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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
6/169

老人

1

 暖かい。

 誰かの手を感じる。

 負傷した太股に、誰かが手を翳してくれている。

 激痛の中心だった箇所が、今では穏やかな光を放っている。

 穏やかな光は、温もりとなって、カレンの胸までに伝わった。胸を中心に、優しい温かさを感じた。

 カレンはゆっくりと瞼を開いた。

 カレンは寝台の上で横たわっていた。

 自由になった両手首を見た。手錠は消えてなくなっていた。誰かが取り外してくれたに違いない。

 目の前には、顔中に包帯を巻いた小柄な人物が座っていた。

 カレンの右太股に(かざ)していた左手にも包帯が巻かれていた。

 左手の指が、少ない。

 人差し指と中指を残して、他は失っている。

 注視は失礼だと、カレンは自分の太股に目を移した。止血は済んでいて、傷跡も残っていない。

 周囲を見渡した。

 木の板が張り合わされた壁と床に、質素な家具が固定されていた。

 船乗りの利用していた部屋だと、すぐに分かった。

 壁には複数のフックがかかっていて、死んだホタテのような臭いが漂ってくる汚いズタ袋が垂れ下がっていた。

 カレンは、自分の右太股を撫でて、包帯の人に問いかけた。

「これは、君がやってくれたの?」

 声が聞こえた。

(そうだよ。僕はレミィ・ミンティス。人の怪我を治すことが得意なんだ)

 優しい口調だった。カレンの頭に直接響いてくる。カレンは心地よさを覚えた。

 レミィ・ミンティス……レミィは、見た目は小柄な老人のようだ。だが、実年齢は頭で聞こえた声から察するに、カレンよりも若い。

「ミンティス」

 声が聞こえる。

 部屋の扉が開いていた。扉に少女が背もたれていた。腕を組んでいる。

「こんな奴を助けなくても良かったのに……」

 冷たい口調で言い放った。

 黒くて長い髪を後ろに束ねて、リボンで結んでいた。凛とした(たたず)まい。

 全体的に紺色の服装をしている。首から背中の半分にかけて、紺色に縁どりされた小さめの白いマント……カレンにはこの装飾品の名前が分からない……を胸元のリボンで結んであった。膝丈までのスカートを履いている。

 自分と同じくらいの年齢だと、カレンは思った。

貝殻頭(シェルヘッド)の女の子!」

 カレンは、甲板で大暴れしていたスカートつきの貝殻頭を思い出した。

「何だそれは? ……私にはナスティ、という名前がある」

 ナスティは腕を組んだまま、眉をひそめた。凛とした表情を崩さない。

「う○こ(ナスティ)?」

 カレンは、少女の名前が珍妙すぎて、変な声が出た。

「女の子に、ずいぶん酷い名前をつけるものだね。親の顔が見てみたい」

「それがどうした? 私は私の名前に誇りを持っている。……貴様にどう言われる筋合いなどない」

 ナスティは目を伏せて、冷たく応えた。カレンは頭をかいた。たしかに、相手の名前に文句をつけてもどうにもならない。失礼な行いである。

 都会の人たちは礼儀を重んじる傾向にある、とオズマから教わった。オズマは都会に行った経験はないが、なぜか分かるらしい。

「僕は、カレン・サザードと言います」

 控えめに自己紹介した。

「貴様……貴様がカレン・サザードだと?」

 ナスティが爆発したように叫んだ。眉間にしわを寄せる表情が、以外と可愛いな、とカレンは思った。ナスティが睨みつけてくるので、カレンは俯いた。

「そうですけど。なにかお気に触りましたか?」

 怒られている理由がよく分からないが、カレンは謝罪したくなった。

「この世に、カレン・サザードが二人もいるものか。貴様は、どこのカレン・サザードだ?」

「……僕は、いずれシグレナスの皇帝になりますカレン・サザードと申します」

 視線を向けると、ナスティの全身が震えだした。

 顔を背けて、震えている。

 笑いを堪えている。いや、笑っている様子を隠している。

 隣でレミィも笑っている。声は聞こえないが、笑っていると理解できる。

「レミィまで……!」

 カレンは機嫌を損ねた。

(あはは、ごめんごめん)

 レミィの声が聞こえる。

(ナッシーはね、ああ見えても甘いものが好きなんだ。小さい頃はガルグに隠れて、クッキーを盗み食いしたものさ)

「ナッシーとは、ナスティさんのことですか?」

 レミィに耳打ちする。

(うん!)

