表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/173

細い腕

       1

 ジョニーは、目を覚ました。

「……ビジー!」

と、跳ね起きた。

 ビジーは無事だろうか?

 ヴェルザンディから来た敵に襲われていないかだろうか?

 本能的に周囲を窺った。

 石造りの壁が目に飛び込んできた。外壁は、アーチ型にくり抜かれており、外庭が見える。外には花壇と、隣の家を隔てる黒い壁があった。

 外から、何かハサミの音が聞こえる。誰かが、庭仕事をしている、とジョニーは思った。

 ジョニーは寝台の上にいた。部屋の中央には、机があり、机の上には皿があった。皿には、食べかけのしなびたリンゴがある。

 自分の現在地が分からなくなったが、ブレイク家の屋敷だと思い返した。自分が普段使っている奴隷用の部屋とはちがう、来客用の部屋であった。

 床に足を着けるが、沼に踏み入れたかのように脚が覚束おぼつかない。

 ジョニーは、自力で歩行するまで、時間が掛かった。

 窓に寄りかかり、外の風景を見る。外庭で、パルファンが、庭の花の手入れをしていた。 ゆるふわな髪を布でくるんでいる。

 パルファンはジョニーの気配を感じ、振り返って、笑顔になった。

「ジョニー様! おはよう!」

 窓越しに駆け寄ってくる。瞳を輝かせた。

「起きたのね……! ちょっと待ってて! 何か食べ物を持ってくるから」

と、庭から姿を消した。

 ジョニーは待っている間、胸に巻かれた包帯を外した。左脇腹に、腫れ上がっている直線状の火傷があった。

 銃創である。

 全身の痛みは引いているが、銃創に関しては、触れると痛い。痛い、というより熱を帯びている。

(いずれ、熱は消えるだろう。だが、この怪我は一生治らないな。……セルトガイナーの奴め。今度会ったら、生身のまま拳銃のカタチに成形してやる)

 身体中の包帯を外す。細かい傷やへこみが随所に見られる。

(あの不良ども。本気で殴りやがって……)

 不思議と喪失感はなかった。

 自分が勲章とすら感じる。何回死んでもおかしくない苦境の中、味方の誰よりも多くの敵を撃墜した証なのである。

 自分を怪我させたクルトたちと何回やりあっても負ける気がしない。

 ジョニーは部屋の中を観察した。寝台の隣に、胴の太い壺がある。木の蓋をされている。

 蓋を触れたとき、パルファンが、自室に入ってきた。

 盆を手にしている。

「ご飯にしましょう」

 パルファンが皿に盛られたパンを千切って、ジョニーの口に運んだ。ジョニーが咀嚼しおわるまで待ち、杯で牛乳を飲ませる。

「馴れているな。パルファン。俺が寝ている間、貴様が食べさせてくれたのか」

 ジョニーの質問に、パルファンは目を細めてうなづいた。

 ジョニーの食事が終わると、パルファンは、ジョニーの寝台に腰掛けた。

「えへへ」

 パルファンが上目遣いで笑っている。

 化粧の仕方が変わった。髪も少し伸びた印象だ。

「ジョニー様、ずっと寝ていたのよ。いきなり起きたと思ったら、ご飯を食べて、また寝る……。寝ながらご飯を食べていたし……」

「……俺は、寝るだけで、怪我も病気も治る体質だからな。寝ながら、なんでもできるのだ」

 ジョニーには、寝ながら食事を摂っていた記憶が無い。恥ずかしく思った。

 自分の両脚が目に入った。休養で、筋肉が落ち、細くなっている。また鍛え直す必要がある。

「……俺はどれくらい寝ていたんだ?」

「一ヶ月くらいかなぁ」

「一ヶ月もか。……その間、風呂も便所もどうしていた」

「お風呂は、あたしがジョニー様を拭いていたのよ。ジョニー様は寝ながら腕を上げていたけど」

「ほう。じゃあ、便所は……?」

「これ……」

と、パルファンは恥ずかしがりながらも、足下を指さした。

 指した先には、蓋のある太い壺があった。

「ところで、パルファン。奴隷がどうとか、なんだか揉めていたみたいだが、大丈夫か?」

と、ジョニーは話題を変えた。

「裁判になりました。あたし、訴えられたの。……信じられる? 何もしていないのに、訴えるなんて、ありえない。あたしをまだ奴隷だと思い込んでいるの……あの人」

「どうして裁判をするのだろうか? そこまでして、パルファンを奴隷に戻して、仕事をさせたいのか?」

「あたし、いくつか家を持っているの。人に貸して、家賃をもらって生活をしているんだけど、もし、あたしが奴隷になったら……」

「奴隷の持ち物は、全部ご主人様のものになるのだったな」

「そう。あの人、一緒に暮らそうとか、絆を大切にしたいとか、綺麗事ばかり。だけど、本当は、あたしの財産が欲しいだけ。お母さんと私で買って、大切にしている貸家が欲しいだけなのよ」

