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渦中の人

        1

 裁判は、闘技場で行われた。

 すり鉢状の会場は、聴衆で満員となり、立ち見が続出した。

 闘技場の床は、砂を撒かれていた。水を打ったように、静かである。

 三つの席が、三角形に配置されていた。奥にある席は、一段高く設置されている。

 黒ずくめの裁判官が三人、列を成して現れた。それぞれの席に着く。

「被告人を、連れて参れ」

 一番高い席の裁判官が声を響かせた。

 見知らぬ人物が、出入り口から連れてこられた。両手首を木の板と鉄板で拘束されている。 力の無い足取りで、砂の床に足跡をつけていた。裸足は砂と小石に傷つけられていた。

「そなたは、ギャラカ・トリダールに間違いないか?」

と、裁判官が被告人トリダールに質問した。

「いかにも」

 トリダールが返事をする。

 裁判官が、巻物を取り出し、被告人の罪状を読み上げた。

「“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”が我が首都に侵攻した際、城門は開かれていた。“混沌の軍勢”に、ケイウォ・シュという部族がある。そなたトリダールは、ケイウォ・シュと昵懇じっこんの中であった」

 当事者でなければ分からない言葉が羅列られつして、ジョニーは内容に従いてこれなかった。

 最初から裁判を見てきたなら、理解できたと思う。

 裁判官の格式張った言葉が、ジョニーに眠気を催した。欠伸あくびをする。

「カーマインは最後みたいだよ」

と、隣のビジーが優しく耳打ちをした。カーマインの裁判が始まるまで、眠っていようかと考えた。

 だが、睡眠のお誘いを、ジョニーは興味を失った。

 クリーム色の金髪をした少女……セレスティナを見つけたからだ。

 観客席の中に、聴衆とは壁で隔絶された区域があった。

 隔絶された区域には、帝が、玉座におかけになっていた。

 年配の男たちが、数人、帝の傍に控えている。誰もが帝国の正装トーガを着ていて、背筋を伸ばし、威厳を崩さないために口を厳しく結んでいた。

 一人だけ、頭巾を被っている人物がいた。サレトスと同じ、霊落子だと、ジョニーには分かった。

(皇帝の家来に、霊落子がいるのか……?)

 だが、ジョニーは、そんな疑問など、どうでもよかった。

 セレスティナ以上に、興味が惹かれる存在はなかった。セレスティナは、帝の最も近い位置で侍っている。

 体調が優れないのか、セレスティナは厳しい表情で、感情を殺したかのように、立っていた。

 無理をしているかのように思えた。

 ジョニーがセレスティナを観察している間、裁判官が判決文を読み終えた。

「よって……、“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”と通じた罪で、死罪を申し渡す!」

「これは濡れ衣だっ」

と、これまで神妙であったトリダールの表情が変わった。

「俺は関係ない。皇帝陛下っ。どうかお慈悲を! 私めにお慈悲をください。私は無実です。恐ろしい陰謀が、悪い者たちが、私を罠にめようとしているのです。どうか、ご寛大なる御処置を、私めにお与えください!」

 トリダールは、わめき散らした。

 だが、誰も反応する者はいなかった。

 帝は竜眼をお閉じになられ、なんらお言葉を発せられなかった。

 トリダールの表情が、懇願から、怒りに変わった。

「おのれ、ゾルダー・ボルデン! この暗愚な皇帝めっ! 正体を現したな? 俺を罠に嵌めた奴は、お前だな? 俺に罪をなすりつけ、自分の悪政を、自分の失政を、市民の目から逸らすつもりだろう?」

 聴衆は騒然となった。中には、トリダールの意見に同意する声も聞こえた。

「これ以上、罪を重ねるな。野蛮人どもと内通しただけではなく、不敬も働く気か?」

「うるさい、黙れ黙れ。誰か。剣だ。剣をくれ。俺は武門トリダールの生まれだ。悪に殺されるくらいなら、せめて悪と戦って死なせてくれ。あの皇帝を僭称する愚かな豚に、一太刀浴びせなければ、末代までの恥だっ。誰か。剣だ、剣を寄越せ」

