表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/173

ご主人様

投稿日がフライングぎみです

        1

「どんな強い奴が出てくるかと思えば、ただの死にかけが出てきやがった」

黄金爆拳ゴールデンボンバー”ストジャライズは、ジョニーの霊骸鎧、“影の騎士(シャドーストライカー)”を上下に見て、高笑いをした。

「しかも、特徴のない、よく見るタイプの量産型霊骸鎧って感じだ。最低ランクの霊骸鎧……いや、最弱の霊骸鎧だろう。……それに比べて俺様の“黄金爆拳”は超エリートだ。俺様の“黄金手甲ゴールデングローブ”は、ただの手甲グローブじゃあねえ。あらゆるものを消し去る、この世で最強の武器だ。おい、最弱の量産型。俺様に何か文句でもあるのか? 粉々になるまで殴り飛ばしてやる」

“黄金爆拳”ストジャライズが胸を張り、顎を突き出した。

 ジョニーは歩を進めた。恐怖などない。

 どんな戯言を聞こうとも、この傲岸不遜な男を殴り飛ばしたい。

 ジョニーを突き動かす原理原則は、怒りの感情のみであった。

 残忍な表情を浮かべて、“黄金爆拳”ストジャライズが印を組んでいる。

「見せてやろう、量産型。俺様の霊骸鎧を……! 出でよ、我が霊骸鎧“黄金爆拳”! 我が名は、スターム・ストジャライズ!」

 金色の霊骸鎧が現れた。

 頭部と顎は鋭角に伸び、三日月のような顔面をしている。両方の手甲を打ち鳴らした。

 腰を落とし、ジョニーに向かって迎撃の構えをした。

「だめだ、戦ってはいけない。ジョニーの兄貴っ。霊骸鎧の性能が違いすぎるっ。早く逃げて!」

 ビジーの悲鳴が聞こえる。ビジーの身体が引き裂かれるような痛みを感じた。ジョニーが死ねば、ビジーにとっては自分の半身を失う状況に等しいのである。

 だが、ジョニーは無視した。

 負ける未来など、ジョニーには想像できなかったからだ。

 間合いに入った瞬間、“黄金爆拳”の頭部に向かって、剣を振り下ろす。

“黄金爆拳”は名前の由来通り、金色に輝く手甲グローブで剣の刃を殴った。

 刃にヒビが入り、そのまま破片となった。金色の霊力に包まれ消滅していった。

(剣は囮だ……!)

 ジョニーは、刃先が消えた剣の柄を捨てた。

 代わりに、“黄金爆拳”の細長い顎を掴んだのである。

 戦いを見ていた者たちすべてが、息を呑み、驚いた。

 世界の時間が止まったかのようだった。

 顎を掴まれた“黄金爆拳”本人は、ジョニーの意外な行動に呆気にとられている。

(こっちが本当の攻撃だ!)