 ジョニーは、パルファンの自称ご主人様を思い返した。

 身なりの良い老女だった。金持ち風であるし、それほど金に困っている様子はない。

「なぜ、これ以上、あのご老人は金が欲しいのだろうな。金もあって老後の蓄えも充分だろう」

「さあ、分からないわ。ただ、お金持ちは、さらにお金が欲しがる。あたしたちみたいな貧しい人から、お金を巻きあげる。……どうしよう、ジョニー様。あたし、あのお婆さんの奴隷になったら、ここにいられなくなっちゃう」

と、パルファンは、自身のゆるふわ髪を、ジョニーの胸に埋めた。

 ジョニーは、頭部の重みに困惑した。

 パルファンは、肉食動物から隠れている小動物のように、小刻みに震えている。

 普通の男であれば、パルファンの肩でも抱いて、気の利く台詞でも呟いて慰めるのかもしれない。だが、ジョニーは、何もしなかった。

 気の毒だとは思うし、同情はする。

 パルファンは友人で同居人である。だから、役に立ちたいと思う。

 だが、別にパルファンは恋人でもないし、恋人として見られない。

 そんな人物に頭を預けられても、まったく嬉しくない。

 効率的に考えるなら、ビジーにおねだりして、優秀な弁護士を見つけるべきである。

(俺は冷たい奴だな……)

と、自嘲した笑いがこみ上げてきた。

(こんな俺に恋人ができる時期が来るのだろうか……?)

 ふと、そんな疑問が頭を過った。

(恋人……?)

 覆面をして顔を隠した少女が思い浮かんだ。

 名前は……?

 名前は覚えていない。特徴的な名前だったと思う。

 細い身体に、暖かい霊力を静かに放出している。

「……俺には、好きな女がいる」

と、ジョニーは呟いた。自然と出た言葉である。

 パルファンが顔を上げた。

「どういう意味……?」

と、パルファンが頬を赤らめた。

「まさか、あたし……?」

 瞳が潤みはじめた。

 いや、君じゃないと反論しようとしたが、急に現れた声に阻止された。

「ジョニーの兄貴、起きたのかい?」

と、ビジーが、顔を出した。ジョニーと、ジョニーの胸にもたれかかっているパルファンを見て、壁の向こうに隠れた。

 軽く咳払いをしている。

「ごめんよ、お取り込み中に。今、話をできるかい?」

「俺は構わん。……どうした?」

と、ジョニーは返事をした。パルファンは気まずそうに、ジョニーから離れた。

 ビジーの脇から、覆面をした少女が現れた。

 覆面に反応したジョニーは、身体を浮かした。

「……サレトスが帰ってきたよ」

        2

「じゃあ、パン屋は再開できるね」

と、マミラは手を叩いて喜んだ。少し横に育ったな、とジョニーは思った。仕事ができず、家の中で過ごしていたのである。

「もう明日から、やりましょう。早速、今から準備をしませんか?」

と、プティが提案した。マミラと違って、さらに痩せている。

 赤ん坊のサラは眠っている。

 ブレイク家の一同が、パン屋“戻りし者(リターナー)”に向かった。

 マミラとパルファンは勢いよく歩いている。

 ジョニーは追いつけない。自分の歩行速度が遅いと気づいた。ビジーが隣に着いてくれた シグレナスの大通りに格子の着いた車が、数台、出店のように並んでいた。

 格子車に、人々が群がっている。

 物珍しそうに中身を眺めていた。

 どんな珍獣だろう、とジョニーが見ると、青みのかかった肌、入れ墨をしている“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”だった。

「大量仕入れしたよ! さあさ、買ってらっしゃい、見てらっしゃい! 今日は奴隷のお買い得日だよ」

 奴隷商人が、声を張り上げている。鳥類の羽根をつけた帽子をかぶっている。

“混沌の軍勢”が、奴隷として販売されている。

「シグレナスが“混沌の軍勢”を攻めたんだ。結果は当然、帝国軍の勝利。霊骸鎧があれば、楽勝だよね」

と、ビジーが説明した。

 帝は、首都陥落の報復をしたのだ。

 勝利すれば、当然、蛮族に対して略奪が始まる。戦争と略奪は切っても切れない関係で、敗北者の財産が、奴隷といった労働力と一緒に、勝利者の都市に流れ込んできたのであった。 ビジーが思い返したように、提案した。

