事を摂るまでになっていた。ジョニーは喧嘩相手と食事をする気まずい状況に、眉をひそめていた。
「レイ・ブランディールは出てこなかったのか?」
カーマイン裁判のとき、セレスティナの隣に立っていたオオカミ顔の霊落子を思い返した。あの霊落子こそレイ・ブランディールではないのか、とジョニーは推理していた。
「出てこなかったよ。ポーリーさんの相続問題は、これで解決済み。次はパルファンの裁判だから」
ビジーは朝食を終えると、パルファンとプティを連れて、意気揚々と法律家の元に向かった。
ジョニーは、レイ・ブランディールらしき青い狼の霊落子を見た、と、ビジーたちに伝えそびれた。解決済み、というビジーの発言に、もう必要のない情報ではある。
だが、何かが引っかかる。
ジョニーは思った。何か重大な見落としをしているような気がする。
この感覚は一度や二度ではない。たいてい良からぬ事態が起きる。
「リコ……。ツラ貸せや」
と、クルトが凄んできた。路地裏に連れて行かれる。
ジョニーは、一瞬でクルトを撃退した。クルトは地面の上で何かの虫のように悶えていた。 この風景は、皆で摂る朝食と同じく日課になっていた。
「貴様では俺に勝てん。諦めろ。……マミラの手伝いでもしてやったら、どうだ?」
クルトは“鉄兜”に変身して、自身の怪我を治した。
ジョニーは拳を振った。クルトを殴りすぎて、拳が痛い。
(俺は治らないのに、自分ばかり怪我を治して、卑怯な奴だ)
と、ジョニーは口を尖らせた。クルトを殴っても、ジョニーは何も得しない。
「負けねえぞ。誰が諦めるか。リコ、いつかは俺様の強さにひれ伏す結果になる。俺様に命乞いをしても、知らねえからな」
と、捨て台詞を残して去って行った。この台詞は、何度も聞いた。ジョニーはすべて覚えている、と自負があった。
クルトは夕食になるまで、店に戻らない。ジョニーは、クルトが道場で修行している、と知っていた。クルトの動きは日々、洗練されていっている。
(もう少し強くなったら、戦いを申し込めば良いのに。毎日来て、よく飽きないな)
路地裏を出ると、男たちが屯して仕事の休憩をしている。口に酒の入った革袋を口につけている。
「なあ、聞いたか。皇帝陛下は、海軍に軍備を増強させているみたいだぞ。セイシュリアとの戦争を始める気か」
「あの皇帝は無能だ。現代の戦いでは、霊骸鎧による陸地が主戦場なんだ。海軍に力を入れなど、税金の無駄遣いだ」
「戦争になっちまえば、シグレナス市民が苦しむだけだ……。早くいなくならねえかな、あの皇帝」
「シッ。声がでかい」
裁判といい、喧嘩といい、戦争といい、どこでも世界は戦いに取り囲まれている。
ジョニーは店に戻り、自分の拳を水で冷やした。
「どうしたの? またクルトさんと喧嘩したの?」
マミラがパンの焼き具合を見ながら声をかけてきた。
「クルトはいつも俺に喧嘩をふっかけてくる。どうにかならんのか?」
「クルトさんは、ジョニーさんが大好きなのよ。友だちになってほしいから、ちょっかいを仕掛けてくるのよ」
「俺に殴られたら、友だちになれるのか? 奴は、変わった趣味をしているな」
「ジョニーさんにかまってほしいって、クルトさんは可愛いと思う。ジョニーさんって、人を寄せ付けないところがあるけど、どこか放っておけないところもあるからね。ジョニーさんも可愛いから」
マミラが、暖かく微笑んだ。
可愛い。
意外な評価に、ジョニーは首をひねった。
「ごめんよ。リコちゃん、いるか?」
覆面をした男、ボルテックスが、調理場に入ってきた。
マミラに部屋を借りて、ジョニーは机と椅子をボルテックスに提供した。
ビジーの母親が、杯と瓶を持ってきた。
サラはビジーの母親に背負われている。ボルテックスと目が合うと、不思議そうな表情をしている。
「子どもは、可愛いな」
と、ボルテックスは、サラに手を振った。サラは無邪気な顔で笑った。
(いつものボルテックスではない……)
と、ジョニーは腕を組んだ。痩せた感じがする。体格的には痩せてはいないが、余計なモノが取り除かれた気がする。いや、ビジーに執筆の仕事を依頼した前回も、どこか余計なモノがなくなっていた。
