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 ボルテックスが話を続ける。

「その女は、皇帝の寝所に出入りしている。……知っているか? あの太っちょ皇帝、寝所で政策を思いつくという。ちまたでは、“寝所帝”って呼ばれているんだ。いつもへんてこりんな、ろくでもない政治をする奴だが、腐ってもシグレナスの皇帝だ。シグレナスは、世界最強国家で、皇帝は、世界最強国家の頂点であり、その頂点と寝所をともにしている、その女こそ、この世界で一番価値の高い情報を握っている話だ」

と、ボルテックスは興奮気味な口調でまくしたてた。しゃべり終えると、杯に口をつけ、喉を鳴らした。杯で机に乱暴な音を鳴らすと、フリーダの太ももに手を伸ばした。

 ジョニーは、怒り、いや殺意を覚えた。ボルテックスは、セレスティナを売春婦か何かのように侮辱している。

「ならん」

 セロンは、静かだが、断固として断った。

「大神殿は政治に関わらない。これまでもそうであったし、これからもそうなのだ。ましてや、大神殿で預かっている女性は、元々、高貴な身分の者たちだ。中には、一国の王女であった者もいる。大神殿とは、国内の政争や、暴力によって逃げ場を失った女性を匿うための、いわば最後の駆け込み場所なのだよ」

「その女は、あの太っちょの愛人オンナなんだろう? 駆け込み寺? そんなものは建前にすぎないね。……知っているか? 売春は、人類史初の職業なんだぜ。兄貴、俺からしてみれば、女が集まる大神殿なんて、売春婦宿にしか見えないね。タダ飯を喰らわすほど、余裕はあるまい? 女といえど、どこかで金を稼がなくちゃいけねーんだからな!」

 ボルテックスは下卑た笑いをあげた。

 セロンは、怒りを通り越して呆れた表情をしている。

(どこまでも下品で、頭の悪い男だ。本当にセロンと兄弟なのだろうか?)

と、ジョニーは心の中で毒づいた。

「綺麗な姉ちゃん」

と、ボルテックスはセレスティナに声をかけた。セレスティナを気安く呼ぶ態度が腹立たしい。ボルテックスがジョニーの憤懣を知らない分、ジョニーはさらに気分を悪くした。

「綺麗な姉ちゃん。あんな死にかけの太っちょの相手をしていて、何が楽しいんだよ? この全身ムッキムキの俺様が、毎晩、楽しませてやるぞ……いぢぢぢ」

 ボルテックスが身をよじった。フリーダに、手の甲をつねられている。

 痛がる様子を見て、ジョニーの殺意が少し収まった。

 セロンが疲れた表情を見せた。

「ボルテックス。そなたは道を外れ、迷っている。過去に誓った志を忘れたか? 我ら兄弟は、この世界から悪を排除し、善を貫くため、それぞれの道を進んだのだ。……いいか、弟よ。あのときの誓いを思い出せ。本当の自分を取り戻せ」

「俺は俺だよ、兄貴。これが、本当の俺なんだ。でもな、俺はもう、昔の俺じゃないんだ。いつまでも、兄貴に守られていたチビじゃないんだ」

と、ボルテックスは穏やかに反論した。セロンは額に手を当て、頭痛にさいなむ表情を見せた。

 昔から話が通じない相手で困り果てている、とジョニーは理解した。

「これ以上、私を困らせないでくれ。そこにいる若者を見なさい。そなたの言動は、子どもじみている。笑われても知らないぞ」

と、優しげな手つきでジョニーを指した。

 ボルテックスが振り返って、ジョニーを上下に見た。

「ん? 誰だっけ、こいつ? 見覚えのない奴……」

 物覚えも悪い、とジョニーは分析した。

「ジョエル・リコ……」

と、フリーダが耳打ちをした。

「そうそう、ジョエル・リコだ。それにしても、変な名前だな。ジョエル・リコって。恥ずかしくないのか?」

と、ボルテックスは哀れんだ声を出した。

「俺が決めたのではない。勝手に名付けられたのだ」

と、ジョニーは、苛ついた声で反論した。先ほどから、いや、出会った瞬間から今まで、ボルテックスが気にくわない。

 ジョニーの反応に、クルトが睨みつけてきた。クルトはジョニーの心情を敏感に感じ取っている、とジョニーは理解した。

(喧嘩を売られているのは、俺だ。今の俺は、最高に機嫌が悪い。暴れてやろうか)