 ジョニーは、もう片方の腕を振り下ろした。

 全身の体重を、この一撃にかける。

 金属がぶつかり合い、鳴り響く鈍い音から、手応えが伝わった。

“黄金爆拳”の細長い頭部が揺れ、膝が折れたかのように、地面に崩れ落ちた。

 黄色の煙を発している。

「何が起こった……? どうやって倒したんだ? しかも一発だと……?」

と、近くにいたクルトたちが、ざわめいた。

 煙の中で、ストジャライズが、草むらの上で頭から血を流している。

 この世にありえない生き物に遭遇したかのような目つきで、ジョニーを見た。

「そんな馬鹿な……! 俺様が量産型に負けた……だと?」 

と、ストジャライズが驚くが、ジョニーは、ストジャライズの疑問を無視して、ストジャライズの脇腹を踏んだ。

 生身の脇腹を、霊骸鎧の重量に圧迫され、ストジャライズはうめいた。自分がフリーダにした仕打ちを、自分が追体験しているのである。

 ジョニーはもう一つの武器を左手で持っていた。

“影の騎士”に標準装備されている、“小型円盾バックラー”だった。盾を元の場所、つまり前腕に装着し直した。

 ジョニーの変身が、煙とともに解ける。

 意識を失いつつ、ガルグの声が聞こえた。

「信じられん……。格闘性能では世界一の“黄金爆拳”を、たったの一撃で倒すとは……」

        2

「兄貴の馬鹿……! なんで戦いを挑んだの? 勝ってよかったものの、下手したら殺されていたんだよ?」

 泣き叫ぶビジーの顔が目に飛び込んできた。

 ジョニーが目を覚ますと、洞穴の中にいた。

“黄金爆拳”との戦いが夢だったと一瞬だけ勘違いしたが、“黄金爆拳”の中身スターム・ストジャライズが同じ洞穴に捕らわれている状況を見て、夢でないと分かった。

 ストジャライズは後ろ手に縛られ、冷たい岩の床に座らされていた。右目の周りに青あざを作っていた。誰かに殴られた痕である。

 ストジャライズは不満げな表情を浮かべている。

 ジョニーは、ストジャライズが勝敗の結果に対して不服があると想像した。

(次、戦ったとして、俺が勝てるとは限らん。俺は奴の油断につけ込んだにすぎん。同じ方法は通用しないだろう)

と、ジョニーは分析した。

 次ならどう戦うだろうか、作戦を考える必要があるが、全身が痛い。自分は怪我人なのである。

「殺せ、こいつを! こいつのせいで、スパークは無駄死にしたんだ……! スパークを殺したこいつを、あたしは絶対に許さない!」

と、フリーダの怒り狂う声が聞こえた。痛む脇腹を庇いながら、ストジャライズの真横まで駆け寄り、顔を蹴った。

 ストジャライズは横倒しになったが、自力で起き上がった。口から血の混じった唾を吐いて、不貞不貞しい態度を維持している。

 洞穴の中では、フリーダの剣幕に凍りついた。

 だが、一人だけ冷静な男がいた。

「それは違います!」

と、ビジーが立ち上がった。ジョニーにとって意外な現象だった。目にはいつもの怯えた雰囲気はなかった。ビジーはまっすぐな視線を、フリーダに送っている。

「スパークが攻撃している間、“黄金爆拳”は顔ばかりを守っていた。だから、ジョニーの兄貴は“黄金爆拳”の弱点を顔面だと見抜いたんです。……スパークの死は無駄じゃなかったんだ。……フリーダ。スパークが命を掛けて貴女を守っていなければ、今頃、おいらたちは“黄金爆拳”に皆殺しにされていたんだよ」

と、ビジーは独自の解釈を説明した。真偽はともかく、フリーダを落ち着かせるには充分であった。フリーダは子どものように泣き出した。

「スパークは命を捨ててまで、フリーダを守った。スパークはひょっとして、フリーダを……」

と、ビジーは、自分の中で何かが解けたような表情を浮かべた。ビジーの気づきを聞いて、フリーダは更に泣き声を大きくした。

 ボルテックスが立ち上がった。

「リコは、それだけの情報で“黄金爆拳”の弱点を見抜いたのか? 間違っているかもしれない情報に命を賭けたのか? それに武器を囮にして、“黄金爆拳”の裏をかいて盾で攻撃するとは、なんていう戦闘的才能バトルセンスなんだ……!」

 覆面越しでジョニーを見た。覆面の中から驚きの表情が伝わってくる。

 フリーダは泣き、ボルテックスは呆気にとられ、サイクリークスはセルトガイナーに、折られた腕に添え木をされていた。セロンは俯いて、顔を隠している。

 ガルグは周囲を見渡している。ガルグは洞穴の中に、いつの間にか保護されていた。白髪は短く切り揃えられ、知性に溢れた、彫りの深い顔つきをしている。学者軍人の異名をとるだけある。

