ご主人様
投稿日がフライングぎみです
1
「どんな強い奴が出てくるかと思えば、ただの死にかけが出てきやがった」
“黄金爆拳”ストジャライズは、ジョニーの霊骸鎧、“影の騎士”を上下に見て、高笑いをした。
「しかも、特徴のない、よく見る型の量産型霊骸鎧って感じだ。最低ランクの霊骸鎧……いや、最弱の霊骸鎧だろう。……それに比べて俺様の“黄金爆拳”は超エリートだ。俺様の“黄金手甲”は、ただの手甲じゃあねえ。あらゆるものを消し去る、この世で最強の武器だ。おい、最弱の量産型。俺様に何か文句でもあるのか? 粉々になるまで殴り飛ばしてやる」
“黄金爆拳”ストジャライズが胸を張り、顎を突き出した。
ジョニーは歩を進めた。恐怖などない。
どんな戯言を聞こうとも、この傲岸不遜な男を殴り飛ばしたい。
ジョニーを突き動かす原理原則は、怒りの感情のみであった。
残忍な表情を浮かべて、“黄金爆拳”ストジャライズが印を組んでいる。
「見せてやろう、量産型。俺様の霊骸鎧を……! 出でよ、我が霊骸鎧“黄金爆拳”! 我が名は、スターム・ストジャライズ!」
金色の霊骸鎧が現れた。
頭部と顎は鋭角に伸び、三日月のような顔面をしている。両方の手甲を打ち鳴らした。
腰を落とし、ジョニーに向かって迎撃の構えをした。
「だめだ、戦ってはいけない。ジョニーの兄貴っ。霊骸鎧の性能が違いすぎるっ。早く逃げて!」
ビジーの悲鳴が聞こえる。ビジーの身体が引き裂かれるような痛みを感じた。ジョニーが死ねば、ビジーにとっては自分の半身を失う状況に等しいのである。
だが、ジョニーは無視した。
負ける未来など、ジョニーには想像できなかったからだ。
間合いに入った瞬間、“黄金爆拳”の頭部に向かって、剣を振り下ろす。
“黄金爆拳”は名前の由来通り、金色に輝く手甲で剣の刃を殴った。
刃にヒビが入り、そのまま破片となった。金色の霊力に包まれ消滅していった。
(剣は囮だ……!)
ジョニーは、刃先が消えた剣の柄を捨てた。
代わりに、“黄金爆拳”の細長い顎を掴んだのである。
戦いを見ていた者たちすべてが、息を呑み、驚いた。
世界の時間が止まったかのようだった。
顎を掴まれた“黄金爆拳”本人は、ジョニーの意外な行動に呆気にとられている。
(こっちが本当の攻撃だ!)
ジョニーは、もう片方の腕を振り下ろした。
全身の体重を、この一撃にかける。
金属がぶつかり合い、鳴り響く鈍い音から、手応えが伝わった。
“黄金爆拳”の細長い頭部が揺れ、膝が折れたかのように、地面に崩れ落ちた。
黄色の煙を発している。
「何が起こった……? どうやって倒したんだ? しかも一発だと……?」
と、近くにいたクルトたちが、ざわめいた。
煙の中で、ストジャライズが、草むらの上で頭から血を流している。
この世にありえない生き物に遭遇したかのような目つきで、ジョニーを見た。
「そんな馬鹿な……! 俺様が量産型に負けた……だと?」
と、ストジャライズが驚くが、ジョニーは、ストジャライズの疑問を無視して、ストジャライズの脇腹を踏んだ。
生身の脇腹を、霊骸鎧の重量に圧迫され、ストジャライズは呻いた。自分がフリーダにした仕打ちを、自分が追体験しているのである。
ジョニーはもう一つの武器を左手で持っていた。
“影の騎士”に標準装備されている、“小型円盾”だった。盾を元の場所、つまり前腕に装着し直した。
ジョニーの変身が、煙とともに解ける。
意識を失いつつ、ガルグの声が聞こえた。
「信じられん……。格闘性能では世界一の“黄金爆拳”を、たったの一撃で倒すとは……」
2
「兄貴の馬鹿……! なんで戦いを挑んだの? 勝ってよかったものの、下手したら殺されていたんだよ?」
泣き叫ぶビジーの顔が目に飛び込んできた。
ジョニーが目を覚ますと、洞穴の中にいた。
“黄金爆拳”との戦いが夢だったと一瞬だけ勘違いしたが、“黄金爆拳”の中身スターム・ストジャライズが同じ洞穴に捕らわれている状況を見て、夢でないと分かった。
ストジャライズは後ろ手に縛られ、冷たい岩の床に座らされていた。右目の周りに青あざを作っていた。誰かに殴られた痕である。
ストジャライズは不満げな表情を浮かべている。
ジョニーは、ストジャライズが勝敗の結果に対して不服があると想像した。
(次、戦ったとして、俺が勝てるとは限らん。俺は奴の油断につけ込んだにすぎん。同じ方法は通用しないだろう)
と、ジョニーは分析した。
次ならどう戦うだろうか、作戦を考える必要があるが、全身が痛い。自分は怪我人なのである。