と、ジョニーはクルトを睨み返した。

 二人の間に緊張関係ができている中、誰かが吹き出した。続く笑い声が、緊張を緩ませていく。

 笑い声の発生源を、皆が見た。

 セロンであった。

 口を押さえ、腹を抱えている。

「ジョエル・リコ? そうか、ジョエル・リコと名乗っているのか?」

と、大きな子どものように大笑いをしている。

「おい、兄貴。どうした? 兄貴が笑うとは、珍しいな」

と、ボルテックスが驚いた。腕を組んで、セロンの笑っている様子を呆然と眺めた。

 ジョニーは、ビジーと顔を見合わせた。身体を折ってまで笑うセロンに何が起きたのか、理解できず、当惑した。名前を笑われる体験は初めてだ。しかも、他人に勝手に名付けられた名前である。

 皆が見守る中、セロンの笑いが収まっていく。

「失礼、そなたの名前が面白くて笑ったわけではない。許して欲しい。ジョエル・リコ……。良い名前だ。うむうむ」

と、セロンは涙を拭き、何度もうなづいた。

「ジョエル・リコ。気に入った。……この若者には、素晴らしい人物になるだろう。将来が、とても楽しみだ。弟よ、ボルテックスよ。この若者を大切になさい」

「兄貴が誰かを褒めるだなんて、珍しいな。こんなガキ、そこらへんにいるような不良だろうがよ。……兄貴の目は節穴になったものだな」

 ボルテックスとセロンは、別件を話し始めた。ジョニーには理解できない、二人だけの会話であった。

 セレスティナとジョニーは、話題の中心から逸れた。

 ジョニーは、気づかれないように、さりげなくセレスティナを見た。

 セレスティナは、月の青白い光を背に受けていた。

 セレスティナのクリーム色の金髪から、夜空に浮かぶ星々のような輝く光が放たれている。

 神話に出てくる女神のようなセレスティナの姿に、ジョニーは息を呑んだ。

 視線が遭う。

 だが、セレスティナの表情は険しかった。細めた目つきは冷たい。

 ジョニーは視線を下げた。

(この女は、どんな能力の持ち主なのだろうか? 今の俺は、本来の俺でない。目を逸らすなど、喧嘩であれば負けている)

 心臓が高鳴っている。

 ジョニーは胸に手を当てて、動悸を抑えた。

 強い視線を感じる。

 顔を上げると、また、セレスティナと目が逢った。セレスティナの眉間には、皺が増えていた。目つきの厳しさは変わらない。

(目が逢ったのではなく、睨まれている? 俺は嫌われているのか……?)

