男試し
遅れました。
1
ボルテックスの“光輝の鎧”と、カーマインの“一つ目巨人”があった場所から、それぞれ色の違う煙が立ちのぼる。
ボルテックスは黄色の煙に、カーマインは緑色の煙であった。
向かい合う煙から、二人の姿が現れた。
ボルテックスは驚いた表情で……もっとも、ジョニーには覆面越しでしか分からないが……仁王立ちしていた。
対するカーマインは、地面に片膝を突いて、苦悶の表情を見せていた。
(……銃創がない!)
ジョニーは、左脇腹の痛みが、ぶり返した。銃弾を貫通したジョニーの脇腹は、焼きごてを当てられているような痛みと熱を放出している。
比べて、カーマインの怪我は、皮膚の表面を焼いただけであった。
銃弾一発をかすったジョニーは重傷なのに、六発すべてを喰らったカーマインが、火傷程度で済んでいるのである。
(おそらく、カーマインの霊骸鎧が、俺の“影の騎士”よりも頑丈だからだろう。奴の“一つ目巨人”は、一発も銃弾を貫通させなかった。……霊骸鎧の性能に差があると、これほどまでに被害の差があるのだな)
と、ジョニーは分析した。カーマインを羨ましく思えた。
ボルテックスが大きな肩を揺らし、高笑いをした。
ボルテックスの笑い声は、森に木霊した。
「見たか、これが俺の能力“反射”だ! 俺様の“光輝の鎧”は、喰らった攻撃をそのままやり返す能力を持つのだ」
と、早口でまくし立てた。ビジーとの打ち合わせ通り、存在しない能力をでっちあげて、敵を騙している。
片膝を突いて見上げるカーマインを、ボルテックスは自信たっぷりの表情で見下ろしている。
「異議ありっ!」
と、ミタムラが声を張り上げた。
「“反射”とやらは分かった。だが、殿下の背中に強大な火傷の痕があるぞ。これは何だ……?」
「それはだな……」
と、ボルテックスが言い淀んだ。鼻に滴る汗を太い親指で拭い去った。
ミタムラの瞳が鋭く光った。ボルテックスの異変を見逃さない。
「おぬしは、殿下と真正面で戦っていた。それにも関わらず、殿下が背中をお怪我するとは、どういう能力なのか? ……おぬしの説明は、あまりにも怪しすぎる。不正がなかったのか、我々にて検分させよ」
と、ミタムラが強い口調で問い詰めてきた。
ミタムラの背後にいる“七鋭勇”が、口々に同意する。
「おい!」
と、ボルテックスは一喝した。ボルテックスの一声で、森の空気が張り詰めたように緊張した。
ミタムラを睨みつけ、叫んだ。
「俺の能力“反射”の追加効果だ。“反射”には、追加攻撃を喰らわせる効き目がある。この追加攻撃は、腹や胸といった真正面ではなく、背中にな。なぜなら“反射”だからだ! 鏡のように“反射”するんでな」
と、ボルテックスは胸を張った。鼻を鳴らし、平然としている。
(無茶苦茶な説明だ! よくもそんな嘘をつけたものだ!)
と、ジョニーは、自分が担架から跳ね起きそうになった。
「ミタムラ。今度はお前さんが、俺の相手をしたいのか? 俺の能力を受けて、背中いたいたい、って二人で泣いてみるか?」
と、ボルテックスは馬鹿にした態度で笑っている。
(ハッタリだ。完全にハッタリだ。ここでミタムラが出てきたら、完全に負ける)
と、ジョニーは頭が痛くなってきた。だが、これまでやる気が無かったボルテックスの様変わりに、どこか頼もしさを感じてきた。
「カーマイン、どうする? 一旦、仕切り直しにするか? それとも、他の奴と代わってやってもいいぞ?」
と、ボルテックスが、子どもに食べ物を選ばせている親であるかのように、問いただした。
完全に、カーマインを挑発している。
だが、カーマインの表情を見て、声色を変えた。
「そう怒るなよ。仕切り直しとか、代わりとか、俺の本意じゃねえ。俺はまだお前と戦いてぇ……」
と、冷静に諭した。怒らせたり、宥めたり、態度が二転三転する。
(相手の心を手玉に取る。これが、ボルテックスの得意技か)
と、ジョニーは苦笑した。
「だからよぉ、“男試し”をしようじゃねえか。お前の怪我じゃマトモに組み合っても、お前が不利なだけだ」
と、ボルテックスは太い人差し指を振った。
棒を拾い、地面に二本の線を引いた。
「男らしく、脚を止めて、顔だけを殴り合う。交互に、順番に、だ。それだけだ。昔からシグレナスに伝わる、男同士の喧嘩のやり方だ。今、俺が引いた線から、後ろに退いた奴の負け。もちろん、殴られて動けなくなったも負けだ。……どうだ、やらないか? セイシュリアの王子様よ」
と、ボルテックスはカーマインに提案した。子どもが、自分の友だちに新しい遊びを説明するかのような態度である。
