表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/173

代理裁判

 あれから、三ヶ月が経った。

「おい、囚人ども。この弁護士のガプス様が、お前らのケツを拭いて回ってやる。いい子で、並んでいろよ」

 シグレナスの城壁に、下品な男の声がこだました。

 弁護士のガプスが、木箱を叩いた。簡易な椅子に座って、鼻をほじりはじめた。伸びた髪は白く、寝癖で跳ねていた。鼻が赤い。

 ガプスの前に、腕を拘束された未決囚たちが、列をつくって待っていた。

 ジョニーは、行列の最後尾にいた。未決囚を数えたら、自分を含めて、八人いる。

 並ぶ男たちの体臭が鼻をつく。男たちは、身体が細く、血色の悪い顔をしていた。誰もが不安げな表情をしている。

 ジョニーは腕に嵌められた手錠に窮屈さを感じながらも、シグレナスの城壁を見た。

 外から眺める都市から、まだ煙が立っている箇所がある。

混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”は、霊骸鎧オーラ・アーマーによってシグレナスから追い払われた。

 シグレナスは早くも復興に集中している。

 焼け跡も目立つが、シグレナスの市民たちは元の生活を取り戻していった。

 ジョニーたち未決囚たちは、再び逮捕された。犯罪の記録は残っていたのだ。

“混沌の軍勢”の侵攻に、ほとんどの未決囚が死んだが、生き残った者もいる。混乱に乗じて逃亡した者もいれば、逃亡しなかった者もいる。

 ジョニーは逃げなかった。

 ジョニーが逃げたら、主人が逮捕されるからである。

 弁護士ガプスの隣に、老人と若者が立っていた。白い巻き毛のかつらをかぶった太った老人……裁判官と、髪を刈り込んだ若い検察官だ。検察官は黒塗りの仮面を身につけていた。

「被告人から逆恨みされる職業だから」

と、呟いていた。

 未決囚を木箱の前に立たせて、検察官が、罪状を読み上げる。

 罪状に対して、裁判官はガプスに何か意見はないか訊く。

 ガプスは、鼻の穴から指を引き抜いた。指に付着した黒い球体を眺めた。

 ガプスが指で弾くと、黒い球体は空に飛んでいく。

「はい、こいつは有罪でいいぞ。鼻クソの飛び方が気にくわねえ」

 被疑者を一瞥いちべつだにせず、うなった。裁判官はうなずき、判決を言い渡す。

「弁護側から、反対尋問がなかったので、この者を有罪とする」

 有罪と決められた者は、槍を持った兵士たちに連行された。柵の中に追いやられていく。

「これが、シグレナスの裁判か……。自由と平等の国とは、素晴らしいものだな」

 ジョニーは呆れた。 

 検察官が読み上げ、何も争われず、裁判官が判決を下す。ガプスは何も弁護をしていない。鼻からの黒い物体を飛ばしているだけである。

 機械的に行列が消費されていく。

「進行だけは早いから、昼飯までには帰られそうだな」

と、ジョニーは悪態をついた。裁判の仕組みをよく知らないが、納得できない。 

 行列の半分くらいを消化すると、ガプスが鼻から指を外した。

「鼻クソの在庫がなくなった」

と、今度は足下にある小石を蹴って、小石の転がり具合で有罪か無罪かを決めはじめた。

 だが、どんな結果が出ても、「気にくわない」の一言で有罪となる。

 未決囚はジョニーともう一人だけになった。

 もう一人の未決囚、つまりジョニーの直前だが、弁護士ガプスは上下に見て、周囲を止めた。

「ちょっとまて。鼻クソも小石もなくなった」

 懐から何かを取り出した。羊の革袋である。

 口をつけ、喉を鳴らし、中身を飲む。

 ゲップをした。

「酒が旨い……。気分が良いので、無罪。……と見せかけて有罪」

 未決囚が、柵に連れて行かれる。

「いっけね~」

 ガプスが白い髪をかきむしり、悲鳴を上げた。

「なあ、裁ちゃん、検ちゃん、頼むよ。十人に一人くらいは無罪にしておかねえと、俺の実績にならねえんだよ。次の奴は最後だから、こいつだけは無罪にしよ。な、頼む。今度、いい感じの店に連れて行って、可愛い女の子を紹介してやるからよ。な、な、頼むって」

