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集会

        1

 クルトが頭巾を外す。

 頭部の左右は剃り上げられ、茶色の髪は後ろになでつけられていた。

 逞しい顔つきで眉毛が鋭く剃り込まれていた。目つきは、眉毛と同じくらい鋭かった。

(人間だったのか)

 ジョニーは頭巾を被ったクルトが霊落子スポーンなのかと思った。

 肌は白く太り気味であったが、脂肪の間から分厚い筋肉が見え隠れしている。腕は太く、折り曲げた形は、万力を思わせた。

(こいつは、強い。油断していれば、負ける)

 ジョニーは算数の計算を解く感覚で、クルトと自分の戦力差を分析した。キズスを突き飛ばし、クルトに警戒した。

 店の外から、野次馬が集まってきた。

「あれは、クルトだ……」

 野次馬の男が、顔を出して、驚いている。

「知っているのか?」

 もう一人の中年が、男の顔を見た。

「ヨーゼフ・クルトは、ボルテックス商店の若番頭だ」

「なに? あのボルテックスだと? 若番頭だったら、店長の次に偉いんだぞ」

「シグレナスは十二の市民区に分かれる。それぞれの区に市民会がある。市民会の裏には、自警団が組織されている。自警団は、市民会の命令で、犯罪者を取り締まったり、税金の取り立てをしたりする。まあ、実際は、自警団は落ちこぼれや無法者を構成員にしているから、評判は悪いけどな。ボルテックス商店は、自警団の総元締めだ」

「ボルテックス商店は、裏社会の頂点ってわけだな。若番頭を務めているクルトは、裏社会のナンバーツーってわけだ」

 男たちの会話が終わると、キズスは背筋を伸ばした。

「うっす、お疲れ様です。クルトさん!」

 キズスは勢いよく頭を下げた。クルトはキズスに目もくれず、通り過ぎた。

 クルトがジョニーをにらむ。ジョニーよりも一回り大きく、ジョニーは見上げる姿勢になった。

 クルトの鋭い目つきに負けず、ジョニーはにらみ返した。

 にらみ合いが続くと、店内の空気は凍り付いた。ビジーは喉を鳴らし、マミラは顔を逸らし、プティは震え上がっていた。

「こいつか? 強い奴、とは」

 クルトは、後ろの人物に話しかけた。

 クルトの大きな背中から、ゆるふわ髪のパルファンが顔を出した。

 いつも首にスカーフを巻いている。

「そうよ。ジョニー様は、とっても強いの。“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”をたった一人でやっつけていったのよ」

 パルファンは腕を振り上げ、力説した。クルトは、眼を細めた。

 ジョニーは状況が把握できない。パルファンに話しかけた。

「パルファン、俺は、このヨー……クルトを殴れば良いのか? 俺は今、誰かを殴りたい気分なのだ。身体が大きく、なかなか殴り甲斐のある奴だ」

 キズスが、慌てた顔で間に入ってきた。

「馬鹿。お前、誰になんて口をきいているんだ? この人は、ヨーゼフ・クルトだぞ?」

 まさかキズスに心配されるとは、以外であった。

「ジョニー様、クルトの話をきいて」

 パルファンが懇願する。絞り込むような声だった。

「パルファン。どうして貴様は、自警団だか悪党だか知らんが、ガラの悪い連中と知り合いなのだ?」

と、ジョニーは質問した。

「友だちがいて、友だちのおじさんにキズスよりも偉い人を紹介してもらったの。自警団との揉め事は、自警団に仲裁してもらうのが一番なのよ」

 クルトは、実力者である。

 キズスの縮こまり加減を見る限り、パルファンの発言に嘘はない、とジョニーは感じた。

 キズスが、パルファンを恨めしげに見た。

 パルファンはクルトの背中から顔を出し、舌を突き出して挑発している。

(これがパルファンなりの喧嘩なのだな。女一人がシグレナスを生きて行くには、ときには、強い男を利用する……)

