強敵
三体の霊骸鎧が、月光に照らされて姿を見せた。
一体は 細身の霊骸鎧だった。
槍を手にして、背中にはマントを羽織っている。
頭部は丸みを帯びていている。ジョニーには、見覚えがあった。
「あれは……“無花果の騎士”。とんでもねえ奴が来たぞ」
と、スパークが呟いた。焦りの汗をかいている。
「無花果……。確かに頭が無花果に似ているな。どんな攻撃をしてくるのだ?」
ジョニーは問いかけたが、スパークは応えなかった。
「来るぞ。避けろ!」
スパークの警告と同時に、ジョニーは横に飛んだ。
ジョニーが避けた場所に、黒い煙が地面を伝って、一直線に過ぎ去っていく。
直線の発生源をたどると、“無花果の騎士”の隣に立っていた霊骸鎧であった。
背が低いが、肩や背中が逞しい。腕は長く、地面に届くほどだった。
「“振動”……あいつは拳から衝撃波を放つ。さっき、サイクリークスをやった奴だ」
“振動”の隣には、さらに異様な形状の霊骸鎧が、槍を二本それぞれの腕に携えている。
槍を持つ腕の他に、よく見るともう一対の腕が、胸の前で腕組みをしていた。
「“四ツ目”。シグレナス帝国の中でも、熟練者の霊骸鎧だぞ」
と、スパークは説明した。
“四ツ目”の顔には、四つの眼があった。それぞれの眼は、それぞれの方向を忙しなく動いている。
「サイ、しっかりしろ!」
と、セルトガイナーの声が聞こえる。
赤い煙を出して、人間の姿に戻ったセルトガイナーは、生身のサイクリークスを抱えて、木々の中まで引きずっていった。
“無花果の騎士”は、槍の穂先を地面に向けた。地面の一部から、煙が立つ。
何かが地表を突き破り、飛び出してきた。
巨大な植物の芽だった。意思を持っているかのように天に向かってうごめいている。
「なんだあれは……?」
ジョニーは疑問を口にした。不気味な蠢動をしているが、植物かなにかだと分かった。
印を組み、霊骸鎧“影の騎士”に変身した。
ジョニーは、草摺をたくし上げた。
棍棒を構え、謎の植物に向かって走り出す。
「あれは、“無花果の騎士”の能力だ。時間が経過するたびに、成長していく。完成しないうちに、破壊するぞ」
と、背後からスパークの声が聞こえる。スパークに注意されなくても、ジョニーは危険を察知している。
“四ツ目”が立ちはだかった。
四つの眼が、一点に集中した。ジョニーを、標的として認識している。
ジョニーは、投石器を振り回して、石を投げた。
石が高速で飛んでいく。だが、“四ツ目”は槍で冷静な動きで撃ち落とした。
ジョニーは石を連射した。だが、どれも撃ち落とされた。
「こいつに飛び道具は通用しない。恐ろしく眼がよい奴だ」
と、ジョニーは分析した。四つの眼が、投石の弾道など、簡単にジョニーの動きを捉えている。
“四ツ目”は足音を鳴らし、枝や木を踏み越えて、空中に飛んだ。
両手に構えた槍を広げた。地上から見上げると、月影に映った大鷲のようだ。
ジョニーは、上空からの突風のような槍の二刀流を躱し、“四ツ目”の懐に飛び込んだ。
棍棒を“四ツ目”の顔面に目掛けて振り下ろした。
“四ツ目”は、胸の前で組んでいた両腕をほどき、十字にして受け止めた。
棍棒が折れて、砕け散る。
ジョニーは、反射的に、後ろに飛んだ。胸が火花を散らした。
火花の後から電撃のような痛みが追いかけてきた。
“四ツ目”を見ると、十字で受けた腕のうち、片方に短刀を備えていた。ジョニーは胸を切りつけられていたのである。
ジョニーに野生の勘が働かなければ、致命傷を負っていた。
木くずになった棍棒の残骸を投げ捨て、ジョニーは地面を蹴り、膝を“四ツ目”の腹に埋め込んだ。
衝撃で浮き上がった“四ツ目”の横っ面に拳をたたき込んだ。だが、“四ツ目”は腕で盾を作って、ジョニーの攻撃を阻止していた。
“四ツ目”が仕返しとばかり、屈んだ仕草から、ジョニーの腹を短刀で抉った。杭を打ち込まれたような衝撃が、腹から背中に抜けていった。
ジョニーは反撃しようと一瞬だけ考えたが、背後に飛んで距離を取った。
“四ツ目”は追撃をしてこなかった。冷静に槍を拾っている。
一瞬の停戦状態で、ジョニーは呼吸を整えた。口が塞がっている霊骸鎧で呼吸を整える状態は奇妙ではある。
これまで喧嘩をしてきた街の不良たちと違う。行動が冷静で的確で、一つ一つの攻撃が強力だった。
「流石、シグレナスの正規兵だけある。……強い」
ジョニーは胸と腹の痛みを感じながらも、胸の高鳴りを感じた。
死との隣り合わせ。
いつ死んでもおかしくない状況を前に、ジョニーは、この強敵をどう倒すか思案した。
まるで与えられた遊戯を楽しげに取り組む幼児のような気持ちになった。
