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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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悪魔の王

 インドラは黒い霊骸鎧オーラ・アーマー……“魔王サタン”に変身した。“加速装置アクセラレータ”を起動させ、一気に距離を狭めてきた。

 攻撃手段を封じられ、戦意を半ば喪失していたカレンには、対応する余裕がなかった。

 鈍い衝撃を腹に食らった。腰をかがめた“魔王”の頭突きに、カレンは足下を失った。

 押し倒された、体重がのしかかる。

“魔王”インドラの黒い身体が、馬乗りになっていた。インドラが両腕を構え、拳を繰り出した。

 カレンは顔を逸らし、拳を避けた。黒い鉄槌が、真横の地面をえぐる。

“魔王”は、赤土を穿うがった拳を引く抜き、もう片方の拳でカレンの顔に振り下ろした。

 カレンは持ち前の反射神経で、第二撃を回避した。カレンは、ただ避けていない。同時に、自らの“加速装置”を起動させている。

 だが、インドラは連続で殴りにかかってくる。速さを増し、回避が間に合わず、両腕で顔を守った。

 轟音とともに、腕に痛みが走る。骨にヒビが入ったかもしれない。

(だが、それでも構わない。両手を前に突き出せば、それでいい)

 カレンは、インドラの顔の前で両手を打ち鳴らした。

“魔王”が驚いた。いや、驚いている気配をカレンは感じとった。

 その瞬間を見逃すカレンではない。

 カレンは叫んだ。

「“これでもくらえ!(テイク・ザット!)”」

 カレンの指先が、十本とも“魔王”を捉える。

(インドラを殺しちゃうかもしれない……)

と、一瞬だけだが後悔した。だが、そんな甘えた考えが通じる相手ではない。

“これでもくらえ!”の収束された霊力オーラが放出される。その瞬間と同時に、“魔王”インドラは全身から霊力を解き放った。

“これでもくらえ!”は放出されなかった。

 インドラが殴りつける動きをした。カレンが回避する。

 インドラがまた馬乗りの状態に戻り、構えをとった。

 殴られたはずの腕から、痛みがなくなった。

「何? なんで? 何が起きたの?」

 カレンの混乱を無視して、インドラは立ち上がった。後に飛び、カレンから離れながら別の霊骸鎧に姿を変えた。

 テンガロンハットをかぶった小柄な霊骸鎧となった。

水銃士アクアダブルガンナー”だ。

 二丁拳銃を構えている。“水銃士”の二丁拳銃から、水が放出された。カレンは、大量の水を浴びせかけられた。

 回避できなかった。

 だが、ただの水である。被害はない。

 全身を濡らされ、カレンは立ち上がった。

 インドラは、水でできた女の姿になった。身体中が水流に包まれ、ときには身体の一部が水になる、不定形の霊骸鎧、“水の精霊(ウンディーネ)”である。

 口を開いて、何かをさえずった。歌っている仕草に似ている。

 カレンにまとわりついた水が、輝き始めた。輝く水滴から、音楽が聞こえる。

「なんだ、何が起きているんだ?」

 カレンが戸惑っている間に、インドラは弦楽器を持った霊骸鎧、“弓楽士フィドラー”に変身した。

 弓を手元で一回転させ、“弓楽士”インドラは、ステップを踏みながら曲をかなで始めた。

「今のうちに……あれ、出てこない」

 カレンは霊骸鎧を呼び出そうとしたが、呼び出せなかった。

 カレンは困惑した。

 離れた位置で、インドラが変身を解いた。人間の姿に戻り、声を張り上げる。

「今、流れている曲は、“弓楽士”による“沈黙サイレンス”という名前だ。霊骸鎧の能力を封じる効果がある」

 どこからともなく、“弓楽士”の弾いた曲が聞こえる。

「そんな、変身を解いたのなら、もう音楽は聞こえないはず」

 カレンの疑問に、インドラは答えた。

「“水の精霊”の能力は、水に音を記憶させる。つまり、お前にかかった水は、曲を記憶し、“弓楽士”の代わりに奏で続けている。お前は、俺を殺さぬ限り、霊骸鎧を召喚できないぞ」

 インドラは肩を揺らして、高笑いをした。だが、カレンには本気で笑っているようには見えなかった。まるで、自分を言い聞かせているかのようだ。

「とどめを刺してやる。この俺の、次の一手でな……!」

黒衣の王子(ダークスローン)”に戻った。さらに変身する。爬虫類を思わせる全身に、巨大な翼を持った、霊骸鎧となった。

 アウムハゥストラ・インドラ最強の霊骸鎧“龍王ドラゴン”である。

 地面を蹴り、土煙をあげて、上空に羽ばたいた。

 カレンはなすすべなく、見上げるしかなかった。

 空中に“龍王”が円を描いて飛んでいる。

 何かがおかしい。

 周囲には、沈黙の曲が流れている。

 曲の効果なのか分からないが、カレンは冷静になった。冷静であろうとした。

(考えろ。僕はこれまで、インドラの行動に合わせて動きを決めていた。だけど、それはいつも、出当たりばったりな対応で、インドラに乗せられていただけだ。……僕には僕なりの強みがある。強みを生かせばいいんだ。インドラは僕の強みを事前に潰してきた。だったら、今度は僕がインドラの強みを潰せばいい)