と、ジョニーは分析した。パルファンを頼もしく感じた。

 クルトはキズスに声をかけた。

「帰れ、キズス。この案件ヤマは、俺たちボルテックス商店が預かる」

「ですけど。こいつが先に因縁アヤをつけてきたんで……」

 反論し終わる前に、キズスは派手な音とともに吹き飛ばされた。クルトが、キズスに平手打ちを放ったのである。

 床を這いつくばるキズスに、クルトは見下ろして冷たい口調を放った。

「面倒を起こす気か? いいか、よく聞け、キズス。テメェは一般人カタギに手を出したんだよ。買い占めをした霊落子を逮捕した、それは構わん。間違っちゃいねえ。だが、だからといって、テメェが店で暴れていい理由にはならねえ。俺たち自警団は道理スジに従って生きなくちゃならねえ。道理から外れれば、自警団はな、成り立たねえんだよ。おい、キズス。今回の件はな、テメェが思っている以上に、でけぇ問題なんだよ。それとも、テメェが落とし前をつけるのか? あ?」

 膝をつくキズスの髪を掴んで、腹に膝蹴りを喰らわせる。

 キズスが情けない悲鳴をあげた。大柄なクルトが、キズスにまたがり、拳を顔面に埋め込んでいった。

 キズスはやり返せない。無抵抗に殴られるだけだ。

 マミラは顔を背け、プティは耳を塞いだ。ビジーは目を見開き、クルトの暴力を眺めていた。パルファンは口を真一文字に閉じて、鼻を鳴らしている。溜飲を下げたのだった。

 ジョニーは、クルトが演技をしている、と気づいた。ジョニーを含め、観衆を怖がらせるために暴力を振るっているのである。

(見た目は悪いが、なかなか話の分かる奴だ)

 ジョニーはクルトの発言に感心していた。キズスといった街の不良は、基本的には会話が成立しない。理解できない。だが、クルトの言い分は、真っ当であった。

「この店に自警団は手を出さねえ。出した奴は、こうなるからな」

と、クルトは言い放った。舞台俳優のような口調である。

 仰向けになって動けないキズスの顔から、血が川の支流を作っていた。反論する者はいなかった。

「だが、これでしまいじゃねえ。借金は残っているぞ。借金を返したいのだな? カタに嵌められちまう前に、俺が仕事を用意してやる」

「貴様らチンピラどもの仕事を手伝え、とでも? 下らない」

 ジョニーは腕を組んだ。クルトの下で働きたくない。

 パルファンが、クルトの背中から顔を出した。

「ジョニー様、お金を借りるとき、ビジーの屋敷に抵当権をつけたの。お願い、クルトの話を聞いて」

「抵当権?」

 ジョニーは聞き慣れない言葉に首を傾げた。ビジーがパルファンの言葉を補足した。

「抵当権、難しいね。分かりやすく言えば、お金を返せないと、おいらたちの屋敷が取られちゃうって話……」

 借金を返せないでいると、家がなくなる?

