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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
5/169

龍王

        1

 カレンは、船の底まで連行された。梯子(はしご)を降りていくと、生ぬるい空気が迎えにきた。通路があって、通路の左右に狭い部屋が複数あった。通路と部屋は、木製の格子(こうし)で遮られている。カレンは部屋の配置が蜂の巣みたいだ、と思った。

 部屋の一つに押し込められた。背後で錠が閉まる音が聞こえた。

 部屋の隅に、奴隷たちは肩を寄せ合って、生気を失った顔でカレンを見た。カレンには、三人の奴隷たちが歓迎しているようには思えなかった。

 いや、歓迎する気力もない感じだ。

「僕、カレンと言います。シグレナスの皇帝です。宜しくお願いします」

 一礼したが、誰も返事をしない。奴隷たちばかりで、脚の踏み場もない。誰かの脚を踏んでしまった。髪を丸めた男に、睨まれた。老人か分からないくらい、痩せ細っている。

 カレンは痩せた奴隷から目をそらし、周囲を見回した。座る空間は、ある。イヤな臭いがする。

「素敵な職場だなぁ……」

 船が動き出す。奴隷たちは積み荷のように揺れ動いた。カレンも倒れないように床にしがみついた。隣の背の高い男にぶつかったが、なにも咎められなかった。植物のようだ、とカレンは思った。怒る気力すら奪われている。

 人間の密集が暑苦しい。汗、体温、体臭……不快となる要素が牢を満たしている。

 どこまで連れて行かれるか分からなかった。

 希望が見えない。絶望が、この船内の牢を支配していた。

 このままでは、自分も奴隷たちと同じく自我を失ってしまう。

「夜の海は寒いけど。これくらいの温度なら、やり過ごせそうだね」

 もしカレンが普通の人間であれば、ゲントおじさんを恨んだり、自身の未来を不安視したりして、時間を過ごすであろう。

「暖かい環境で良かった。僕は運が良い」

 だが、カレンは選択肢を一つに決めた。

 脱出する。

 格子を確認した。格子の向こうから光源があって、施錠がされている。ときどき船乗りの一人が鍵束を手で(もてあそ)んで、牢内の様子を監視しに来ていた。

 カレンは夜まで待った。

 寝静まっている周囲を起こさないよう、カレンは慎重に格子まで移動した。

「出てきて、水中橋(ウォーターブリッジ)