 ガプスの申し出に、裁判官も検察官も、呆れた顔をしつつも、断りもしなかった。沈黙の了解をしたのである。

「こいつら、仕事が適当すぎる。ガプスが、弁護士の中でも特殊な存在なのだろうか? それとも、シグレナスの裁判など、この程度なのだろうか?」

と、ジョニーが呟いた。

 ガプスの前に立つと、ガプスは酒を飲んでいた。

「おお?」

 口から革袋を離し、ガプスがジョニーの周囲を回って、観察した。

 唾を飛ばしてまくし立てた。

「こりゃあ、とんでもねえ悪い奴だ。おい、裁ちゃん、検ちゃん、四の五の言わねえで、さっさと有罪にしちまいな」

「貴様。先ほどは無罪にする、とほざいていなかったか?」

「おっと、怒るなよ。でけえ声では言えねえが、ここだけの話、裁判は時間が掛かる。時間が掛かりゃあ、金も掛かるって話よ」

「なんの話だ?」

「ま、お前ら再逮捕された未決囚たちは、奴隷ばかりだ。分かるか? お前らには、ご主人様がいるだろう? ご主人様の身代わりとして、ここに連れてこられたわけだ。お前もそのクチだろう? ええ?」

「それがどうした?」

「もしお前が奴隷でないとして、ただの未決囚だったら、どうする? “混沌の軍勢”のドサクサに紛れて、逃げだすとか考えないのか?」

「逃亡は、俺も考えた。だが、俺は無事でも……」

「そうだ。奴隷のお前が逃げれば、ご主人様が逮捕される。ご主人様が逮捕されたら、奴隷だからな、居場所がなくなる。逃げようがないのさ。まあ、逃げても別の奴隷を用意けどな。……代理奴隷を立てられるほどの金持ちだ。貴族や金持ちなら、どこぞの会社の経営者であるし、地主である。裁判なんて金と時間の無駄遣いだ。しかも殺しみたいな重大な裁判だと、評判が悪くなっちまって、商売の邪魔にならぁ」

 ガプスが革袋に口をつけて、一休みした。口を離し、話を続ける。

「ご主人様の犯した罪が有罪になったら、ご主人様の代わりに、お前ら奴隷が刑罰を受ける。むち打ちだろうと、棒叩きだろうと、な」

 ガプスの説明で、ジョニーは事態が飲み込めてきた。

「効率性の問題なのだな。奴隷の主人としては、裁判に金と時間を奪われるくらいなら、有罪を認めて、奴隷に棒打ちでも受けさせれば良い。有罪が決まっているので、細かい審議は不要だ。裁判官や検察官を含めて、弁護士である貴様らにとって楽な仕事である」

 勝ち負けが決まっている競争のようだ。誰が言い出したわけではなく、暗黙の了解で自然発生した、ただの茶番だった。

「……ま、お前ら奴隷たちが一番ワリを食うわけだ。お前らの忠誠心はたいしたものだよ」

「俺に忠誠心などない。俺が今日出向いた理由は、無実だと自信があるからだ。一切殺しはしていないし、あいつ……つまり俺の主人に殺しをするほど度胸はない。しかも、俺は皇帝から恩赦の特例を受けている」

 ジョニーの発言に、ガプスは飛び上がった。

「ほう。皇帝陛下から恩赦を受けているだと? おい、裁判官、本当なのか?」

 ガプスに確認され、かつらをかぶった裁判官は咳払いをした。

「そのような報告は受けていない……。恩赦の書類はあるか?」

 書類。

 家にはまだ届いていない。裁判官の家に送り込まれたのか、とも思っていた。

 ジョニーは冷静さを保った。慌てては、つけこまれる。

「……まだ届いていない。手続きが遅れていると思われる。法務官イドルトと話は通っている」

と、素直に答えた。

 ガプスが声を裏返した。

「届いていない? それは、何もないっていう意味だぞ。ここは、法治国家のシグレナス帝国。たとえ皇帝陛下でも、法律には従わないといけない。書類もなしに、誰がお前の無罪を信じる?」

 ガプスが空になった革袋を振り回した。面倒で不利な事態になると、法律を振りかざす性格だ、とジョニーは見抜いた。

(イドルトめ、約束を違えたな。命を助けてやったのに……)