 ジョニーには、ビジーの説明が理解できなかった。ただ、危険な状況が続いているとは理解した。 

「ねえ、ジョニーの兄貴。たしかにクルトは怖いけど、話だけでも聞いてみたら? パルファンの知り合いだから、悪い人じゃないと思うよ」

 ビジーの提案に、ジョニーは賛同した。

「話を聞いてやる。何が望みだ?」

 ジョニーの発言に、クルトの唇が微笑んだように動いた。

「仕事の話だ。だが、ここでは、立ち話はできない。場所を変えるぞ。従いてこい」

 クルトがきびすを返した。

「怖い場所に連れて行かれそう」

と、ビジーが不安な声をあげた。

「どこの誰が相手だろうと、俺がぶちのめしてやる。ビジー。貴様らは、ゴミの片付けが終わったら、家に帰れ」

 ジョニーは、地べたで転がっているキズスを見た。

「さすが、ジョニー様。かっこいい」

 パルファンが、手を合わせて飛び跳ねた。小動物のように喜ぶパルファンを、ビジーは横目で見ていた。

 ビジーは悔しげに握りこぶしを作っている。なにかを呟いている。

「おいらも……。おいらも行く!」

 目を閉じて叫んだ。

「いや、止めておけ」

 ジョニーは止めた。

「いいや、行くと決めた。おいら、いつもジョニーの兄貴に任せていた。今日の今日くらい、男らしく頑張って、皆のために戦うんだ。……お母さん、おいら、行ってくるね」

 ビジーは優しく母親に伝えた。

 母親が心配そうな表情をしている。

「大丈夫、おいらは霊骸鎧オーラ・アーマーに変身できるから……」

「えっ? ご主人様は変身できるんですか?」

 プティが間抜けな声を出した。ビジーが嫌な表情をした。

「知らなかったの? 驚きすぎだよ」

        2

 クルトに従いて行く。

 外は夕方で、通行人の姿が僅かだ。

 クルトの姿を見ると、人々は道を開けた。頭巾をかぶったクルトから、凶悪な空気が発せられている。

 ジョニーは、隣のビジーに話しかけた。

「ビジー。今でも間に合う。貴様は引き返せ」

「いや、おいらにも責任がある。皆の前で格好いいところを見せないとね」

「皆の前、というより、特定の個人だろう」

「特定の個人? 誰?」

 ビジーがまばたきをした。ジョニーには、パルファンの顔が思い浮かんだ。最近のビジーは、パルファンをよく目で追っている。ビジーに自覚がないのか、誤魔化しているのか、ジョニーには分からなかった。

「ジョニーの兄貴、これも運命だよ」

「運命とは、曖昧あいまいな話だな」

「ジョニーの兄貴も、考えた経験はないかい? 自分が、誰かが書いた物語の登場人物だって。いいや、誰もが物語の主人公なのさ。誰かが作者が知らないけど。おいらには、おいらの物語があるんだ。ジョニーの兄貴。兄貴にだって、物語があるんだろう? 物語の主人公が、簡単に死んだりしないよ。おいらは、おいらの物語に出てくる主人公だって、信じて生きていくのさ」

 ビジーが持論を展開していると、ジョニーにはビジーが自分に言い聞かせているかのように見えた。

「……たとえ俺の物語だろうと、貴様の物語だろうと、誰が読むというのだ? 道ばたのゴミとして扱われるだろうよ」

「たとえ誰にも読まれなくても構わないよ。ただ、物語の最後が幸せだったら、素敵だと思う。いいや、必ず幸せになってみせる。してみせる。おいらも、ジョニーの兄貴も、物語の結末は最高なんだ。今は、幸せになるための途中なんだ」

「妄想癖の強い主人を持った、奴隷の苦労を知ってもらいたいものだな。貴様や俺の物語を書く奴なんて、きっとろくでもない奴だろう」

 ジョニーは夕焼けを見上げた。

 この世界は、誰かが作り上げた世界なのだろうか?