 レミィの笑いが混じった返事が聞こえた。

 カレンとレミィのやりとりを見て、ナスティが驚いた。

「貴様、ミントの言葉が分かるのか?」

 カレンを得体の知れないもののように見た。

「ナッシーさん。貴女は、クッキーを盗み食いしましたか?」

 証明する意図はなかったが、カレンは反射的に質問した。基本的に、思っていることを口に出さないとすまない性分である。

 ナスティは小さく震えだした。言葉を返さない。

 無言は肯定だ、とカレンは思った。カレンは知らない情報である。聞こえたレミィの声が、本当に聞こえているのかカレン自身にとって半信半疑だったが、ナスティの反応を見ている限り、真実だった。

 ナスティは息を吸い込み、眉間に皺をよせ、何かを飲み込んだ。

「……ミントがどう思っているか教えてくれ。……私はすまなかった、と思っている。お前をこんな状況にさせたのは、私の責任だ」

 と、低い声でカレンに頼んだ。どこか悲しみを感じる。悲しみの原因が気になるが、あえてカレンは追求しないでおいた。

 ナスティは、レミィに謝罪をしたい。

 カレンはレミィの声が聞こえた。

(気にしてないよ)

 聞こえた内容をそのまま、ナスティに伝えた。

 ナスティは唇を噛み、静かにカレンを睨んだ。

「貴様、ここまで来い」

 カレンが従う。なぜ呼ばれたのかよく分からないが。

 ナスティが叫んだ。

「目をつぶって、歯を食いしばれ!」

 ナスティの両目から、水分が発散されたようにカレンには見えた。

「こう?」

 カレンが目を閉じた瞬間、カレンの頬に何かが炸裂した。

 強烈な衝撃が、カレンの頬骨を揺らした。視界が天地逆転する。カレンは、床に腰を打った。

 カレンは自分の頬をおさえ、ナスティを見上げた。

 平手打ちを終えても、残心を残していた。

「この部屋から出て行け!」

 ナスティは目を閉じて、声を張り上げた。まるで小さい駄々っ子のようだ、とカレンは思った。大人のふりをしているだけで、本当の弱さを隠している。なんで殴られたのかはよく分からないが。

 ナスティは(うつむ)いたまま、動かない。カレンは部屋を後にした。敗残兵のごとく、足がもつれる。

「また治療が必要になったよ」

 左頬が熱を帯びて腫れてきた。

        2

 甲板に出ると、若い男が、船乗りたちに指示をだしていた。

 頭に不思議な形をした布を巻き、肌は浅黒く、鷹のように鋭い目をしていた。

 見覚えのない人物だった。

 ナスティの仲間だとすぐにカレンは理解した。

 この船は、ナスティの仲間に占領されている。

 上から気配を感じた。

 何か、未知の力が上から飛んでくる。

 空を見ると、白い煙を立てて、何かか降下してきた。

 腕を組み、静かに両足で着地した。

 老人であった。

 白髪を長く伸ばし、後ろにまとめている。

 厳しい顔つきで、深く皺が刻み込まれている。

 身にまとう白い胴着は長く、異国を思わせた。手にしている短い杖は甲板に突きつけられていた。

「インドラ。ご苦労である」

 低く、静かに口を開いた。カレンは恐怖を感じた。

(なんで怖いのだろう?)