 不法侵入、泥棒、覗き、服を盗もうとした……。

 自分のやった犯行を思い返していく。

 好かれる要素が、一つもない。

 こめかみから冷たい汗が、顎にしたたっていく。

 罪人、いや汚物や害虫に成り下がった気持ちになった。

 尋問のようなセレスティナの視線をかわし続けていると、ボルテックスとセロンは会話を終えていた。

 セロンは、席を立つボルテックスが止めた。

「ボルテックスよ。せっかくだから、歌を聞かせてやろう……。歌の準備をしなさい」

 セロンが穏やかな声で、扉の向こうで立っている巫女に命令した。

「なぜそうなる? もう夜中だぞ?」

 今度は、ボルテックスが困惑する番だった。ジョニーは、ボルテックスの発言に、初めて共感できた。

「客人を歌で歓待する。それが、大神殿のならわしなのだよ」

「そんな習慣は知らん。兄貴が歌いたいだけだろう。でも、兄貴は本当に歌が好きだな。大神官よりも歌手になりたかったんだよな。……勝手にしな」

 セロンは、巫女から小型の竪琴を受け取り、琴線を鳴らした。

 ボルテックスは、かなり変わっているが、兄のセロンも変人である、とジョニーは思った。

「セレスティナ。今夜は、そなたも歌いなさい。そなたの一番好きな曲で良い」

 セレスティナに命令した。

 セレスティナが、喉をおさえて、小さく咳払いをした。セレスティナの仕草に、ジョニーは心地の良い感覚を覚えた。

 セロンが竪琴を鳴らすと、セレスティナが歌い出す。

 セロンが、途中で合流した。セロンの優しげな低音と比べて、セレスティナの高音は力強かった。竪琴に乗った二人の声は混ざり合い、一つの楽器となった。

 

 君は今 愛を告げている

 君が好きな人は 僕じゃない

 僕じゃない誰か


 でも 好きなんだ

 君がいたから 僕は変われたんだ

 君が教えてくれたんだ


 だから 君を守るよ

 この炎のつるぎ

 この星の翼で


 引き裂かれても かまわない

 食い破られても 負けない

 暗い影から 奴らを撃つ


 僕は僕を 解き放つ

 輝く君を 追いかけて

 本当の君に 出会う瞬間ときまで


 切なくも力強い歌を、セレスティナとセロンが歌え終わる。

 室内は、静寂に満たされた。

 二人の歌に、誰もが圧倒されたのである。

 ジョニーは脚が震えていた。身体中が暖かくなっていく。霊力オーラが血流に乗って、全身を駆け巡っているようだ。

(歌には、不思議な力があるのだな……)

 歌に興味などなかった。最後まで聞いたためしがない。歌で身体が揺れ動く状況は、ジョニーにとって初めての体験であった。

 部屋の静まりを、一人の拍手が破った。

「サイコーだよ。アンタたち……。サイコーにハジケている」

 スパークが気を失いそうになっている急病人のような譫言うわごとを並べて、両手を鳴らしている。

 フリーダたちも後を追う。静かだった部屋は、拍手で満たされた。

 セレスティナは恥ずかしそうに下を向いた。セロンは満足げな表情で竪琴を足下に置いた。

 ただ、ボルテックスとジョニーだけが拍手をしなかった。ボルテックスは肩を揺らして、不機嫌そうな態度を取った。

 ジョニーは拍手しなかった。いや、したくなかった。自分でも不思議なくらい、拍手をしたくない。ここで拍手をしたら、負けた気分になると思ったからだ。

「息ピッタリだね。最高にお似合いの二人組だ」

と、ビジーは昂揚した表情で、吐息を漏らした。ビジーの発言はジョニーの本心を突くのである。

        2

 出口まで、セロンに案内された。

 大神殿の玄関は、天井が高い、円形の広間だった。

「兄貴、例の剣を見せてくれよ」

 ボルテックスがセロンに揉み手すり手でお願いした。

「あの剣の話をしているのか?」

 セロンがボルテックスの頭上を指さした。

 玄関の壁に、透明の箱が飾られていた。箱の中には、一振りの剣が見える。

 なんら飾りもない、ただの剣である。

(見事な剣だ……。だが、どこか危険な香りがする)

と、ジョニーは一目で本質を理解した。

 ボルテックスは剣の傍まで駆け寄り、騒いだ。

「そうだ、この剣だ。“破壊の剣(デストロイヤー)”といってな、どんな霊骸鎧オーラ・アーマーでも真っ二つにするという。……兄貴、俺にくれ」

「やめておきなさい。あの剣は、魔性だ。触れる者の命をすすり喰う」

と、セロンが手を振った。

「よくこんな目立つところに置いてあるな」

「大神殿に忍び込んだ不届き者を思い知らせるためだ。……宝だと思って触れた者は、死ぬ」

「恐ろしい話だなぁ。神聖なる大神殿に罠を仕掛けるなよ。……で、効果のほどは?」

「想像に任せるよ」

 玄関を出る。

 ボルテックスたちと一緒に大神殿を離れる。

 振り返ると、セロンとセレスティナが並んで見送っている。

(お似合いの二人……。頭が良く、歌が上手く、美しい)