 ビジーの妄想も、あながち嘘には感じられなかった。時折、自分が誰かが作った物語の登場人物になる感覚がある。

 ひょっとして今も、誰かが自分について書いているのかもしれない……。

 ジョニーが空想に浸っていると、気づけば、クルトは袋小路に立ち止まった。

 袋小路には、頭巾を被った集団……霊落子たちが待っていた。

「どうして霊落子たちがいるのだろう? クルトと仲間なのかな?」

 ビジーは疑問を口にした。意味不明の不気味さに、ビジーは気圧されていた。

 だが、ジョニーは平然としていた。ジョニーには、霊落子たちから危険を感じず、いざとなれば全員を暴力の犠牲者になるとしても、いとわなかった。

 霊落子が、クルトに数枚の黒い布を渡した。クルトが、ジョニーたちに分ける。

「ここから先は、目隠しをしてもらう。……俺もするがな」

「何故だ?」

「嫌なら、ここでお別れだ。借金のカタにハマって、お前ら全員、キズスの奴隷にでもなるのだな」

と、クルトが冷たく突き放した。

「ジョニーの兄貴、やばい奴だ。逃げよう。目隠しにされたら、何をされるのか分からない」

 ビジーが不安がった。顔から汗を噴き出させている。

 だが、ジョニーはクルトから目隠しを受け取った。

「……好きにするが良い。たとえどんな状況でも、俺は勝つ。目隠しをした程度で、俺を負かせるとは、思い上がりもはなはだだしい」

 ジョニーは臆せず自分で目の周りに目隠しを巻いた。

「ジョニーの兄貴がいるから大丈夫、ジョニーの兄貴がいれば百人力……」

 呪文のような、ビジーの祈りが聞こえる。ジョニーに倣って目隠しをしている、と視界を塞がれたジョニーは理解した。

「回れ右をしろ」

 前方から、クルトではない男が指示してきた。年齢はよく分からないが、霊落子の声だと、ジョニーは理解した。

「右に曲がれ」

「段差がある。下に降りろ」

「壁伝いに歩け」

 どれほど歩いただろうか。目隠しであると、時間が長く感じる。

 霊落子が、何か呪文のような言葉を並べている。

 木造の扉が開いた音が聞こえた。

 ジョニーは、どこかの屋敷に通されたと気づいた。

 二つ目の扉が開く。

 階段を下りていく。

 中は騒がしく、人々の密集した気配を感じる。

「目隠しを取れ」

 霊落子の指示に従うと、眩しい光が、ジョニーの両眼に入り込んだ。ジョニーは眉をひそめて、光の侵入に抵抗した。

 巨大な石造りの部屋であった。

 異相の存在……霊落子たちが、部屋を埋め尽くすように、床に腰をつけていた。

 身体をうねらせ、奇妙な踊りのような動きをしている。

 歌声なのか、うめき声なのかよく分からない声を出している者もいる。

 ジョニーはクルトに誘導され、昆虫や動物の顔をした者の間を通り抜けていく。霊落子の中には、動物ではなく、昆布に似た海藻を首から生やしている者もいた。

 どのような生命活動をしているのか、ジョニーには想像ができなかった。

 部屋の奥には、一段高い舞台ステージがあった。

 舞台の上に、椅子に座った、女の姿があった。胸の谷間が見える、官能的なドレスを着ている。

 だが、一番目を引いた身体の部位は、頭部だった。

 巨木の根に似た物体、女の顔上半分を覆っていた。女の艶やかな唇が見える。根は伸びて、天井を貫通している。

 木の根は仮面マスクにもヘルメットのようだ、とジョニーは思った。

 ジョニーは、光の出所が、女の顔上半分だと分かった。本来であれば暗闇の地下室で、唯一の光源であった。

 女は仮面を突き破って、光を放っている。

「綺麗……」

と、ビジーは、感想を述べた。

 ジョニーは、女の光を浴びていると、身体が温かくなっている感じがしてきた。どこかで似た感覚になった記憶がある。

 セレスティナに会っているときだ。

 だが、少し違う。

 仮面の光は、綺麗ではあるが、セレスティナと比べて、どこか危険な感じがする。一度取り込まれたら、二度と帰って来れないような気がしてきた。

 ジョニーは、仮面の光から逃れようとも、吸い寄せられていようともしていた。

 その場で立ち止まり、頭を振って、正気を保った。

 クルトとビジーは先に進んでいる。取り残されまい、と後を追う。

 霊落子たちが、仮面の女が座っている舞台を半包囲して、何か祈りを捧げている。

 ある者は床に手をつき、ある者は天井に向けて両手を挙げている。

 霊落子たちは思いのまま、好きな場所に座っているのに対し、横一列に並んでいる一群があった。

 見覚えがある、人間の顔があった。

 髪で眼が隠れている細身のサイクリークスが座っていた。その左隣を赤い髪のセルトガイナーがいる。

 セルトガイナーの隣には、爆発したかのような髪型をした小柄な男が、さらに隣には、金髪で片方の側面を赤く染めた女がいた。

 一番奥には覆面をつけた大男が座っている。

 クルトに命じられて、ビジーはサイクリークスの隣に座った。

 一番奥に座っている覆面の大男は、仮面の女に心を奪われたかのように釘付けになっていた。

 クルトが、覆面の前に立ち、深々と御辞儀をした。クルトよりも上役だ、とジョニーは分かった。

 クルトがジョニーを指さし、覆面に何か耳打ちをした。

 覆面がジョニーの上下のなめ回すように眺めた。

 覆面が隙間から、鋭い視線をジョニーに飛ばしている。

 覆面の隣に座っている女が、身体を動かす。女の隣に座っている男たちが女の動きに倣っていくと、覆面と女の間に隙間ができた。クルトは覆面の隣に座った。

(並び順が、序列なのだな。覆面が一番偉く、次にクルトが偉い。三番目は女か……。クルトも女も強い)

