戦闘経験
地面に立つ霊骸鎧に重なり合った。
「我が名は、カレン・エイル・サザード!」
カレンの内側に、六つの光が並んでいる。
その光が爆発したかのように、内側から外側に向かって、煙を吹き出した。
煙の中にカレンがいた。
世界が暗い……いや、星々が見えた。夜空の星が広がる世界。
カレンは、星空の世界に浮かんでいた。
自らが出した煙に身を包まれていく。
(身体が変わっていく……?)
目を覚ますと、カレンは地面に立っていた。無意識に着地していた。
視界は、より鮮明で、より遠くが見えた。澄んだ音が、耳元に鳴っている。
ほのかに良い香りがする。
心が落ち着く……。
裸になったような感覚がした。
カレンは両手のひらを見た。白を基調とした素材に、銀の刺繍が施されている。
なにか指輪のようなものをしている。
手で顔を触った。確かに霊骸『鎧』を身につけている。
虫を突っついているときの棒のように、棒もまた身体の一部になったような感覚に近い。
「内側と外側が溶け合った状態……これが霊骸鎧か……」
カレンは呟いた。
“宇宙の使者”インドラを見た。
(僕は、インドラよりもずっと強い。インドラは一度に一人しか変身できない。僕は一度に、五人まで霊骸鎧を呼び出せる。五対一で、圧倒的に有利だ。いや、僕を加えれば六対一になる)
負ける要素が思いつかない。
(……せっかくだから、“最終勇者”の性能を試してみたい)
両手を合わせる。“星白の剣”が現れた。
細身の剣ではなかった。“最終勇者”に変身すると、両刃の剣に変化していた。
(“星白の剣”は、僕の状態に合わせて変化するんだ。不思議な剣だ)
カレンは、左の奥歯にスイッチがあると気づいた。このスイッチは“加速装置”だ。
“最終勇者”は、“加速装置”が、標準装備されている。
奥歯を噛みしめ、カレンは走り出した。
上半身は水の中を歩いているようだ。足下は走る、というよりも滑っている。
(これが加速状態なんだね……“宇宙の使者”が能力を使う前に、倒す!)
対するインドラは、黒い煙に包まれた。動きの一つ一つが止まっているような感じだ。
“宇宙の使者”から、黒い霊骸鎧になった。
“黒衣の王子”に似ているが、違う。“黒衣の王子”は外套を着ているが、この霊骸鎧は、何も身につけていない。丸坊主の男性が裸でいるかのような姿をしている。
両眼から赤い涙を流していた。涙は、煮えたぎる溶岩のようだ。
カレンは、霊骸鎧の名前を知っている。“海底都市”でも、【異形なる存在】内部でも、戦っている様子を見ていた。
「“魔王”……!」
“魔王”も“加速装置”を使った。
だが、“魔王”インドラは、攻撃はしてこなかった。カレンに背を向けて、走り出したのである。赤い土を蹴り上げて、小さくなっていく。
「逃げる気? 追いかけっこなら負けないよ」
カレンは、一直線にインドラを追いかけた。インドラはカレンの追跡に気づき、ひたすら逃げる。
二人は誰もいない不毛の地を駆け巡った。
全力で走っても、カレンは息切れしなかった。まだ追いかける自信がある。
だが、カレンは気づいた。
(だめだ、霊力を無駄遣いしている。インドラも無駄遣いしているけど、“星白の剣”を展開している分、僕の消耗が早い。……“星白の剣”よ、消えろ)
カレンは、“星白の剣”を消した。念じるだけで消える。
わざと反対側に走ってみたが、インドラもそれを察知し反対側に逃げる。立ち止まって、インドラを先回りすると、インドラも察して正反対の方向に逃げる。
(そうか、インドラめ。僕と真正面からやり合っても勝てないと分かっているんだな。……距離をとって、僕の消耗を待つ作戦なのね)
インドラとしては、カレンの剣が届かない位置にいればよい。
(だったら、“これでもくらえ!”……!)