 ジョニーは両手首の拘束を忌々しげに見つめ、想像上のイドルトに毒づいた。

「ほいじゃ、有罪な。お・ま・え」

 ガプスは、ジョニーの鼻に指先を突きつける仕草をした。

 怒りは湧いてこない。むしろ、ガプスの顔面を蹴り潰したら、どんな反応をするのか興味が出てきた。

 足は自由なので、ジョニーは片足を持ち上げる。

「ちょっと待ったぁ!」

 女の声が響く。

 弁護士ガプスと、ジョニーの間に、突風が舞い込んできた。

 突風の正体は、頭巾をかぶっている、女だった。

「法務官イドルト殿下の紹介で、ジョニーの弁護士をさせていただきます。イニステ、と申します。遅刻して、すみません」

 全力で走ってきたのか、膝に手を当てて、肩で呼吸をしている。

 荒い呼吸のせいで、顔全体を覆い隠す覆面の口元が前後していた。

 ジョニーは、貝肉顔のサレトスを思い返した。

 裁判官が渋い顔をした。

「そんな話は聞いていない」

 イニステの乱入に尻餅をつけていたガプスが、立ち上がった。イニステに掴みかかる。

「けっ。豚くせえ霊落子スポーンがよお。俺様の職場に何しに来た? てめえら霊落子どもは、いつも俺たちの仕事を奪いに来やがるな」

 顔を赤くして、怒っている。

「皇帝陛下と法務官の許可はあります。こちらの書面に」

 イニステが冷静な声で、鞄から羊皮紙を取り出す。広げると、裁判官とガプスがのぞき込んだ。

 文面を目で追っていくうちに、ガプスの顔が青ざめていく。歯を鳴らし、身をすくめている。

「はわわ、これは皇帝陛下のお達しだぁ……。法務官がお選びになったブレイク家のジョニーを弁護せよ、と書いてある」

 ジョニーはガプスの変わりように眉をひそめた。帝も法律に従わなければならない、と発言していたが、みことのりの前では、怯える犬のようになった。

 裁判官も検察官も、イニステに一目置くような視線を向けた。

(法律の世界では、文書で喧嘩の勝ち負けが決まるのだ)

 物理的な方法で物事の優劣を決めていたジョニーにとって、新鮮な発見であった。

「……イニステ、といったな。本当に貴様は俺を弁護してくれるのだな?」

「はい、もちろん。お任せください」

 イニステは腰に手を当てて、胸を張った。子どものような動きである。本当に大丈夫か、とジョニーは思った。

 裁判が始まった。

「では、いくつかの質問をさせていただきます。貴方の名前は……?」

 イニステがジョニーを指さす。

「貴様、知っているのではないか?」

「確認事項です」

「ジョニーだ。面倒な奴め」

「職業は?」

「ブレイク家で奴隷をやっている。これも知っているはずだ」

「……ブレイク家で、どんな仕事をしていますか?」

「ちょっと待て。そんな質問に、どんな意味がある?」

「いいから答えて。貴方と主人の関係を知りたいの。貴方は代理奴隷。主人との信頼関係が深い奴隷なら、刑罰を代理する価値はある。でも、昨日今日買われた奴隷だったら、主人としては何も痛くない。刑罰を受けるための奴隷を許したら、お金持ちは悪事を限りなく働ける結果になるでしょう?」

 イニステの説明に、ジョニーは納得した。ガプスの五百倍は、まともに弁護士をやっている。

「わかった。……仕事はしていない。あるとすれば、揉め事になったら出て行くくらいだ。おかげで、貴様らのお遊びに付き合うハメになったがな」

「何も働いていないの?」

 イニステは飛び上がった。ガプスたちから笑い声が上がった。弁護士にしては、動きが幼い。頭巾と覆面で顔を隠しているので分からないが、案外、ジョニーよりも年下かもしれない。

「おいおい、どうした。皇帝陛下の弁護士さんよ。こいつは本当に代理する価値のある奴隷なのか?」

 ガプスが煽る。

 イニステはしばらく考えて、質問を続けた。

「わかった。ジョニー。貴方はどこの生まれかしら?」

「ヴェルザンディ……かもしれない」

「かもしれない?」

「ここではない、どこか砂漠の国だったと思う。……子どもの頃、船に乗ってシグレナスに渡ってきた記憶はある。俺は奴隷として連れてこられたのだと思う」

「……記憶がないのね」

 イニステは、残念そうな声を出した。どこかに痛みを感じる。

「誰もがそうだろう。子ども時代の思い出は、昨日見た夢と同じだ。たいていは忘れているが、憶えていても、砂粒ほどしかない思い出せない」

 ジョニーが返事をすると、イニステは静かに息を吸い込んだ。

 自分は今、不利な発言をしている、とジョニーは感じた。

 イニステは話題を変えた。

「シグレナスに来て、どこかの奴隷市場に売られたの?」

「いや、奴隷市場には、俺はいなかった。街で、ブレイク家の当主に拾われた。息子と同じくらいの奴隷が欲しかったらしい。当主が死に、息子が後を継いだ。その息子が俺の主人だ」