「殺せ、こいつを! こいつのせいで、スパークは無駄死にしたんだ……! スパークを殺したこいつを、あたしは絶対に許さない!」
と、フリーダの怒り狂う声が聞こえた。痛む脇腹を庇いながら、ストジャライズの真横まで駆け寄り、顔を蹴った。
ストジャライズは横倒しになったが、自力で起き上がった。口から血の混じった唾を吐いて、不貞不貞しい態度を維持している。
洞穴の中では、フリーダの剣幕に凍りついた。
だが、一人だけ冷静な男がいた。
「それは違います!」
と、ビジーが立ち上がった。ジョニーにとって意外な現象だった。目にはいつもの怯えた雰囲気はなかった。ビジーはまっすぐな視線を、フリーダに送っている。
「スパークが攻撃している間、“黄金爆拳”は顔ばかりを守っていた。だから、ジョニーの兄貴は“黄金爆拳”の弱点を顔面だと見抜いたんです。……スパークの死は無駄じゃなかったんだ。……フリーダ。スパークが命を掛けて貴女を守っていなければ、今頃、おいらたちは“黄金爆拳”に皆殺しにされていたんだよ」
と、ビジーは独自の解釈を説明した。真偽はともかく、フリーダを落ち着かせるには充分であった。フリーダは子どものように泣き出した。
「スパークは命を捨ててまで、フリーダを守った。スパークはひょっとして、フリーダを……」
と、ビジーは、自分の中で何かが解けたような表情を浮かべた。ビジーの気づきを聞いて、フリーダは更に泣き声を大きくした。
ボルテックスが立ち上がった。
「リコは、それだけの情報で“黄金爆拳”の弱点を見抜いたのか? 間違っているかもしれない情報に命を賭けたのか? それに武器を囮にして、“黄金爆拳”の裏をかいて盾で攻撃するとは、なんていう戦闘的才能なんだ……!」
覆面越しでジョニーを見た。覆面の中から驚きの表情が伝わってくる。
フリーダは泣き、ボルテックスは呆気にとられ、サイクリークスはセルトガイナーに、折られた腕に添え木をされていた。セロンは俯いて、顔を隠している。
ガルグは周囲を見渡している。ガルグは洞穴の中に、いつの間にか保護されていた。白髪は短く切り揃えられ、知性に溢れた、彫りの深い顔つきをしている。学者軍人の異名をとるだけある。
ナスティが、ガルグの右腕に包帯を巻いている。
ガルグが、セロンを横目で何度も見た。
「大神官殿? どうしてこんなところに?」
顔を逸らしていたセロンは、見えない棒で叩かれたように肩を動かした。
(このセロン、弟のボルテックスを助けに来ただけで、何も悪事を働いていないのに、確実に評判を落としているな)
と、ジョニーは内心、苦笑しつつも同情した。
ガルグは、視線を移すと、更に驚いた。
「それに、もしやと思いましたが、貴女様は……! どうして貴女様まで?」
ガルグが驚いた相手は、ナスティであった。
ガルグが何かを話そうとしたが、ナスティは、自分の口に指を当てる仕草を見せた。
「そうでしたか。……あの御方が、関わっている件だったのですね。……大神官殿がおられる理由もそこにありましたか」
ガルグが項垂れた。
ジョニーには何が起きているのか理解できなかった。ガルグの中で何かが氷解したとまでは分かったが、それがどうやってこの覆面の少女ナスティと関連しているのか、意味が分からない。
ジョニーが混乱している中、ビジーが大股でストジャライズの前に立った。屈んで、ストジャライズの顔を覗き込んだ。
「ストジャライズ。……君の仲間たちは、あと何人いるんだい?」
ビジーの質問に、ストジャライズは不機嫌な顔を浮かべた。
「……無意味な質問だな。“七鋭勇”が何人いるのか知らねえのか? お前の質問に答えるならば、答は、あと六人だ。その六人が、ここを見つけて火の海にするには、それほど時間は掛からないだろうよ。残り少ない余命を、この湿気った洞穴の中で楽しく過ごすんだな」
言い終わると、ストジャライズが、乾いた笑いをした。
「……“黄金爆拳”級の霊骸鎧が、あと六体もいるのか?」
と、ボルテックスが息を止めた。巨大な肩を落とし、絶望の空気を醸し出している。
ストジャライスが話を続けた。
「おっと、さっきの奇跡が、もう一度起こるだなんて、期待するんじゃないぞ。俺様は、量産型があまりにも弱そうだったから油断しただけで、同じ手は二度と通用しねえ。……なんなら、もう一度、試してやろうか? この下手くそな縛りを解いて、俺様を自由の身にするんだな。おっ、どうだ。最弱の量産型。次は負けねえぜ」
