門扉
次の日になった。
ジョニーたちは旅の商人の扮装をして、屋敷の裏口から出た。
シグレナスは城壁に囲まれている。城門にたどり着くと、馬車の停泊所がある。
ボルテックスは、あらかじめ馬車を準備していた。中には、食糧といった必要物資を積載されている。
ボルテックスとセロンは、馬車の内部に乗り込んだ。ボルテックスは広げられた敷物の上に横になり、セロンは据え付けられた椅子に座った。
ジョニーたちは徒歩になる。
シグレナスの出入り口である城門を目の前にしていたが、なかなか出発できなかった。
城門は、旅人や商人たちで混雑している。
人々のざわめきと体温で、ジョニーは息苦しくなった。
霊落子たちを移送する兵団たちの姿は、見えなかった。
兵団とジョニーたち一般人の通行する出入り口は別だと、ビジーに教わっていたので、ジョニーは不思議に思わなかった。
兵団の問題はさておき、今日は旅行者の数が多い。手続きは遅れ、出発の順番は、昼すぎまで待たなければならなかった。
ボルテックスが手で合図をすると、頭巾を被り御者に扮したクルトが、馬車を動かす。ジョニーたちは徒歩で従いていく。
「あのガキ……」
クルトが、鋭い目をさらに細めた。
視線の方向には、頭に小さなプロペラを載せたプリムが、パンを貪っていた。
クルトの視線に気づき、慌てて小動物のように壁に隠れた。
だが、プロペラが壁から覗いている。尾行をしているつもりであるが、自慢のプロペラを隠し切れていない。
「放っておけ。奴はセロンを狙っているだけだ。……見た目も中身も、ただの子どもだ」
と、ジョニーは苦笑した。だが、クルトは無視をした。ジョニーは、クルトの尊大さが鼻についた。
門には、多数の衛兵たちが待ち構えていた。セルトガイナーとサイクリークスが、若い衛兵に羊皮紙を渡した。
年配の衛兵が、若者から書類を受け取り、口を真一文字に結んで、上下に見た。ジョニーと馬車に不審げな視線を送っている。
不機嫌な表情を維持したまま、肩の動きで通行を許可した。
ボルテックスとセロンを乗せた馬車が、シグレナスの門を潜った。
シグレナスの城壁は切り分けられた岩で埋め尽くされていて、とくに城門部分は分厚かった。真鍮と木材で組み合わされた門扉は、非常事態でもない限り閉まらない。ただ重厚な全身を、外界に向かって解き放っていた。
ジョニーたちは、馬車の先頭を歩いた。
門を出ると、街道が続いていた。街道は岩と石を敷き詰められていて、平原を直線的に貫いている。
振り返ると、プリムが衛兵に何かを叫んでいる。プリムが頭のプロペラを指さしていたが、衛兵たちは無視した。衛兵たちに相手をされていないと分かると、プリムは胸を張って、大股で門を潜ってきた。
衛兵にとって、プリムなど浮浪児にすぎない。浮浪児がどこに行こうと、構っている時間などないのである。
実害はないが、面倒くさい。評価が一致している、と解釈した。
ジョニーはプリムから興味を失い、もう一度、街道を見渡した。
はるか太古から続く街道は、先人たちの知恵と努力によって築き上げられたのである。ジョニーは、胸から湧き起こる興奮を抑えられないでいた。
商人が馬車を引く姿や、旅人たちの歩く姿が見える。鳥たちが群れをなして羽ばたいている。
風は穏やかで、ジョニーが空気を吸い込むと、爽やかな気持ちになった。外の世界では、シグレナスに感じていた息苦しさがない。長く続けていた都会生活から、解放されたような気分になった。
(俺は、旅が好きなのだ。都市で引きこもるより、外の世界で生活をするべきかもしれん)
と、ジョニーは、自分の一面に気づいた。
ジョニーの隣には、ビジーが従いてくる。普段座ってばかりのビジーは旅路を不安がっていた。