 ナスティが、ガルグの右腕に包帯を巻いている。

 ガルグが、セロンを横目で何度も見た。

「大神官殿? どうしてこんなところに?」

 顔を逸らしていたセロンは、見えない棒で叩かれたように肩を動かした。

(このセロン、弟のボルテックスを助けに来ただけで、何も悪事を働いていないのに、確実に評判を落としているな)

と、ジョニーは内心、苦笑しつつも同情した。

 ガルグは、視線を移すと、更に驚いた。

「それに、もしやと思いましたが、貴女様は……! どうして貴女様まで?」

 ガルグが驚いた相手は、ナスティであった。

 ガルグが何かを話そうとしたが、ナスティは、自分の口に指を当てる仕草を見せた。

「そうでしたか。……あの御方が、関わっている件だったのですね。……大神官殿がおられる理由もそこにありましたか」

 ガルグが項垂れた。

 ジョニーには何が起きているのか理解できなかった。ガルグの中で何かが氷解したとまでは分かったが、それがどうやってこの覆面の少女ナスティと関連しているのか、意味が分からない。

 ジョニーが混乱している中、ビジーが大股でストジャライズの前に立った。屈んで、ストジャライズの顔を覗き込んだ。

「ストジャライズ。……君の仲間たちは、あと何人いるんだい?」

 ビジーの質問に、ストジャライズは不機嫌な顔を浮かべた。

「……無意味な質問だな。“七鋭勇セブン・ソード”が何人いるのか知らねえのか? お前の質問に答えるならば、答は、あと六人だ。その六人が、ここを見つけて火の海にするには、それほど時間は掛からないだろうよ。残り少ない余命を、この湿気った洞穴の中で楽しく過ごすんだな」

 言い終わると、ストジャライズが、乾いた笑いをした。

「……“黄金爆拳”クラスの霊骸鎧が、あと六体もいるのか?」

と、ボルテックスが息を止めた。巨大な肩を落とし、絶望の空気を醸し出している。

 ストジャライスが話を続けた。

「おっと、さっきの奇跡が、もう一度起こるだなんて、期待するんじゃないぞ。俺様は、量産型があまりにも弱そうだったから油断しただけで、同じ手は二度と通用しねえ。……なんなら、もう一度、試してやろうか? この下手くそな縛りを解いて、俺様を自由の身にするんだな。おっ、どうだ。最弱の量産型。次は負けねえぜ」

と、低い声でジョニーを挑発した。ストジャライズ本人は負けた気になっていない。

 ボルテックスが間に入った。

「へっ。そう生意気な態度を取るな。お前はウチのリコちゃんに負けたんだ。おい、リコちゃんや。この髭親父をどうする? この場で殺すか? それともセイシュリアに連絡して、身代金を要求しようぜ……」

 ボルテックスの提案が理解できない。ボルテックスは、ジョニーの反応から、説明を付け加えた。

「知らないのか? 敵国の武将や有名人を捕まえたときは、命令をできるんだ。命令の代わりに、身柄を解放する。戦いに勝った奴の特権ってやつだ。ま、大抵の奴なら、身代金を要求するけどな」

と、ボルテックスは揉み手すり手をしながら、小躍りしだした。厄介事になると部屋の隅に身を隠すくせに、金と女の話になると、とたん元気になる。

 ボルテックスの提案に対し、ジョニーは首を捻った。

 今現在、金に興味はない。いや、金銭問題で今回の冒険に加わった手前、決して金が不要であるとはいえない。

 金を要求するかどうか考えるほど余裕のある状況ではない。

 ジョニーは野戦病院と化した洞穴の中で、重傷者たちの呻き声を聞いていた。

「今回は、身代金は要求しません」

と、ビジーが否定した。声は澄み、洞穴の内部を綺麗に通った。

「急になんだよ……」

と、ボルテックスがビジーの登場に驚いた。

「おいらたちの優先事項は、安全な撤退です。このまま“七鋭勇”と戦えば、確実に全滅します。ですから、なんとしてでも戦いを回避して、逃げ切るべきです。“黄金爆拳”を解放する条件に、安全に逃がしてもらうしかありません」