態度にも違いが出てきている。いつものボルテックスであれば、机の上に脚をのせるのだが、今日は両足を揃えて座っている。背筋を伸ばして、堂々としている。
「ボルテックス、貴様の子どもは、どうなった? 無事に生まれたのか?」
と、ジョニーは、マリア・ボルテックスを思い返した。ボルテックスの妻で、大きなお腹をしていた。
「ああ、無事に生まれたよ。俺に似て、可愛子ちゃんだよ。……男の子だ」
ボルテックスから可愛い男の子が生まれてくる状況は、まったく想像できなかった。
声に優しさが籠もっている。自分に子どもが生まれた幸せ感を味わっているかのようだ。
「今日は、何の用だ? ビジーは出かけているぞ」
「リコ。今日は、お前に用事があって来た。……仕事を持ってきたんだ」
「またか。貴様は、次から次へと仕事を持ってくるのだな。貴様の話は、いつも碌な結果にならん」
と、ジョニーは肩をすくめて呆れた。
無茶苦茶な言動を繰り返し、いつも周りを引っかき回し、自分は一切責任をとらないボルテックスではあったが、金儲けのネタを見つけてくる。営業能力だけは高い。
「まあ聞けや。シグレナスの西には、ガレリオスという田舎がある。このガレリオスはヴェルザンディの領地になっているんだよ。飛び地って奴だ」
「シグレナスの大陸のど真ん中にあるのにか? ……どうしてガレリオスはヴェルザンディの領地になったのだ?」
「昔、シグレナスとヴェルザンディが戦争をした。結局はシグレナスが戦争に負けて、ヴェルザンディが領土を要求してきた。割譲って奴だ。ガレリオスをまるまる差し上げたってわけよ」
「そんな面倒くさい戦利品を、ヴェルザンディがよく納得して受け取ったな」
「シグレナスの外交が上手かった、と説明されている。ヴェルザンディは渋々受け入れたらしい。でも、シグレナスにとって、自分の領土に他国があるとは、気分は悪いわな」
「その飛び地のガレリオスがどうしたのだ?」
「……ずっと昔に古代遺跡が見つかったんだ。どうも、シグレナスから追い出された魔王が、隠し持っていた城だったらしい。火山灰に埋もれていて、なかなか姿を見せなかったんだ。そりゃあ、もうシグレナスは大騒ぎよ。知らなかったとはいえ、そんな重要な文化遺産をヴェルザンディに明け渡しちまったんだからな。そこで、毎年、シグレナスとヴェルザンディと共同で、学術研究が行われるようになった。研究者を派遣して、共同で古代遺跡の調査をやっている」
「それは、平和な話だな。世間では、戦争が起きるとか起きないとかで持ちきりだぞ。……セイシュリアを怒らせた理由かは知らないし、誰のせいかも知らないがな。次に怒らせる相手は、ヴェルザンディなのか?」
「いいや、決して平和目的じゃねえよ。古代遺跡の調査なんて、名目にすぎんよ。ヴェルザンディ本国から、調査隊と名付けられた軍隊をガレリオスに派遣する。シグレナスの領土を踏み越えて移動するわけだ」
仮想敵国ヴェルザンディが、シグレナスの領土を横断している映像をジョニーは想像した。意気揚々と進むヴェルザンディの調査隊が過ぎ去るまで、シグレナスの住民は目を伏せて、いつ牙が向いてくるかもしれない恐怖を耐えていかなければならない。
「それは、シグレナスの面子が丸潰れだな。なぜヴェルザンディが飛び地ガレリオスを選んだか分かってきたぞ。シグレナスとしては、調査隊を送る利点は何なのだ?」
「見張りだよ、見張り。ガレリオスに砦でも立てられたり、戦争の準備をされたりしては、シグレナスにとって困った話だ。軍事力を増強していないか、見張りをする必要があるのさ。……飛び地ガレリオスは、ヴェルザンディの前線基地だ。だから、飛び地の割譲は、決してヴェルザンディにとって不利益じゃねえんだ。お前の予測通り、間違いなく、セイシュリアが攻めてくる。セイシュリアとヴェルザンディが組まれると、どうなる? 内と外からの挟み撃ちよ。シグレナスにとっては厄介な話だよな」