両手を打ち合わせる。だが、何も起きない。
(“これでもくらえ!”は“加速状態”だと使えないんだ……)
カレンは奥歯のスイッチを噛んで、“加速装置”を止めた。高速状態のインドラが、残像を残して左右に動きながら、カレンの的を外そうとしている。
カレンは目を閉じた。霊骸鎧と混ざり合っている身体で目を閉じる、とは少し奇妙ではあるが。
インドラの動きがコマ送りに見える。
インドラの着地点を予測し、その地点に向かって、叫んだ。
「“これでもくらえ!”」
両手から打ち出された霊力が、カレンの前に衝突し合った。行き場のなくなった霊力が轟音を立てて、熱線となった。周囲の空気を焦がし、インドラに向かって放出された。
だが、インドラは加速された動きで“これでもくらえ!”の放射線をくぐりぬけ、飛び越え避けた。避けるだけでなく、向かってくる。
「出でよ、“宇宙の使者”!」
印を組もうとしたが、インドラ……“魔王”の燃えたぎる顔が間近に迫るかと思うと、衝撃で後ろに吹き飛ばされた。
衝撃のあとに、腹部から痛みが広がった。
“魔王”の膝が、カレンの腹にめり込んでいる。
(卑怯だ、呼び出しているときに攻撃するなんて……!)
視界が歪む。
インドラの姿が、“牛鬼”に変わった。牛の角をもった、逞しい身体つきの霊骸鎧で、巨大な戦闘斧を抱えている。全体的に白い。
全身をそらして、巨大な戦闘斧を横殴りにしてきた。
横からの巨大な衝撃に、カレンは空中に吹き飛ばされた。地面に背中を叩きつけられる。
「痛い……。苦しい……」
カレンは呻いた。
(このまま、倒れたままでいたい。インドラは仲間だった。本気で殺してくるはずがない。何がどうなっているか分からないが、許してくれるはずだ……)
だが、そんな考えは瞬時に消えた。
巨大な影が差した。見上げると、“牛鬼”インドラが斧を振り上げ、カレンの頭上を越えて跳躍していた。
(“加速装置”……!)
カレンは奥歯のスイッチを噛んだ。加速状態になって、地面を蹴った。横に逃げる。
コマ送りの動きで、インドラの大斧が大地を割る。裂けて飛び散る赤土が、ゆっくりと舞い上がった。
インドラの殺意は本物だ。脇腹に焼けつく斧の痛みが、教えてくれる。
“牛鬼”の窪んだ、白い眼窩が、カレンを睨みつける。
得体の知れない殺意に、カレンは身震いした。
「僕が霊骸鎧を呼ぶには、時間が掛かる。でも、インドラが他の霊骸鎧に変身するには瞬間で変身する。この差を埋めるには、距離が必要だ」
インドラは、カレンとの戦い方を研究している。インドラは、自分に時間の優位があると知っている。
カレンは恐怖を振り払った。戦わなければ、死ぬ。
背を向け、インドラから距離をつくった。
カレンは悲しくなった。
(本気で僕を殺そうとしているの? そんなに僕が邪魔だったの? 別に貴方が国王になっても反対なんかしないよ)
恨みを買う真似はしていない。それなのに、殺されかけている。
インドラは再び“魔王”となり、高速で追いかけてくる。今度はカレンがインドラから逃げる立場になった。
カレンは、距離を取り、霊骸鎧を呼び出した。
横で払うだけの簡単な印であった。
だが、何も起きない。“加速状態”であると、呼び出しはできないのだ。
“加速装置”を解除し、やり直す。
「出でよ! “蜘蛛糸”! 汝の名前は、シャミィ・キューラ!」
小型の蜘蛛を背負った、女性の身体を思わせる霊骸鎧が現れた。何故かカレンは、この霊骸鎧を知っていた。
ガルグが何かを喋っている映像が見える。ガルグの指示通り、霊骸鎧を呼び出す動作を、カレンはしていた。
(僕は、過去にガルグから霊骸鎧を教えてもらっていたんだ……)
“魔王”となったインドラが両脚を揃えて、カレンの顔面めがけて蹴り出した。
「……そうだよね、そう来るよね。だったら、やり返す……!」
カレンは奥歯を噛んで、“加速装置”を起動させた。
カレンは叫んだ。悲鳴にも似た雄叫びをあげて、右の拳を振り回した。
両脚の蹴りを避けて、拳は“魔王”インドラの顔面を捉え、打ち抜いた。
拳から堅い物体を殴った感触が伝わる。拳を壊してしまわないか、カレンは不安になった。