 ビジーの提案を、誰もが静かに聞いていた。

 ジョニーにとって、納得する内容である。

“黄金爆拳”並に強い霊骸鎧が、あと六体もいる。“黄金爆拳”ストジャライズの分析通り、ジョニー自身としては、“黄金爆拳”の油断に乗じた勝利に過ぎない。同じ方法を六回も繰り返すほど、ジョニーも敵も愚かではない。

 まともに衝突して勝てる相手ではない。

「ですが、彼らは誇り高きセイシュリア公国の騎士団にして、最強の“七鋭勇”です。プライドがあります。仲間の一人が、ただの夜盗に負けて、ただで引き返すとは思えません」

 ビジーの演説に、ボルテックスが腕を組んで、苛立たしげに身を揺らした。

「おい、ブレイク。なんでお前が口を出してくる? お前が勝ったんじゃねえだろ? リコちゃんの手柄だ。“黄金爆拳”の処遇は、リコが決める話だ」

「ジョニーの兄貴は、おいらの奴隷です。奴隷には私有財産はありません。兄貴の財産は、すべて主人であるおいらに帰属します。ですので、“黄金爆拳”の生殺与奪権は、おいらにあります。……シグレナスは法治国家です。文句があるなら、裁判をしてどうぞ」

と、ビジーが背筋を伸ばし、断言した。

 ボルテックスは、何かを言い淀んだものの、引き下がった。

 クルトをはじめ自警団の中で、自分たちの親分が言い負かされたといって、ビジーの発言を咎める者はいなかった。

 ビジーの態度や理論は、正々堂々としていたからである。

 ジョニーは、ビジーを見直した。

 普段は頼りないご主人様であるが、もっとも危険な状況に追い詰められて、ようやく本来の自分に覚醒した感がある。ジョニーは、生まれて初めてビジーを頼もしく感じた。

「では、お前さんは何を望むんだよ? 軍師気取りのブレイクさんよ」

と、ボルテックスが吐き捨てるように問い詰めた。

「それは、彼ら次第でしょう。そろそろ来る頃だ」

 ビジーは涼しげな表情を見せた。まるで深窓の貴人が、庶民の生活を覗いているかのような優雅な動きで、洞穴の外を見た。

「彼ら? 彼らとは誰だ?」

と、ボルテックスが騒いだ。だが、ビジーはボルテックスを相手にしなかった。

「ストジャライズ。君たちセイシュリア公国の人たちが、なぜ海を越えてまで、シグレナスに来たんだい?」

と、ストジャライズに質問した。ジョニーとしても、気になる質問である。

「へっ。お前らの皇帝が霊落子スポーンどもを俺様たちの国に連れてこようとしたから、阻止をしに来たのよ。お前の国に霊落子を送りつけるぞ、なんて誰が納得するんだよ? お前らの皇帝は、本当にろくな仕事をしないな。暗君ぶりは、海を越えて、セイシュリアどころか世界中に知れ渡っているぞ」

と、ストジャライズは高笑いをした。洞穴に、笑い声が響く。ジョニーはストジャライズの笑い方が不快になった。

「なるほどね。霊落子たちが難民となって大量に来られたら、国が壊れちゃうよね。文化も考え方も違う人たちを、自分の家に預かるような話だよね」

と、ビジーは納得した。ジョニーも、異相の霊落子たちと同居する事態を想像したら、途端に窮屈になった気がした。セイシュリアが最高戦力を持って、霊落子の移送を阻止する理由がよく分かった。

「で、一番の質問。……ガルグを倒した人は誰なの?」

と、ビジーが質問をした。これは冷静であったが、どこか突き刺すような響きがあった。

「……それを知って、どうする?」

と、ストジャライズは片方の眉を引きつけて応えた。

 ビジーは余裕の笑みを浮かべた。

「気になってさ。ガルグの霊骸鎧は空を飛ぶ。空を飛ぶ霊骸鎧の多くは、天属性だから、あえて天属性の霊骸鎧と呼ぶけど。天属性の霊骸鎧は、弓矢とか鉄砲といった飛び道具に弱い。理由は分からないけれど、空を飛ばない普通の霊骸鎧よりも痛いみたい。普通の霊骸鎧なら死なない程度の威力を持った矢を喰らって、死んじゃった天属性はいっぱいいる」