「ガルグ……」

 インドラと呼ばれた若者が、両手を合わせて深々とおじぎをした。

 老人ガルグは、インドラの後頭部を優しく触った。

二人のやりとりを破るように船乗りがざわめく。、

何者かが船に飛び込んできた。

 貝殻頭だ。ナスティが止めをさせなかった貝殻頭だ。船乗りたちが騒いで逃げまどう。

 ガルグとインドラは微動だにしない。貝殻頭はガルグに飛びかかる。ガルグが軽く身をかわすと、貝殻頭が空中で一回転した。甲板に自らの身体を叩きつける。

 ガルグが貝殻頭の両脇に足をいれ、自身の身体をひねった。

 ガルグの両脚に絡まった貝殻頭は、身動きができない。

 足だけで貝殻頭の動きを封じている。

 ガルグは小さな杖を振り上げた。杖の先から、光が放出された。

 銛のようだ、とカレンは思った。いうなれば、光の銛である。

 貝殻頭の背中に突き立てる。

 貝殻頭が何か悲鳴のようなものをあげ、煙を立てて消えていった。 

「貝殻頭をまるで子ども扱いだ。すごい人だなぁ」 

 カレンはガルグを見た。

 映像が見える。

 黒い闇の中で、黄金の道が走る。

 道の左右には、多くの人物たちがいた。

 どれも個性的な人物だ。カレンは、この人たちが誰かを知っていた。

 だが、名前を思い出せない。カレンは知っている。

 黄金の道を進んでいると、ガルグの後ろ姿が見えた。ガルグは白く、振り返る。

 振り返った顔は、黒く塗りつぶされていた。

 現実の世界に戻った。

 視界には、白い道着があった。見上げると、ガルグが厳しい顔つきでカレンを見下ろしていた。

 カレンは後ずさりした。老人の無言の圧力におされる。背中に柔らかい感触がした。

 ガルグが口を開く。

「ナスティよ。怪我はないか?」

 背後の感触は、ナスティだった。

「ガルグ……。怪我はありません。ご心配をかけまして、申し訳ありません」

「よい」

 ガルグは手を伸ばし、カレンの頭を越えて、ナスティの頭を撫でた。

「無理をするな。……お前は強がりだからな」

 ガルグの優しい声が響いた。ガルグの腕がカレンの頭頂部にあたり、揺れた。

 カレンなど存在していないかのような扱いである。

 ガルグの腕を外して「僕は空気じゃない、人間扱いしてくれ!」と叫ぶ様子を妄想したが、ここはシグレナスの皇帝である。理知に富んだ方法で要求すべきである。

 同時に、カレンが抱えている問題を解決する方法も思い浮かんだ。

「あの、お二人とも……!」

 カレンは声を張り上げた。

「レミィを貸してくれませんか?」

 ガルグもナスティも、カレンの存在に気づき、会話を止めた。

 ナスティは、異次元からやってきたような提案に驚いた。

「どうして貴様にレミィを貸す必要があるのだ? いきなり、なんなんだ?」

「友達が病気なんです。レミィなら、治してくれるはず」

「貴様、自分の立場が分かっているのか? ミントは大切な弟……いや、仲間だ。貴様ごときが自由にどうこうできる相手ではない」

「僕のオズマだって、仲間です。大切な兄です」

「張り合うな」

 ナスティが面倒臭そうな口調で、文句を言った。

 ガルグが背を向けて歩き出した。カレンが慌てて回り込む。

「待ってください。オズマを助けてくれるなら、お金はいくらでも払います。奴隷にでもなんにでもなって、絶対に払いますから。……そうだ、いっそのこと、僕を奴隷として連れて行っても構いません」

 ナスティが口を挟む。

「貴様、失礼だぞ……。この方をどなたと心得る? 貴様ごときが、不躾な要求をしてもよい相手ではない」

 ガルグが、唇を結び気難しそうな顔つきでカレンを見下ろしている。カレンは、自分の命を握られているような感覚に陥った。ガルグは、カレンの命の裁定者のようだ。カレンは、この場から逃げ出したくなった。