 格子の前でカレンは、水中橋を呼んだ。両手を縛られても、六つの玉を操作するには、容易かった。

 格子の向こうに紺色の貝殻頭(シェルヘッド)が現れる。

「鍵を取ってきて」

 カレンが目を閉じると、水中橋が見えている様子が分かった。

 見張りは皮袋を抱えて眠っている。皮袋から赤いワインの残りが床に垂れていた。床に垂れたワインの隣に、鍵束が落ちていた。

 カレンの視界の右下に、水中橋の右腕が伸びる。水中橋の腕は、鍵束を掴んだ。

 カレンが目を開くと、通路の向こう側から、水中橋が鍵を持って歩いてくる。

「水中橋、開けて」

 水中橋が鍵を一本ずつ錠前に差し込んでいく。

 錠前が、外れた音を小さく鳴らした。

 カレンが格子をゆっくり押して、通路に出た。水中橋に手錠を突きだした。

「水中橋、僕の手錠に合う鍵はないかな?」

 水中橋の努力もむなしく、合う鍵はなかった。

 カレンは諦めて、水中橋に命令した。

「格子の錠前は元に戻しておこう」

 カレンは顔に傷を負った男が、懐に小さな鍵を仕舞った様子を思い返した。

「トニー、だっけ? あいつが持っている」

 階段を昇って、甲板に向かう。

        2

 月光と、船の灯りに照らされて、船乗りが船の外を眺めていた。

 夜の波は穏やかだった。

 カレンは、ゆっくりと後ろに忍び寄り、床を脚で鳴らした。

 船乗りが振り返り、驚きの表情を浮かべた。

「お前!」

 船乗りがカレンに掴みかかってくる。カレンは全力で笑顔を作った。

「どうやって出てきた!」

 わいた虫のように扱われた気がして、少し気を悪くしたカレンだったが、笑顔を維持した。

 鈍い悲鳴と一緒に、船乗りがカレンの目の前で崩れる。

「ありがとう、水中橋」

 船乗りの背後から、水中橋が棍棒をもって現れた。カレンは囮である。

 気絶した船乗りの懐を調べさせたが、手錠の鍵を持っていなかった。

 カレンは外の海に目をやった。

 水中橋を使えば、このまま船から脱出できる。だが、自宅まで帰る方法が分からない。

 ゲントおじさん、いや、ゲントの奴と一緒に小舟で移動していたときは、地理を記憶していた。

 だが、今まで船内で過ごしていたのである。

 自宅を捜し当てるまでに、食糧を確保できない可能性がある。

 カレンは、自分の手錠を眺めた。手錠がある状態で、バッタを捕まえるのは難しい。バッタの形状を思い出すと、腹が減ってきた。

 まず、手錠だ。手錠の鍵は、トニーが持っている。

 船室を一つずつ虱潰(しらみつぶ)しに、トニーを探していく作戦が思いつかない。

 途中で誰かに気づかれるだろう。取り押さえられる情景が思い浮かぶ。

 カレンは夜空を見上げた。

 星の海が見える。

 いつもオズマが隣にいた。

 カレンは、少し寂しい気持ちになった。今は、無言の水中橋がいるだけだが。

 ゲントの奴が、リリアンにどう説明するか分からない。

「カレンは、仕事中に死んだよ」

 と、トニーたちから受け取ったお金を懐にしまっている様子が頭に思い浮かぶ。

 オズマに薬は渡さないつもりだ。オズマのためにも、確実に脱出しなくてはならない。 

 オズマの声が聞こえる。

「星は一つだけでは光らない」

 オズマは物知りだった。読書家で、リリアンとゲントにいつも本をねだっていた。

 もう一度、夜空を眺める。

 カレンは指を鳴らした。

「まず、情報収集だ」

 手錠のせいで上手く鳴らなかったが。

        3

 朝になった。

 カレンは奴隷として働いた。最初は「お前らは、商品だから」と仕事を断られたが、看守の職場を掃除したり、看守の肩を揉んだりして看守を籠絡した。

 そのうち甲板にも出してもらうようになった。

 青あざをつくった船乗りとすれ違ったが、暗闇の中、棒で殴られた相手のことなど記憶からなくなったらしい。

 数日が経ち、カレンは(たる)を運んでいた。持ち前の記憶力で船内の位置関係を把握し、船乗りの顔を覚えていく。

 逃走経路を考える。次に仲間を増やす。仲間と一緒に陸に出て、家に帰る。カレンの計画が着々と積みあがっていった。

 悲鳴が聞こえた。

「おい、誰か空を見ろ。何かが飛んでいるぞ?」

 船乗りが怯えている。

「あれはなんだ?」

 口々に騒いでいる。

 カレンは樽を肩から下ろして、青い空を見上げた。

 翼のついた黒い影が空に浮かんでいる。

「……とかげ?」

 カレンの感想を無視して、誰かが叫んだ。

「あれは、(ドラゴン)だっ」

 古来の呼び方であった。

 龍が頭上を旋回すると、船上に日陰をつくった。龍の背中から、人影が飛び降りた。

 人影は甲板に着地した。膝を曲げ、片腕を広げて、着地の衝撃を和らげた。ゆっくりと立ち上がる姿に、船乗りたちは仰け反った。

 顔の表面は滑らかで目と鼻と口がなく、背面は複雑な突起を見せている。

 貝殻頭!