 ビジーはガルグを見た。ガルグはビジーの視線に身体を少し反応させた。

「それに比べて、ガルグはまだ生きている。怪我はしているけど、すりむいたような怪我だ。多分だけど、飛び道具にやられた、とは思えない。途中で変身が解けた感じがする。霊骸鎧は攻撃を受けすぎると変身が解けるけど、ガルグは攻撃を受けすぎた形跡もない」

「……何が言いたい? いや、お前はもうすでに気づいているぞ。この空飛ぶジジイをやった俺様の仲間が誰かを、な」

と、ストジャライズの片目が光った。

 ビジーはかすかに笑っている。ジョニーにはまったく理解が追いつかない。

 ビジーとストジャライズは、二人だけしか認識できない何らかの情報を共有している。

(飛び道具を使わず、空飛ぶガルグを倒した? ……どんな攻撃をする霊骸鎧なのだろう?)

 だが、ジョニーの逡巡は、洞穴の外から聞こえた声に打ち破られた。

        3

「ストジャライズ! どこにいる!? 返事をしろ!」

 若い男の声だ。

 外を見れば、死人しかいないはずの空間に、いくつかの灯りが、揺らめいている。

「むっ、あそこに洞穴があるぞ。気配を感じる……!」

 早速、見つかった。

「ひえ……! 奴らが来たぞ。ブレイク、どうするんだ?」

と、ボルテックスが巨体を震わせた。

 動揺するボルテックスに対し、ビジーは毅然としていた。まるで次の予定を着手するかのように、立ち上がった。

「セイシュリア公国の“七鋭勇”だと思います。今回は、おいらが交渉します。……一人では心許こころもとないので、どなたか従いてきてくれませんか?」

 ボルテックスは顔を背けた。セロンは、腕を組んで、瞑想している。

 クルトは他人事のように下を俯いていた。セルトガイナーは急用があるのか、その場から立ち上がった。サイクリークスは包帯を巻かれた、自分の腕を見た。フリーダは横になっている。背を向けたまま、起き上がらない。ガルグは捕らわれた犬であるかのように周囲を窺っている。

「兄貴は来なくて良いから」

と、ジョニーは、ビジーに動きを封じられた。

 ジョニーを除いて、唯一、ナスティがビジーを見つめている。どこからか意志の強さをジョニーは感じた。

「ナスティ、ありがとう。従いてきて……」

と、ビジーはナスティに優しく手を差し出した。ビジーが差し出した手を、ナスティは力強く受け取った。

 ビジーがストジャライズに向き直った。

「ストジャライズ。君には、交渉の道具になってもらうよ。……クルト、セルトガイナー。ストジャライズを洞穴の出入り口まで連れてきて欲しい」

 ビジーがクルトとセルトガイナーに命令をした。二人はボルテックスの顔色を窺うと、ボルテックスは顎を使って、従うよう合図を送った。ボルテックスはビジーの判断が、自分たちの命に直結していると分かっているからである。

「しかし、急にどうしちまったんだ、あいつ……」

と、ボルテックスは自分の顎を撫でた。ビジーの変貌ぶりは、関わりが浅いボルテックスですら驚くほどだ。

 ビジーとナスティの二人は手をつないで、歩いて行く。

(なんだ……この感覚は)

 ジョニーの胸の中で、ひりつく感覚が生まれた。

 ビジーとナスティが、洞穴の外に出た。二人が手をつないでいる後ろ姿は、ジョニーにとって愉快な現象ではなかった。

(ひょっとして俺は、ビジーに嫉妬している……? 本来であれば、ビジーの位置は俺だったはず……。俺がナスティと手をつなぐはずだったのに……。いやいや、ナスティが何者なのかも分からん上に、ビジーが誰と手をつなごうと、あいつの都合にすぎん。なぜ、俺がビジーを嫉妬しないとならんのだ?)