「あいたっ」

 カレンの頬に、何かが当たった。ナスティの平手打ちを食らった左頬とは反対側の、無事な右頬である。

 カレンは奇妙な感覚に陥った。

 目の前のガルグはゆっくりとしゃがみ、何かを拾ってカレンに見せた。

「もしも、これが矢であれば、そなたは死んでおったぞ」

 ガルグの枯れ木のような手のひらに、小さく丸い物体があった。何かの種を干したものだと、カレンは理解した。

「我々に従いてくるとは、死と隣り合わせである。故郷に帰って、良い医者を捜せ」

 カレンの横を通り、歩き出した。 

(いつの間に投げたのだろう? あるいは、誰か他の人に命令して、僕に投げたのだろうか?)

 カレンの疑問を置き去りにして、ガルグの姿が船室に消えていく。恐らく、船長室に向かったのだろう。

「貴様、目障りだ。さっさと消えろ」

 ナスティの冷たい声が、背後から聞こえた。

「海の上で、消えろ、とか言われても」

 カレンは頭をおさえて困った。

 この可愛らしい女の子は、見た目に反し、意地悪だ。

「貴様ではありません。カレン、という名前があるんですけどね。そろそろ覚えてもらっても」

 ナスティは息を飲んで、呆れている。

「貴様がその名を語ること自体が、失礼なのだ」

「失礼って言われてもねぇ」

 カレンは頭をかいた。名乗っただけで怒られる理由が分からない。

        3

 カレンの乗っている船は、ガルグ一行に占領された。他の二隻も、追随している。

 カレンは占領される前と同じく、奴隷として働いた。

 顔に傷跡がある男トニー・チーターが、ときどき物陰に隠れてこちらを窺っているくらいだが、カレンに実害を加える者はいなかった。

「目的地は変わらない」

 途中で、奇妙な噂を聞いた。カレンには真偽が分からない。船乗りたちは、動揺しなかった。反乱の気配も見せない。

 船隊の支配者が貝殻頭からガルグに変わっただけだ。命令に従うだけで生きていく者たちにとって、仕事の目的がさほど変わらなければ、不平不満を抱く気分にはなれなかった。

 そもそも、ガルグたちの武力を目の当たりにした段階で、反乱を起こす意欲もなかろう、とカレンは思った。

 平和な日々が過ぎていった。

 船長室の前で、レミィがナスティに手をひかれていた。カレンは二人に声を掛けた。

「何をやっているの?」

「貴様には関係のないことだ」

 と、ナスティはカレンに目もくれず、冷たく応えた。カレンは議論の無駄だと思い、聞こえないふりをした。このナスティとは上手くやっていける自信がない。

(君も一緒に来るかい?)

 と、レミィから優しい声が聞こえる。

「もちろん!」

 好奇心がこみ上げてくる。カレンは、一緒に船長室に飛び込もうとしたが、喉に苦みが走った。ナスティに指で喉を突かれ、阻まれたのである。

 カレンは喉元を押さえ、その場にうずくまった。涙と呼吸困難で、視界が曇る。

「貴様に入る資格などない!」

 ナスティはカレンを強く指さし、乱暴に扉を閉めた。

(なんて奴だ……悪魔だ。最悪だ。まさにう○こ(ナスティ)だ。理不尽で暴力的で、思考回路は貝殻頭と変わらない。違いは言葉を発するかどうかだ……)

 カレンの頭に、侮蔑の言葉が並んだ。扉の向こうのナスティに聞こえていないはずだ。

 ナスティに仕返しをしてやりたくなった。戦力では負けるが、せめて何かで一矢を報いたい。

 船長室に入れば、ナスティは悔しがるだろう。悔しがらなくても、イヤな顔をするはずだ。

 ガルグたちは船長室に集まっている。ガルグたちを利用して、船長室に潜り込む理由をつくってしまえばいい。

 呼吸を取り戻すと、カレンは意を決して立ち上がった。

 地下倉庫まで走っていき、酒の入った樽を前にした。誰かが樽に金具を突きつけている。金具を少し動かすと、赤い酒が放物線を描いて飛んでくるので、革袋で受ける。船乗りがときどき酒を盗み飲みしている様子をカレンは見ていた。