「ふん、学術研究とは名ばかりで、代理戦争なのだな。……ボルテックス。どちらかというと、貴様は反体制側の人間だ。皇帝を嫌っていると公言していたな。それなのに貴様が、帝国のため、皇帝のためになる仕事を見つけてくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「……いろいろ事情が複雑なんだよ。金になりゃあ、生きていくためなら、皇帝だろうと霊落子だろうとお構いなしよ。それに、戦争が起きれば、俺たちの商売が大変になるからな。……帝国もセイシュリアとの緊張関係から、余計な兵力を割けないんだよ。民間の霊骸鎧を募集していたから、俺が名乗り上げたら、採用されたってわけ」
「それは、幸運だな。せいぜい頑張れよ」
と、ジョニーは冷たく断った。
平和で怠惰で、生ぬるい時間に飽きていた。未知の強敵と命の削りあいを想像すると楽しくてたまらない。
だが、気になる問題が残っていた。前回の冒険で、ボルテックスの子分たちに一度は殺されかけている。謝罪の一言もない。子分のうち数人が謝罪をして和解はしたものの、約一名クルトだけが未だに喧嘩を現在進行形的に売ってくるのである。
ボルテックスに対して、素直な心情は抱けなかった。
「帝国から一人、研究者が派遣される。聞いて驚くなよ。その研究者は……」
「知ったことか。勝手にしろ。俺はもう出かけるぞ」
と、ジョニーは立ち上がった。
「……セレスティナだよ」
ジョニーは立ち止まった。胸の奥底から、優しくて甘い感覚が巻き起こった。
「いつも皇帝の傍にいる、あの若い女だ。俺の兄貴、セロンと一緒に大神殿に住んでいる。……忘れちまったか?」
「覚えているぞ。あの女がどうした?」
と、ジョニーは何事もないかのような態度をとって座り直した。
「セレスティナが来るんだ。俺たちの仕事は、セレスティナの護衛だ」
はい、行きます。
と、ジョニーは、即答したくてたまらなかったが、できなかった。自分がセレスティナを好きである、とボルテックスに知られてしまう可能性があるからだ。
「どうした。様子が変だぞ」
と、ボルテックスが顔を近づけた。
「リコちゃんさあ、お前さんは、こんなパン屋で働いて良いタマじゃねえ。もっと広い世界に飛び出して、大暴れしなきゃな」
「おかげで、殺されかけたぞ。……誰かの子分どもに、な」
ボルテックスに皮肉を返しながらも、どこか嬉しかった。むしろ、セレスティナと引き合わせてくれるボルテックスが、善人に見えてきた。
本心では、ボルテックスに頼まれなくても冒険したい気持ちでいっぱいだった。
パン屋に居場所も仕事もない。日課と言えば、せいぜいクルトが喧嘩を売ってくるくらいだ。
不定な輩はいつでも店に現れる。用心棒が必要だが、クルトがいれば十分だ。
前回の戦いで、ジョニーは。外に出て、冒険の旅に出ると楽しいと感じた。
死にかけたが、命のやりとりに、胸が熱く鼓動する。胸の高鳴りが自分らしく生きている、という実感があった。
「報酬を支払うから」
ボルテックスの提案にジョニーは心を動かさなかった。
平民になると、税金を払わなくてはいけない。自分の生活費を稼ぐ必要があるが、奴隷のままでいるつもりだった。それよりも実感がほしかった。
セレスティナの存在が気になる。だが、セレスティナの存在が邪魔をして即答はできない。
「どうだい、リコちゃん。参加するかい?」
「……考えておく」
「考えておくとは、行きたくない、という意味だぞ」
と、ボルテックスは困った声を上げた。行きたくないという方向に持って行かれても、ジョニーとしては困る。だが、ジョニーは黙っていた。
「また来るよ。……俺は、いや、俺たちはお前が必要なんだ」
ボルテックスは神妙な態度で、店から出て行った。“憤怒の女神”エレナから呪いを受けた影響なのか、他に何か理由があるのか、ジョニーには分からなかった。
ただ、セレスティナに会えると考えて、ビジーの母親やマミラたちが見ていない位置で喜んだ。
2
ボルテックスが去った後、入れ替わりにビジーが戻ってきた。
「というわけだ。……ビジー、貴様もボルテックスの誘いに乗るか? 貴様も来るなら、俺も行く」