「見苦しいぞ。お前も武門の生まれならば、潔く死ぬが良い」

 トリダールは身体を振って、抵抗する。だが、屈強な男たちに羽交い締めにされ、連れ出されていった。

「呪ってやる、呪ってやるぞ、ゾルダー・ボルデン! 地獄に落ちたとき、楽しみにしているがよい。俺が先に地獄に待っているからな。地獄で待ち伏せて、何回も何回も復讐してやる!」

 トリダールは会場の出入り口に吸い込まれていく一方で、帝の竜顔には、不敬に対するお怒りの色は、一切なかった。

 対照的に、隣のセレスティナは流行病はやりやまいにでもかかったかのように、青ざめ、苦しい表情をしていた。

 砂地は、トリダールの抵抗した痕を残していた。兵士たちが、手分けをして、整地している。

 聴衆たちはざわついた。ときにはあざけり、ときには怒鳴った。普段の鬱屈した怒りを、罪人に向けてぶつけているような気がした。中には、帝に対する不信を口にする者もいた。

「次の被告人をここに」

と、裁判官が整地の終わった会場に向かって、指示をした。

 聴衆たちは私語を止めた。 

         2

 次の被告人は、老人であった。白髪で、全体的に細い。

 先ほどの男と違って、健康的な足取りであった。

 右目の周囲には、青いあざができている。誰かに殴られた痕だ、とジョニーはすぐに分かった。

「そなたは元法務官、アーサー・イドルトで間違いないか?」

 裁判官の質問から、知っている名前が現れた。

 イドルトが、以前とは違う。自宅の前で“混沌の軍勢”とやり合ったときと比べて、遙かに老化していた。頬は痩け、全身は痩せ細り、頭は地肌が露出していて、白い髪は数本しか残っていない。

 ジョニーは、イドルトが同姓同名なのか一瞬だけ疑った。

「アーサー・イドルトよ。賄賂を受け取った罪で、半年の自宅謹慎を命ずる。また、官職をすべて剥奪とし、未来永劫、官職に復帰してはならない」

と、裁判長が、判決文を読み上げた。

「被告人アーサー・イドルトは、セイシュリアの高官から、セイシュリアにとって有利な法案を提出する口利きとして、一〇〇枚の金貨を受け取った。元老院に対して、関税を引き下げる法案の提出をした。これは、帝国に対しての裏切り行為であり、許されざる犯罪行為である」

 ジョニーは、経緯や状況がほとんど理解できなかった。ただ、いつの間にか犯罪者になっていたイドルトを、意外な気持ちで眺めていた。

「……何か申し開きはないか?」

 裁判官が、イドルトにとどめを指すかのように訊いた。

「……間違いはない。すべての罪を受けよう」

と、イドルトは静かに応えた。

 先ほどのトリダールと比べて、潔い。

 官職の追放は死刑と比べて、少なくとも、命に危険は及ばないからだ、とジョニーは考えた。

「重要参考人、こちらへ」

 裁判長は厳しい表情を見せて、手で指示を出した。

 闘技場の門から、白い正装トーガをまとった金髪の男が姿を現した。

 聴衆たちが驚いた声を出した。

「大神官殿……。どうして、そなたがここに?」

と、イドルトは怪訝な表情を見せた。

 重要参考人とは、大神官、セロンであった。

「お久しぶりです。イドルト法務官。……私は大神官の職務として、大神殿を管理しております。大神殿は、帝国の財産を管理しております。国家の財産は、国家のいしずえと申しましょう」

 セロンの美声が、闘技場に響き渡る。セロン自身が声楽の経験者で、力強く、透き通るような声質を持っていた。

「帝国の財産、いえ、シグレナス市民の財産を預かる者として、発言をさせていただきます」

 聴衆たちは、静まりかえった。セロンの話し方は、音楽的で、聞き取りやすかった。

「思うに、人の上に立つ者は、清廉潔白であるべきです」

と、セロンは、いちいち言葉を句切って話を続けた。

「政治の腐敗は、許されざる行為といえましょう」

と、いきなり天を突くような声を出した。

「アーサー・イドルト。貴方ほどの高潔な方が、何故、賄賂を受け取ったのでしょうか? 関税の引き下げとは、つまり他国の商品が、国内に流出する結果を引き起こします。その分だけ我が国の商品は売れなくなり、国内景気の低下を招くのです。そんな結果はお見通しのはず」

