性能差
“影の騎士”となったジョニーは疲労を感じていた。
三体の霊骸鎧と戦って、休めていない。
“鉄兜”……クルトの動きから力強さを感じた。
(“癒やしの木”の実を食ったな)
クルトが、戦後、“無花果の騎士”カリカ・フィクスから奪う様子が想像できた。
(長期戦は不利だ……)
だが、焦りを悟られてはいけない。
ジョニーは、自身の不利を隠すため、悠然と歩み寄った。
クルトが、ジョニーの顔面を目掛けて突きを繰り出してきた。身をかがめて躱し、ジョニーは拳で、クルトの腹を穿った。
霊骸鎧の硬い外骨格が、高い音を出して砕け散る。
突き破った先は柔らかい。柔らかさにめり込む感触に、ジョニーは一種の恍惚を覚えた。
腹を殴られたクルトは、後ずさった。
霊骸鎧で守られていない、普通の人間ならば、すでに死んでいる。
クルトは蹲り、腹から黒い煙を起こした。
ジョニーは、クルトの顔を蹴り上げた。
浮き上がる顔に、数発とジョニーは殴打する。
手応えはある。
だが、クルトは殴られながらも、ジョニーに組み付いてきた。
クルトは、ジョニーを投げ飛ばそうと重心移動するが、ジョニーはクルトの力を受け流した。
組み付いたクルトの顔面部分から、黒い煙が吹き出る。
「おい、リコ! お前に勝ち目はないぞ」
と、セルトガイナーが叫んだ。まるで自分が戦っているかのような口調だ。
「クルトの“鉄兜”は、“自己再生”を持っている。霊力が続く限り、自分の怪我を治し続けるぞ!」
自分よりも太い腕に、万力に締めつけられるような感覚が、ジョニーを襲った。
クルトは煙をあげ、霊骸鎧の損傷部分を再生している。
時間稼ぎをしているのである。
「力なら、クルトが上だ!」
と、セルトガイナーが歓声をあげた。まるで自分が勝っているかのような口調だ。
黒い煙が晴れると、クルトのへこんでいた腹部や顔面が、元通りに再生していた。
クルトはジョニーを突き飛ばし、殴りかかってきた。
ジョニーはクルトの巨体を支えていて疲労し、回避する余力がない。
腕で自分の顔を守ったが、杭打ちのような重さが、ジョニーの身体を揺らした。強風に耐える農作物になった気分になった。
セルトガイナーたち自警団から、驚きの声が聞こえた。ジョニーの苦戦を初めて見たのである。
「いいぞ、効いているぞ」
と、フリーダが声を張り上げた。
(俺が攻撃しても、回復しやがる。何か武器でもあれば、回復する前にとどめをさす一撃ができるのだが……)
ジョニーは、クルトの拳をときには防御し、躱しつつ、作戦を練った。
スパークが腕を組んでの声が聞こえる。
「……クルトの“鉄兜”は、リコの霊骸鎧よりも、性能が上だ。リコが疲れているだけかもしれんが、生身だったときよりも、クルトの動きが明らかに速い。……案外、リコの霊骸鎧は弱いのかもしれん」
セルトガイナーたち自警団から、勝利の確信めいた気運が放たれた。ジョニーにとっては、気分の悪い反応である。
だが、分析した当のスパークは、眉間に皺を寄せていた。ジョニーに対して、同情のような眼差しを向けている。
「ならば……!」
ジョニーは、クルトの攻撃を掻い潜り、クルトの腹に肩をぶつけた。浮き上がったクルトの脚を掴み、そのまま地面に叩きつけた。
「中身の性能差で勝負させてもらうまでだ!」
砂や土が跳ね上がる中、ジョニーは、クルトの片足を捻った。腕の力だけではなく、全体重を掛けて、関節とは反対側の方向にもたれかかった。
地面のクルトが、暴れ出した。ジョニーに攻撃するため、というより、苦痛に悶えている動きであった。
(中の骨は折れたな)
と、ジョニーは分析した。クルトの片足から煙が出てくる。
ジョニーは、もう片方の、まだ無事な脚を掴んだ。
「降参しろ。さもなければ、こっちの脚も折るぞ?」
と、ジョニーは手振り身振りでクルトに伝えた。霊骸鎧に変身すると、口が塞がるので、意思伝達に制限が掛けられて、面倒だと、ジョニーは思った。
クルトからの返事はない。