と、ジョニーは分析した。爆発したような髪型の男に続き、セルトガイナー、最後のサイクリークスが末端である。ビジーがサイクリークスの隣に座った。

 ジョニーはビジーの隣に座る。末席になった。

 セルトガイナーと、サイクリークスはジョニーを見て、小さく驚いた。

「知り合いか?」

と、爆発した髪が二人に訊いたが、応えない。

 セルトガイナーもサイクリークスも、歯を食いしばっている。負けた悔しさを思い返しているのだろう、とジョニーは解釈した。

「通りをすれ違っただけだ」

と、ジョニーは代わりに応えた。ジョニーは勝利の感覚を思い返し、気分が良くなってきた。

 クルトは眉をひそめている。どこか異常を感じ取っているのだと、ジョニーは分かった。

        3

 ざわつきが収まった。

 視線が、仮面の女に集まる。

 仮面の女が立ち上がった。女の顔に絡まった天井の根は、女の動きにあわせて、柔らかく動いた。根、というより、何か生き物のようにも見える。

「我が子たちよ。ごきげんよう」

 優しく張りのある声が、ジョニーの耳ではなく、胸に響いた。

「聖母様、ごきげんよう」

 霊落子たちが声を合わせる。

 よく見れば、覆面とクルトたちも、霊落子たちと同じ言葉を声に出していた。

“聖母”は話を続ける。

「今、私たちの同胞は迫害されています。悪しきザムイッシュの王が、暴虐をもって、世界の平等と平和を食い潰そうとしているのです」

「悪しきザムイッシュの王! 我らの敵! 世界の敵!」

 霊落子たちが声を合わせる。覆面たちも声を出した。

「ザムイッシュ? ザムイッシュとは何だ?」

 ジョニーはビジーに訊いた。ジョニーもビジーも集会の雰囲気に従いていけていない。

「分からない、ただ世間に不満があるのだけは、分かった」

 ビジーは頭を捻った。ビジーにも知らない情報があるのだ、とジョニーは珍しがった。

“聖母”が話を続ける。

「私たちアポストルには戦う力がなく、悪しきザムイッシュの王を止められません。……そこで、今日は、我が同胞に協力してくれる勇敢な人たちをお呼びしました」

 覆面が立ち上がった。布を腰に巻き、両肩から皮製の“腰止め(サスペンダー)”が腰巻きを止めていた。

 背中は筋肉の山で盛り上がり、腕は細身の女一人が隠れるほどの太さであった。覆面の後ろから、金色の髪が流れている。

 覆面は、“聖母”の前に歩いて行き、覆面を外した。

“聖母”の発する光のせいで、ジョニーの側からは、顔が見えなかった。

「手前、ボルテックス商店のライトニング・ボルテックスと申します。“聖母”様、此度こたびは、お呼びいただき、光栄に存じます」

 ボルテックスは身をかがめ、“聖母”の足下にキスをした。

「自警団は、ザムイッシュ王の手先だ。なぜ自警団が我らに協力するのだ?」

 霊落子の一人が叫んだ。

「出て行け、王の手先!」

 怒号が飛び交った。霊落子たちは連呼した。だが、ボルテックスは胸を張り、一切動揺しなかった。

「自警団は、シグレナスの市民を守るためにあります」

 ボルテックスの透き通った声が、地下室の怒号を黙らせた。

「アポストルの皆様が仰るとおり、悪い皇帝が、シグレナスを支配しております。愚かな皇帝のせいで、蛮族の侵入を許しました。蛮族の領地に別荘を建てるなど、税金の無駄遣いをしております。不当な取り締まりで、シグレナスの市民は貧困に喘いでいます。それなのに、皇帝は、別荘で女を連れ回し、夜な夜な遊興にふけっているではありませんか」

 下品な表現に霊落子たちは、悲鳴をあげた。

 別荘で女、と聞き、ジョニーはセレスティナを想像して、気分が悪くなった。

「かの皇帝こそ、シグレナス市民にとっての不幸であり、取り除くべき災厄でございます」

 霊落子たちは、静かにボルテックスを見た。ボルテックスの話に、引き込まれているのである。

「手前ども自警団は、あの悪い皇帝が、皆様のお仲間を捕らえ、隣国のセイシュリアに引き渡す計画をしている、と情報を得ました。セイシュリアは孤島で、潮風強く、健康を害する可能性があります」