「……兄弟みたいなものね。奴隷、というより養子に近い感じがするわ」

「……そうかもしれん。あいつは気弱で、弟のような存在だがな」

「兄弟に近い絆ね。弟を守るために、お兄ちゃんが代わりに裁判を受けにきた……」

 イニステは優しくうなづいた。何度も。

 沈黙の後、イニステは質問を変えた。

「貴方はとても戦いが強いけど、どこで戦いを学んだの?」

「何故、貴様が俺の強さを知っている?」

「……皇帝陛下からお聞きしたの。貴方は百戦錬磨の勇者だって」

 話をするくらいなら、恩赦状を寄越して欲しかったが、ジョニーは質問に答えた。

「俺の主人が、通りを歩いていたら近所の悪ガキに殴られた。たまたま隣にいたので、俺が殴り返したら、悪ガキは気絶した。それが生まれて初めて喧嘩に勝った経験だ」

「いくつ……?」

「おそらく、十歳の頃だ」

「すでに才能の片鱗を見せていたのね」

「悪ガキが、三つ上の兄貴を呼んで仕返しに来た」

「やっつけたの?」

「……当然だが、ボコボコに殴られた。子どもの頃は、一個年齢が違うだけで身体つきが違うのだ」

 ジョニーの話にイニステが、静かに笑った。顔は見えないが、可愛い笑い方をするな、とジョニーは思った。

 話を続ける。

「異国の男が、公園で金持ちの子どもたちを集めていた。異国の武術を教えていたのだ」

「……一緒に学んだの?」

「いや、俺には金がなかった。金が払えないから、遠くで眺めていた。……いつも追い払われていたが、教師の目を盗んで、異国の技を、蹴りと突きを学んだ」

「見ただけで分かるものなの?」

「どうも俺には才能があるらしい。誰かの動きを見ると、忠実に再現する才能だ。……勉強には才能がないとすぐに気づいたがな」

 ジョニーは、目を閉じた。

 異国の男が蹴りを繰り出す様子を思い返す。

 男の筋肉や骨の動きが見える。いや、ジョニーは身体で感じ取っていた。異国の男が身体に憑依したようだ。

 蹴りを放つと、異国の男とは変わらない動きになっていた。

「俺は通りでよく喧嘩を売られる。自分から喧嘩を売るような真似はしないが、売られた喧嘩は買ってきた。喧嘩で、負けた記憶がほとんどない。事情や体調によっては負ける場合もあるが、負けるたびに戦い方を学んで、仕返しをしていた。……気づけば、どんな奴でも勝てる自信がついたよ」

 ジョニーの話を、イニステは聞いていた。頭巾からは見えないが、笑っている様子だ。

 イニステは、ジョニーの感想を言った。

「自分よりも、他の人を優先する人だと思った。弱い人を守る、優しい人。皇帝陛下や女の子たちを守る姿は、本当の勇者……だと皆が思っている。……話を聞いて、だけど」

「さあな。たまたま居合わせただけだ。俺が倒したい奴らが、たまたま悪い奴らだったまでの話だ。……貴様、俺について詳しいな」

 ジョニーはくすぐったい気持ちになった。

「当然よ。弁護する相手を調べなくてどうするの?」

 イニステは質問を変えた。

「ご主人様が、無意味な殺人を命令したら、貴方は殺す?」

「……状況によるが、俺が無意味だと判断したら、殺しはしない」

「もし、貴方のご主人様が誰かを殺そうとしたら、貴方は止める?」

「何度も言うが、奴は殺しをするより泣き寝入りを選ぶ臆病者だ。だが、もし仮に奴が誰かを殺そうというのなら、俺は止める。奴を投獄させない」

 頭巾と覆面のせいで、顔が見えないが、イニステは声を出さないで笑っている。

(こいつ、なかなかやるな……。俺に話をさせて、自分たちにとって有利な情報を引き出させた)

 ジョニーは嘆息した。どこの世界でも、喧嘩上手は、いる。

「最後に、質問だけど」

「そろそろ終わりにしてくれ。俺の身の上話など、楽しくないだろう」

 イニステは、一呼吸を置いた。

「恋人はいる?」

 不思議な質問であった。ジョニーは固まった。

「……どういう意味だ? それが、今回の裁判に何の意味がある?」

「いいから、答えて」

「……いないが」

 言葉とは裏腹に、黒いもやが見える。黒いもやの存在に、ジョニーは一瞬、恐怖を感じた。どんな敵でも恐怖を感じないジョニーであったが、黒いもやは恐ろしかった。

 だが、ジョニーは首を振った。

(俺は、恐怖など感じない……!)