 天を翔る“龍王”を見た。地上のこちらをうかがい、まだ攻撃をしてくる気配がない。

(インドラが、あんな隙だらけの動きをするはずがない。“これでもくらえ!”で攻撃してください、と言わんばかりだ。……おかしいぞ)

 カレンは目を閉じた。霊骸鎧の中で目を閉じる、という動作も不思議な感じがするが、おへその奥側に光る霊力を見つめた。

“魔王”となったインドラがカレンの背後から少し離れた位置に、身を低くして潜んでいる。

(インドラは、僕が上空の“龍王”に気を取られている隙に、背後から襲いかかってくるつもりなのだろう……)

 しかし、カレンには不安がよぎった。

 もしも、この推理が間違っていたら……?

 背後にインドラがいる、それが間違っていたら?

 上空の“龍王”が本物で、背後のインドラが偽物、いや自分の妄想だとしたら?

“龍王”が急降下してきて、吐く炎に燃やされる……そんな未来が想像できた。

(……ここから、“これでもくらえ!”を撃つしかないのか?)

 カレンは頭を振った。

(いいや、僕は僕の直感を信じる。僕の強みは、僕の直感だ)

 カレンは、もう一度目を閉じた。

(あれは、あの“龍王”は存在していない!)

 カレンは念じた。おへその奥側に向かって、霊力を放出すると、インドラの行動が巻き戻された映像が見えた。

“魔王”に変身する前、一度他の霊骸鎧に変身している。緑、赤、白の三色頭巾をかぶった“幻術師プロジェクター”だ。

“幻術師”は、空間に映像を投影する。空中に“龍王”の映像を映し出していた。

 インドラの変身が解けても、しばらくは映像は消えない仕様である。

(やっぱり……。あの“龍王”は罠だった。自分を信じて良かった)

 カレンはすぐに作戦を思いついた。

(“これでもくらえ!”を撃つ……ふりをする)

 カレンは手を打ち合わせた。霊力を集める。

 背後から“魔王”インドラが、カレンに迫った。実際には目視していないが、インドラの一挙手一投足が見える。

“加速装置”を起動させ、カレンに殴りかかった。

 カレンは振り向いた。振り向きざまに、身を低くしして、まだ何も存在していない場所に拳を突き出した。

 インドラの拳が熱風をまき散らして、カレンの頬をかすめる。

 同時に、カレンは自分の拳から、インドラの胸を感じた。最初は弾力があったが、しだいに柔らかい泥の中に手を突っ込んだような感触になった。

 世界は、静かになった。

 今までは、カレンにとって、世界とは殺し合いの場所であった。だが、殺し合いの空気を作りだした原因、インドラが静かになったのである。

 カレンは、自分が殴った場所を観察した。

 自分の拳が、インドラの胸から背中を突き破っていた。

 二人とも同時に変身を解いた。

 カレンは自分の意思で変身を解いた。だが、インドラはそうでない。胸を貫かれ、霊力を使い果たしていたため、変身が解けたのである。

 インドラが血を吐く。

 カレンは、自分の腕から、内臓の温度や血の湿気を感じ取った。

 引き抜くべきか、そうでないか迷った。

 インドラは、唇から血を垂らし、笑った。

「どうした? 銀の“勇者エイル”よ。臆したか? まだ俺は死んでいないぞ」

「もういいよ。もう、戦わなくていいよ。ねぇ、怪我を治そう。早くお城に帰ろう」

 カレンの視界が涙ににじんだ。いつの間にか懇願した声を出していた。

 人を殺してしまった。いや、死にかけている。自分のせいで、嫌いでもない人間を殺しているのだ。

「……もう間に合わん」

 インドラは、諦めたような声を出した。

「だったら、“最終勇者ラスト・ワン・スタンディング”に変身して。レミィ……“癒し手(ヒーラー)”を呼び出すんだ。僕はもうレミィを呼び出せないけど、インドラ、貴方なら呼び出せるかもしれない」