「ねえ、兄貴。兄貴を解放しようと思う。どう思う?」

「解放だと?」

「そう。兄貴を解放奴隷にする。そうすれば、ジョニーの兄貴は平民になれる」

「なってどうする? ……家から追い出す気か?」

「出て行かなくていいよ! ただ、市民になったら、税金を払わないといけなくなるけど。うちにいてくれるなら、給料を支払うよ。そこから税金を払えばいい」

「税金を支払うために給料をもらう、それは二度手間だと思うがな。どうしてそこまでして、俺を平民にしたいのだ?」

「いいかい、奴隷は平民と結婚できないんだよ。……もし、ジョニーの兄貴に好きな人ができたとする。もし相手が平民で、兄貴が奴隷のままだったら、兄貴は結婚できない。それだと、困らないかい?」

「俺が結婚だと? まさか俺がパルファンと結婚したいとでも思っているのか? ビジー。貴様は、パルファンと結婚する気ではなかったのか? 戦いが終わったら、パルファンに求婚するとかしないとか」

「おいら、多分、一生結婚できないと思う」

 ビジーが悲しげな表情を見せた。

 ジョニーは、先を歩いているパルファンと、隣のビジーとを交互に見た。

「なにかあったな……」

 ジョニーの問いかけに、ビジーは応えなかった。

(ビジー、俺とパルファンを結婚させる気なのか? 貴様は簡単に諦めても良いのか? ……それに、俺はパルファンを好きでないぞ)

 パン屋“戻りし者”にたどり着いた。

        3

 パン屋“戻りし者”は騒がしかった。

 人相の悪い男たちが、棍棒や刃物と行った凶器を抱えて待ち伏せていたのである。

「よう、くずども!」

 男たちの中から、キズスが現れた。表情は自信に満ちあふれ、狂気を帯びた笑い顔をしている。

「街中の不良を集めて、人数を五十人、揃えたぞ……。そのうち二人は霊骸鎧に変身できる。今から、骨とも身とも粉々にしてやるからな。これでお前らは終わりだっ」

と、キズスは吐き捨てた。自分たちが来るまで何日もかけて待っていたのか、とジョニーは思った。

「……この話は、ボルテックス商店が受け持つ、と、クルトが決めただろう? 貴様はクルトに逆らう気なのか? 貴様が粉々にされる結果になるぞ」

とジョニーは自身の細くなった腕を組んだ。このキズスは、自らを不幸な境遇に追い込む性格である、とジョニーは分析した。

「おっと、店には手を出さねえよ。だがな、ガキ。お前にはカリがある。お前を殺さなきゃ、俺の気持ちが済まされねえ」

と、キズスが語気を強めた。

 ビジーが、お店とキズスの間に入った。

「パルファン。クルトを呼んできてくれないか? ジョニーの兄貴は、まだ怪我が治っていないんだよ」

 ビジーは大声で、パルファンに指示を出した。キズスを怖がらせるつもりである。

 だが、駆けだしたパルファンの進行方向を、不良たちが棍棒や槍で阻止した。

 キズスが唾を吐いた。

「ふん、雑魚! 卑怯な奴! クルトさんは関係ないだろう? たしかに、クルトさんから、店には手を出すな、と命じられた。でもな、このガキには手を出すな、という話にはなってねえ」

「違うよ。君たちのためなんだよ?」

と、ビジーがキズスに反論した。落ち着いた表情で、淡々としている。

「なんだと、てめえ!」

と、キズスはビジーの襟首を掴む。

 ジョニーは身体を反応させたが、すぐに無意味だと悟った。

 ビジーは、背筋を伸ばしたまま、キズスをまっすぐ見ていたからである。ビジーは、キズスに恐れていない。

「だめだよ、キズス。ジョニー兄貴が君に手を出さない理由は、君がお店を人質にしていたからだ。でも、君がもうお店に手を出さないなら、兄貴は、なにも気兼ねしなくなる」

 ビジーの説明に、キズスは青ざめた。ビジーはキズスの手を払いのけた。

 ビジーにと手T、“一つ目巨人(サイクロプス)”や“黄金爆拳ゴールデンボンバー”と比べたら、キズスなど怖くもなんともないのである。

「今、ジョニーの兄貴は怪我をしている。君たちは好機チャンスだと感じているのかもしれないけれど、怪我した野生動物は、追い詰められると手強くなるんだ。死にたくないもんね、必死だよね? 怪我をしている兄貴は、ますます容赦しない。そんな兄貴に喧嘩を売って、君たちは無事に生き残れるのかい?」