 畳みかけるような演説に、ジョニーは、引き込まれていった。

 セロンの演説も、内容がよく分からないが、裁判官の事務的な口調と違って、セロンから熱波のような強い意志を感じた。周囲を見渡すと、ビジーだけでなく誰もがセロンの言葉に引き寄せられ、前のめりで聞いていた。

「ここは元老院ではない。裁判である。政治的な糾弾は控えてもらおうか。大神官殿」

と、イドルトは反論した。静かな口調であったが、憮然としている。

「お前こそ黙れ、売国奴!」

と、聴衆が野次を飛ばした。発言者を探そうと、イドルトは観客席を睨みつけた。

 イドルトは、怒りを抑えた口調で、若年者を諭す老人のようにセロンに話しかけた。

「大神官殿、裁判を見世物にする気かね? 貴公の次は、道化でも出てくるのか? 道化が芝居でならいざ知らず、裁判の場で政治まつりごとを語るとは、これ以上の喜劇はないであろう」

「今の政治を道化に任せても、誰も不満を持ちますまい」

と、セロンは反論した。背筋を伸ばし、堂々とした態度であった。

 イドルトの表情が、怒りの色に満ちていく。言い負かされた悔しさと、屈辱に、赤くなっていった。

「お前の青痣は、道化の化粧か?」

と、聴衆の一人が、イドルトの負傷を馬鹿にした。聴衆たちの誰かが大笑いすると、笑いが伝染し、闘技場に広まった。

 ジョニーは笑えなかった。何が起きているのか、よく理解できない。ビジーは隣で指を噛んでいる。

 セロンが片腕を挙げると、場内は静まりかえった。今の状況を支配している者は誰が見ても、セロンであった。

 優しく、穏やかな口調で話を続けた。まるで勝利を確信した戦士のように、ジョニーには見えた。

「イドルト法務官。本日、私が参った理由は、この国を、いや貴方を救うためです。……貴方ほどの方が、つまらぬ賄賂を受け取るとは考えにくい。……どなたか、貴方に指示を出した方が、いらっしゃるのではないでしょうか? その確認をさせていただきたい」

 観客から、野太い感嘆の声が聞こえた。

(どういう意味だ? イドルトの事件には、黒幕がいるのか?)