「無理だ。俺は俺より強い霊骸鎧に変身できない。お前やミンティスは、俺より霊力が強い。だから、俺はミンティス……“癒し手”や、お前に変身できない」

 死を目前にしている自分を、突き放すような口調でインドラは説明した。

「そんな……。死ぬと分かっていて、一体、貴方は何がしたいんですか?」

 カレンは、泣いていた。泣き叫んでいた。インドラの思考が理解できない。

「復讐だ、これは、奴に対する復讐なのだ」

「奴とは、誰ですか?」

「奴は女の身体を斬り落とし、親友の首をはねた。多くの国を滅ぼし、多くの戦争を巻き起こした張本人だ。多くの者を弾圧し、迫害した。愛する女を生け贄に捧げた。……そうだ、自分の娘まで!」

 インドラは膝をついた。つられて、腕が挟まっているカレンも、体勢が崩れた。

「果ては、この国すら捧げようとした。いや、もっと大切なものだ。……俺は、それが許せなかった」

 インドラは息を大きく吸い込んだ。少しでも自分の寿命を長引かせるためだ、とカレンは思った。

「奴は、今まで俺を利用するだけ利用した。俺は血すら捧げた。いいや、血の一滴まで絞りとられたのだ。……それなのに、それなのに、俺の希望を、何一つとして受け入れてくれなかった」

 インドラの声には、怒りとも悲しみともとれる響きが含まれていた。

「だから、今度は俺の思うとおりに振る舞ってやった。奴の思い通りにさせはせん、ただ、それだけだ。すべて奴の思惑通りに動くものではない、奴にわからせたいのだ。そうであれば、俺はどうなっても構わん……」

 インドラが自嘲気味に笑った。本心では笑っていない、とカレンは感じた。笑い声はどこか寂しげで、空虚であった。

「銀の“勇者エイル”よ。俺はお前が羨ましい。お前は奴に関わらず生きてきた。それだけの力を持ちながら、誰にも利用されず自由に生きてきた。そんなお前が羨ましかった。奴は、奴こそ悪魔の王だ。この俺から、自由を奪ったのだ」

 インドラは天に向かって叫んだ。

「見たか? 異教の神々よ。“魔王”は“勇者”に討たれたぞ? 死者はこれで十分だろう? これ以上、何人なんぴとたりとて、お前らの元には行かせはせん。これ以上、誰かの命が欲しいというのなら、異教の神々よ、俺は、今からお前たちの住まう地に踏み込んで、お前らの首を並べてやる」

 インドラは叫び終えると、項垂うなだれた。呼吸は浅くて早い。インドラの命は長くはない、とカレンは感じた。

「痛っ」

 カレンは呻いた。インドラが胸を掴んできた。

「痛い、何をするの?」

「やはり、お前は……。ははは」

 インドラは笑い声をあげた。下を向いているので、表情が見えない。

 インドラは無理矢理、笑っているふりをしている。足下の赤土に、水滴が二滴、落ちて吸い込まれていった。天気が悪くなってきた。世界は、曇り空に包み込まれていっている。だが、闇の使者である雲は、まだ雨雲になっていない。

「親父……!」

 インドラが呟いた。その声は、カレンが自らの耳を塞ぎたくなるほど苦悶に満ちていた。

 インドラの生命が、生と死の狭間で戦っている。

「親父、親父……」

 インドラの声が、か細くなっていく。インドラの内部で起こっている戦いが、終わりを告げていた。だが、インドラは最後の戦いを挑むように、力を振り絞った。

「……お父さん、お父さーん!」

 悲鳴に似た叫び声とともに、インドラの全身は黒ずみ、ヒビが入った。床に落ちた陶器のように、粉々に砕け散った。赤土の上で、黒いちりとなった。

 カレンは、しばらく立ち尽くした。自由になった腕も、そのままに、ただ地面に残った黒い塵を見つめていた。

 静寂な世界が、まだ打ち破られた。

 雨が降ってきた。

 雨音と一緒に、雨がインドラだった黒い塵に混ざって、赤土に飛び散った。

 カレンは慌てて、塵をかき集めた。手からこぼれ、すべてを拾いきれなかった。身を挺して、雨からインドラを守った。

 その場にしゃがみこみ、カレンは自分の涙がインドラの塵に落ちないか心配になった。

 動けば、雨で塵が溶かされてしまう。かといって、このままではいられない。

 背中を雨に打たれ、カレンは、自分の顔を自分の涙で濡らしていた。

「どうして、どうして、こんなことに……? 違うんだ、インドラ。僕は貴方を殺したくなかった。ごめんなさい、ごめんなさい。僕には難しい話が分からないんだよ。もう少し僕が話を知っていれば、貴方を救えたかもしれないのに……」

 胸が絞られているようだ。絞られた胸から嗚咽が出て、止まらない。

 遥か上空から、暖かい霊力を感じた。

 カレンの前に、降り立った。見上げると、四足歩行の霊骸鎧“天馬ホワイトペガサス”であった。

「……ガルグ・ダルストーイ」

 カレンが変身者の名前を呼んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後が切なかった。 今回はそれ以外、言葉が出ません。
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