(うまい! 普通に組み合えば、ボルテックスより格闘経験の豊富なカーマインが有利だ。だが、脚を止めたままの拳だけの殴り合いなら、技術に差は出ない。火傷をしているカーマインよりも、ほぼ無傷のボルテックスが有利だ)
と、ジョニーは、ボルテックスの機転に、驚いた。“男試し”なる喧嘩のやり方など聞いた記憶も無いが。
「おぬし! なにからなにまで、おぬしにとって都合の良い話ばかり並べおって。ちょこざいな、その喧しい口を塞いでくれる! ……これからは、このリュウゼン・ミタムラがお相手いたす。イヨォーッ!」
と、ミタムラが奇声を発しながら、地面を踏みつけ、前方に片腕を突き出して、両眼を見開かせ、首を大げさに捻る。どういう心境で、この動きをしたくなるのか、ジョニーには分からなかった。
「待て! ミタムラ」
と、カーマインが、声を絞り出した。火傷で苦しんでいる。
「ミタムラ、手を出すな……! 此奴がなにか卑怯な真似をしているかもしれん。だが、このカーマイン、この男からの挑戦を受けたのだ。勇者として、王子として、いや、一人の男としてな! ……男として、立ち上がらなくてはならぬ。逃げてはならぬ。誰かを代わりに戦わせてはならぬ。それは、負けを認めるに等しいのだから」
と、カーマインは、震える身体を揺り動かした。
(カーマインよ。男としてなら、貴様は充分に勝利している。俺たちは卑怯な真似をしているのである)
と、ジョニーは思った。誠実な性格の王子が、気の毒に感じてきた。
「ですが、殿下……!」
と、ミタムラが反論しかけた。表情が困惑している。ミタムラは、自分の主君が不利だと直感している、とジョニーは思った。
「申すな、ミタムラ。……ボルテックスよ。……ボルテックスと呼ぶべきか知らんが、私は、そなたの挑戦を受けるぞ。そなたの提案する“男試し”、この身に受けさせてもらう!」
と、カーマインが立ち上がった。口元が震えている。火傷の痛みに耐えているのだ。
「アッパレ! お見事です、殿下! それでこそ武家の誉れ!」
と、ミタムラは手を叩き、カーマインを褒めた。ミタムラの曇っていた顔色が、生気を取り戻している。
(反対したり、賛成したり、忙しい奴だ)
と、ジョニーは思った。
「だったらよ、決着をつけよう」
と、ボルテックスは、カーマインに近寄った。
2
生身の腕の太さ、背の高さ、体格面ともに、二人は互角であった。
生き別れの兄弟を思わせるほど、二人は似ていた。
「その前に、神に祈らせてくれ……」
と、カーマインは自分の両手を結んだ。
「俺も……」
と、ボルテックスもカーマインと同じ動作をした。
「……アーガス」
と、二人は同じ言葉で、同時に祈った。
ボルテックスとカーマインは静かに目を閉じ、天を仰ぐ。
二人の巨体から、光が放出した。
空は暗かった。暗い理由は、夜明け前だからだ、とジョニーは知っていた。
だが、二人が同時に放つ光は、なによりも明るかった。
ボルテックスとカーマインの放つ光は一体となり、静謐で目映い波動となって周囲を照らした。
暖かさを、ジョニーは感じた。
ボルテックスとカーマインは、同時に目を開いた。最初から最後まで、二人の動作は一致していた。打ち合わせがあるはずがないのに、まるで何度も合同練習を繰り返してきたかのようであった。
「そなた、アーガス教徒だったのか?」
と、カーマインが意外な顔をした。
「そうだが? バリバリのアーガス教よ。お前らの国、セイシュリアでは、アーガス教は国教だったよな。多神教のシグレナスだと、アーガス教徒は変質者みたいな扱いよ。肩身が狭くて、やってられねえや。俺は、お前らが羨ましいよ。シグレナスも、アーガス教を国教にしてしまえばいいんだがな。……ところで、お前は、神に何を祈ったんだ?」
ボルテックスの声が澄んでいた。からかうような口調は消え、まるで親しい友だちに話しかけるようであった。
「そなたに勝たせて欲しい、と祈ったよ。当然だ」
と、カーマインが応えた。涼しげな口調であった。カーマインは、ボルテックスに親しみを感じている、とジョニーは思った。
「偶然だな。俺もお前に勝つように神に祈ったところだ。一度に矛盾するお願いをされたんじゃ、神は困惑されるだろうよ」
と、ボルテックスが冗談を放つと、二人は豪快に笑った。
まるで、昔からの親友であるかのようだった。
「どちらが勝つかは、神が決める。それは、神の思し召しだ。生き残った者が、神の思し召しを全うすればいい」
と、カーマインは片目をつぶった。ボルテックスに左腕を突き出す。
「仰るとおり。さあ、はじめよう。夜明け前までに決着をつけるぞ」
