逆転
敵が構えている姿を見て、ジョニーは、木の陰に隠れた。
ジョニーは手持ちの武器を確認する。敵と自分の戦力差を見極めるためだ。
兵士から拝借した剣、投石器……。
背後の木が、“振動”の放った衝撃波に揺れている。
「“振動”の対策は思いついた。問題は、“四ツ目”だ……」
と、ジョニーは自分の顎を撫でた。
“四ツ目”は優れた視力の持ち主だ。投石器や拳銃といった飛び道具は、通用しない。
四本の腕を操る“四ツ目”に接近戦を挑めば、危険だ。
純粋な戦闘力だけでは、“四ツ目”は優秀な霊骸鎧である。
「“落花流水剣”は、もう通用しないだろう」
と、ジョニーは予測した。“四ツ目”に上空のジョニーを見られた記憶を思い返す。
“落花流水剣”は、敵の死角に隠れて、攻撃する技である。相手に気づかれないからこそ、力を発揮するのである。一回の戦闘での、一度だけの技であり、何度も連発すると、簡単に見極められてしまう。
“四ツ目”は、拳銃の弾丸すら弾くのである。
対策を練られている。
他に武器はないだろうか。ジョニーは考えた。
“気配を消す”……。
「待てよ。相手に見失わせる能力であるならば、自分自身でなく、自分の使っている武器を見失わせてはどうだろうか?)
ジョニーは目を閉じた。顔が塞がっている霊骸鎧の中で目を閉じる状況は、やや奇妙である。
自分の能力を開放するとき、全身を想像していたが、手持ちの剣に意識を置いた。
「できそうだな……」
ジョニーを守っていた木が、背後で裂けた。
“四ツ目”の投げた槍が、ジョニーの頭上を通り越して、ジョニーの足下の地面に突き刺さった。
開戦の合図だ。
ジョニーは、今や切り株となった木から出て、身を躍らせると、“振動”と“四ツ目”の位置を確認した。
まず、ジョニーは近い“振動”を狙いを定め、走り出した。
「飛び道具を使う敵を、先に倒す」
“振動”が、地面を複数回、叩いた。いくつもの衝撃波が重なり合い、津波のように押し寄せてくる。
ジョニーは、走った。
恐れを感じない。
むしろ、“振動”は怯えている、と直感していた。
無目的な連発は、恐怖の裏返しなのである、とジョニーは多数の喧嘩経験から体験していたのである。
ときには横に飛び、上に飛んで、左右に衝撃波を回避していく。
“振動”との距離を詰めた。
“振動”は明らかに動揺している。
ジョニーは、近くの木を駆け上がり、幹を蹴った。空中で両脚を揃えて、“振動”の顔面に飛び蹴りを食らわせた。
“振動”がよろめき、倒れる。
脚に全体重を乗せる。蹴る、というより、踏みつける、が正しい。“振動”の身体が折れ、ジョニーもろとも、地面に滑った。
木に激突した。
“振動”は動かなくなった。変身解除を意味する、煙を立ちのぼらせ始めている。
「地面からの攻撃が得意でも、上空からの攻撃には弱かったみたいだな」
と、ジョニーは、“振動”の顔面から自分の脚を引き抜いた。
背後から、“四ツ目”が二刀流の槍を振り上げてきた。
なぎ払う槍を躱す。
大ぶりで、槍の軌道が決まっている。把握すれば、攻撃の予測が簡単であった。
「腕の本数が多い割には、攻撃が単調だな」
教科書通りの動きで、基本に忠実であるといえば、忠実である。“四ツ目”の実直な性格が想像できて、ジョニーは笑いを噛み殺した。
剣を構えて、“四ツ目”の懐に刃を突き出した。“四ツ目”の四つの眼が、一斉に剣を捉えた。
内側の腕が持つ短刀で、はじき返された。
(一回目は、眼を慣らせておく……)
問題は、二回目の攻撃だ。
ジョニーは全身から、力を抜いた。
“気配を消す”を開放する。
“四ツ目”が、ジョニーの剣を見失っている間、ジョニーは低い姿勢から、“四ツ目”の顎を斬り上げた。
ジョニーは、左右に袈裟斬りして、“四ツ目”の胸に剣を突き立てた。
無抵抗になった“四ツ目”を蹴り倒した。
“四ツ目”は煙を発し、人間の姿に戻っていく。
ジョニーは“無花果の騎士”に向き合った。
“無花果の騎士”は、槍の穂先で“癒やしの木”から木の実を切り取っている。“振動”や“四ツ目”に投げ渡す気だ、とジョニーは理解した。
穂先に引っかけた木の実を、“無花果の騎士”が投げる。
ジョニーは、木の実の弾道を予測して、投石器を振った。
木の実は、ジョニーの投げた石と交差して、果汁と果肉に分離して砕け散った。
“|無花果の騎士”が驚いた動きをした。もう一度、実を投げる。
ジョニーもすかさず石を投げて、阻止した。
“無花果の騎士”が木の実を投げるたびに、ジョニーは、石を投げた。
空中で、木の実が、何度も飛散していく。
「なんて奴だ……。百発百中だ」
と、スパークが唖然とした口調で驚いた。命中しない銃を下ろし、今ではただの観客となっている。
