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光輝の鎧

       1

 ボルテックスが、立ち上がった。晴れやかな目覚めをしたかのように、首を回した。まっすぐ立つ全身からは、恐怖や戸惑いといった、余計な気がそぎ落とされたかのようだった。

 歩き出す大きな背中には、力強さが宿っている。

(ボルテックスが、別人に生まれ変わったようだ……)

 ジョニーには、ボルテックスの背中から立ちのぼる、黄色の霊力オーラが見えた。

 森林の中に、天然の広場があった。中央には篝火かがりびが焚かれている。

 広場の中央には、男が立っていた。男は異国風の、奇妙な出で立ちをしていて、口ひげを左右に生やして、結んだ髪の束を、頭頂部にのせている。手足の袖は広い着物を着ていて、何か植物の蔓を思わせる模様が描かれている。

 一風変わった服装の男は、ボルテックスと、同行者のビジーを確認すると、口を大きく開いた。

「我が名は、リュウゼン・ミタムラ! 此度の一騎打ちは、拙者がお相手いたす! イヨォーッ」

と、ミタムラは、奇妙な雄叫びを上げ、片足で地面を強く踏み込んだ。右手を突き出し、目を見開き、首をぐるりと回した。

 全身から放出された赤い霊力オーラは、熱風となって周囲の木々を揺らした。

(こいつは強い……! ふざけた動きだが、このリュウゼン・ミタムラは、体幹がまったくブレていない。体幹の使い方が上手い奴は、喧嘩が強い。強い奴は、変身しなくても強いと分かるのだな……)

と、ジョニーはミタムラを評価した。“黄金爆拳ゴールデンボンバー”も強かったが、ミタムラも強い。“七鋭勇セブン・ソード”は、誰もが単体で強く、もし、連携攻撃をされたら、自分たちはひとたまりもなかっただろう、とジョニーは思った。

 ビジーの表情を見ると、曇りがかかっていた。

 指先で額を掻くフリをして、汗をぬぐった。ビジーが動揺を隠したいときに行う動作だ。

「リュウゼン・ミタムラが相手だと、不味いですよ……」

と、セルトガイナーが、ジョニーの背後から口を挟んだ。いつの間にか合流していた。

「リュウゼン・ミタムラの霊骸鎧は、“忍者ニンジャ”です。両腕から強力な火を放って、一度に三体もの霊骸鎧を焼き殺したとかという噂があります。“一つ目巨人(サイクロプス)”と違って、直接的な攻撃が得意ですから、もし奴と戦うなら、今回の作戦が失敗するかも……」

と、不安げに説明した。いつの間にか言葉遣いが丁寧になっている。セルトガイナーの内部で、なんらかの変更があった、とジョニーは感じた。

 ジョニーは、ビジーに視線を戻した。ビジーはボルテックスの腰を、肘で突いている。

 ビジーとは反面、ボルテックスは、たじろいていなかった。

「“一つ目巨人(サイクロプス)”との戦いを所望する!」

と、ボルテックスは、暗い天に向かって、声を張り上げた。

 ミタムラは一瞬だけ、驚いた顔をした。だが、腹を抱えて笑い出した。

「はっはっはっ。片腹痛いわ。おぬしのような夜盗ごときに、我が君の手を汚すまでもない。良いか? そもそも一騎打ちとは、身分が釣り合わなければ、成立しないのである。やんごとなき御方が、卑しき者を討ち取ったところで、なんの利益がある? ……拙者はこれでもアシノ国の筆頭家老デンチューの血を引きし者。おぬしのような夜盗の長に勿体ないが、他に戦いたい者がいなくて、仕方なく拙者が出てきてやったのだぞ? ほれほれ、さっさと変身して、決着をつけようぞ?」

と、ミタムラが子どもに諭すように、ボルテックスに伝えた。

 ボルテックスは、巨体からミタムラを見下ろしている。

 ミタムラは余裕の表情で、ボルテックスを睨み返した。自分よりも倍も身体が大きいボルテックスなど、すぐに倒せる気概を、ジョニーには感じた。

 隣でビジーは、自分の指を噛んでいた。予想はしていたものの、作戦通りに物事が進まず、動揺している。状況を逆転させるために、頭の中身を回転させているようだと、ジョニーは思った。