 霊落子たちが絶望の声をあげた。

「皆様のご家族が、孤島の地下牢で一生を過ごす、そんなむごい未来を許してはなりません。なんとしてでも、私たち自警団は、アポストルの皆様と手を取り合い、悪しき皇帝の悪しき目論見を挫く所存しょぞんでございます」

 ボルテックスが演説を終えると、霊落子たちは拍手をした。

 地下室は歓喜の空気に包まれた。

「よく分からんが、逮捕された霊落子たちがどこかに連行されるのだな。俺たちは皇帝の動きを阻止して、霊落子たちを取り返せばよい……それが仕事か」

 拍手の中、ジョニーはビジーに話しかけた。

「それで僕たちは呼ばれたわけね」

と、ビジーは横目で返事した。ビジーは呼ばれていない、とジョニーは思った。

 ボルテックスは拍手を手で制し、声を張り上げた。

「では、我らの仲間を紹介いたしましょう。……ヨーゼフ・クルト!」

 クルトが立ち上がった。深々と頭を下げる。拍手が巻き起こった。

「レダ・フリーダ」

 座ったクルトと入れ替わるように、女……レダ・フリーダが立ち上がった。金髪だが、髪の毛の一部を赤く染めている。スカートを短く切り上げて、太ももを見せている。ジョニーには、女の太ももは珍しかった。シグレナスでは、太ももを見せる女は、成人していない子どもか、娼婦だけだったからだ。

 フリーダが御辞儀をした。堂々とした態度が、霊落子たちをどよめかせた。

(クルトといい、フリーダといい、綺麗な挨拶をする)

と、ジョニーは思った。

「バル・スパーク」

 爆発したような髪型をした男スパークが立ち上がった。

「ハジけるぜー!」

と、スパークはその場で踊った。霊落子たちの一部から笑いがこぼれた。

 スパークが座ると、隣のフリーダがスパークの頭を叩いた。

「痛ぇ、なにするんですか、姐さん」

「調子に乗るんじゃないよ、オメェはいつもすぐに踊る」

 フリーダの怒りに、スパークは大人しくなった。

 ボルテックスが紹介を続ける。

「マイク・セルトガイナー!」

 赤い髪のセルトガイナーが立ち上がる。馴れていない動きで一礼をした。

「アズバルト・サイクリークス!」

 長い髪のサイクリークスは挨拶らしき行動をして、立ち上がって、座った。

「次は……」

 ボルテックスがビジーを見た。ビジーは呆然としている。

「おい、お前、名前はなんだ?」

 クルトが小声でビジーに質問した。

「ビジー・ブレイクです!」

 ビジーが背筋を伸ばして応えた。いきなり叫んだので、声が裏返った。

「ビジー・ブレイク!」

と、ボルテックスが気を取り直して、ビジーを紹介する。

 ビジーは立ち上がり、よく分からない動きで、礼をした。

「最後の奴……」

 ボルテックスに話を向けられても、“聖母”の光で、ボルテックスの顔が見えない。

 だが、ジョニーは返事をしなかった。

 わけの分からない連中の仲間だと思われたくない。

「貴様らに名乗る名前などない」

 ジョニーは小声で自分の気持ちを伝え、無視した。

 クルトは怒りの表情を見せた。クルトの反応に、ビジーが慌てた。

「この人は、ジョニーと呼ばれています」

と、サイクリークスに耳打ちした。

 サイクリークスはセルトガイナーに伝える。セルトガイナーは頭を掻いて、スパークに教えた。

 スパークの動きが止まった。先ほど殴られたフリーダに伝えるか考えているのだろう、とジョニーは思った。

 だが、スパークはフリーダに伝達する。

「オメェら、伝言していって何の意味があるんだよ? 直接ボルトに伝えればいいだろ?」

と、フリーダが眉をつり上げた。だが、結局はクルトに伝え、クルトがボルテックスにまで駆け寄る。

 クルトの報告を聞き、ボルテックスはジョニーを指さして声を張り上げた。

「最後に……ジョエル・リコ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ビジーを珍しくかっこよく感じました。 聖母の存在が戦いへ向かわせていくのかな。 どんな戦いが始まるのかドキドキします。
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