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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
46/173

最終形態

 黒い“魔王サタン”が、カレンが呼び出した霊骸鎧オーラアーマーと戦っている。

「一体、誰なんだ……」

 カレンは、隆起した赤土に腰掛けていた。

 カレンが呼び出した霊骸鎧を、次々と倒していく。

 心が読めない。

 何を考えているか分かればいいのに……。

 だが、さっきは一瞬だけだが、心の声が聞こえていた。

 インドラと同じく、ガルグも命を投げ出して、カレンと戦おうとしている。戦う理由が、私欲ではなく、世界のためだと、カレンには漫然とだが理解できた。だが、カレンと戦って、どういう仕組みで世界が良くなるかについては、カレンは理解できなかった。

「名前が重要だ」

 カレンは呟いた、誰に教わったわけでもない、誰かに向かって呟いたのでもない。

 ただ、知っている。どこかで学んだ記憶がある。いや、誰かの記憶が流れ込んでくる。

「彼の名前を暴け。そうすれば、彼を知ることができるだろう」

 記憶が言葉を紡ぐ。カレンは言葉どおりに繰り返した。

 だが、疑問も浮かんだ。

「僕は貴方を何て呼べばいいの? ガルグ……いや、“魔王”……いや、国王……?」

 どれも違う。

 この人物に、どれも似合わない。

「まさに“謎の人物(ミスターエックス)”……だ」

謎の人物(ミスターエックス)”いや“魔王”ガルグが、最後の霊骸鎧と対峙していた。

 最後、といっても、カレンは“星降りの女神(スターレイン)”は呼ばなかった。“星降りの女神”の召喚は霊力オーラの消耗が激しく、使い道がよく分からない。

“魔王”ガルグの腕が、霊骸鎧の胸を貫いた。

 最後の霊骸鎧が倒れ、煙を上げて消えていった。

「僕の番だ……」

 カレンは立ち上がった。手で印を組み、霊力を放出させた。

「出でよ、“最終勇者ラスト・ワン・スタンディング”……」

 再び霊骸鎧に身を包み、カレンは一歩を踏み出した。

“魔王”が、こちらに振り向く。

 だが、“魔王”の黒い影は揺れ出した。液体のように崩れていく。

 カレンは立ち止まった。

(霊力を使い果たした……?)

