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世界で一番強い奴

 ビジーたちは、ストジャライズを解放した。

 ストジャライズは何度も後ろを向いて、向こうの灯りを頼りに歩き去っていった。

 灯りの周りには、人間の影が数体、見える。

 ストジャライズがいなくなると、空気が一瞬だけ穏やかになった。

 だが、ボルテックスだけは固まっている。ずっと自分で自分の胸を指さしている。

「俺が戦うのか……? どうして……?」

と、何度も同じ文句を繰り返していた。

「そうです。もう戦える人は、ボルテックス。貴方しかいません」

 ビジーは素っ気なく返事をした。ボルテックスは後ろを振り返ったが、誰もいない。

 ビジーは、ボルテックスの無視を無視して、セルトガイナーに話しかけた。

「セルトガイナー、拳銃に変身してください。一騎打ちのときに、敵を狙撃してもらいます」

「ブレイク。一騎打ちとは、拳銃を使って戦うのか?」

と、ボルテックスが問いかけた。呆気にとられたような声をしている。

「そうです。ですが、正しくは、実際に戦う人は、拳銃を使いません。ボルテックス。貴方には、武器を使わないで、拳だけの一騎打ちをしてもらいます。……拳銃を扱う人は、ジョニーの兄貴です。皆さんが呼んでいる風にいえば、ジョエル・リコです」

「……どういう意味だ? 即席軍師のブレイクさんよ。なぜリコが出てくる? それに、殴り合いだけなら、クルトが適任だろう。クルトは傷が完治しているが?」

と、ボルテックスは、面倒くさそうな声で反論した。

 いつも通り、クルトに面倒な仕事をなすりつける気だ、とジョニーは理解した。クルトの顔は、怪我をしていなかったが、顔色が青くなっている。

 ビジーは強く首を振って、ボルテックスの意見に反対した。

「いえ、駄目です。クルトが一番、危険な状態です。クルトの再生能力には、大量の霊力を消耗します。霊力をほぼ使い果たしている状態です。肉体は健康でも、あと一回変身でもしたら、それこそ死んじゃいます」

「だったら、リコは死にかけだろう? お前の考えは、いちいち矛盾している」

と、ボルテックスが舌打ちをした。

「ジョニーの兄貴は、肉体に限界が来ても、霊力が残っています。霊骸鎧の戦いは、精神が肉体を超える場合があります。下手をすれば、おいらたちの中で、誰よりも一番強いです。……でも、今の兄貴は、殴り合いには向いていません。精神が肉体を超えるといっても、所詮はおいらたちは、肉体を持った生き物なのです。霊骸鎧の戦いは、肉体の健康状態が基本です」

と、ビジーは理路整然と説明した。

(ビジーめ、怪我人の俺を戦わせる気か)

と、ジョニーは内心、苦笑した。だが、今のビジーは、いつもと違う。いつも怯えている表情をしていたが、ボルテックスとやり合う態度には、自信に満ちあふれていた。

 ビジーがジョニーの顔を覗き込んできた。

「ジョニーの兄貴、できるよね? 兄貴の能力なら、自分だけでなく、自分が持っている武器の気配を消せるはずだよね。さっきの“黄金爆拳”の戦いも、武器の気配を消していたんだろう? 今度は、発砲音を消してほしいんだ」