ジョニーは、時間を掛けて、クルトの足首をあらぬ方向に動かした。痛みを長引かせるためであり、また、クルトに降参する時間を与えるためであった。
クルトを倒すには、完全に息の根を止める行動が必要だ、とジョニーは考えた。
だが、ジョニーとしては、殺し合いをしている感覚はなかった。
ただの、不良同士の喧嘩である。
「こっちの脚も、動かなくなるぞ……」
と、ジョニーは心の中で思った。
ジョニーの配慮が、クルトに伝わったのか、クルトが黒い煙を全身から出した。霊骸鎧の変身は、解除されたのである。
ジョニーはクルトの脚から手を離した。生身の姿に戻ったクルトは抵抗がなく、人形のように力を失っている。
「クルトが負けた……? なんでだ?」
と、セルトガイナーが青ざめた。
「引き出しが多い、リコの勝ちだな……。殴り合いなら負けると判断して、咄嗟に寝技からの関節技にもっていった。状況によって戦い方を使い分けやがる……奴の戦闘的才能は、ハジケすぎているぜ」
と、スパークは渋い表情で分析した。顎を掻いている仕草から、笑いを隠しているようにも見えた。
ジョニーが、クルトの発した煙にまみれていた。
気分が良い。
連戦で苦しかったが、また勝ち抜けた。
出会ってから気にくわなかったクルトを下せた結果が、なによりの快感であった。
「なにっ!?」
と、ジョニーは呻いた。
右脇腹が、金属に挟み込まれるような痛みを感じた。
痛みは重力で、ジョニーをよろめかせた。
大型犬を模した霊骸鎧、“猟犬”が食らいついてるのである。
ジョニーは“猟犬”の両眼に指を突っ込んだ。嫌がる“猟犬”を引き離す。
クルトよりも、いや、ジョニー自身よりも軽い。
ジョニーが“猟犬”を投げ飛ばすと、“猟犬”は空中で回転し、四本脚で着地した。
緑色の煙を放出し、人間の姿になった。
金髪の一部を赤く染めた女、レダ・フリーダであった。
「オメェら、なにボサーッてしてんだ? クルトが、仲間がやられたんだぞ? 自警団は、私らの家なんだよ。仲間は家族だって、忘れたのかよ? 家族がなければ、自警団は成り立たねぇ。自警団が成り立たなきゃ、あたしらは、生きていけねぇんだよ! リコ、オメェもオメェだよ。ただの喧嘩で、殺し合いなんぞ、ガキの発想じゃねぇか。そんなに殺し合いが好きなら、あたしらが相手をしてやる」
フリーダの発した言葉に、セルトガイナーの表情が変わった。
怯えている様子はなく、戦闘に挑む男の顔になった。
「サイ!」
拳銃型の霊骸鎧“火散”に変身して、サイクリークスの手中に収まった。
サイクリークスも緑色の霊骸鎧、“蔦走り”に変身した。
フリーダは、もう一度“猟犬”となり、ジョニーに襲いかかってきた。
「最悪な職場環境だな」
と、ジョニーは苦笑した。
「ジョニーの兄貴……! これを受け取って!」
ビジーが鞘に収まった剣を投げた。
ジョニーは跳んだ。空中で鞘を受け取り、そのまま大木の枝を掴んだ。
「“気配を消す”!」
と、ジョニーは能力を開放した。フリーダたちが、ジョニーを見失った。
ジョニーは、木を登り、枝の生え際で幹に背中をつけた。
眠い。
すでに眠っている時刻である。
戦いによる疲労と、霊力の使いすぎである。頭が痛く、貧血に似た立ちくらみを覚える。
「少し休もう」
と、ジョニーは意識を遮断した。
視線を感じる。
上を見上げると、月明かりに照らされた人間の脚が見えた。
頭にプロペラをのせた、風変わりな女の子、プリムだった。
プリムは脚を投げ出して、太い枝に座っている。
一度、視線が合ったが、プリムは逸らした。
プリムは興味がないのか、争いに巻き込まれたくないのか、理由はジョニーには分からなかった。
(プロペラが、どうとか騒ぎ出さなければよいが……)
ジョニーは腰を下ろした。目を閉じて、全身から力を抜く。
眠る準備をした。今のジョニーにとって、プリムよりも、枝からの落下が危険であった。
(どうする……? たとえ朝になっても、奴らを全員倒すほど、余裕はない。ビジーを回収して、このまま家に帰るしかない。だが、ビジーが人質に取られたら、どうする……?)