「待て、ミタムラよ」

と、後ろから涼しげで、優雅な声が聞こえた。

 若くて、体格の立派な男が姿を現した。

 頭に金色の髪飾りを載せている。上等な布でしつらえた腰蓑を巻き、逞しい両肩には肩を守る独特の防具プロテクターを着けており、肩からズボン吊りで腰蓑を固定している。

 上半身は裸であった。

 覆面以外は、ボルテックスと同じ服装である。

 ミタムラが唾を飛ばし、ビジーたちを追い払うような仕草をした。

「控えおろう、控えおろう、この御方を、どなたと心得る? セイシュリア公国、第一王子アレックス・エイル・カーマイン様なるぞ? が高い、控えぃ、控えぃ!」

「ミタムラ。苦しゅうない。私は構わん。せっかく、この私を指名してくれたのだ。夜盗にしては、なかなかの勇者だと思うぞ。もっとも、ただの命知らずなのかもしれんがな……」

と、カーマインは涼しげな表情で、ボルテックスに近づいた。

 ボルテックスを、上下に観察している。

 カーマインがボルテックスと肩を並べると、背の高さも、胸の厚さ、腕の太さまでほぼ同じであった。

 まるで生き別れの兄弟みたいだ、とジョニーは思った。

 身体が細く、室内で仕事をしているセロンよりも、逞しいカーマインがボルテックスの兄弟にふさわしい、とも感じた。

 ボルテックスが口を開いた。

「お前が、“一つ目巨人”だな。手合わせをしてもらおうか。……世界で一番強い奴、と評されているお前と、俺はやってみたい」

「そうだ。私が“一つ目巨人”だ。……世界で一番強いかは知らないがな」

と、カーマインは微笑を称えた。カーマインは高貴な顔つきをしていたが、表情や所作から身分の高さをジョニーは感じていた。普段は下品なボルテックスとは大違いである。

「私は、セイシュリア公国の勇者エイルだ。どんな相手でも挑戦に応じよう。勇者エイルとは何か、ご存じかね?」

と、カーマインが、質問をしてきた。ビジーがすかさず返事をした。

「カーマイン殿下。“勇者エイル”とは、セイシュリア公国から与えられる称号です。戦争の英雄に贈られるには、数百年に一度に出るか出ないかと考えられているほど、セイシュリアにとって最高の勲章です。シグレナスとヴェルザンディの同盟軍を退けたカーマイン殿下、貴方が勇者エイルであると、誰もが認めざるをえないでしょう」

と、ビジーは低い声で説明した。自分の顔を半分、手で隠して、カーマインの様子を窺っている。

 カーマインは、笑みを浮かべた。

「そなた、なかなかの物知りだな。立ち振る舞いといい、夜盗ではないな。そこの身体の大きい奴といい、話し方に知性がある。……それなりの身分の持ち主だと思う。できれば、そなたらの希望通りに私が戦っても構わないのだが、ただ、先ほど、ミタムラから説明があったように、この命を無料ただでくれてやるわけにもいかん。いかんせん、これでも王家の跡取りなのでな。いつでも死ぬ覚悟ではいるものの、周りの人間が許してくれないのだよ」

と、カーマインは肩を落とした。表情は余裕を崩さない。

 カーマインは戦いたくないわけではなく、むしろ、戦いたいのである。戦いそのものが誇りで、命など二の次に考えている節がある。戦いを通じて誇りを獲得しようとする点で、ジョニーは相通ずるものを感じた。

「だったら、貴方と戦うにふさわしい人物であれば、一騎打ちをしてもよろしいのですね?」

と、ビジーは噛んでいた親指を口から離した。語気に強みがある。

 なにか思いついたのだ、とジョニーは思った。

「セイシュリア公国の第一王子、カーマイン殿下。おいらたちの中では、貴方ほど高貴な出生を持つ人はいません。ですが、このボルテックスは違います。殿下と戦うにふさわしい人物です」

と、ビジーがボルテックスを手で差した。低く、感情を押し殺した声であった。

「ほほう、では、このボルテックスなる御仁がいかなる身分のお生まれなのか、是非伺いたいものだ」

と、カーマインは両手を広げた。両の瞳を輝かせている。

(カーマインは、なんと男らしいのだろう! 王家の跡継ぎであるにもかかわらず、挑戦を断らないとは、ボルテックスと違って、かなりの好人物にちがいない。それなのに、こちらは卑怯な小細工で戦いに勝とうとしているのだな。なんとも、情けない話だ)