ジョニーは、ビジーを誘った。ビジーの後に仕方なく従いてくるだけで、決してセレスティナに会いたいわけではない。いや、会いたくて仕方がない。
ビジーは首を振った。
「いいや、おいらは行かない。もうボルテックスに関わりたくない。それに、おいらは、やりたい仕事を見つけたんだ。……おいら、ガルグになる」
ガルグ。
ヴェルザンディで認められた学者を意味する。
ビジーの両目は輝いていた。ビジーが希望に満ちた表情をしている状況を、ジョニーは初めて見た。
「でも、ガルグになるには研究題材がなににするか決めていないんだよなぁ。ジョニーの兄貴、なにかないか?」
「俺に聞くな」
と、ジョニーは天を見上げた。学者など、ジョニーにとって遙か遠い雲のような存在に思えた。
ビジーは自分らしい生き方を始めている。パン屋のマミラに関しては、現在進行中である。しかも、もう恋人もできた。
(それに引き換え、俺は何をしているのだろう)
と、ジョニーは思った。無為な日々を過ごして、胸の中で劣等感がとぐろを巻いている。
ビジーが話を続ける。
「おいら、この前の冒険に参加した理由は、パルファンの前で格好をつけたかっただけなんだ。けど。おいら、戦いや冒険に向いていない。おいらは、おいらなりに好きで得意な仕事を頑張る。好きで得意な仕事って、居場所って、自分で決めて良いんだと思う。ずっとおいらは、誰かの評価ばかり気にして生きてきた。でも、それじゃあ上手くいくはずがないよ。……だから、ジョニーの兄貴も兄貴の頑張る場所、好きな場所を見つけなよ。多分、戦いの場所だと思うけど。それに、セレスティナに興味があるんだろう? だったら、なおさら行きなよ」
好きな場所、得意な仕事……。
「分からん。俺はどうすればいい?」
ジョニーは立ちくらみをした。
「どうすればいいかだって? そんな心配はいらないよ。だって、兄貴がどうしたいか、が大切なんだもの。船に乗るか、馬に乗るか、そんなの目的地が決まれば分かる話だからね。どこを旅したいんだい? 陸続きの最果てかい? それとも、海の向こう側かい?」
と、ビジーが目を伏せて、静かに杯に口をつけた。
(セレスティナと恋人関係になりたい)
と、ジョニーは自分の目的地を想像した。嬉しさと不安が同時に来た。
(俺は、何の取り柄もないただの奴隷だ。身分が違いすぎる。それに、好かれる要素が自分には何一つとしていない。セレスティナに会ったら、失望されるかもしれん)
ジョニーは考えをやめた。
「できない。できるとは思えん」
「できるかどうかだって? これからの人生がうまくいくなんて、誰にも分からないよ。自分の思い通りに生きるなんて、皇帝陛下にでもならない限り、この世界で無理だよ。でも、陛下だからといって、降る雨を止ませたり、天地をひっくり返したりなんて無理だろうね。結局、おいらたちは誰かの奴隷にすぎないんだよ」
「誰もが誰かの奴隷だとすれば、皇帝は奴隷の頂点になるな。では、奴隷の俺は、なんなんだ? 奴隷の中の奴隷だぞ? そんな奴に何を決められる?」
「奴隷でも、解放されて市民になった人もいる。兄貴が良ければ、おいらはいつでも兄貴を奴隷から解放するつもりだ」
ビジーが暖かく応えた。
ビジーは本気で、ジョニーを解放奴隷にして、市民権を与えたいのだと、ジョニーには分かった。
「できるできない、を考える前に、やりたいかやりたくないかを、自分の心に聞いてみてはどうだい? やりたい目標を達成するまで、諦めないで頑張ってみなよ。……でも、兄貴なら、なんでも叶えてしまいそうな気がするなぁ」
ジョニーはクルトを思い返した。
クルトはジョニーに勝つために、何度も喧嘩を挑んでくる。
(セレスティナに会いたい)
自分の心に聞くまでもなく、ジョニーの中では決まっていた。
ボルテックスの仕事に乗る。
そうすれば、セレスティナと一緒にいられる機会が増える。
「おっ。兄貴。笑顔になったね」
と、ビジーが眼を細めて喜んでいる。
ジョニーは焦った。ビジーに、真意が悟られているかもしれない。
ジョニーは腕を組んで考えた。
もし仮に、セレスティナに会ったとして、何を話せばいいのだろう?
