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落花流水剣

「ジョニー、と申したな。この剣を、そなたに渡し与える。悪くはない剣だ。……受け取るがよい」

 ジョニーは帝から剣を賜った。

 柄の先端に、剣に巻き付いた竜の意匠が施されている。刀身には、波のような模様が浮かんでいる。種類の違う鉄を重ね合わせて、職人の手によって打たれた、珍しい刃をした剣である。

 ジョニーが振ると、空を斬る気持ちの良い音が響いた。重量はあるが、グリップには重さに振り回されない調整がされてある。

「確かに悪くはない。……借りておこう、皇帝陛下」

 ジョニーは、目上に対する礼儀を知らなかったので、少しだけ身体を前に傾けた。相手が帝であられるが、ジョニーなりの精一杯の敬意であった。

 血相を変えた法務官イドルトが、帝とジョニーの間に入った。

「その剣は、皇帝陛下の剣“波切りの剣(ウェーブカッター)”です。どこぞの奴隷が持つべき品ではありません」

 イドルトが反対したが、帝のご英断は揺るがなかった。

わたしよりも、この者が持つべきである。この者は、いわば朕にとっての命の恩人である。……法務官イドルト、そなたが持つ法律書には、皇帝たる朕が、恩に報いてはいけない、と書いてあるのか?」

 帝の静かな玉音おこえに、イドルトは小さくなった。

「二人の問題は、二人で解決すればよい」

 ジョニーは、イドルトに背を向けて門に走った。

 途中、庭から生えている高い巨木が目に入る。

 いつも外から見ていたので、内側から見る構造は新鮮だった。

 門の外で敵を待つ。

 馬上の野蛮人たち“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”が数体、通りから姿を現した。

 ジョニーを発見すると、殺意を露わに向かってくる。

「仲間を殺した俺を探しに来たのか。周囲を循環するとは、ご苦労な話だ……」

 ジョニーが呟くと、イドルトの叫び声が聞こえた。

「セレスティナ殿……!」

 セレスティナが、いつの間にかジョニーの横に並んでいた。

 パン打ち棒をもって、へっぴり腰で構えている。

「やめておけ。腰の引けた貴様など、戦力の足しにもならん。……下がれ!」

 ジョニーは刺すような口調で命令した。

 だが、セレスティナは首を振って、拒否をした。顔は青ざめてはいるものの、綺麗に整った眉毛と、両の瞳から、強い意志を感じる。

 ジョニーは、セレスティナの背中を押した。

 柔らかい羽毛のようだ。暖かく、吸い込まれるかのような感触だった。

「貴様には絶対に戦わねばならん理由でもあるのか? ここからは、俺が守る。……早く行け!」

 ジョニーは、セレスティナの顔を見ずに叫んだ。セレスティナを見たくなかった。敵に集中したい気持ちもあったから、だけではない。セレスティナと向き合っていると、奇妙な感覚が呼び戻されるからだ。

 セレスティナが屋敷の中に駆けていく。

 野蛮な出で立ちをした馬上の“混沌の軍勢”たちが、横一列となって、ジョニーの正面を横切る。去り際に短弓から矢を射かけた。

 矢の雨に、ジョニーは“波切りの剣”を横に振った。

 すべての矢が、重力に負けて、石畳に乾いた音を鳴らした。

「風圧だけで矢を撃ち落としたのか? ……切れ味が強すぎて、波すら斬り捨ててしまう。まさに“波切りの剣”だ」

 ジョニーは感嘆した。

 通りの向こうまで進んでいた“混沌の軍勢”が、馬首を切り返して、またジョニーに向かってきた。

 第二波が来る。

 ジョニーは、玄関に隠れているプティに向かって叫んだ。

「プティ! 俺の変身は、あと三十秒しか持たん。俺が変身したら、三十数えろ」

「分かりました!」

 ジョニーは、“影の騎士(シャドーストライカー)”に変身した。

 馬上の敵は、全部で七体いる。

 中にも、目を引く存在があった。ひときわ身体の大きい男だった。

 月桂樹の金色の冠を頭に載せ、シグレナスの貴人たちが身につける白いトーガを身体に巻いていた。どこぞの金持ちから略奪したのだろう、とジョニーは推測した。 

 周りの“混沌の軍勢”に何か指示を与えて、ジョニーに向かってくる。

「貴様が、“混沌の軍勢”の親玉か……」

 親玉が何かを指示すると、三体の蛮族がジョニーを半包囲して、一斉掃射した。

 ジョニーは三方向から飛んでくる矢を、順番に“小型円盾バックラー”で跳ね返した。武器を剣から“投石器スリング”に持ち替えて、反撃に出た。

 三連続で、石を飛ばす。

 投じた一石は、青空に吸い込まれていったが、残りの石は、二つの頭を砕け散らせていった。

(あと五人……!)

