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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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癒し手

 カレンは空中で身を翻し、両腕を広げて、針の湾曲(わんきょく)部分をつかんだ。

 カレンの体重で、巨大針が前後に揺れる。カレンは振り落とされまいと、身体を曲げ、針を支えるワイヤーに脚をかけた。

 ワイヤーは揺れながら、動き出す。カレンは巨大針に(つか)まったまま、ワイヤーの先を見上げると、黒い天井にはレールが走っていた。巨大針は、レールに沿っている。

 巨大針の進行方向に背を向けて、カレンはしがみついている。進行方向の先を見るには、カレンは首を回さなくてはいけなかった。ワイヤーにつながれた巨大な釣り針は、緩やかなカーブを描き、静かに進んでいた。

 進行方向の反対側、つまり、カレンの前方には、後続の釣り針が、いくつも行列をつくっていた。

(レミィが危ない)

 カレンは包帯に巻かれた……レミィの姿が頭に思い浮かんだ。レミィは、カレンの次だ。

後続の釣り針が一本、動いた。その先は、レミィの落下予想地点だと、カレンは思った。

 カレンは、天井を見た。黒い天井の一カ所に、明るい四角ができている。

 天井の暗い穴から、ゆっくりと光が現れた。

 声が聞こえる。

(癒し(ヒーラー)

 その光は青白く、また金色に輝いている。青と金色に移り変わる光の中心に、貝殻頭(シェルヘッド)の姿が見えた。

 ひし形の頭部を持ち、背中は、柔らかい素材の布に覆われていた。

 落下速度は、羽毛のように緩やかだった。後続の巨大な針の上に、貝殻頭となったレミィは、つま先だけで降り立った。釣り針は、レミィの重みに反応して動き出した。

(君の心を読んだんだよ)

 レミィの穏やかな声が聞こえる。レミィの穏やかな声に、カレンは、小さく困惑していた。地面から高さがあり、落ちれば死ぬ。生存領域は、巨大な針とワイヤーだけだ。

(ありがとう、危険に気づいてくれて)

 レミィが釣り針を優しく蹴って、空中に浮いた。緩やかな動きで、カレンに近づいてくる。レミィの周りには、青と金色の輝きが、残り香のように漂っている。

「君も貝殻頭になれるんだね? インドラやナスティと同じように」

 カレンは、レミィの重力法則を無視した動きに驚きながらも、質問した。レミィは首をひねった。

(貝殻頭……? 違うよ。“霊骸鎧(オーラアーマー)”だよ)

 霊骸鎧……?

 初めて聞く言葉に、カレンも首をひねった。

(君の言う貝殻頭とは、彼らを意味しているんだね。僕らは、彼らを霊落子(スポーン)と呼んでいるよ)

 レミィのつま先が、カレンの巨大針の先端にたどり着いた。

 カレンは巨大針にしがみついて、レミィを見上げた。

「よく分からないけど、君たちを霊骸鎧と呼んで、貝殻頭たちを霊落子と呼べばいいんだね?」

 情報の整理が追いつかない。レミィたちと「彼ら」は違う。

(ガルグからしてみれば、霊骸鎧も霊落子も同じものらしいね。……そんなことより、降りなくていいの?)

 カレンは、背後から聞こえてくる機械音に気づいた。正確に言えば、巨大針の進行方向である。

 カレンが振り返ると、機械が、棒状の物体を回転させていた。回転物は巨大な鎌で、通過した物を真横に切る動きをしていた。カレンは、自分の両脚が切り離される様子を想像して、身震いした。

 回転する鎌の、さらに先には、柱のような機械があった。柱の両端に腕のような部品がとりつけられており、機械の腕は左右それぞれ、(なた)を上下に振り下ろしている。

 さらに、その奥には黒い台があり、貝殻頭たちが並んで釣り針の到着を待っていた。貝殻頭たちは、カレンほど視力が良くないらしい。まだカレンに気づいておらず、あらぬ方向を見て、動きを止めている。

 分解!

 蛙のような貝殻頭イーザルトルが、ガルグに伝えた言葉の真意を理解した。

 巨大な釣り針といい、魚の解体をカレンは想起した。現在地は、巨大な台所のようだ。

 このままでは釣られた魚のように解体されてしまう。

(僕の手を取って)

 貝殻頭、いや霊骸鎧となったレミィが手を差し伸べる。

 カレンは、レミィの包帯に巻かれた姿を思い返した。

「レミィ、君には僕を持てないと思うよ。……僕は君よりも重たいよ?」

 と、心配した。だが、このままでは事態は好転しない。背後で機械の稼働音が聞こえる。

「ものは試しようだ」

 カレンはしがみついている釣り針から右手を離し、レミィの手を握った。レミィと一緒に真っ逆様に落ちると予想していたが、外れた。

レミィの高度がわずかに下がっただけであった。

(……確かに軽くはないね。見た目は細くて軽そうだけど)