と、低い声でジョニーを挑発した。ストジャライズ本人は負けた気になっていない。
ボルテックスが間に入った。
「へっ。そう生意気な態度を取るな。お前はウチのリコちゃんに負けたんだ。おい、リコちゃんや。この髭親父をどうする? この場で殺すか? それともセイシュリアに連絡して、身代金を要求しようぜ……」
ボルテックスの提案が理解できない。ボルテックスは、ジョニーの反応から、説明を付け加えた。
「知らないのか? 敵国の武将や有名人を捕まえたときは、命令をできるんだ。命令の代わりに、身柄を解放する。戦いに勝った奴の特権ってやつだ。ま、大抵の奴なら、身代金を要求するけどな」
と、ボルテックスは揉み手すり手をしながら、小躍りしだした。厄介事になると部屋の隅に身を隠すくせに、金と女の話になると、とたん元気になる。
ボルテックスの提案に対し、ジョニーは首を捻った。
今現在、金に興味はない。いや、金銭問題で今回の冒険に加わった手前、決して金が不要であるとはいえない。
金を要求するかどうか考えるほど余裕のある状況ではない。
ジョニーは野戦病院と化した洞穴の中で、重傷者たちの呻き声を聞いていた。
「今回は、身代金は要求しません」
と、ビジーが否定した。声は澄み、洞穴の内部を綺麗に通った。
「急になんだよ……」
と、ボルテックスがビジーの登場に驚いた。
「おいらたちの優先事項は、安全な撤退です。このまま“七鋭勇”と戦えば、確実に全滅します。ですから、なんとしてでも戦いを回避して、逃げ切るべきです。“黄金爆拳”を解放する条件に、安全に逃がしてもらうしかありません」
ビジーの提案を、誰もが静かに聞いていた。
ジョニーにとって、納得する内容である。
“黄金爆拳”並に強い霊骸鎧が、あと六体もいる。“黄金爆拳”ストジャライズの分析通り、ジョニー自身としては、“黄金爆拳”の油断に乗じた勝利に過ぎない。同じ方法を六回も繰り返すほど、ジョニーも敵も愚かではない。
まともに衝突して勝てる相手ではない。
「ですが、彼らは誇り高きセイシュリア公国の騎士団にして、最強の“七鋭勇”です。プライドがあります。仲間の一人が、ただの夜盗に負けて、ただで引き返すとは思えません」
ビジーの演説に、ボルテックスが腕を組んで、苛立たしげに身を揺らした。
「おい、ブレイク。なんでお前が口を出してくる? お前が勝ったんじゃねえだろ? リコちゃんの手柄だ。“黄金爆拳”の処遇は、リコが決める話だ」
「ジョニーの兄貴は、おいらの奴隷です。奴隷には私有財産はありません。兄貴の財産は、すべて主人であるおいらに帰属します。ですので、“黄金爆拳”の生殺与奪権は、おいらにあります。……シグレナスは法治国家です。文句があるなら、裁判をしてどうぞ」
と、ビジーが背筋を伸ばし、断言した。
ボルテックスは、何かを言い淀んだものの、引き下がった。
クルトをはじめ自警団の中で、自分たちの親分が言い負かされたといって、ビジーの発言を咎める者はいなかった。
ビジーの態度や理論は、正々堂々としていたからである。
ジョニーは、ビジーを見直した。
普段は頼りないご主人様であるが、もっとも危険な状況に追い詰められて、ようやく本来の自分に覚醒した感がある。ジョニーは、生まれて初めてビジーを頼もしく感じた。
「では、お前さんは何を望むんだよ? 軍師気取りのブレイクさんよ」
と、ボルテックスが吐き捨てるように問い詰めた。
「それは、彼ら次第でしょう。そろそろ来る頃だ」
ビジーは涼しげな表情を見せた。まるで深窓の貴人が、庶民の生活を覗いているかのような優雅な動きで、洞穴の外を見た。
「彼ら? 彼らとは誰だ?」
と、ボルテックスが騒いだ。だが、ビジーはボルテックスを相手にしなかった。
「ストジャライズ。君たちセイシュリア公国の人たちが、なぜ海を越えてまで、シグレナスに来たんだい?」
と、ストジャライズに質問した。ジョニーとしても、気になる質問である。
「へっ。お前らの皇帝が霊落子どもを俺様たちの国に連れてこようとしたから、阻止をしに来たのよ。お前の国に霊落子を送りつけるぞ、なんて誰が納得するんだよ? お前らの皇帝は、本当に碌な仕事をしないな。暗君ぶりは、海を越えて、セイシュリアどころか世界中に知れ渡っているぞ」
と、ストジャライズは高笑いをした。洞穴に、笑い声が響く。ジョニーはストジャライズの笑い方が不快になった。
「なるほどね。霊落子たちが難民となって大量に来られたら、国が壊れちゃうよね。文化も考え方も違う人たちを、自分の家に預かるような話だよね」