「ビジー。もし好きな女が隣にいたら、貴様はどうする?」
軍師ビジーに意見を求めた。
ビジーは、不意に殴られたような表情をしたが、すぐにパルファンを視線で追いかけた。
「好意を伝える……かな。おいらの場合は、もう無意味だけど」
「好きな女に近づくには、どうすればいいと思う?」
「それを、おいらに聞く?」
と、ビジーが眉をひそめた。
「そんなにセレスティナが気になるの?」
「違う。例えばの話、だ」
と、ジョニーは慌てて否定した。
「兄貴は街の不良や他国の戦士と戦っても、何も怖がらないくせに、女の子に関わると一気に弱気になるね。まあ、そこが、兄貴の可愛さ側なのかもしれないけれど。なんでもいいから、話しかけるしかないよ。難しい話は抜きにして」
ジョニーは腕を組んで、ビジーの助言に耳を傾けていた。また可愛い、と呼ばれた。
ビジーが、話を変えた。
「そうそう。有名な占い師がシグレナスにやってきているらしいよ。兄貴も行ってみたらどうだい? セレスティナ……いや、好きな人の気持ちが分かるかもしれないよ」
「占いなど、くだらない。人生の敗北者が手を出すような代物で、俺は絶対に占いなど信じないぞ」
ビジーの提案を、ジョニーは一笑に付した。
3
「まだか、順番は……」
占い師は、市場の一角を借り切り、旅人らしく、天幕に店を構えていた。
仮店舗の前には行列ができていた。
行列は、若い女ばかりが目立つ。男は、女の同伴で数えるくらいしかいなかった。一人で並んでいる男は、ジョニーのみであった。
ジョニーは居心地が悪くなった。知り合いに見つかると、嘲笑される危険がある。
「ねぇ!」
どこからともなく、声が聞こえる。
「ねぇ、ってば!」
ジョニーは声の主を探した。
「アンタよ、アンタ」
ジョニーが視線を下げると、紫がかった銀色の髪をした、女の子がいた。腰に手を当て、頬を膨らませている。
「今度、あの子を泣かしたら、タダじゃおかないから!」
一瞬子どものように見えたが、声を聞くと、ジョニーと同じくらいの年齢だと分かった。
理不尽な怒りをぶつけて満足したのか、少女は背を向け、駆けだしていった。路地裏の中に消えていく。
「なんだ、あの女は……? 俺はクルトだけでなく、見知らぬ女にまで喧嘩を売られるほど偉くなったのか?」
行列を待っていると、順番が来た。
天幕に入ると、黒く染められた仕切りが天井から吊られている。仕切りを避けると、円形の絨毯に、布で口を隠した、浅黒い肌の女が、あぐらをかいて座っていた。
「ようこそ、占い師ジザーベルの館に。どうぞ、おかけになって」
ジザーベルの前に水晶玉が宙に浮いている。ジザーベルは水晶玉に触れるか触れないかの位置で手を当てている。
ジョニーはジザーベルの前に座った。絨毯の生地は薄く、石と砂の無骨な感触が、脚に伝わる。お香が焚かれている。慣れない香りが、ジョニーの鼻孔をくすぐった。
「今日は、どんなご用かしら?」
ジザーベルがもてあそんでいた水晶玉を絨毯に置くと、質問をしてきた。
ジョニーは、なかなか切り出せなかった。セレスティナを話題にするだけでも照れる。
「……女性問題ね」
と、ジザーベルが優しく笑った。
(どうして分かった? ……この女は、俺の考えが読める!)