 だが、“魔王”の黒い影の中から、光が現れた。

 崩れ落ちた黒い塊から、人の姿が生まれてきた。卵からかえったひな鳥のように見えた。

 複数の翼、人の顔をしている。若い男にも、女にも見える。片手には杖、もう一方の片手には石版をたずさえている。

 目映い光が周囲から溢れ出ている。

 降っている雨が霊力に吸収されていた。

 吸い込まれそうだ。

「“魔王”の“最終形態アルティメイト・フォーム”……?」

 姿は、吸い込まれるほど美しく、放出されている霊力は、包み込まれるほど優しかった。

“最終形態”は、カレンを静かに見た。

「これが“神”……? やはり、“魔王”は“神”……?」

 カレンは、“最終形態”の荘厳な眼差しに、ため息を漏らした。

“最終形態”は杖から六色の霊力を放出した。穂先がいくつも分岐した、槍になった。

“最終形態”は、左右に身体を揺れ動かしながら、カレンに近づいてくる。

 消えた。

 カレンは目を閉じた。“最終形態”の居場所を捕捉するためだ。

 空中に“最終形態”が見える。

 カレン……“最終勇者”の頭頂部を見下ろしている。

 カレンの背後に向かって、全身を横回転させた。カレンの首を切り落とす意図で、槍を横殴りに斬りつけようとしている。

 カレンは、技の名前を知っている。

「……“落花流水剣スピーニングデッドリーソード”」

 ナスティと同じ技である。ガルグは、ナスティの先生でもあった。

 視界から消え、死角から強烈な攻撃が飛んでくる、喰らうには危険な技だが、カレンはすでに対策を練っていた。

 カレンは、背後から“最終形態”の攻撃を寸前まで待ち、前に飛んだ。

 位置をずらしたのである。

 首に当たるか当たらないかの位置に、ガルグの穂先がかすめた。

 振り向きざまに、“星白の剣(スターライトソード)”で斬りつけた。

 だが、“最終形態”ガルグもカレンの心理を読んでいた。“星白の剣”と“最終形態”の杖が衝突する。火花のような霊力を散らした。

 カレンは踏ん張った。吹き飛ばされるほどの力だ。

“最終形態”となったガルグの光り輝く全身から、目が眩む。

 カレンは後ろに飛んだ。“最終形態”も後ろに飛ぶ。

“最終形態”は、ただでは距離を取らない。

 空中に飛んだ。光を残して、真横に高速移動した。

「“加速装置アクセラレータ”か!」

 カレンの背後に回り込むつもりだ。

 だが、カレンには“加速装置”は効かない。目を閉じ、ガルグの停止位置を探った。

「ここだ! “これでもくらえ!(テイク・ザット!)”」

 カレンの両手から、霊力が熱量となって、放出される。

“最終形態”も“これでもくらえ!”を放った。

“最終形態”の“これでもくらえ!”は、自分と比較して、細い印象を受けた。

(僕の“これでもくらえ”が、太くて速い……)

 カレンは優位性を感じ、安心した。力では負けない。

 二つの“これでもくらえ!”は、直線的にお互いを狙って進む。だが、衝突はしなかった。

 両者の放つ、目に見えない衝撃のせいで、お互いの進路を変えさせた。

 あらぬ方向に飛んでいった霊力は、あらぬ場所を爆発させる。

 腕で爆風から顔を守ったカレンに、“最終形態”が距離を詰めていた。

“最終形態”は胸と腹めがけて、槍を突いてきた。えぐるような突きの三連撃は、一発一発が、高速で飛んでくる鉄球のように重くて速かった。

 カレンは、内臓が潰れたような痛みに、吐きそうになった。

“最終形態”に向き合うが、背中に、何かを叩きつけられた。カレンは空足からあしを踏み、意識が遠のいていく。

 カレンは、自分が何をされているか、一瞬だけ理解できなかった。

 すでに“最終形態”に背後に回り込まれ、背中を斬りつけられたのである。

 一方的に攻撃されている!

「こんなところで負けるわけにはいかない。僕は、ガルグを倒すんだ! ナスティに会うんだ!」

 カレンは頭を振り、闇雲に“星白の剣”を振り回した。

 必死の抵抗も空振りに終わり、“最終形態”は、光で煌めく翼をひるがえして、距離を取った。

 剣も槍も届かない位置から、“最終形態”が“これでもくらえ!”を放つ。

 カレンも慌てて“これでもくらえ!”の準備をした。

 だが、間に合わない。

 諦めて、カレンはその場から離れた。

“最終形態”の“これでもくらえ!”が曲線を描いて、カレンを追いかけてくる。

「しまった……!」

“最終形態”の“これでもくらえ!”は、自分よりも細くて遅いが、追尾機能があった。

 左肩に目掛けてくる熱量に、カレンには、なにも対処もできなかった。

 視界が揺れる。

 時間がゆっくりと流れていく。

 爆風で大地がめくり上がる。

 本来であれば、音が聞こえるのだろうが、音が大きすぎて、逆に何も聞こえない。

 ただ、自分が木の葉のように、空中に吹き飛ばされていると分かっていた。

「絶対に勝てない……」

 上空でカレンは呟いた。カレンの虚を突いてきたインドラと違って、“最終形態”のガルグは真正面から切り込んでくる。

 黒い“魔王”と戦えば、勝てると思っていた。

 だが、輝く“最終形態”のガルグは段違いの強さだ。

 霊力、戦闘技術、体力まで、カレンに勝ち目がない。

「考えるな」

 カレンは呟いた。自分の意思ではない。自分の身体に刻まれた記憶が喋らせている。

「ただ、身体に従い、敵と相対してみよ」

 自分の成功体験を思い返した。考えず、ただ、本能のまま動いたら上手くいっていた。

 カレンは策略家、というより、ひらめきの人である。

「僕には霊骸鎧や人々の声が聞こえる。何を見ているのかも分かる……」

 カレンは自分の力を映像で見た。

 カレン自身が、目を閉じて横たわっている。カレンの肉体から、透明のカレンが浮き出てきた。透明のカレンが、人や霊骸鎧の身体に乗り移っていく。

「僕は、相手と同化するのが得意なんだ……」

 インドラとの戦いで学んだ。相手の動きに合わせるのではなく、自分の強みを生かした戦いをする。

 ガルグの名前が分からない……。名前は、魂と肉体をつなぎ合わせる役目がある。

 だが、名前が分からなくても、同化はできる。

 名前は、もはや精度の問題であった。名前が分かれば、より同化しやすくなるが、カレンは、この人物が誰か知っている!