 イニステは黙っていた。ジョニーには、長考しているように見えた。沈黙のあと、もう一度イニステは質問をした。

「好きな人は? 気になる女の子とかいないの?」

 気になる女の子。ジョニーの人生で、縁のない言葉に聞こえる。

「いない。……俺は俺が信じるものは、俺の腕力だけだ。……女の話がどう必要なのだ?」

「あら、恋人がいるって、大切よ。守りたい存在がいるかどうかで、毎日が変わるわ。聞きたいの。私は、貴方を自分の利益だけで暴力を振るう人じゃない、と思っているから。今回と同じ意味のない殺しは、しないと考えているの」

「よく分からんが、俺に恋人が何かいれば、裁判で有利になるから、誘導尋問をしているのだな。残念だが、今回は貴様の作戦は上手くいかない。……俺に好きな女はいない」

 ジョニーは否定しながらも、とある人物の顔が思い浮かんだ。

“混沌の軍勢”が攻めてきたとき、帝の傍にはべっていたクリーム色の金髪をした少女、セレスティナの姿であった。

 ジョニーは、再び頭を振った。

(まともに言葉を交わしていない相手が気になる、だと? そんな馬鹿な話はあるか。そもそも、あれは皇帝の女だろう? 俺が相手にされるはずもない)

 イニステが最後に質問をする。どんな感情なのか、読み取れない口調であった。

「最後にジョニー。貴方の名前は?」

「……名前? ジョニーだ。それ以上でも、それ以下でもない」

 裁判が始まった。イニステと、検察官の戦いになった。裁判官としても早急に仕事を終わらせたいのか、検察官の味方をしている。ガプスは最初イニステの登場が気に食わず、検察官の肩を持っていた。イニステと、それ以外の戦いになった。

 だが、ガプスは途中でイニステの味方になった。

(皇帝がでてきたから、皇帝側に着いたら、得すると考えたのだろう)

と、ジョニーは分析した。

 四人の男女が、木箱を中心に言い争いをしている。

 裁判、というより、市中の口喧嘩に近かった。

 通行人が、我関せずの顔で通り抜ける。

 これがシグレナスの裁判なのだ。

 途中で飽きた。木陰を見つけて、寄りかかる。

 目を閉じた。

 都会の喧噪も、門外に出てしまえば、緑豊かな丘である。小鳥のさえずりを聞き、心地よい風を肌で感じれば、気分が良い。

「以上を持って、ブレイク家の奴隷ジョニーを無罪とする」

 裁判官の声で目が覚めた。ジョニーが寝ている間に裁判は終わったのである。

 裁判官が口を開く。

「ブレイク家の奴隷、ジョニーよ。皇帝陛下の御名において、今回の判決は文書として発行され、後日、そなたの家に届くであろう」

「イドルトからの文書が、まだ届いていないぞ。俺を二度も無罪にするとは、皇帝も法務官も忙しいのだな」

 拘束を解かれた。錠前が地面に落ちる様子を見て、ジョニーは肩を回した。

「もう自由の身だな? さっさと帰らせてもらうぞ」

 シグレナスの門を目指した。

 イニステが何かを話しかけたがっているが、無視した。無罪になってしまえば、弁護士に用はない。

 悲鳴が聞こえる。

 振り返ると、未決囚たち……いまや有罪判決を受けているので、囚人である……が、柵の中で、怯えきっている。ジョニーと同じ、代理奴隷たちである。主人の罪を代わりにかぶった、無力な存在たちだった。

 柵の外から兵士たちが、手にした槍で、囚人たちの胸を突っついた。柵に近寄るな、と命令している。

 裁判官が、声を張り上げた。

「これより、刑を執行する」

 弓矢を手にした兵士たちが並んだ。囚人たちから、恐怖と絶望が混じった悲鳴が巻き起こった。

 弦を鳴らす音が、響き渡った。

 手を拘束された囚人は逃げたり、身を伏せたりしたが、矢の犠牲になっていく。生き残った者が柵に体当たりをして脱出を図ったが、槍に胸をつかれ、絶命した。

 柵の隙間から、赤い川が流れる。

「奴隷たちの流した血は、主人の犯した罪を洗い流せたのか……?」

 ジョニーの問いに、返答する者はいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いきなり場面が変わって始まったのでびっくりしました。 イニステの存在が気になりますね。 イニステは実はジョニーの知ってる人だったりするのかな? 公平なはずの裁判が逆に理不尽に行われてい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