だが、痛みの代償として、“魔王”インドラを地面に吹き飛ばした。
インドラが、すぐさま起き上がった。殴られた顔面を手でおさえ、頭を振っている。
(やっぱり……! まともにぶつかり合えば、僕が強い)
生まれて初めて人を殴った。憎くもない相手を殴って、罪悪感が生まれてきた。だが、インドラは自分を殺しにきている。
「“蜘蛛糸”。インドラを絡め取って!」
“蜘蛛糸”は、インドラを指さした。背負っている蜘蛛が、白い糸を発射した。細い糸が束になり、インドラに絡みついた。
インドラは、また倒れた。藻掻くが、糸は柔らかな見た目と違い、鋼鉄よりも硬い。インドラの身体に食い込んだ。
「さあ、インドラ。降参するんだ……。もう身動きはできないよね?」
霊骸鎧の状態だと、口が塞がっているので、言葉が出ない。“星白の剣”を表出させて、刃先をインドラの首元に突きつける仕草をした。態度で理解してもらうしかない。
喋られないのに、なぜ霊骸鎧には指示できるのだろう、とカレンは疑問に思ったが、この際はどうでも良かった。
インドラは燃えがる。
全身から大量の火と熱を発する霊骸鎧、“太陽神”となって、“蜘蛛糸”の糸を溶かした。
「そうだよね。インドラ。貴方なら、いくらでも抜け出せる」
だが、時間は充分だ。インドラが蜘蛛の糸を燃やしている間、霊骸鎧を呼び出した。
「出でよ、“宇宙の使者”」
生やした触手で腕組みをしている霊骸鎧が現れた。
「汝の名前は、エルネスト・ザーク! インドラを空高く放り上げろ!」
意趣返しだ。
“宇宙の使者”が触手を持ち上げると、インドラは空中に吸い込まれていった。
“太陽神”となったインドラは足をバタつかせたが、重力には敵わない。
「これで終わりだ、インドラ。殺されたくなかったら、変身を解いて、ここで降参するんだ」
と、声を張り上げた。口が塞がっているので、声が出ない。
だが、インドラは冷静だった。
別の霊骸鎧に変身した。黒い煙の中から弓矢をもった“闇の狩人”が現れた。
インドラは空中で身体を反転させ、弓に番えた“魔法の矢”を放った。
“魔法の矢”は、独自の意思を持つ、絶対必中の矢である。物理的にあり得ない軌道を描いた。まるで地上の獲物を狙う猛禽類のように、“宇宙の使者”に目掛けて飛んでいった。
“宇宙の使者”は胴体を貫かれた。
苦悶の動きをして、消滅した。“宇宙の使者”は強力無比な霊骸鎧だが、打たれ弱かった。
「そんな……!」
カレンは、“宇宙の使者”がいた場所を見た。一度倒された霊骸鎧は甦らない。
インドラの重力が元通りになった。
本来の重力に引っ張られ、落ちる。
インドラは“粘液超獣”に変身した。ナマコやナメクジに似た質感を持つ、不定形の軟体動物となった。
地面に衝突をしても、軽く跳ねて前転しただけだ。どちらが頭で尻なのかカレンには分からない。鞭のような触手を生やし、ひっくり返った。
カレンは、インドラに向かって“これでもくらえ!”を放った。
インドラは素早く“水晶騎士”に変身した。
“これでもくらえ!”の光が“水晶騎士”の内部で屈折し、跳ね返った。光の放射線が“水晶騎士”の身体から出て、近くの赤い土塊に当たって、爆発した。
爆風が“水晶騎士”インドラの背後を襲った。だが、完全防御と評価されるほど頑丈な“水晶騎士”にとっては、そよ風でも吹いているかのようだった。
静かに歩を進め、近くにいる“蜘蛛糸”を一刀で斬り捨てた。
「しまった……!」
“宇宙の使者”が殺されて、カレンの注意は逸れていた。
「どうすればいいんだ……? どうすれば?」
カレンは焦って、手を拱いた
霊骸鎧を呼び出しても、“これでもくらえ!”を放っても、インドラに通用しない。
インドラは不測の事態が起きても、冷静に対応して、やり返してくる。
霊骸鎧の性能では、カレンの“最終勇者”が強いが、中身……インドラとカレンでは、戦闘経験に差がありすぎる。ガルグの元で育ち、小さい頃から戦いに身を投じていた。
インドラは、黒い煙に包まれた。
別の姿に身を変えているのだ。