「四本のうち、二本の腕で取り押さえられたら、一方的に刺されるな。……奴との殴り合いは不利すぎる」
足下には、兵士が仰向けになって気を失っている。鉄の武装をジョニーは見逃さなかった。
「一気に決着をつけてやる」
ジョニーはしゃがんで、倒れている兵士から短剣を拝借した。刃先を見たが、切れ味は悪くない。
“四ツ目”に向かって走る。“四ツ目”は外側の両腕に槍を二刀流で広げていて、内側の腕には短刀を構えていた。四つの眼が、一斉にジョニーを見た。
ジョニーは“影の騎士”の能力を開放し、気配を消した。正確には、敵に自分の存在を見失わせる能力である。
「俺は俺の能力をどう呼ぶべきか決めていない。……“気配を消す”とでも呼ぶか」
“気配を消す”。ジョニーは我ながらよい名付けだと思った。
“四ツ目”がジョニーを見失った瞬間、ジョニーは目の前で飛んだ。
軍団が天幕を設置した広い場所とはいえ、森の中である。身を隠す木ならいくらでもあった。ジョニーは、大木の枝に止まった。
目下の“四ツ目”が周囲を窺っている。消えたジョニーを探していた。
後頭部が見える。
ジョニーは身体を捻り、枝を蹴る。
回転しながら、“四ツ目”の首を目掛けて、剣を振った。
四つ眼のうちの一つと、目があった。
ジョニー必殺の“落花流水剣”は、“四ツ目”の首に浴びせ斬りを喰らわせた。
ジョニーが着地した瞬間、“四ツ目”は煙を立てて倒れた。
「俺を見つけやがった……」
これまで、ジョニーは見つかった経験はなかった。
“振動”が地面に向かって、拳を叩きつけた。拳から地面に黒い煙が立ち上り、セルトガイナーに向かって走る。
赤い髪のセルトガイナーが、立ち止まった。死の恐怖を前に、思考が停止している。
“鉄兜”となったクルトが、セルトガイナーの前に身を投げ出しだ。
クルトは、感電したかのように身体を震わせた。
だが、もつれる脚を踏ん張って、倒れなかった。むしろ、全身から黒い煙を出して、“振動”に向かっていく。
サイクリークスを一撃で倒した攻撃を、クルトは耐えきったのである。
怯む“振動”に飛びかかった。“振動”に馬乗りになって、“振動”に鉄槌のような拳を叩きつけた。
だが、“無花果の騎士”が、無防備なクルトの背中を槍で斬りつけた。金属と金属がぶつかり合い、派手な火花を散らし、クルトは槍の一撃で吹き飛ばされた。
クルトが立ち上がった。背中から黒い煙を発している。
“無花果の騎士”は、連続攻撃を繰り返し、クルトに反撃の機会を与えなかった。
槍を振るたびに、金属音と火花が交互に吹き出てくる。
クルトが地面に倒れ、黒い煙とともに変身が解けた。
ジョニーは、“無花果の騎士”が設置した植物に向かって走った。
巨大な木になっていた。大きな枝には、木の実がなっている。球体の実は、七色に光っている。
「なんだ、これは?」
木は動かず、何もしてこない。
“無花果の騎士”が大木の枝に飛び込んだ。
葉を揺らし、木の実を槍で切り取り、木の実を投げ飛ばした。
木の実は、人間の姿となった“四ツ目”と“震動”の足下に落ちた。
“四ツ目”だった男……髪を横わけにした、年配の男が木の実にかぶりついた。
汁を口からたらし、無心に貪っている。
“四ツ目”だった男は、光りに包まれた。細い目を閉じ、穏やかな表情になっていく。
“四ツ目”はもう一度、霊骸鎧に変身した。
「甦っただと……?」
と、ジョニーは静かに驚愕した。攻撃を受けすぎたり、霊力を使い尽くすと、霊骸鎧の変身は解除される。
発砲音が鳴った。
生身のスパークが、“四ツ目”に向かって銃を乱射していた。拳銃はセルトガイナーの霊骸鎧“火散”だと分かった。
“四ツ目”は槍を使って、巧みに弾丸を弾いた。
「だめだ、俺はサイクリークスほど銃の扱いが上手くない」
と、スパークが悔しがった。弾丸を撃ち尽くしたのか、銃弾を装填している。
一方の“四ツ目”は腹に手を抑えている。一発は命中したのだ。
“四ツ目”は変身を解いた。手で抑えている箇所が、血で滲んでいる。
だが、人間の姿に戻った“四ツ目”は何事もないように、足下に転がっている木の実を口にした。
腹の傷が光に包まれ、消えていった。
「気をつけろ、リコ」
と、スパークが叫んだ。
衝撃波が、ジョニーの足下を狙う。
ジョニーは横に飛んで逃げた。
“振動”が両の拳を打ち鳴らしている。“振動”から余裕を感じた。
「“無花果の騎士”は“癒やしの木”を生やす能力を持つ。“癒やしの木”から生えた実を食べた者は、体力と霊力を回復できる」
と、スパークは銃を構えた。
視線を感じて、ジョニーは木の上を見た。
枝の上で、“無花果の騎士”が、微笑んでいるかのように見えた。