 カレンは、貝殻頭の特徴に目がついた。

 貝殻頭の腰に、細かい金属の板が組み合わさって、ある形をなしていた。

「あの貝殻頭、スカートを履いているの?」

 カレンの想像にあわせるように、スカート付き貝殻頭は、スカートの一部を託し上げた。どこからともなく、槍を取り出した。

 逃げ隠れする船乗りたちの代わりに、フードをかぶった集団が現れた。

 フードを外すと、貝殻頭だった。

 数は四体だった。

 それぞれが武器を手に、スカート付きの貝殻頭を半包囲する。

「貝殻頭同士の喧嘩ぁ?」

 スカートつきは槍を数本の指で縦回転させた。

 スカートつきの手のひらで、槍が棒状のなにかに変形した。

重機関銃(ヘヴィマシンガン)

 カレンには、無機質な声が聞こえた。スカート付きの貝殻頭からだろうか?と思ったが、どうも違うらしい。

 スカートつきは重機関銃を脇に抱え、横に飛んだ。

 重機関銃の先端が光り、炸裂音が連続した。

 貝殻頭たちを怯ませる。

 スカートつきは、重機関銃を手元で回転させた。

 声が聞こえる。

―天使の(バルキリージャベリン)

 声が聞こえる。耳からではない。カレンは直接、自分の心に響いている、と気づいた。

 重機関銃が天使の槍になった。

 スカートつきが、右腕に抱えた槍を一閃した。斬りつけ終わったあと、左腕を翼のように広げてバランスを保っている。広げる仕草は、どうも癖らしい。

 貝殻頭の首が二個、飛んだ。

 大きい首と、少し大きい首が錐揉みして甲板に落下する。

 首を失った胴体が順番に倒れた。

 貝殻頭の一人がスカートつきの背後に駆け寄る。肩に担いでいた斧の柄は長く、間合いを取って横殴りに振り回した。

 鈍い音が、船上に鳴る。

 カレンには一瞬、スカートつきの上半身が消えたように見えた。

 だが、違った。

 スカートつきが背をそらしていた。上体は甲板とほぼ平行で、体重を支えていたものは、両足のつま先と貝殻頭の肩に食い込む槍の穂先であった。

 人体の柔らかさの限界に挑戦したのか、とカレンは思った。

 槍の穂先が、貝殻頭の肩から外れる。

 スカートつきが身体をひねって、態勢を取り戻した。

 肩の傷に苦しむ貝殻頭を無視して、残りの一体に向かった。

 スカートつきは、その場にしゃがむと、跳躍した。太陽を背に空高く飛び上がった。

 貝殻頭は、スカートつきを見失い、周囲を見回す。

 カレンはすぐに気づいた。

 スカートつきは、空中で身を翻し、貝殻頭の背後に浮かんでいた。自らの身体を横回転させ、槍を振り回す。

 スカートつきが着地した。貝殻頭の首が追いかけるように、甲板の上に跳ねた。

 肩を負傷した貝殻頭が残った。貝殻頭は急に苦しむ素振りを見せた。

 殻が破れる。殻は湯気を出して消えていった。中から軟体生物のような青い人型の姿になった。

 カレンに向かって走ってくる。

「わわっ」

 カレンは思わず防御態勢をとった。

 スカートつきの重機関銃から光が数発、鳴った。

 青い貝殻頭は、カレンの横を通り過ぎた。その後、水没音が聞こえた。

 カレンは右太股に激痛を感じた。太股から血が溢れている。さっきの重機関銃と何か関係があると、カレンは直感した。カレンの足に血が伝って、船の甲板に流れ落ちていった。

 スカートつきから黄色の煙がでる。

 スカートつきの殻から、黒い髪をした小柄の人物が現れた。

「女の子……? 貝殻頭が女の子になっちゃった?」

 カレンの意識が薄れていく。


ありがとうございました。

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