 酒で満たされた革袋を紐で縛った。

「お酒を届けに参りました」と、船長室の扉をノックした。

 酒をガルグたちに振る舞えば、喜んでくれるに違いない。都会の大人たちは、酒が好きだ、とオズマから聞いている。

 ノックの返事を待ったが、反応がなく、静かだ。

 不在のはずがない。かすかだが、人の気配を感じる。

 カレンはドアノブを回した。

 鍵はかかってない、

 静かに中をのぞき込む。

 部屋は真っ暗で、床にはガルグ、インドラ、ナスティ、そしてレミィが向かい合って座っていた。四人とも、目を閉じ、何か聞き慣れない言葉を早口で唱えている。

 四人の中心には、紫色に輝く円形の模様が浮かんでいた。

「なんなんですか、これ……?」

 カレンは質問したが、誰も応えない。ガルグが奇妙な言葉を唱え続けている。インドラたち他の三人がガルグの跡を追っているような感じがする。

 カレンは忍び足で部屋の内部に入った。バッタを捕まえる要領である。

 レミィの背後に座った。レミィの隣に座りたかったが、ナスティかインドラの隣に座る結果になる。ナスティがいつ凶行に及ぶか分からないので、ナスティの隣はありえない。インドラは、近寄りがたい雰囲気の持ち主で、会話をした記憶がない。消去法的にレミィの背後、となった。

 レミィの、包帯で巻かれた細い背中を見る。

 カレンもレミィの真似をして、目を閉じた。

 レミィの背中が瞼の上に浮かんだ。レミィの額からお臍の下に向かって、光の粒が輝きを放って、降りていく映像が見えた。

水中橋(ウォーターブリッジ)を呼んでいるときの僕と、同じだ!)

 カレンの額から黄色い光が、おへそに向かって走っていく。続いて、白い光。赤、青、緑、そして最後に黒の光が降りていった。

 黒い光が降り終わると、また黄色の光に戻り、白、赤……と絶え間なく光が降りていく。

 ガルグたちも同じだ。四人は同じタイミングで、同じ色の光を放っている。

 聞き慣れない、不思議な呪文は一種のリズムを帯びていた。カレンには言葉の意味が分からない。だが、この呪文は、全員のタイミングを合わせるために唱えている。カレンは持ち前の直感力で理解した。

 ガルグたちはカレンの参加に気づいた。少なくとも、カレンにはそう感じた。

 ナスティは異変に気づいたが、どうすることもできない様子ではあった。インドラはカレンだと気づいたが、カレンが邪魔な存在だとは思っていないようだった。レミィは笑顔になったような気がする。大歓迎、と言っている。

 ガルグは、今回の作業に手こずっていたようだ。カレンを利用できると考えたらしく、隣に空間を作ってくれた気がする。物理的には、カレンはレミィの後ろに座っているが、カレンの精神はガルグの隣に座っている……不思議な感覚にカレンは陥った。

 耳鳴りがする。

 耳鳴りは大きくなり、カレンは頭痛を覚えた。 

 座している床に大きな穴が開いた。ガルグも、インドラも、ナスティも、レミィも呑み込まれていく。不可思議だが、四人ともまるで意思を持っていない人形のよう座ったままの姿勢であった。

 カレンも大きな黒い穴に呑み込まれていった。呑み込まれないように身体を動かそうとしたが、動かない。四人が姿勢を崩さない理由がなんとなく分かった。

 穴の中に落ちていく。不思議と重力を感じない。

 どこからか音が聞こえる。

 その音は、何かと何かが擦れるような音だ。

 摩擦音は次第に大きくなっていく。

 巨大な穴は、船も海もなにもかもを呑み込んでいく。轟音がカレンの耳鳴りとなって響いていった。


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