と、ビジーは納得した。ジョニーも、異相の霊落子たちと同居する事態を想像したら、途端に窮屈になった気がした。セイシュリアが最高戦力を持って、霊落子の移送を阻止する理由がよく分かった。
「で、一番の質問。……ガルグを倒した人は誰なの?」
と、ビジーが質問をした。これは冷静であったが、どこか突き刺すような響きがあった。
「……それを知って、どうする?」
と、ストジャライズは片方の眉を引きつけて応えた。
ビジーは余裕の笑みを浮かべた。
「気になってさ。ガルグの霊骸鎧は空を飛ぶ。空を飛ぶ霊骸鎧の多くは、天属性だから、あえて天属性の霊骸鎧と呼ぶけど。天属性の霊骸鎧は、弓矢とか鉄砲といった飛び道具に弱い。理由は分からないけれど、空を飛ばない普通の霊骸鎧よりも痛いみたい。普通の霊骸鎧なら死なない程度の威力を持った矢を喰らって、死んじゃった天属性はいっぱいいる」
ビジーはガルグを見た。ガルグはビジーの視線に身体を少し反応させた。
「それに比べて、ガルグはまだ生きている。怪我はしているけど、すりむいたような怪我だ。多分だけど、飛び道具にやられた、とは思えない。途中で変身が解けた感じがする。霊骸鎧は攻撃を受けすぎると変身が解けるけど、ガルグは攻撃を受けすぎた形跡もない」
「……何が言いたい? いや、お前はもうすでに気づいているぞ。この空飛ぶジジイをやった俺様の仲間が誰かを、な」
と、ストジャライズの片目が光った。
ビジーはかすかに笑っている。ジョニーにはまったく理解が追いつかない。
ビジーとストジャライズは、二人だけしか認識できない何らかの情報を共有している。
(飛び道具を使わず、空飛ぶガルグを倒した? ……どんな攻撃をする霊骸鎧なのだろう?)
だが、ジョニーの逡巡は、洞穴の外から聞こえた声に打ち破られた。
3
「ストジャライズ! どこにいる!? 返事をしろ!」
若い男の声だ。
外を見れば、死人しかいないはずの空間に、いくつかの灯りが、揺らめいている。
「むっ、あそこに洞穴があるぞ。気配を感じる……!」
早速、見つかった。
「ひえ……! 奴らが来たぞ。ブレイク、どうするんだ?」
と、ボルテックスが巨体を震わせた。
動揺するボルテックスに対し、ビジーは毅然としていた。まるで次の予定を着手するかのように、立ち上がった。
「セイシュリア公国の“七鋭勇”だと思います。今回は、おいらが交渉します。……一人では心許ないので、どなたか従いてきてくれませんか?」
ボルテックスは顔を背けた。セロンは、腕を組んで、瞑想している。
クルトは他人事のように下を俯いていた。セルトガイナーは急用があるのか、その場から立ち上がった。サイクリークスは包帯を巻かれた、自分の腕を見た。フリーダは横になっている。背を向けたまま、起き上がらない。ガルグは捕らわれた犬であるかのように周囲を窺っている。
「兄貴は来なくて良いから」
と、ジョニーは、ビジーに動きを封じられた。
ジョニーを除いて、唯一、ナスティがビジーを見つめている。どこからか意志の強さをジョニーは感じた。
「ナスティ、ありがとう。従いてきて……」
と、ビジーはナスティに優しく手を差し出した。ビジーが差し出した手を、ナスティは力強く受け取った。
ビジーがストジャライズに向き直った。
「ストジャライズ。君には、交渉の道具になってもらうよ。……クルト、セルトガイナー。ストジャライズを洞穴の出入り口まで連れてきて欲しい」
ビジーがクルトとセルトガイナーに命令をした。二人はボルテックスの顔色を窺うと、ボルテックスは顎を使って、従うよう合図を送った。ボルテックスはビジーの判断が、自分たちの命に直結していると分かっているからである。
「しかし、急にどうしちまったんだ、あいつ……」
と、ボルテックスは自分の顎を撫でた。ビジーの変貌ぶりは、関わりが浅いボルテックスですら驚くほどだ。
ビジーとナスティの二人は手をつないで、歩いて行く。
(なんだ……この感覚は)
ジョニーの胸の中で、ひりつく感覚が生まれた。
ビジーとナスティが、洞穴の外に出た。二人が手をつないでいる後ろ姿は、ジョニーにとって愉快な現象ではなかった。
(ひょっとして俺は、ビジーに嫉妬している……? 本来であれば、ビジーの位置は俺だったはず……。俺がナスティと手をつなぐはずだったのに……。いやいや、ナスティが何者なのかも分からん上に、ビジーが誰と手をつなごうと、あいつの都合にすぎん。なぜ、俺がビジーを嫉妬しないとならんのだ?)