と、ジョニーは首を傾げた。意識はしていないが、帝の玉体が目に入った。帝は、一切のお気持ちを出さず、ことの成り行きをご覧になっていた。

 むしろ、隣のセレスティナが苦しい表情をしていた。今にも倒れそうなほどである。

「……それはない」

と、イドルトは目をつぶって、うつむいた。

「……アーサー・イドルト法務官。正義を貫くためには、最後まで膿を出すべきです。そうでなければ、市民は納得しないでしょう」

 セロンは、強い意志に溢れた表情で、イドルトを睨みつけた。

「……今一度、勇気を持って、正直にお答えなさい」

と、更に問い詰める。

 イドルトは下を向いたまま、何も答えなかった。

 長い間の沈黙が続いた。

「分かりました……。では、今日はこの辺にしておきましょう」

と、セロンは、自身の髪をかき上げた。

「シグレナスの市民よ!」

と、観客席に向けて、両腕を広げた。

「長い戦いが始まる。この帝国に巣くった悪を根絶やしにするための戦いである。諸君らの力を貸して欲しい。諸君らの支持があれば、必ず正義が、勝つ!」

と、声を張り上げた。

 会場から去っていくセロンに向かって、聴衆たちは、立ち上がり、歓声を上げた。

「よくやった、大神官!」

と、その場で小躍りする者がいた。

「いよっ。大統領、じゃなかった、大神官!」

と、着ている上着を脱ぎ捨て、頭上に振り回す者もいる。

「おいおい、裁判官さんよ、もっと悪い奴がいるんだろう? この際だからさ、徹底的にやっちまおうぜ」

と、声を張り上げている者もいる。

「自宅謹慎と官職剥奪とは、皇帝陛下も、なかなかお身内にお優しいようですね」

と、皮肉を並べる者もいた。

 ジョニーは、聴衆たちの興奮ぶりに、違和感があった。

 たしかに、セロンの演説には、胸に響いた気がする。だが、セレスティナの疲れ切った様子を見ていると、単純に同調できなかったのである。

「静粛に……。静粛に……」

と、裁判官は、聴衆たちの覚めやらぬ熱狂に、辛抱強く対応し続けていた。

 静かになると、指示を出した。

「被告人を連れて参れ。本日、最終の判決となる」

        3

 カーマインは、両脇を二人の男に抱えられ、引きずられていた。

 全身は痩せ細って、顔は腫れあがって、口を死んだ魚のように開いている。

 頭皮の一部に火傷の痕がある。

 両のすねは歪み、自身の力では直立できない。男に抱きかかえられ、強引に立たされた。

「そなたは、セイシュリア公国、アレックス・エイル・カーマイン王子で間違いないか?」

と、裁判長が重々しい口調で問いただした。

 カーマインは、言葉を発さなかった。

「応えよ」

 裁判官の言葉が聞こえていないかのように、カーマインは、虚空を見ていた。

(死にかけている……。さきほどのイドルトと同じで、何者かに拷問を受けたのだろう。イドルトよりも重傷だが)

と、ジョニーは推理した。

 聴衆たちがカーマインに憎しみの視線を向けている中、裁判官が判決文を読み上げた。

「アレックス・エイル・カーマイン。そなたは、違法な理由で、そなたの指揮するセイシュリアの軍団とともに、我が国土に不法侵入した。そなたの一連の行為は、我が国の正義と平和を乱す重大な軍事的行為であり、我が国に対する挑戦と見なす。よって、そなたに、死刑を命ずる」

 聴衆たちが騒ぎ始めた。

「今すぐに、そいつを殺せ!」

と、発狂する者がいる。籠に入れられた猿のように、その場で暴れている。

「俺たちを馬鹿にしやがって! 何がセイシュリアの王子だ!」

と、地面を蹴って怒りを露わにしている者もいた。

 聴衆たちの、シグレナス市民の怒りが、闘技場を渦巻いていた。

(シグレナス市民は、セイシュリアの王子を死刑にしたら、戦争が起きると知らないのか? それに、皇帝がカーマインを殺したがっているのだとしたら、反対しないのか?)

 ジョニーにとって、市民の反応は意外だった。

 市民は、思っている以上に無知なのかもしれない。

「静粛に! 静粛に!」

と、裁判官が喚き散らす。だが、効果がない。イドルトの判決よりも、聴衆は怒り狂っている。イドルトは罪は犯しても、同じ国の人間であるが、カーマインは他国の人間である。敵国出身の犯罪者に対しては、誰もが残酷になれるのであった。

「ちょっと待ったー!」

と、叫び、塀を越えて、砂地の闘技場に飛び込んできた者がいた。

 覆面の男、ライトニング・ボルテックスである。

「その判決、待った!」

「誰だね、君は? 神聖なる裁判の場において、乱入とは許さんぞ!」

と、裁判官が立ち上がった。ボルテックスを指さし、怒っている。

「俺様は、ボルテックス商店のライトニング・ボルテックス様だ」

と、ボルテックスは自分の胸を強く叩いて胸を鳴らした。強く叩きすぎたのか、少しよろめいた。

 屈強な男が、二人、詰め寄ってきた。だが、ボルテックスは二人の頭を鉢合わせにして、気を失わせた。

「今、我が国には、危険が迫っている! そう伝えたく参上した次第である!」

と、ビジーが用意した文章を読み上げ始めた。

「今、ここでアレックス・エイル・カーマインを死刑とすると、間違いなくセイシュリアとの全面戦争になるであろう」

「なっても構わん。帝国の敵は、皆殺しにしろ!」

と、聴衆が野次を飛ばした。

「思い出すがよい。我らが偉大なるシグレナス帝国のいしずえを!」

 ボルテックスは野次を無視して、文書の読み上げを続けた。

「そもそもシグレナスは、十二の国を従えた、連邦国家である。多くの国々は、最初はシグレナスに従わなかった。勇者シグレナスに徹底抗戦する国もあった。だが、魔王を打ち倒した後、シグレナスは、それらの国々を許し、仲間として受け入れたのだ」

 ボルテックスの演説に、聴衆たちは息を呑んだ。

「シグレナスは、それら十二国から、決して何も奪わず、決して誰も傷つけなかった。許された人々や国々は、シグレナスに永遠の忠誠を誓った。だから、我らがシグレナス帝国は、世界に名を轟かす第一人者となったのだ! 我らが帝国はこれまで、何度も他国の亡命者を受け入れ、移民を受け入れ、あらゆる異物を受け入れた。もちろん、戦争敗者も、受け入れた。どれも、我らがシグレナスの良き友人となり、ときには夫や妻となり、ときには指導者となって、我らが国を栄光に導いたのだ。……さて、市民に問う。これら寛容の精神が、我らがシグレナスを害する歴史となったのであろうか……?」