“|無花果の騎士”は、味方の回復を諦めた。
槍を振り回して、ジョニーに斬りかかってきた。
ジョニーは剣を捨てた。“四ツ目”の胸に突き立てた段階で、折れていた。
代わりに足下に落ちてある槍を蹴り上げ、空中で捕まえた。槍を構え、腰を落とし、換装を為し遂げた。
視界が霞み始めた。
霊力の消耗が原因だと、ジョニーは瞬時に理解した。
強敵との連戦で、霊力の消耗が激しい。
「気をつけろ、リコ。そいつは、槍の名手だ」
と、スパークが警告した。
“無花果の騎士”が槍を突く。連続攻撃の中に時間差攻撃を混ぜてくるが、ジョニーはすべて防いだ。
(こいつも、変則的な攻撃に弱い)
槍を回して、穂先の反対側、つまり石突きを“無花果の騎士”のふくらはぎに引っかける。
“無花果の騎士”の身体を一回転させ、地面に背中を叩きつけた。
ジョニーは、“無花果の騎士”の腕を足で踏み、喉元に槍を突きつけた。
「勝った……!」
と、スパークの声が後ろから聞こえた。スパークの様子は見えないが小躍りしていそうだ、とジョニーは想像した。
“無花果の騎士”から煙が立つ。
ジョニーも倣い、変身を解除した。
黒い煙の中で、疲労感を覚えた。
霊力を使い果たした。これ以上の変身は、肉体に負担が掛かる。
緑色の煙が空中で霧散すると、“無花果の騎士”は、女だと分かった。金色の髪に、百合の花をあしらった髪飾りをつけている。
「女……」
ジョニーは、踏んでいた脚を外した。女を殴る趣味はない。
だが、負けているはずの“無花果の騎士”は微笑んでいた。懐から木の実を取り出し、果肉に食いついたのである。
「貴様ッ」
ジョニーの怒号など、無視して“無花果の騎士”は印を組んだ。
小さな爆発が起こる。ジョニーは両腕で自分の顔を守りながらも、後方に吹き飛ばされた。 変身が解除した後、身体の反応が落ちる。
爆風の中から、鉄の煌めきが見えた。反射的にジョニーは槍で、穂先を撃ち払った。
“無花果の騎士”の槍だった。
攻撃が重く、ジョニーの両手は痺れた。相手は霊骸鎧に変身している。対するジョニーは生身の状態であった。
生身の状態で、霊骸鎧を相手にすると、自分よりも背丈が何倍もある大男と喧嘩をしているような感覚になる。たとえ相手の中身が女といえども、片方が霊骸鎧になってしまえば、腕力の性差は逆転する。
一撃でも身体に喰らえば、致命傷になる。
しかも、視界は、夜の闇に閉ざされていた。
霊骸鎧の状態であれば、視力が向上し、多少、暗くても敵の動きは把握できる。だが、生身の姿に戻ると、視力も普段の状態に戻る。いきなり暗い部屋に連れて行かれたような気分である。
背中に殺気を感じる。ジョニーは、振り返り、槍で攻撃を受けた。
一撃が重く、連撃が繰り出されてくる。
(男に暴力を受けている、無抵抗な女になったようだ)
と、鋼鉄の嵐から身を守りながら、ジョニーは顔をしかめた。
だが、眼が慣れてきた。
“無花果の騎士”の輪郭が見える。
攻撃は予測できる。距離を測りながら、変身する時間を稼ぎたいが、“無花果の騎士”は攻撃を止めない。
“無花果の騎士”が渾身の一撃を振った。ジョニーはわざと吹き飛ばされた。
吹き飛ばされながらも、空中で“影の騎士”に変身した。ジョニーが着地すると同時に、“無花果の騎士”は、“癒やしの木”に向かって走り出した。
ジョニーは追いかけた。
だが、体力も霊力も、連戦で疲れている。さらに生身での防戦によって、余計に体力を消耗している。
“無花果の騎士”は、木の実を食べて、いくらでも回復ができる。
(持久戦になればなるほど、不利だ……)
“無花果の騎士”の足取りは軽く、疲労しているジョニーは追いつけない。
“無花果の騎士”は、枝の上に飛び乗った。木の実をもぎ取り、投げ渡す先……味方を探していた。
ジョニーは投石器を取り出し、石を挟み込んだ。だが、石は落ち抜けていった。
布製の投石器が、破れている。
“無花果の騎士”は、木の実を片手に投げる姿勢を見せた。
「……間に合わん!」
だが、木の実は飛ばなかった。“無花果の騎士”もろとも、突如現れた黒い物体に、吹き飛ばされていったのである。
「なんだ、何が起こった……?」
ジョニーは木の隙間から見えた。
巨大な杭が、縄でぶら下がっている。杭が“無花果の騎士”との衝撃で、揺れていた。
ジョニーは煙を発している“無花果の騎士”をまたいで、空中の杭に近づいた。“無花果の騎士”は気を失っている。
杭は、木製の骨組みに吊されていた。骨組みの下部には、移動用の車輪がついてあった。
城の扉を破壊する、シグレナスの攻城兵器だと、ジョニーは分かった。