フリーダは肩で風を切って、堂々とした歩き方をしている。静かな風が、一部を染めた赤い髪を優しく流していた。
赤い髪のセルトガイナーは、フリーダに追いついて、隣を確保している。
サイクリークスは前傾姿勢で、顎を突き出した歩き方をしている。身体が細く、肌の白さから、ビジーと同じ、あまり外出しない生活を送っている、とジョニーは見抜いた。
スパークは小躍りしながら、何か歌を口すさんでいた。
クルトは、地図と手綱を手に、自分の仕事に集中していた。
ジョニーの背後に、ナスティがくっついている。不安げな挙動で従いてくる。周囲を見渡したり、ジョニーの顔色を窺うような素振りを見せたりしている。
(どうも俺は、霊落子に頼られる性質らしい)
と、ジョニーは自己分析した。
スパークが横目で、頭巾と覆面で顔を隠しているナスティを見た。
「はーん、お目付役ってわけか。霊落子を追いかける俺たちを、霊落子のガキに見張りをさせたいんだな」
と、スパークは、爆発したかのような自分の頭を触って分析した。だが、スパークの早合点であった。ナスティは、セロンの小間使いであった。
ビジーが、ナスティに話しかける。
「君はナスティだっけ? “ナスティ”って、誰が決めたか知らないけれど、女の子にそんな名前をつけるなんて、酷い話だね。大神官様……セロンがつけたんだっけ? まあ、いいや。おいらは、ビジー。よろしくね。冷静に考えれば、ビジーも、割と酷い名前だけども」
ビジーが手を差し出したが、ナスティは無視した。ビジーが悲しげな表情をした。
「ビジー。霊落子は、口をきけないのか? いや、サレトスは話をしていたな……」
と、ジョニーはビジーに疑問を投げかけた。裁判に掛けられたとき、弁護士のイニステは饒舌だった。
「サレトスが溢していたよ。霊落子は、アポストルは、人間に意地悪されるから、なるべく関わりを持たないようにしておくんだって。だから、積極的には話をしない。人にもよるだろうけどね」
と、ビジーが説明した。会話するかどうか個体差がある。人間と普段仕事をしている霊落子であれば、会話ができるのだ、とジョニーは理解した。
ナスティは、話をしているジョニーとビジーの顔を見比べていた。
内容は、理解している。
(ナスティ……。確かに妙な名前だ)
ジョニーは、ナスティと、あえて口に出さなかった。
街道は、枝分かれしていく。クルトは地図を片手に道を選んでいたが、分かれ道を前に馬車を止めた。
「ここを曲がると、補給基地がある。軍団が立ち寄る可能性がある。なるべく軍団と歩調を合わせたい。軍団が補給基地に立ち寄ったか確認したい。……レダ、頼む」
クルトは冷静な声で、フリーダに指示した。
ボルテックスが馬車の中で、セロンと談笑をしている。クルトは実務を任されている。ボルテックスから絶大な信頼を得ている、とジョニーは理解した。
「あたしに任せな!」
と、フリーダは掠れた声で、元気に応えた。
印を組むと、緑色の煙に包まれる。
煙の中から、四足歩行の霊骸鎧が現れた。犬に似ている、とジョニーは思った。ただ、普通の犬と違って、人間と同じくらいの大きさで、全身は流線型であった。肩や背中に突起物があった。首には、凶悪な形状をした棘の首輪を巻いている。
巨大な犬となったフリーダは、身を低くし、地面に鼻をつけている。
「匂いを嗅いでいるのか……?」
と、ジョニーは予想した。スパークが間に入った。
「レダ姐さんの霊骸鎧は、“猟犬”だ。無数の匂いを嗅ぎ分ける。鉄や汗、風に飛び散った匂いを見逃さない。どんな相手だろうと、レダ姐さんからは逃げられないのさ」
と、我が事のように自慢した。
緑色の煙とともに、フリーダが人間の姿に戻った。
「クルト、連中は補給基地に行かず、このまま進んだようだよ」
と、一部を赤く染めた金髪を翻す。白い歯が見えた。