 ジョニーは真夜中で暗然とした気持ちになった。

 身分が違いすぎる。住む世界も違う。

 もともと勝ち目のない喧嘩だった。

 セロンの頭上から、黒い影が落ちてきた。黒い影は、小さかった。

 倒れたセロンに馬乗りになる。刃物を振り上げている。

 小型の霊骸鎧だ。頭に巨大な十字の羽根がのっている。

 クルトが印を組んで、霊骸鎧に変身した。頭部が金属色メタリックな霊骸鎧で、まで駆け寄り、横から蹴り飛ばした。

(軽い……?)

 霊骸鎧は球のように転がった。クルトは霊骸鎧の首を掴んで、地面に叩きつけた。白い煙とともに、霊骸鎧が消えていく。代わりに女の子が現れた。

 頭に小さな帽子を被っている。帽子には、十字の物体が回転していた。

「はなせー、はなせー」

と、女の子が手足を動かし、うめいている。

 ジョニーは短刀を脚で踏んで、あらぬ方向に蹴った。

「離してやれ。相手は女だぞ。しかも、子どもだ」

 ジョニーがクルトに注意したが、クルトは手を離さない。

 クルトは女の子を押さえつけたまま、変身を解いた。黒い煙にまみれる。

「俺たちに刃を向けたんだ。ただじゃ済まさねえ」

と、吐き捨てた。

「まだ刃物を持っているかもしれん。俺が代わりにやる」

「テメエは引っ込んでいろ」

 襲撃者といえども、小さな女の子に大の大人が押さえ込む様子に、ジョニーは気分が悪くなった。

(クルトを、ぶん殴ってやろうか? さっき俺を睨みつけていたから、ちょうど良い)

と、ジョニーは思った。ジョニーが構えた瞬間、女の子が叫んだ。

「おれは、プリムだ。おれは、あいつに、セロンに、ようがある! このプロペラにかけて!」

 プリムは自身の帽子を指さした。小さな帽子の上には、プロペラの模型があった。セロンがジョニーをかき分けて、間に入ってきた。

「どきなさい。私がセロンだ。クルト、解放してあげなさい。……私が何をしたというのかね?」

 セロンが、地面に片膝について悲しげな表情を見せた。クルトがやむなく手放すと、女の子はセロンに向き直って、脚を閉じ、癖っ毛な髪を手で直した。

「セロン、おまえは、おれのこころをうばった! ゆるせないやつだ!」

 プリムは、セロンの接近に狼狽うろたえつつも、捕らわれた野生動物のように歯をむき出しにして怒った。

 ジョニーは顔をしかめた。プリムは独特な訛りがあって、聞き取りづらい。頭にはプロペラ帽子を乗せ、風変わりな少女である。

「プリムよ。怖がらなくて良い。誰も君に危害を加えたりはしない」

 セロンは優しく微笑んだ。右手を差し出す。

「ひぃっ。よるな。さわるな。ちかよるな。ふじょぼーこーだ。うったえてやる!」

と、プリムが涙を溜めて、叫び続けた。

「セロン……! 気をつけろ。武器を隠し持っているかもしれんぞ」

と、ジョニーは注意をした。

 セロンはプリムの顔に手をかざした。

「ジョエル・リコよ。私が恐怖すれば、この子も恐怖する。私の悪い心が、この子を悪い心に導いている。すべては、私の心が原因だ。私が私の恐怖を克服するために、神々は、この子を遣わしてくれたのだよ。……大丈夫だ、プリムよ。私は恐怖しない。だから、君も安心しなさい。恐怖のくびきから、解き放たれるのだ」