 ジョニーは寝台の上で寝たまま、“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

“火散”となったセルトガイナーを受け取った。

 仰向けになった状態で、一本の大木に向かって銃口を構える。

 闇夜に、鳥たちが羽ばたく。鳥たちは、自分の命に危険が迫っていると気づいたのだ。

 ジョニーは、“気配を消すライブ・ライク・デッド”能力を開放してから、引き金を引いた。

 発砲しても、音は鳴らない。

 拳銃独特の強い反動が連発すると同時に、地面に何かが連続して落ちた。

 クルトとサイクリークスは顔を見合わせた。

 ボルテックスは、落下物まで大股に近づき、腰をかがめて、落下物を拾った。

 ボルテックスの大きな掌には、小鳥の死骸が収まっていた。小鳥は三羽いて、どれもが身体を銃弾に打ち抜かれていた。

 クルトたちは雷に打たれたかのような身体を震わせた。

「あんな身体で、あんな姿勢で、一発も外さず、打ち抜いただと? ……リコは、銃の扱いも一流なのか?」

と、クルトは、打ちのめされた表情をした。無力さと劣等感に、舌で自分の唇を舐めている。 ビジーは、クルトの驚愕に力強くうなづいた。

「しかも、音がない。これで、狙撃手の準備は万端だね……」

「誰かが敵と戦っている間に、リコに狙撃させる気なのか……?」

と、ボルテックスはいぶかしがった。まだボルテックスは自分が戦う実感がないのだ、とジョニーは感じた。

 ビジーは狙撃の問題を解決すると、声を張り上げた。

「プリム……君の出番だよ。どこかに隠れているんだろう? 君の、いや、プロペラの力を借りたい」

 ビジーの声が森林に響いた。

 空中から、一体の霊骸鎧が舞い降りた。

 頭に巨大なプロペラを伸ばしている霊骸鎧、“螺旋機動ヘリコプティア”である。

 白い煙が立ちのぼると、煙の中から、癖っ毛の少女プリムが現れた。癖っ毛の上に、小さなプロペラが載っている。

「ふっふっふ。おれのちからをかりたいだと? ついに、プロペラのいだいさがわかるようになったな」

と、笑顔を浮かべている。

 単純すぎる、とジョニーは思った。

「そうだよ。君の素晴らしいプロペラを、皆が見たいんだ。これから君にして欲しい仕事がある。頼めるかな?」

と、ビジーが落ち着いた声で、プリムと交渉をした。

「本当か?」

 すぐに交渉が成立した。プリムが瞳を輝かせ、身を乗り出している。

「おいらが指示する地点まで、ジョニーの兄貴を運んでほしい」

と、ビジーが、ジョニーを指さした。指先には、強い信念を感じた。

「けがにんか? ……まかせろ。おれのプロペラは、いくらでもおもたいものをもてる。ひゃくにんのっても、だいじょうぶ!」

と、プリムは胸を張った。頭上のプロペラが、心地よく回転している。

「ありがとう、プリム。君のプロペラは世界一だ」

と、ビジーは褒めた。微笑を称えている。

「これで、準備は完璧だ。あとは、ボルテックス。貴方に策を授ける」

 ビジーはボルテックスに向き直った。ビジーは忙しい、とジョニーは思った。

「貴方の能力は、“反射”だ。相手の攻撃を喰らえば、相手と同じ攻撃を繰り出す能力を持っている」

「……持っていねえよ。俺の霊骸鎧は、そんなんじゃねえ」

と、ボルテックスは腕を組んで反論した。

「そうです。持っていません。だから、相手を騙すんです」

「はあ? お前はさっきから何を偉そうに吹いているんだよ? 俺の霊骸鎧には、そんな力はねえし、そもそも俺に戦う気もねえよ」

「貴方の霊骸鎧だから、最適なんです」

「何をほざきやがる? 相手が誰かも分からねえんだぞ?」

「……恐らく、敵は一番強い人をぶつけてくるでしょう」

「そりゃそうだ。一騎打ちは、でたとこ一発勝負だからな」

「しかも、どんな敵にも対応できる、万能型の人を、ね」

「当たり前だ。……だがな、“七鋭勇セブン・ソード”は七体いる。さっきの“黄金爆拳”が出てこないとして、あと六体いるんだぞ? 六分の一の確率だ。軍師殿よ、お前は、誰が出てくると思うんだ?」

と、ボルテックスは不機嫌な声を発した。

 ビジーは息を吸い込んだ。

 夜空を見上げ、吐き出した。

「……“一つ目巨人(サイクロプス)”です」

 全員が、どよめいた。雷に打たれたように、動揺している。ジョニーは“一つ目巨人(サイクロプス)”の何が恐ろしいのか分からなかったので、動揺しなかった。

 ナスティを見ると、ナスティも動揺していなかった。首を傾げてはいるが、冷静だった。「“一つ目巨人(サイクロプス)”だと? セイシュリアの王子だろう? 世界でも五本の指に入るほど強い奴だ。無理無理……! 勝てっこない!」