と、ボルテックスも、カーマインに左腕を突き出し、二人は互いの手を握り合った。
「おう!」
と、カーマインが叫ぶと、上半身の回転を利用して、ボルテックスの頬を殴りつけた。
鈍い音を出して、ボルテックスの巨体は揺れる。足下が崩れる。
だが、カーマインが組んだ手で、起き上がらせた。
「どうした、降参か?」
と、カーマインが興奮気味に質問した。王子らしからぬ、子どもじみた言動だ。
「おう、ぜんぜん効いてねえよ。お次は、俺の番だ!」
と、ボルテックスは、子どものように強がった。
体勢を取り戻し全身の反動で、カーマインの鼻を、嫌な音を鳴らして殴りつけた。
カーマインが低く呻いた。一撃で鼻から赤い血が吹き出た。腕で拭っても、血は流れる。
カーマインは怯まなかった。拳に力を込めている。
「来いよ、オラァ! どんどん殴ってこいよォ!」
と、ボルテックスは挑発した。痛みのせいで、恐怖など通り越して、感覚が麻痺しているのかな、とジョニーは思った。
カーマインの反撃に、ボルテックスは右目まぶたの上を腫れ上がらせた。
ボルテックスも反撃する。
二人の殴り合いは、続いた。
倒れる相手を、起き上がらせる。怯んだ相手を、ときには挑発し、ときには鼓舞した。助かった相手は、お礼とばかり、相手の顔を全力で殴りつける。
まるで二人で協力して完成させる、踊りのようであった。
クルトたちも、“七鋭勇”も、どちらも身を乗り出して、勝利の行方を追った。
(こんな不合理な戦いをするとは、なんて愚かな奴らだ……)
と、ジョニーは呆れながらも笑った。だが、どこかで胸が熱くなっていた。
いつの間にか、夜が明けている。
二人とも顔が腫れ上がって変形し、血みどろになって、顔を見ても、どっちがどちらだか分からない状況になっている。
一方が、蚊の泣くような声で、拳を突き出した。こちらの情けない側が、ボルテックスだとジョニーには分かった。
蚊にすら負けてしまいそうな拳を相手の頬に当てた。もはや、攻撃になっていない。
(次の攻撃で、勝敗が決まるな)
と、喧嘩専門家のジョニーは分析した。
血まみれのカーマインが、酔っ払いかであるのような動きで、ボルテックスよりも強い力で、ボルテックスを殴った。
ボルテックスは、ゴミクズのように膝を突いた。
クルトたちが、落胆の声を出した。
ボルテックスは完全に沈黙し、反撃をしてこない。
腫れあがった顔のカーマインが拳を振り上げた。
(負けたか……。怪我をしていても戦えるとは、カーマインは強すぎた)
と、ジョニーは目を閉じた。
今回は、相手が悪すぎた。だが、世界最強、と謳われた“七鋭勇”にやれるだけの仕事はしたつもりだ。決して恥ずかしい戦いではなかったはずだ、とジョニーは自分を慰めた。
だが、カーマインは動かなかった。
最後の攻撃をしてこない。
膝をつくボルテックスの上に、覆い被さるように崩れたのである。
ボルテックスは、力尽きたカーマインを抱きかかえて、立ち上がった。
「あれぇぇ……? 勝った……? 俺が勝ったの……?」
と、間抜けな声を上げる。
クルトたちが喜びの歓声をあげて、ボルテックスの周りにまとわりついた。ガルグやセロンすらも、泥だらけになって喜んでいる。フリーダが腕を組んで遠巻きに見ている以外、勝利に騒ぎ立てた。
優しい朝の日差しが、二人を照らした。
朝である。
ビジーは、ドサクサに紛れてボルテックスの頭を叩いて喜んでいたが、我に返った。
「撤収!」
と、叫んだ。
クルトとサイクリークスは、二人がかりでカーマインを担いだ。
ビジーは背を見せて、逃げた。他の者も後に続く。
ビジーは逃げながら、後ろを振り返った。
「“七鋭勇”の皆さん。カーマイン王子は、おいらたちがシグレナスに戻るまでお預かりします。王子が快復したら、責任を持ってセイシュリアに送り返しますので、どうぞご安心ください。では、またお会いしましょう」
と、頭を下げた。
ジョニーをのせた担架が、宙に浮き、動き出した。
プロペラ少女プリムの“螺旋機動”が飛んでいるのである。
(“七鋭勇”が追ってくるぞ。主君をやられ、黙ってはいられまい)
と、ジョニーは予測した。追撃されたら、全滅である。
「ガルグ! そろそろシグレナスの援軍が来る時間ですよね?」
と、ジョニーの心配を予測していたかのように、ビジーは、ガルグに質問をした。
「そうだ……。君たちを保護してもらえるよう、私から説得させてもらうぞ」
「良かった……!」
呆気にとられる“七鋭勇”を置き去りに、ジョニーとビジーはシグレナスを目指した。
(なんだかよく分からんうちに助かったぞ……)