と、ジョニーには、セロンの説教がまったく理解できなかった。

 セロンがプリムの顔から、手を離した。

 プリムの顔から、怒りは消えていた。

「あれ、ここはどこ? おれはだれ?」

 目を覚ましたかのような表情だ。見知らぬ場所で起きたかのように、周囲を窺っている。

 プリムの腹が鳴った。

「はらがへった……めし」

 腹に手を当てるプリムの顔を、セロンは笑顔でのぞき込んだ。

「今日はもう遅い。お家に帰りなさい」

「……うん!」

 プリムは返事をすると、立ち上がり、歩き出した。

「あ、いえがなかった。おれのいえは、やけてしまった!」

と、途中で立ち止まる。

 プリムは、自分を指さし、絶望的な表情になった。

 スパークが、道端に捨てられた残飯を見ているかのような表情をした。

「こいつ、どうする? このまま野ざらしにして、野犬のエサにでもしちまおうか?」

「兄貴、このガキを大神殿で引き取ってやればいいだろう? シグレナスの駆け込み寺なんだから」

と、ボルテックスは皮肉っぽく提案した。

「生憎だが、今の大神殿は満員なのだ。仮に朝起きて、私が死んでいたら誰が責任を取ってくれるのかね?」

と、セロンが反論した。

 ボルテックスが頭を掻いて、ジョニーに提案した。

「だからといって、ここに置いていくわけにはいくまい。おい、リコ。このガキをお前の家に預ける」

「……かまわん」

と、ジョニーはすぐに承諾した。ビジーは賛成か反対かよく分からない返事をしている。

「ビジー。俺としては、ボルテックスたちに引き取らせたくない。あいつらが小さな子どもに、何をするか考えたくない」

と、ジョニーが説明すると、ビジーは笑顔を見せた。

「わかったよ、ジョニーの兄貴。うちは女性が多いから、安心だね」

 ジョニーはプリムを背負った。最初、プリムは抵抗したが、すぐに寝息を立て始めた。

 ボルテックスは、プリムから興味を失い、セロンに別れを告げた。

 ジョニーは、セロンの隣にいるセレスティナと目が逢った。眉間に皺を寄せたまま、厳しい表情を維持したままだ。

 大神殿から離れて、大通りに出ると、ボルテックスは立ち止まった。ボルテックスは、フリーダの肩に手をかけている。

「じゃあ、俺たちはここで。……お前たち、準備をしておけよ」

と、手を振った。もう片方の手は、フリーダの胸をまさぐっている。

 クルトたちは一列に並んだ。背筋を伸ばして、見送る。

 ボルテックスの姿が消えると、緊張が緩んだ。

「フリーダは、ボルテックスの女房なのか?」

と、ジョニーは、隣のセルトガイナーに個人的な疑問をぶつけた。

「違う」

 セルトガイナーが歯を食いしばった。

 握った拳は、震えている。

 スパークが、セルトガイナーの肩に手をかけた。

「セルトガイナー、忘れるな。レダ姐さんは、ボルテックス親分の愛人オンナだ。親分の愛人に手を出したら、とんでもない結果になる。自警団の掟だ。……分かるな」

 年長らしい声で、セルトガイナーを慰めた。

「セルトガイナーって、フリーダを好きみたいだね」

と、ビジーがジョニーに耳打ちをしてきた。

 クルトたちと離れ、クルトたちの後ろ姿を見ていると、セルトガイナーだけが肩を落としている。

 ジョニーはビジーと二人きりになった。背中のプリムは眠っている。

「ボルテックスという人、おいらは信用できない。気をつけようね。何か問題があれば、自分と愛人だけで逃げるような人だよ。多分……」

 ビジーが呟いている。ボルテックスに対する評価には、賛同する。

「……嘘をついて、泥棒をさせた。本当は泥棒ではなく、人さらいだったけど。最初から、失敗したら、おいらたちを捨て石にするつもりだったんだろうな」