 レミィの笑い声が聞こえる。余裕で、今の状況を楽しんでいる感すらある。

(少しずつ降りていこうか。そっちの手を離して)

 カレンは、釣り針からもう片方の手を離し、レミィに全体重を預けた。

 レミィの浮力が弱まった。徐々にピンク色の床が近づいてくる。

 落ちているのではないかと、カレンは心配したが、レミィが静かにおろしてくれた。

 ピンク色の床を踏む。柔らかい。

 霊骸鎧“癒し手”から青い煙が立ち、煙の中から包帯のレミィが姿を現した。

 レミィの声が聞こえる。

(あまり長時間は変身できないんだ)

 カレンは、レミィに霊骸鎧のままでいてほしかったが、どうもレミィなりの事情があるらしい。

 周囲を見渡した。

 ピンク色が重なり合い、丘を造っている。丘の向こうに、動く影が見えた。

「ここから脱出しよう」

 カレンはレミィの手を引いた。

 貝殻頭たちは、カレンたちの到着を待っている。いつまでも来ないと、貝殻頭が不審に思うだろう。

 包帯姿のレミィは、ナスティやガルグと違い、戦闘能力は期待できない。むしろ、カレンが守ってあげなくてはならない。

 水中橋(ウォーターブリッジ)を思い返した。水中橋は武器を持っておらず、貝殻頭から逃げ惑うしかなかった。

 霊骸鎧には、個性があって、それぞれに得意不得意があるらしい。

 ピンク色に染まる丘を抜けていく。

 カレンは素足だが、なま暖かいものを踏んだ。

「なんだこれ?」

 足の裏を確認すると、赤くて、粘着質の液体だった。

 カレンには、物体に見覚えがある。

 カレンの脳裏に、映像が流れた。

 突き落とされる人間に、巨大な釣り針が待ちかまえる。機械が切り刻んでいく。足下の赤い液体。

「分解」

 イーザルトルの言葉を思い返した。

 胃液がこみ上げてくる。

 カレンは口を手で抑えた。

 貝殻頭たちが、人間を集め誘拐し、この場で行っている所行を想像すると、カレンは胸をおさえ、叫びたくなった。だが、カレンは必死に我慢した。ここで冷静さを失えば、貝殻頭たちを呼び寄せてしまう。

(どうしたの?)

 レミィが心配そうな声で訊いてきた。心に直接、であるが。

「……なんでもない。行こう」

 レミィを怖がらせたくない。レミィは、もう気づいている。心の中を読めるようだ。だが、あえて動揺させたくない。

 丘の上から視線を感じた。見上げると、武装した貝殻頭たちが矢をつがえている。

「逃げようっ!」

 カレンはレミィの腕を引っ張った。

 だが、レミィの腕が折れそうなほど細かったので、諦めた。その代わり、抱きあげた。カレンは胸の中のレミィに驚いた。細すぎる。このまま崩れてなくなってしまいそうだ。

 カレンは走った。

 レミィは軽い。利点と捉えよう。

「絶対に逃げ切るからね。安心して」

 レミィを励ました。レミィは何も反応をしなかった。まるで死を受け入れているかのようだ。生に対して執着がない、とカレンは感じた。

 逃げ切るとは言ったものの、カレンは自己不信に陥った。

 逃げる?

 どこに?

 ここは、あいつらの本拠地なんだぞ?

 どうやって、逃げるんだ?

 カレンの逡巡をあざ笑うかのように、背後から、矢が風を切る音が聞こえた。

 矢が、前方右斜め前のピンク色に突き刺さる。

 矢に気を取られていると、滑る血に左足を取られた。

 前のめりに体重が倒れそうになった。

 このままでは、レミィが地面に叩きつけられてしまう。レミィ側に倒れまいと、体重を後ろに掛けた。脚で踏ん張るが、また血を踏んだ。

「ここ、めちゃくちゃ滑るっ!」

 しかも傾斜である。カレンは体勢を保つために、走った。走らされている、とも言える。

 眼前の下り坂は、ピンク色が薄まっていき、黒くなっている。

 少し先には、完全に黒く、何も見えない。

「あそこに隠れよう!」

 カレンは走った。黒い部分がなんなのか、分からない。断崖絶壁かもしれない。だが、ピンク色の空間にいる限り、貝殻頭の標的になってしまう。

 ピンクより黒がマシだ!

 周囲からピンク色が消えていき、視界が黒くなっていく。

 カレンは、黒い地帯に脚を踏み込んだ。

 冷たい、水の感触がした。

「黒い地帯は、水たまりだったんだ」

 早速、水中橋を呼んだ。カレンはレミィを抱え、水中に飛び込んだ。

「最近、どんどん下に潜っていっているよね」

 カレンは苦笑した。意識を集中すると、視界が広がった。

 水中は闇に包まれていて、何も見えない。


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