と、ジョニーはカーマインの大きな器に驚嘆しながらも、自分たちのずる賢さに自嘲した。

「俺がお前にふさわしいかどうか証明してやるよ……。俺が誰だか教えてやろう」

と、ボルテックスは覆面に手を掛けた。覆面の後頭部には、細い紐が通されていた。

 紐を一本ずつ外していく。

「やめろ、ボルテックス、弟よ!」

と、セロンの叫び声が聞こえる。悲痛で、絶望的な響きがあった。

「覆面を外すな! ……私が許さん! 覆面を取ったら、お前がお前を守れなくなってしまう! だから、やめろ!」

 何故セロンが騒いでいるのか、ジョニーには理解できなかった。

 セロンの訴えも虚しく、ボルテックスは覆面を外した。

 ジョニーはボルテックスの素顔を拝見しようとしたが、ジョニーの位置からはボルテックスの正面を捉えられなかった。辛うじて、長い金髪の流れが見えた。

「俺は……」

 ボルテックスは名乗った。声が小さく、ジョニーには聞き取れなかった。

 覆面を脱いだボルテックスを前に、冷静だったカーマインが、驚いた。

 カーマインはボルテックスの素顔から、視線を外さなかった。その視線からは、どこか敬意があるかのように、ジョニーには見えた。

 カーマインが、隣に控えているミタムラに助言を求めた。 

「ミタムラ……。この男をどう観る? そなたは、人相見の達人だ。高貴さは、顔に出ると申していたな。もし、この男の弁が正しければ、顔つきにでてくるはず」

 ミタムラは鋭い視線をボルテックスに投げかけた。

 髭をなぞり、眉をひそめ、舐めるようにボルテックスの顔を観察している。

 しばらく長い時間をかけたあと、口を開いた。

「……間違いありませぬ。この男……、いやこの御方は、高貴な相をされておられます。……申し上げますところ、若様と戦うにふさわしい御方と存じます」

 ミタムラの分析に、カーマインは嬉々として手を打ち鳴らした。

「ならば、我が敵に不足なし。このアレックス・エイル・カーマインがお相手いたす。……出でよ、我が霊骸鎧“一つ目巨人”!」

と、カーマインが、複雑な印を組んだ。緑色の煙が吹き上がり、中から巨体の霊骸鎧が現れた。たてがみをつけた頭部に、顔面には、宝石のような赤い眼が一つあった。

 ビジーが背を向けて、これから戦場となる場所から立ち去った。ジョニーはビジーが見えない位置で握り拳を作っている様子が見えた。勝利を確信したのだ。

「出でよ、我が霊骸鎧……“光輝の鎧(シャイニングアーマー)”!」

と、ボルテックスも遅れまいと、印を組んだ。いつの間にか覆面を被り直している。

 黄色い煙の中から、外に向かって、霊骸鎧“光輝の鎧”が踏み込む。

 クルトたちから、歓声が湧き起こった。

「なんだ、あの霊骸鎧は……!」

と、敵の“七鋭勇”が、ざわめいた。

 ボルテックスの“光輝の鎧”は、白かった。

 身体の一部に青と赤の模様が入り、頭部には、二本の角が鍬形くわがたとなって飾られていた。

“光輝の鎧”ボルテックスは、白く輝く光を闇夜に残しながら、進んでいく。

(良い霊骸鎧だ……。ボルテックスにしては似合わないくらい)

と、ジョニーは心の中で苦笑した。

(これほど、見事な形状をした霊骸鎧を見た経験は、初めてかもしれん)

       2

 誰かが、ジョニーの腕に触れた。

 覆面の少女、ナスティだった。

 ナスティの触れた箇所から、霊力が伝わってくる。

 ジョニーは全身の内部から暖まっていく感触に陶酔した。

(暖かい……。霊力が戻っていくようだ……。ナスティには、霊力を分け与える力があるのだろう)

 だが、今は、戦いの時間である。

 ジョニーは“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

 拳銃型の霊骸鎧、“火散(ファイアーガンナー)”となったセルトガイナーを構え、銃口を“一つ目巨人”カーマインに向けた。

 ボルテックスと“一つ目巨人”が、つかみ合いの殴り合いをしている。

“一つ目巨人”の動きは、訓練された軍人そのものであった。腰を落とし、ボルテックスの攻撃を冷静に把握して、殴り返していた。

 ボルテックスの殴り方が、子どもの喧嘩を延長させたような動きだった。

 拳を大ぶりに振り回し、すべて回避されている。“一つ目巨人”の的確な反撃をすべて喰らっている。

(すぐに撤退すべきだな。戦いの経験値が違いすぎる。シグレナスとヴェルザンディの向こうを張って、命を掛けてきたカーマインと、自警団とかいう身分を振りかざして、市街の一般人を脅迫しているだけのボルテックスでは、勝負にならんな)