 カレンは目を閉じて、ガルグを思い浮かべた。

 白くて長い髪、深い皺に覆われた厳しげな表情から、どこか悲しさを感じる。

「ガルグ、僕は貴方に同化するぞ!」

 カレンは目を開いた。

 熱と突風にまみれる大地に、カレンは両脚を静かにつけた。

 姿勢を伸ばし、“最終形態”を見据えた。

 自分でも驚くほど、心が穏やかだ。戦闘状態であるにもかかわらず、朝に目覚めたような感覚だ。身体の前後に大けがをしているが、痛みを感じない。

“最終形態”は、水を打ったように落ち着いている。

「そうか、これがガルグの……いや、“最終形態”の状態なんだな」

 カレンも冷静である。まるで水に映った自分の顔を眺めているような気分だ。

“最終形態”が光の速さで槍を突いてくる。カレンは“星白の剣”を振って、すべての刺突を払った。

“最終形態”が槍をなぎ払う。カレンは、連続攻撃をすべて受け止めた。

 カレンには、剣術も槍術も訓練していない。

 だが、分かる。

“最終形態”ガルグが何をしたいのか、頭ではなく、身体で理解できる。

“最終形態”は、自分の攻撃が通用しないと理解したのか、奇手を放ってきた。

 槍が地面に舐めるように、カレンの足下を狙った。穂先を利用して、足払いをしてくる。

 カレンは、わざと引っかかった。

 地面に転がる。背中が痛かったが、気にしない。

“最終形態”の連続突きを避ける。

 避けながら、印を組む。

「危ないよ! 避けて!」

 カレンは“最終形態”に注意した。聞こえたのか分からないが、“最終形態”は、光の翼を広げて、上空に逃げた。

 カレンが“これでもくらえ!”を放った。“最終形態”の横を通過する。

“最終形態”が反撃の“これでもくらえ!”を撃ってくる。カレンは寝っ転がりながら、再び、印を組んだ。

 二つの“これでもくらえ!”がぶつかり合う寸前に方向を変えていった。

 カレンは起き上がり、“最終形態”の槍を払い、一刀両断した。だが、“最終形態”の残像にすぎなかった。“最終形態”がやり返してくるので、また攻撃を封じる。

「楽しい。とても、楽しい。まるで踊っているようだ。全身がワクワクする。こんな気分になったのは、初めてだ」

 カレンは、“最終形態”と戦った。何時間も戦っているような気がする。

 このまま、ずっと戦っていたい……。

 だが、カレンの昂揚とした時間に、終わりが来た。

 カレンが、“最終形態”の杖を払った。杖は縦回転して、地面に突き刺さる。

「勝った!」

 勝利を確信し、“最終勇者”目掛けて“星白の剣”を振った。

 だが、刀身が刃先から消えていく。剣そのものが消滅し、“最終勇者”の腕も消えていった。全身から六色の煙をあがった。

 変身が解けていく。

 カレンの霊力が尽きたのである。

 自分の生身を見て、カレンは頭を掻いて笑った。

「最初に攻撃を喰らいまくったからね、しかたないね。……もう少しで勝てたのにな。残念だな」

“最終形態”からは、余りあるほど、ではないが、わずかに霊力を感じる。

 霊力の消耗戦に負けた。

 最初の不利がなければ、勝てていた。

 微差で負けた。

「……参りました。僕の負けです。さあ、その槍で僕を突くなり斬るなり、お好きにしなさい」

 カレンは両腕を広げた。

 悔しさはない。恐怖もない。

 やりきった充足感が、全身に回っている。

“最終形態”は、すぐには動かなかった。

 天を仰いだ。

 誰かと会話をしている。どんな会話をしているのか分かるほど、カレンには霊力が残っていない。

 カレンは空を見上げた。曇り空から雨が降っている。

 額からぬれ落ちる雨のしずくに、優しく撫でられたような気がした。

 爆発音が聞こえた。

 カレンは音の方向を見た。

“最終形態”が、天に向かって“これでもくらえ!”を撃っていた。

 六色の光が、天と地をつなぐ架け橋となって、雲を蹴散らした。隙間から涼しげで眩しい青空が広がった。