 ビジーが静かに、だが悔しげに続けた。ビジーが珍しく機嫌を損ねていた。

 だが、ジョニーは別件で頭がいっぱいだった。

 せっかくセレスティナと会えたのに、何も起きなかった。

「君が好きな人は、僕じゃない誰か……」

と、ジョニーはセレスティナの歌を口すさんだ。

「いやあ、とっても綺麗だよね」

「だ、誰のことだ?」

「セレスティナって子だよ。滅茶苦茶、ジョニーの兄貴を睨んでいたね。何かした?」

「それがどうした? ……後ろめたさは、何一つとしてない」

 思い当たる節は多すぎる。

「おいら、セレスティナを知っているよ。何度か話をしたし」

「知っているのか? どこで会った?」

と、ジョニーはビジーに食ってかかった。ビジーが困惑している。

「図書館だよ。あの子、図書館でよく勉強している」

 図書館!

 普段、避けていた場所である。

 ジョニーは、ビジーとセレスティナの意外な接点に驚きを隠せないでいる。

「……ひょっとして、ジョニーの兄貴は、セレスティナが気になるの? ……ずっと見ていたし」

「俺は、あんな顔だけの女など興味はない」

と、ジョニーは嘘をついた。セレスティナを悪く言って、すぐに後悔した。

「そうかな。セレスティナって子は、顔だけじゃないよ。分厚い本を凄い早さで読破していくから。なんか鬼気迫る感じだけど。でも、まあそうだよね、ジョニーの兄貴は女嫌いだから」

「女嫌いというわけではない。……」

「へえ、ジョニーの兄貴、好きな人がいるんだ? 兄貴に恋の話だなんて、珍しいね。気になる人とかいるの? この前、夢占いがどうとか話をしていたよね?」

「知ったことか」

「赤くなっている。誰々? 好きな人~? やっぱり、セレスティナかな? このこの」

と、ビジーがジョニーの腰に肘を突いた。

「セレスティナは、ない。俺とは、まったく接点がない」

と、ジョニーは断言した。嘘をつく自分に嫌気が差してきた。

「そうだよね、セレスティナとセロンは、お似合いだもん。あの二人、絶対に付き合っているよ。あんなに息がピッタリなんだから。皇帝陛下も罪な人だよね。仲の良い男女を引き裂くだなんて……。ああ、分かったぞ。セロンが立派すぎるから、ボルテックスがあんなにグレちゃったんだよ。きっと。子ども時代から、優秀なお兄さんに、劣等感を感じまくってさぁ……」

と、ビジーは、ジョニーの背中を刃物で突き刺すような発言を繰り返した。

(君が好きな人は、僕じゃない誰か……)

 ジョニーは、心の中でセレスティナの歌を繰り返した。

 ジョニーは、言葉が発せず、ただ黙っていた。

 セルトガイナーの肩を落とした様子を思い返す。

(セルトガイナーも、俺と同じ境遇か。好きな女がいても、見向きもされない……)

 ビジーが何かを喋っているが、聞く気になれない。表面だけの返事をしていた。

 帰り道の途中で、背中に異変が起こった。

「おれは、とんでいる? おれはプロペラをてにいれた!」

 プリムが再起動した。だが、所在地がジョニーの背中だと知った瞬間、暴れ出した。

「は、はなせー! おれはセロンたまに、あいにきたんだー! おれのおもいを、つたえにきたんだー!」

「殺しに来たり、思いを伝えに来たり、大変だな」

と、ジョニーは苦笑した。プリムは、セロンが好きらしい、とジョニーはすぐに分かった。

(だが、セロンには、セレスティナがいる)

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― 新着の感想 ―
[一言] 歌の歌詞がおもしろいですね。 内容にどう歌詞が関わるのかが楽しみです。
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