と、半分哀れみを込めた口調で説いた。ジョニーはビジーの正論にうなづいた。

「うるせえ! うるせえ!」

と、キズスはビジーを突き飛ばした。

「くだらねえ議論なんかしたくねえ! やっちまってください、タワーさん、シビーノさん!」

 キズスの両脇にいた、二人の男が進み出た。

 背が低く、逞しい身体をした丸坊主の男と、背が高く、茶色い髪をした男が印を組んだ。

「マダク・タワーさんは“蛙男フロッグ”、カナロ・シビーノさんは、“蛞蝓スラッグ”に変身するんだ。二人がかりなら、お前になんて負けねえ」

 二体の霊骸鎧が現れた。

 マダク・タワーが変身する“蛙男フロッグ”は、蛙に似た頭部を持つ人間型の霊骸鎧である。

 カナロ・シビーノの霊骸鎧は、巨大蛞蝓なめくじそのもので、建物よりも大きい。“蛞蝓”の顔部分には、太った中年の顔がかたどられていた。

 街中に現れた怪獣を見たかのように、通行人たちが悲鳴を上げて、ちりぢりになって避難した。 

 二体ともジョニーを睨みつけている。

 ジョニーは、構えた。

 頭が痛く、喉が渇いている。貧血に近い症状だ。霊力が枯渇しているのである。身体中の怪我を治すために、霊力を消耗していた。

(変身するには、霊力が足りなさすぎる。あの覆面の女がいれば……)

 霊力の補充をしたい。覆面の少女を探した。

 覆面のサレトスを見た。

 違う、サレトスではない。サレトスではない、他の誰か、あの覆面の少女は名前をなんと呼んだか……ジョニーには記憶がなかった。

「どうした、恐れて声も出ないか? それとも、霊力がなくなったのかな?」

と、キズスは邪悪な笑い声を上げた。

「シビーノさん、踏み殺してやってください」

と、“蛞蝓”シビーノに命令した。“蛞蝓”が巨体を揺らして、建物に体当たりをした。

 建物が揺れた。砂か何かが崩れる音が聞こえる。

「お店が壊れちゃう……!」

と、マミラが叫んだ。瞳に涙を浮かべている。

 ジョニーが印を組もうとした瞬間、発砲音が二つ鳴った。

 何かが破裂する音とともに、二筋の弾道が、“蛞蝓”の両頬をえぐった。

 巨大な“蛞蝓”は苦悶に身を歪ませている。緑色の煙を立てて、消えていく。

「セルトガイナー? サイクリークス?」

と、ビジーは攻撃した者を見た。

 緑色の霊骸鎧“蔦走り(アイビィランナー)”が、拳銃型の霊骸鎧“火散(ファイアーガンナー)”を携えて現れた。

 味方が攻撃されて、“蛙男”が怯んだ。事態を飲み込めていない。

 影が、疾風を残して、ジョニーの横を通り過ぎる。

 犬の姿をした霊骸鎧“猟犬ハウンドドッグ”だった。“猟犬”は、“蛙男”の首に食らいつく。

「フリーダも……! どうして、ここに?」

と、ビジーが疑問の声をあげた。

“蛙男”は身体を振って、“猟犬”フリーダを振り払おうとしたが、牙が首に食い込んでいく。

 力尽きた“蛙男”は、地面に崩れた。青色の煙を出して、消えていく。

“蛞蝓”と“蛙男”が消えた後には、タワーとシビーノが倒れていた。

 三体の霊骸鎧は、煙を出して、人間の姿に戻っている。

 一部を赤く染めた金髪の女レダ・フリーダ。燃え上がる赤い髪のマイク・セルトガイナー。前髪で両眼が隠れているアズバルト・サイクリークス。

 五十人近い不良たちが、どよめいた。

「おい、あれは……!」

 口々にフリーダたちの名前を呼んでいる。

「不良の中では、三人は恐れられる存在なんだね……」

と、ビジーはフリーダたちを評価した。

 シグレナスの正規軍に後れを取り、ヴェルザンディの“黄金爆拳”といった世界最高級トップクラスの霊骸鎧には遠く及ばないものの、市中の不良たちにとっては“伝説レジェンド”なのである。