と、ジョニーは思考を張り巡らせた。
だが、すぐに思考は中止させられた。
「ここにいるよ! 木の上だ」
と、フリーダの呼ぶ声が、木の下から聞こえた。
フリーダが変身する“猟犬”は、嗅覚が優れていて、追跡を得意としている。
ジョニーはフリーダの頭頂部を見た。
このまま、“落花流水剣”で、急襲してもよい、とジョニーは思った。
だが、手加減できない。フリーダの首を斬り落としてしまう結果になる。
ジョニーは頭が痛くなった。
いや、比喩的表現ではなく、物理的に痛い。
金属を金属で引っかけたような響きが、頭の中にこだまする。
最初は耳鳴りだと思った。
ジョニーは幹にしがみついた。
耳鳴りにしては、頭が砕け散るほどの痛みであった。
空気が擦れる音が聞こえる。
摩擦する空気の中、誰かの声が聞こえる。
「ジョニー……」
自分を呼んでいる!
子どもの声だ。
「ジョニー……約束したまえ」
ジョニーは自分の両腕を見た。
夜の暗さはなく、昼のように明るい。
細くて、頼りない。
自分が子どもになったと思った。いや、子どもだった。
目の前に、黒い影が見えた。
(誰だ……?)
ジョニーは瞬きをした。
(いいや、俺は、知っているぞ)
ジョニーは高熱に襲われたように、意識が朦朧としている。
「ジョニー。男の子なら、女の人に暴力を振るっては、いけないぞ。ボクとの約束だ」
(貴様は……、いや、君は……!)
ジョニーは、その影に話しかけた。
だが、影は返事をせず、世界は闇に閉ざされた。
足下のフリーダが振り返った。
「いたぞ! 撃て、セルトガイナー!」
と、憎しみのこもった視線で、指さしてきた。
ここで、本来のジョニーなら“落花流水剣”を放っていた。だが、相手は、自警団といえど、女である。
「……女に暴力を振るってはいけない……」
躊躇った瞬間、ジョニーの左脇腹に、銃弾が掠めた。焼きごてで、肉を削り取られたような痛みが走る。
ジョニーは体勢を失い、地面に落ちた。
右足が折れた、と分かった。黒い煙に包まれ、ジョニーの変身は解けた。
立ち上がれない。地面を這って進んだが、頭をフリーダに踏まれた。ジョニーの唇が、土にまみれる。
「見つけたぞ、オメェ……。舐めた真似をしてくれたよなぁ?」
と、残酷な笑い声をあげている。
「おう、オメェら。やっちまいな!」
セルトガイナー、サイクリークスが集まってきた。
ジョニーは、背中を蹴られ、起こされ、羽交い締めにされた。
無防備な顔面を殴られた。
口の中で、血の味が広がる。
腹に膝蹴りを喰らい、呼吸ができなくなった。
暴行は続いた。殴られていくうちに、感覚がなくなってきた。
「おい、スパーク。オメェも殴りな?」
と、フリーダがスパークに命令した。
スパークは嫌々ながら、拳を鳴らしている。
「すまんな、リコ。お前は悪い奴じゃないって分かるけど……。仲間を散々やられちゃあ、かばい立てはできねえよ」
スパークが、固めた拳でジョニーの顎を下から打ち抜いた。
ジョニーは眠くなってきた。膝から倒れて、そのまま意識を失った。