“一つ目巨人”が、ボルテックスを投げ飛ばした。

 ボルテックスが地面に叩きつけられる。

“一つ目巨人”がボルテックスに馬乗りになった。両の拳で、ボルテックスの顔面を何度も殴った。金属と金属が衝突し合い、火花を散らしている。

(……ダメだ、今はまだ撃つ瞬間ではない)

 ジョニーは銃を構えたまま、照準から“一つ目巨人”を覗き込んでいた。

“一つ目巨人”の能力、“武装解除ディスアーム”が発動する前に決着がつく可能性がある。

(そのときは、そのときで撃ってしまおう。ボルテックスが負ければ、総攻撃が始まる。だとすれば、少しでも敵の戦力を削いでしまえばいい)

と、ジョニーは判断した。

“一つ目巨人”が両腕を振り上げ、鉄槌のように振り下ろした。

“光輝の鎧”ボルテックスは、光を放出した。

 クルトたちが歓声をあげた。

 ボルテックスは下から、“一つ目巨人”を突き飛ばした。

 空中に浮く“一つ目巨人”の背中に回り込み、腹に拳をたたき込む。

(速いっ。俺の目でようやく追いつけるくらいの速さだ。ボルテックスめ、急に素早くなったぞ)

“一つ目巨人”が苦しそうな動きで、顔を振った。ボルテックスと向き直り、拳を交わす。

 ボルテックスは“一つ目巨人”の腕を叩き飛ばした。もう片方の拳で“一つ目巨人”の顔面を殴った。“一つ目巨人”は顔を押さえて、重厚な巨体をフラつかせている。

(強いっ。急に強くなった)

 ボルテックスの全身から、黄色い光がほとばしっている。

(いきなり強くなった。あれが、奴の、“光輝の鎧”の能力なのだな)

 強化されたボルテックスが、“一つ目巨人”よりも素早い動きで、“一つ目巨人”よりも強い力で、“一つ目巨人”を圧倒していく。

 攻守が逆転し、“一つ目巨人”を後退させていった。

 攻めるボルテックスから疲れを感じない。散々“一つ目巨人”に攻撃されても、損傷がほぼないのである。

(ボルテックスは、強い。しかも、打たれ強い。いや、正確に言えば、ボルテックスではなく、霊骸鎧の性能が単純に高いのだ。俺の“影の騎士”では、たとえ体調万全でも勝てないかもしれん。これほど強いなら、前の戦いに参加すればよかったものを……)

 ボルテックスの霊骸鎧“光輝の鎧”は、セイシュリアの“七鋭勇”ら霊骸鎧と匹敵、いや運用次第では圧倒するほどの性能を持っていた。ジョニーは、見えてきた勝利に興奮を隠せないでいた。

“一つ目巨人”は、ボルテックスから距離を取った。満身創痍で、肩で息をしている。

 ボルテックスから黄色い光は立っていない。“光輝の鎧”の能力、“体力増強ストレングス”一定時間しか持たない、とジョニーは見抜いた。

“一つ目巨人”は全身を逸らした。顔面中央にある赤い瞳に、霊力が集中する。

(来るぞ……! 奴の能力、“武装解除ディスアーム”だ……!)

 ジョニーは引き金に指を当てた。

 ナスティが、ジョニーの腕に手を添えた。ナスティの指が触れた瞬間、爆発したかのように、ジョニーの内部から霊力があふれ出した。

“一つ目巨人”の赤い眼から、闇夜を裂く閃光が放たれた。

 閃光は、ボルテックスに直撃した。ボルテックスの“光輝の鎧”が剥がされ、生身の身体……ボルテックス自身が見えてきた。

(“気配を消すライブ・ライク・デッド”……!)

 ジョニーは引き金を引いた。ありったけの銃弾が、無音のまま、“一つ目巨人”の背中に目掛けて飛んでいく。

 銃弾が、いつもより巨大に見えた。

(銃弾が巨大化……? ちがう、霊力が覆われている……! これもナスティの能力なのか?)

 六発の銃弾が、“一つ目巨人”の背中にめり込んでいった。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 知能戦も体を使う戦いもドキドキして読んでしまいました。 ボルテックスが何者か気になる…。
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