ジョニーは自身の逡巡に、混乱した。
森林から、六体の影が現れた。
ビジーよりも一回りも二回りも体格が大きいいや、見た目だけではなく、強力な霊力を放っている。実力は、隠せば隠すほど、迫力を増している。
(どいつも強い。“黄金爆拳”が六体いるような状況だ。……こちらの戦力では、まず勝てないだろう)
ジョニーは喧嘩において、弱気になった記憶はない。ただ、喧嘩に関しては、現実主義者としての側面を持っていた。ストジャライズやビジーの弁は間違っていなかった。
ビジーが話をしている。ビジーは時折、ストジャライズを指さし、または拳を振り上げて交渉していた。
ボルテックスや自警団たちが緊迫して、交渉の様子を見ている。
しばらくして、ビジーはナスティを連れて戻ってきた。
「どうだった? 逃がしてくれそうか?」
と、ボルテックスが怖ず怖ずと訊いた。
「見逃がしてはくれませんでした。……ストジャライズの敗北は、彼ら“七鋭勇”にとっての恥だそうです。戦わずして見過ごすわけにはいかない。“七鋭勇”、いや国の面子にかけて、総攻撃をすると……」
と、ビジーは応えた。声の調子は冷静であった。普段のビジーには考えられない、落ち着きぶりであった。
「どうするんだよ? 総攻撃なんて、俺たちはもうひとたまりもないぞ? 向こうのくだらねえ面子で俺たちはこのまま殺されるのか?」
と、ボルテックスは飛び上がった。首を絞められた鶏のようである。
(貴様ら自警団の下らない面子のせいで、誰が大怪我をしたのだろう?)
と、ジョニーは心の中で毒づいた。全身の激痛から、身動きができない。
ビジーは咳払いをした。ビジーなりにボルテックスを落ち着かせたいのだ、とジョニーは理解した。
「おいらたちには、人質のストジャライズがいます。ストジャライズを安全に解放する条件として、総攻撃はしないようにお願いしました」
「本当か? 俺たちは生き残れるのか?」
と、ボルテックスは手を叩いて喜んだ。ジョニーは、ビジーが自警団の親分をやればいいのに、と思った。
「ただし……」
「ただし……? 金を払うのか? 嫌だぞ。俺はビタ一文も払わねぇからな」
「彼ら“七鋭勇”から一人、代表者を出します。おいらたちも代表者を出して、戦ってもらいます。……代表者同士で、一騎打ちをしてもらいます」
「一騎打ちだと?」
「そうです。戦わずして引き下がる状況を嫌がる彼らの面子が立ちます。それに、もう一度、おいらたちが勝てば、彼ら“七鋭勇”から文句は出ないでしょう」
と、ビジーは淡々と説明をした。
(そうか、全面戦争になれば、全滅は必至。だが、一騎打ちにしてしまえば、被害は最小限に抑えられる。……考えたな、ビジー!)
と、ジョニーはビジーの思考を読んで、なんだか嬉しくなった。自分のご主人様が活躍すると気分が良い。
「わかった……。なんとか生きている時間を引き延ばしたんだな。……その一騎打ちは誰がやる? まさか、そのリコじゃないよな?」
と、ボルテックスは質問した。
「……ジョニーの兄貴は、もう無理です。立って歩く余力すら残っていないでしょう。ですから、おいらは、他の人を指名します。一騎打ちをする人は……」
と、ビジーの顔つきは厳しくなった。人差し指で、対象を指した。
「ボルテックス、貴方です!」