と、ボルテックスは手を振った。

「勝てます!」

と、ビジーは断言した。

「どんな手を使ってでも勝ちに行きます。そのために時間をとって準備をしたのです」

「お前、どうしてそう思えるんだよ?」

「“一つ目巨人”の能力を知っていますか?」

と、ビジーはボルテックスの質問に応えないで、質問で返した。

「“武装解除ディスアーム”……だろ? 喰らった奴は、霊骸鎧でなくなってしまう」

「そうです。“一つ目巨人”の能力は、“武装解除ディスアーム”です。強制的に相手の変身を解除させます。相手がどんな霊骸鎧であれ、普通の人間にしちゃうんです。飛んでいるガルグを撃ち落とした人は、間違いなく“一つ目巨人”です」

「だから、そんな奴に勝てるわけないだろう? 奴の“武装解除”を喰らったら、生身になるんだぞ? 生身で霊骸鎧に殴られたら、複雑骨折どころじゃないぞ? シグレナスとヴェルザンディがセイシュリアに勝てない理由は、“一つ目巨人”にある、と噂されているくらいなんだぞ? 奴のせいで霊骸鎧が、どんどん無力化されていくんだからな。間違いなく、“一つ目巨人”は、世界で一番強い奴だ」

と、ボルテックスはビジーに掴みかかった。 

 ジョニーは想像ができなかった。これまでは霊骸鎧同士の戦いを想定していたが、“一つ目巨人”と戦うとなると、霊骸鎧と生身の姿同士の戦いになる。戦いの根底を覆す能力であった。

 世界で一番強い奴……。

 ジョニーは、健康であれば、一度対戦してみたくなった。

「でしたら、“一つ目巨人”の変身を解いてしまえばいい。お互い生身なら、五分と五分です」

と、ビジーは平然と応えた。

「できるわけない」

と、ボルテックスは平然と反論した。

「できます。一瞬で強力な一撃を食らわせばいいんです。そうすれば、変身は解ける」

「無理だ。俺の霊骸鎧には強力な攻撃手段を持っていない」

 ボルテックスは首を振った。

 一歩も退かない。ビジーも退かなかった。

 お互い譲らない、膠着こうちゃく状態になった。

 だが、ジョニーには、ボルテックスより小さいビジーが勝っているように見えた。この場の支配者は、間違いなく、ビジー・ブレイクその人であった。

「敵の隙をついて、背後を撃つ……。分かりますよね?」

と、ビジーは静かな口調で反論した。

「……いや、待てよ。さっきの話に戻るんだな」

と、ボルテックスは、自分の顎に手をやった。

 何かに気づいたのである。

「そうです。敵が“武装解除”をしたと同時に、ジョニーの兄貴が“一つ目巨人”の背中を撃てば良いんです。さっきも説明したとおり、ボルテックス。貴方の能力は“反射”だ。相手の攻撃を跳ね返す力があります」

「……騙せ、と? 奴を、“一つ目巨人”を騙せ、と? 狙撃したとバレたら、総攻撃を食らってしまう。だが、奴の変身解除を俺の能力だと片付ければ、相手は文句を言えないな」

と、ボルテックスが、ビジーの作戦を理解し始めた。口調が興奮している。

「兄貴の狙撃が成功すれば、お互い生身同士の戦いになります。兄貴の銃撃を喰らった相手は、怪我をしているはずです。……ボルテックス。怪我人と殴り合いをして負けそうですか?」