ジョニーが心の中に疑問に思った。
「気になる女がいる。……そいつが俺をどう思っているか知りたい」
と、ジョニーは観念して質問をした。
「お相手様の名前は分かる……?」
「セレスティナだ……」
「わかったわ、セレスティナね。これから変身をして、占っていきます。……出でよ、“占い師”」
ジザーベルは手で印を組み、霊骸鎧を呼び出した。
霊骸鎧“占い師”は、顔は球体で、鏡のように周囲を映し出していた。霊骸鎧に首がなく、よく見れば顔面は胴体から完全に分離して、浮遊している。
(“落花流水剣”が通用しないな)
と、ジョニーは分析した。戦う機会はない。
球体の顔面は最初、鏡のようにジョニーの顔を映し出していた。
だが、ジョニーの顔は消え、砂漠の映像に切り替わった。砂漠は海になり、森となった。 次から次へと人々の顔を映し出し、一瞬だけセレスティナの顔が見えた。すぐに見知らぬ人物に入れ替わった。
(この霊骸鎧の能力か?)
と、ジョニーは驚いた。驚きながらも、何かしら期待を感じた。
占いなど半信半疑であったが、霊骸鎧の能力だと思えば、信用するに値する。
黒い煙を出して、ジザーベルは人間の姿に戻った。
「今度、会う約束をしているわよね?」
と、ジザーベルがいたずらっ子のように笑った。
(この女、本当に分かっている)
と、ジョニーは姿勢を正した。
「水難に注意。着替えの服を用意しておいて。あと何か身体を拭く布があればいいかも。……何か羽織る物でも良いよ」
と、手で口を隠して笑っている。
ジョニーは古代遺跡の様子を想像した。
「旅の途中で、川にでも溺れるのか?」
「そのときになったら、分かる。あまり未来の話を詳しくしちゃいけないの。未来が変わってしまうからね。占いを知ったせいで、未来が変わると大変だから」
「未来は、変わるのか?」
「そうよ。決まっている未来なんて、生きていて楽しい?」
ジザーベルは質問をしてきた。回答の選択肢が肯定と否定の二つしかないにも関わらず、一個に限定されている。
「セレスティナだっけ? この人は、貴方を好きよ」
と、ジザーベルが話題を変えた。
「本当か? 信じられん」
「顔が嬉しそうね」
「貴様の占いは間違っている。……セレスティナは、なぜか俺に冷たいぞ」
「……お相手はわざと冷たくしているのよ。思い当たる節はないの? ……アナタは知っているんだと思うけどなぁ」
ジザーベルが、意外な顔をした。
「ありえない。俺は一言も話をしていないぞ。どうして俺を好きになれるんだ?」
ジョニーには、二つの感情が生まれた。信じられない気持ちと嬉しい気持ちである。両者は喧嘩を始めた。だが、嬉しい気持ちが勝者となった。
「じゃあ、お相手のお気持ちを伝えていくからね」
と、ジザーベルは目を閉じた。ジョニーは緊張した。何が出てくるか予想ができない。
「ずっと前から好きだった」
先ほどまでとは違う声色が出てきた。ジザーベルが喋っているが、別人のような感じがする。
「会ったその日から、恋に落ちていた」
シグレナスの街に、建物と建物の隙間から差し込む夕日が光り輝いた。天幕の中で、夕日は見えなかったが、ジョニーには感じ取った。
(会ったその日? “混沌の軍勢”を撃退した日の話か?)
ジョニーは、セレスティナと初めて会った日を思い返した。だが、好かれる要素は思い出せなかった。
「君しか見てない」
ジザーベルは鼻をすすった。
「ごめんなさい、お相手の感情と重なり合っちゃった」
と、ジザーベルは涙声で謝罪をしている。まるでセレスティナがジザーベルの肉体に乗り移っているかのようだった。
「旅に出て、同じ風景を君と一緒に見ていたいよ……」
ジザーベルが苦しそうな声を絞り出す。言葉を出すと、静かに泣き始めた。
「それから、俺たちは、どうなるのだ……?」
ジョニーは身を乗り出した。
だが、ジザーベルは応えなかった。
肩を振るわせ、泣いている。