 セルトガイナーは、サイクリークスを連れて、ジョニーの前に歩み出た。

「すみませんでした、リコさん!」

と、深々と頭を下げた。

 不良たちは動揺している。伝説上の人物が、自分たちの獲物に謝罪しているのである。

「俺たち、調子に乗っていました。リコさんが命をかけて俺たちを救ってくれたのに、一番身体を張ってくれたのに、いろいろ文句をつけて、怪我をさせてしまって……。本当に、本当に、申し訳ありませんでした」

と、セルトガイナーとサイクリークスが必死に謝る。ジョニーはむず痒い気持ちになった。

「あのとき、仲間や自分がやられていたとしたら、俺が貴様らと同じ立場だったら、俺も同じ行動を取っていただろう。だが、貴様たちがいてくれたおかげで、俺はこうして生き残っているのだ。誰が一番身体を張ったとか、偉いとかあまり気にするな。俺一人で勝てた喧嘩ではなかったのだから」

と、ジョニーはセルトガイナーの肩を優しく叩いた。仲良くしてくる者とは喧嘩をしない主義である。セルトガイナーは恥ずかしげな表情で、自分の頭を掻いた。

 フリーダが腕組みをして、近寄ってきた。

 口を曲げ、不機嫌そうな表情を浮かべている。 セルトガイナーがフリーダの態度に、困惑したが、ジョニーもフリーダも気にしなかった。

 フリーダは、ジョニーに耳打ちをした。

「オメエ、なかなか良い男だな。あたしは、嫌いじゃないぜ……」

と、フリーダは片目をつぶって、笑顔を見せた。

 不良たちは脚をすくませている。状況が一変しすぎて、対応できていない。

「さあ、どうします? こいつら?」

と、セルトガイナーが不良たちを指さした。悪ガキみたいだ、とジョニーは思った。

「一人ずつ、腕の一本でも折らせてもらいましょうか?」

と、サイクリークスは低い声を出した。普段は大人しそうなのに、意外と怖い発言をする、とジョニーは思った。

「オメエら、逃げるなよ? あたしらの仲間に手を出したんだ。逃げたら、地獄でもヴェルザンディでも、追いかけてやるからな」

と、フリーダが自分の髪をかき上げた。本当にやりそう、とジョニーは思った。地獄とヴェルザンディを同列に捉えている。

 不良たちは震えていた。人数は圧倒的に優位なのに、自分たちに勝ち目がないと知っているのだ。

「ビジー、どうすればいい?」

と、ジョニーはビジーに判断を仰いだ。

 ビジーは涼しい顔をしている。

「何もしなくていい。……五十人近くいるんだよね? 明日からでもお店を開くんだけど、皆さん、お客さんとして来てくれないかな? なにか商品を買ってくれれば、許してあげる。ここのパンは、身内とか抜きにして、本当に美味しい。安いし、絶対に損はさせない」

と、ビジーが発言した。不良たちから安堵の声が上がった。

「だけど、毎日、だよ。一回でも来なかったら、レダ姐さんがどこまでも探しに来るからね。シグレナスの女性はね、怒らせたら、怖いよ」

 ビジーは、舌を出して首でも絞められたかのような仕草をした。

「さっき、霊骸鎧に変身した、タワー、シビーノは、うちで働いてもらう。お店にヒビが入ったかもしれないのだから、それくらいの仕事はしてもらわないとね。……もちろん、お給料は支払うよ」

 ジョニーはビジーの意図を理解した。

 五十人の不良を顧客にして、毎日の売上を確保したのである。霊骸鎧に変身できるタワーとシビーノを従業員、兼、用心棒にする気なのだ。

「あれ、キズスは……? キズスがいないね」

と、ビジーがキズスを探した。

「キズスは逃げました」

と、不良の誰かが発言した。

 ビジーは優しく笑った。

「戻るように伝えてくれないかな。キズスは、店番になってもらおう。朝から晩まで働いてもらうよ。でも、友だちを見捨てて自分だけ逃げちゃうような人だったら、お給料は支払えないかなぁ」

 シグレナスでは、奴隷にも労働の対価は支払われる。

(無給で働かせるとは、下手したら、不良よりも怖い奴だな)

と、ジョニーは細くなった腕を組んで笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうなっていくかと思ったらビジーの優しさと機転で丸く収まっていって、ほっこりしました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