と、ビジーは声を低くして、問い詰めた。

「セイシュリアの王子がどれだけ格闘経験があるのか知らないが、怪我人なんかに、しかも背中に銃創を負った奴に、俺が負けるはずがない」

と、ボルテックスは、自身の逞しい背中をいからせた。

 クルトたちは、歓声をあげた。声は希望に溢れている。生き残る光明が見えてきたのであった。

「さあ、もう時間がありません。すぐ準備をしましょう。プリム、ジョニーの兄貴を連れて行ってくれ」

と、ビジーは手を叩いた。

 プリムが変身して、ジョニーを寝台ごと持ち上げた。セロンとビジー、そしてナスティが三人がかりで運んでいた重量を、プリムの霊骸鎧は軽く持ち上げたのである。

 ビジーは“螺旋軌道”プリムに耳打ちをした。

「プリム。もしも、おいらたちが戦いに負けたら、ジョニーの兄貴とナスティを連れて、安全な場所まで逃げてくれ……」

 霊骸鎧となって口が塞がっているプリムは、うなづいた。

 ビジーはジョニーに向き直った。

「ジョニーの兄貴。お願いだ、敵を撃って欲しい。兄貴が当ててくれたら、この戦いは必ず勝てる。いつ撃つかは、ナスティが教えてくれる……。兄貴には、ナスティがいる。だから、なにも心配しなくていい。兄貴の仕事は、“一つ目巨人”の背中に向かって引き金を引くだけだ」

 力強い目線をジョニーに送った。ビジーの両眼から強い信念を感じる。

 ジョニーは頷いた。

(こっちは全身が痛くて死にかかっているのに、奴隷の扱いが酷いご主人様だな……)

と、ジョニーは思った。だが、嬉しくもあった。

 ボルテックスがビジーに近寄る。

 巨体を不安そうに震わせている。

「でもよう、あの、もし、リコが銃撃を外したら?」

「負けます」

と、ビジーは即答した。

「命中しても、“一つ目巨人”の変身が解けなかったら……?」

「負けます」

「計画がバレたら?」

「負けます」

「どうするんだよ?」

「おいらたちは、もう一縷の望みに掛けるしかありません。一騎打ちは、相手にとって何の得もありません。相手が一騎打ちにのってくれただけでも奇跡なのですから、むしろ敵に感謝しましょう。狙撃に関しては、ジョニーの兄貴を信じてください。兄貴は、格闘よりも射撃が得意です。弓矢でも、石でも、なんでも当てます。狙撃の天才です」

「リコはなんでもありだな……。サイクリークスも射撃は得意なんだが、怪我しているしな。いや、リコも怪我しているけどよ。でもよ、もしも、“一つ目巨人”が出てこなかったら……? 他の奴が出てきたら?」

「負けます。今回の作戦は、相手が“一つ目巨人”が出てくる状況を前提にしているので、他の霊骸鎧が出てきた時点で敗北です。……もう約束の時間です。行きましょう」

「ブレイク、ブレイクさん、いや、軍師殿? 俺はどうすればいいんですか?」

と、ボルテックスが情けない声で質問した。

 ビジーは振り返った。

「……ライトニング・ボルテックス。余計な心配はしないでください。貴方は、貴方のままでいい。貴方は誰なのか。思い出してください」

「そんな……! そんな精神論で俺に死ねと?」

 ボルテックスが膝から崩れる。

「いやだ、いやだ。俺は行かないぞ。負けるに決まっている。それに、相手は一国の王子だ。元不良の俺と命が釣り合うような相手ではない……。だから、一騎打ちは成立しない! アーガス! なんていう日だ。俺は神に命じられても、ここから離れないぞ!」

 地面に両手を突いて、抗議した。

「プリム。いいから行って……!」

と、ビジーはプリムに合図を送った。

 プリムは飛び立った。寝台のジョニーは、輸送物のように、その場から離れていった。

 セルトガイナーは人間の姿に戻っていた。プリムとジョニーのあとを追いかけて歩き出す。 ジョニーは、ビジーとボルテックスのやりとりを眺めていた。

「ナスティ、手伝ってあげて……」

と、ビジーはナスティに命令した。

 覆面の少女ナスティは、覆面の男ボルテックスの頭に手を添えた。

 ナスティの手から、眩しい光が放たれた。

(なんだ……? あれは?)

 プリムに運ばれて、ナスティたちが遠ざかっていく。

 遠ざかりながらも、ナスティの光は温かく、優しげな感触を受けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 頼もしいビジーが書かれていておもしろいです。 自分の才能を発揮しながら他の人の才能を見抜き、戦略を立てる。 自分も周りも両方の才能を活かし合える人はきっとビジーのような人なんだろうなと思いま…
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