“最終形態”が六色の煙を上げて、消えていく。

 代わりに白髪の老人ガルグが立っていた。

「これで五分なり。カレン・エイル・サザード。最後に残った力、すべてを、そなたにぶつける!」

 ガルグが走り出した。

 先には、突き刺さった杖があった。。

 カレンも走り出した。もう、“星白の剣”を出す余力は残っていない。

 ガルグが杖を掴む。だが、空振りした。カレンがすでに奪っていたからだ。

 カレンは杖に霊力を送り込んだ。先端に僅かな穂先が出現した。

 ガルグを見ると、構えている。

真剣白刃取り(ゴッド・オブ・ソード)”の準備だ。

 カレンは絶叫して、槍を突き出した。

 何も考えない。ただ、動く。

 両腕から、鈍い感触がした。

 カレンは動けなくなった。何も見えなくなった。

 世界は闇に包まれた。

「僕は死んだの……?」

 闇の先に、光が見える。その光に向かって、カレンは歩き出した。

 森の中に出た。

 木々をかき分けて、男たちの集団が歩いていた。

 白髪のガルグが、先頭だった。

 草木に分け入ると、岩と岩で組み合わされた人工的な門があった。

 洞穴の出入り口に似ている。

 カレンの故郷と生えている植物が似ている。見覚えがある。

(ここは、シグレナス……?)

 場面が切り替わった。

 今よりずっと若い頃のガルグがいる。口元にわずかな髭を生やしている。

 白髪はなく、黒髪だった。

 髭のガルグがひざを突いて、何かを抱き寄せて泣いている。

 何か、とは少女だった。

「誰……? 顔が見えない。ナスティ……?」

 疑問に応えてくれる者はいない。

 ナスティとは似ているが別人だとカレンは分かった。いや、知っている。

 ガルグの背後には、十二体の霊骸鎧が立っていた。

 十二体?

 数えたわけでないが、カレンには分かった。いや、知っていた。

 ガルグが泣き終わると、ガルグはさらに若返った。

 長い髪が縮まっていき、髭は消えていく。オズマと同じくらいの年齢になった。

 泣きすぎて、水分を失ったのか、唇が乾いている。

 どこか城の中で、うつろな表情で天井を見ていた。

 ガルグが子供の死体……男の子、女の子を抱いていた。

 周りには、多くの兵士が床に倒れていた。中には、空になった水瓶にしがみついて死んでいる者もいる。

「病気……?」

 突如、死体の一つが血しぶきをあげた。首が黒い影となって転げ落ちる。

 カレンは、斬り落とした人物を見た。

 黒い霊骸鎧である。手にした細身の剣から、血が滴り落ちている。

 霊骸鎧は煙とともに消え、若いガルグが立っていた。

「俺の人生に、愛などいらない」

 どこかで見たような記憶だ。いや、知っている。

 ガルグは、子どもになっていた。カレンよりも、一回り小さい。

 ガルグに向かって、腰に手を当てている少女の影が見える。

「君は本当に泣き虫なのだな」

 少女の声が、誰かの声に似ている。

「……ナスティ?」

 カレンは思わず問いかけた。

 だが、顔が分からない。逆光のせいで、輪郭しか見えない。

 振り返ると、髪の毛は、クリームのような金色だった。

 カレンは目を覚ました。

 カレンは、動けなかった。

 ガルグに抱きしめられていたからである。ガルグの抱擁は力強く、頼もしく、なによりもやさしかった。

「よくぞ、ここまで来た」

 ガルグが低くて心に響くほどの暖かい声を出した。

 ガルグの顎がカレンの髪に触れる。

「我が娘よ……」

 カレンを抱きしめていた男は黒い彫像になった。全身にヒビが入り、黒いちりとなって消えていった。


第Ⅴ部外伝「カレン・サザード編」・完


これで第Ⅴ部外伝は終了となります。

次回は第Ⅰ部となります。

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