 ジョニーは自身の逡巡に、混乱した。

 森林から、六体の影が現れた。

 ビジーよりも一回りも二回りも体格が大きいいや、見た目だけではなく、強力な霊力を放っている。実力は、隠せば隠すほど、迫力を増している。

(どいつも強い。“黄金爆拳”が六体いるような状況だ。……こちらの戦力では、まず勝てないだろう)

 ジョニーは喧嘩において、弱気になった記憶はない。ただ、喧嘩に関しては、現実主義者としての側面を持っていた。ストジャライズやビジーの弁は間違っていなかった。

 ビジーが話をしている。ビジーは時折、ストジャライズを指さし、または拳を振り上げて交渉していた。

 ボルテックスや自警団たちが緊迫して、交渉の様子を見ている。

 しばらくして、ビジーはナスティを連れて戻ってきた。

「どうだった? 逃がしてくれそうか?」

と、ボルテックスがずと訊いた。

「見逃がしてはくれませんでした。……ストジャライズの敗北は、彼ら“七鋭勇”にとっての恥だそうです。戦わずして見過ごすわけにはいかない。“七鋭勇”、いや国の面子にかけて、総攻撃をすると……」

と、ビジーは応えた。声の調子は冷静であった。普段のビジーには考えられない、落ち着きぶりであった。

「どうするんだよ? 総攻撃なんて、俺たちはもうひとたまりもないぞ? 向こうのくだらねえ面子で俺たちはこのまま殺されるのか?」

と、ボルテックスは飛び上がった。首を絞められた鶏のようである。

(貴様ら自警団の下らない面子のせいで、誰が大怪我をしたのだろう?)

と、ジョニーは心の中で毒づいた。全身の激痛から、身動きができない。

 ビジーは咳払いをした。ビジーなりにボルテックスを落ち着かせたいのだ、とジョニーは理解した。

「おいらたちには、人質のストジャライズがいます。ストジャライズを安全に解放する条件として、総攻撃はしないようにお願いしました」

「本当か? 俺たちは生き残れるのか?」

と、ボルテックスは手を叩いて喜んだ。ジョニーは、ビジーが自警団の親分をやればいいのに、と思った。

「ただし……」

「ただし……? 金を払うのか? 嫌だぞ。俺はビタ一文も払わねぇからな」

「彼ら“七鋭勇”から一人、代表者を出します。おいらたちも代表者を出して、戦ってもらいます。……代表者同士で、一騎打ちをしてもらいます」

「一騎打ちだと?」

「そうです。戦わずして引き下がる状況を嫌がる彼らの面子が立ちます。それに、もう一度、おいらたちが勝てば、彼ら“七鋭勇”から文句は出ないでしょう」

と、ビジーは淡々と説明をした。

(そうか、全面戦争になれば、全滅は必至。だが、一騎打ちにしてしまえば、被害は最小限に抑えられる。……考えたな、ビジー!)

と、ジョニーはビジーの思考を読んで、なんだか嬉しくなった。自分のご主人様が活躍すると気分が良い。

「わかった……。なんとか生きている時間を引き延ばしたんだな。……その一騎打ちは誰がやる? まさか、そのリコじゃないよな?」

と、ボルテックスは質問した。

「……ジョニーの兄貴は、もう無理です。立って歩く余力すら残っていないでしょう。ですから、おいらは、他の人を指名します。一騎打ちをする人は……」

と、ビジーの顔つきは厳しくなった。人差し指で、対象を指した。

「ボルテックス、貴方です!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ビジーがすごく頼りになっていることに驚きました。 ジョニーは肉体で戦うけど、ビジーは頭(知能)で戦っていて、戦う方法が違うだけなんだなと思いました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