 残りの五体が矢を発射する。

 矢をかわし、高く飛び上がった。

 空中で一回転する。

 ジョニーが見ている世界が逆転した。地面が近づくとともに、世界が元に戻る。

 両脚で着地する地点は、馬の尻だった。 

 高速移動で揺れる馬上で、ジョニーは、両脚でバランスを取る。振り返った乗り手は、自身の顔を恐怖で強張こわばらせた。

 だが、すぐに顔は、ジョニーによって斬り落とされた。

 馬が、首を失った主人を乗せたまま走る。ジョニーは馬の尻を蹴って、次の馬に飛び移った。

 次の首も、刃で跳ねる。首は、横回転しながら飛んでいった。

「これで、あと三人だ!」

 無人の馬上で、ジョニーは敵の残りを数えた。

 敵は馬を走らせ、お互いに弓を向けた。

「そうすれば俺に乗り移られない、か。考えたな」

 言葉を交わさなくても、まるで一体の生き物のような統制がとれている。

「“混沌の軍勢”とはいえ、中でも選りすぐりの集団なのかもしれん」

 ジョニーは、敵の一体に飛び乗った。後ろから羽交い締めにして、盾にする。親玉が放つ正面の矢は、肉の壁で遮ったものの、右からの矢は避けきれなかった。右肩に、鉛を喰らったような痛みが広がった。

 大きな口の片側を引き上げ、嫌らしく笑みを浮かべた“混沌の軍勢”が、第二の矢を構えていた。

 だが、野蛮人の頬が、石に潰された。

 石を投げた人物は、セレスティナだった。痛めたのか、手首を回している。

 セレスティナに続いて、プティやマミラ、パルファン、サレトスが、一斉に石を投げはじめた。それぞれ当たらなくても、石の雨は、“混沌の軍勢”の注意を逸らすだけでも充分だった。

 だが、中でもセレスティナの投石だけ飛距離があり、的確である。

「なかなかの制球力コントロールだ」

 ジョニーは笑った。もっとも、声は出ない。霊骸鎧オーラアーマーのせいで口が塞がっているからだ。

「勇者様、あと五秒です!」

 プティの辛そうな声が聞こえる。

 だが、蹄の音が、プティの声をかき消した。石畳を穿うがつ連続音には、殺気がこもっていた。

“混沌の軍勢”の親玉が、弓矢を構えている。

 ジョニーは能力を開放した。

“影の騎士”の能力は、気配を消す。一瞬だけ、敵が自分を見失う。

 ジョニーは飛んだ。

 一瞬だけでいい。敵の視界から消えれば、問題ない。

 着地とともに、ジョニーの変身が解けた。

“影の騎士”は黒い煙となって、空気に霧散していった。

「時間切れだ」

 ジョニーは、猛烈な眠気に襲われた。

 霊力オーラを使い果たした。身体を休ませる必要がある。

 高い位置から見下ろすと、親玉の頭が見えた。

 周囲をうかがって、視界から消えたジョニーを探している。

 ジョニーは、邸宅の庭に生えている、巨木に立っていた。生い茂った緑の葉が、ジョニーを覆い隠してくれていた。

 ジョニーは、親玉の動きを観察していた。

 親玉が他に注意を向けるまで待つ。

「まだだ……。まだ……」

 親玉の首筋が見えた。

「今だ……!」

 ジョニーは身体をひねり、枝を蹴って、飛び降りた。

 全身を空中で横回転させて、親玉の首筋に向かって、“波切りの剣”を斬りつけた。

 親玉は、ジョニーの体重で、馬ごとに横倒しになった。

 土煙が巻き起こる。

 首が綺麗に切り開かれ、桃色の肉が見えたかと思った瞬間、血が噴き出した。

 親玉は手足を動かし、迫り来る死と戦っている。

「俺の踏み込みが甘かったせいで、一気に殺しきれなかった。すまなかったな」

 ジョニーは、親玉の顔を踏みつけた。いつもの癖で、顔がにやける。

 親玉は、涙を流して、意味不明の言葉を並べている。

 命乞いをしている、とジョニーは理解した。

「カ……マ……。ナカマ……」

 かろうじて聞き取れた言葉であった。

「仲間……? この俺が、貴様と仲間だと? ……知ったことか」

 ジョニーは面倒になった。

“波切りの剣”で、親玉の首を斬り落とす。転がる頭には、後ろ髪が残って、一本にまとめられている。金の冠を外し、後ろ髪をロープのように掴んで、天高く掲げた。

 ジョニーは“混沌の軍勢”がやる狼の遠吠えを真似した。

 言語が通じるか分からないが、大声で叫んだ。

「貴様らの親玉は、俺が殺した! 貴様らの負けだ。さあ、蛮族ども、“混沌の軍勢”よ。早く投降するがよい。苦しい死か、苦しくない死か。貴様らに選ぶ権利を与えてくれる!」

 近くに“混沌の軍勢”が集まってきたが、親玉の首を見ると、馬首を返して逃げ出していった。

 一体が逃げると、他の者も逃げる。恐怖は伝染病のように広がっていった。

 もつれる足で、ジョニーはプティたち仲間の元に近寄った。

 視界が歪む。

 頭が痛い。

 プティたちに、身体を支えられた。プティたちが涙ながらに、感謝の言葉を伝えてくれる。

 ジョニーには、何を話しているのか聞こえない。疲労が限界に達している。

 だが、一人だけ声が聞こえる。

「さっきの技は……?」

 セレスティナだった。

 間近に迫られて、ジョニーは動揺した。

 セレスティナは興奮しているのか、頬が紅潮していた。

 瞳はぬれて、輝いていた。夜空に点々と光を放つ、星のようである。

 セレスティナに関わっていると、また身体の状態がおかしくなる。

「“落花流水剣スピーニングデッドリーソード”……」

と、ジョニーが応えると、世界が暗転した。

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― 新着の感想 ―
[一言] どこかで聞いたことがある技が出てきましたね。 ジョニーは戦うことで優越感を持ってしまうのかな? 戦いをジョニーはどこで覚えたのかが気になります。
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