 ボルテックスの問いに、誰も答えられなかった。

「……正義、そして、寛容。それが、我がシグレナス建国の精神ではなかったか! ……今こそ正義と寛容の精神を見せよ! 勇者シグレナスの子孫と、その仲間たちよ!」

と、ボルテックスは、カーマインの肩に優しく手を掛けた。ボルテックスも、カーマインも、“男試し”なる決闘を繰り広げた好敵手同士である。

「カーマインの死刑は、シグレナス、セイシュリア両国家間の平和と国防を著しく損なう結果のみならず、我らが礎たる寛容の精神を破壊する結果を引き起こすだろう! 祖先が築き上げていった魂を叩き壊して、果たして、我らは、祖先に顔向けをできるのか? 我らが偉大なる父たち、そして兄たち! 本来の我々を思い出せ! 我々が誰であったのかを! さあ、今こそ崇高なる建国の精神を思い出す瞬間が来たのだ!」

 聴衆は静まりかえった。ボルテックスの演説に聞き惚れていたのである。

 ボルテックスは満足げに腕を組んで、一人でうなづいている。

 帝は、玉体を浮かし、ボルテックスを照覧されていた。ジョニーは、帝の御心が、ボルテックスの演説に初めて動かされたのだと理解した。

 だが、静けさとボルテックスの熱の籠もった演説は、たった一声で打ち破られた。

「ふざけるな!」

と、誰かが怒号を飛ばしたのである。

 怒号に続いて、他の誰かが立ち上がった。

「カーマインは、領域侵犯をしたのだぞ? 帝国の敵だ! 敵が攻めてきても、俺たちは黙っていろ、とほざくのか?」

「敵が妻や子どもたちに手を出したら、どうする? 正義だの寛容だの口にできるか!」

「ボッタクリ商店だかなんだか知らないが、お前は帝国の敵に味方をする気か!」

「お前こそ、帝国を破壊する、悪の手先だろうが!」

 怒り狂った聴衆が、次々と闘技場の観客席から飛び降りて、会場に雪崩れ込み、巨大な流れとなって、ボルテックスを取り囲んだ。

「やめろ……! 俺に指一本でも触れてみろ、ただじゃ済まんぞ。あ、すみません、ごめんなさい、調子に乗っていました」

 人間のボルテックスに飲み込まれ、ボルテックスは命乞いをした。後ろから後頭部を殴られた。倒れるボルテックスは、群衆に殴る蹴るの暴行を受けた。

 ジョニーは、動けないでいた。

 助けようがないのである。怒り狂った群衆をなだめるすべがない。霊骸鎧に変身しても、人数が多すぎて、一人ずつ対処できない。

 ボルテックスは簀巻きにされ、群衆たちに持ち上げられた。

「この口先だけの詐欺師野郎、どうしてくれる?」

「どこか川にでも捨ててしまえ!」

 暴徒化した群衆は、ボルテックスを高く掲げて、行進を始めた。蟻の行軍に捕らえられた羽虫のように、ボルテックスは、闘技場の外に排除されていった。

「まさに、“渦中の人ライトニング・ボルテックス”だな」

と、ジョニーが呟くと高台から、視線を感じた。

 冷たい視線を送ってくる。

 セレスティナだった。宝石のように青い目で、ジョニーを睨みつけてくる。

(何故だ……? 何故俺を見ている……?)

 ジョニーは珍しく焦った。セレスティナの感情が、一切読み取れないのである。

 セレスティナの冷たい視線に、ジョニーは、自分の全身が急速に冷えていく感じがした。 だが、すぐに終わった。

 お帰りになる帝に、セレスティナは慌てて付き従ったからである。

 帝に続く要人たちが、退出していく。

 最後に、頭巾を被った人物だけが残った。

 頭巾は風で翻り、動物的に突き出た顎が見えた。

(あれは犬……?)

 犬にしては、頑強な顎をしている。

(いや、狼……?)

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― 新着の感想 ―
[一言] セレスティナは出てきてもなかなか近づかない2人ですね。 それがこれからの展開を楽しみにさせてくれます。
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