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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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殺し合い

 目の前で星々が煌めいていた。

 背中が柔らかい。

 寝台に仰向けになって眠っていた。

 星空は、天蓋てんがいの模様であった。星のような煌めきが散らばっている。

 天蓋から垂れる幕を手で払い、寝台の外を見る。見知らぬ純白の家具で統一されている部屋だ。

 鳥のさえずり声が聞こえる。もう朝だ。

(“星降りの女神(スターレイン)”を呼び出して、気を失っちゃったんだ……。数分で僕の霊力オーラが空っぽになるなんて、すごい霊骸鎧オーラ・アーマーだったな……“星降りの女神”。星を動かすわけだから、大容量の霊力が必要なわけだよね。……気をつけなくちゃ。この城に来てから、何度も意識を失っているぞ……)

 寝台から降りる。純白の寝間着に着替えさせられていた。フリルがついていて、女の子向けである。

「ここは、どこだろう……?」

 女の子の服を着せられ、動揺しつつも、カレンは周囲を見回した。

 純白の絨毯に家具が置かれちた。丸い鏡の縁は白く、花を飾る瓶まで白かった。可愛い小物が並んでいる。心なしか、良い匂いがする。

「ナスティが使っていた部屋だ」

 部屋の隅から、声が聞こえた。

 インドラが腕を組んで、立っていた。

「インドラ、いつの間に?」

「お前が起きたと気づいて、さっき中に入ってきたのだ」

 カレンは、扉を見て首を捻った。開いた音は聞こえなかった。だが、インドラの発言で、顔が発熱した。

「女の子の部屋に寝ていただなんて……」

 カレンは恥ずかしさのあまり、寝台に顔を埋めた。素材の柔らかさから、ナスティの体温を感じたような気がした。

 カレンの頬が緩んでいく。インドラに向き合った。

「インドラ。なんだか悪いね。ご馳走になったり、寝る部屋を用意してくれたり。お礼に歌とか歌おうか? それとも、流れ星を見てみたい?」

「年寄りどもの趣味など知ったことか。俺が欲しいものは、他にある」

 インドラは冷たい表情を見せた。

「では、何をお望みなのかな?」

 カレンは、インドラの気持ちがよく分からず顔を覗き込んだ。欲しいもの、というわりには、どこか嬉しそうには見えない。

 カレンは、とある思いつきをした。その想像をすると、背筋が凍り始めた。

 二人きりだけの部屋である。しかも自分は寝台の上にいる。インドラは、カレンが目覚めるまで、部屋の外で待っていた。

「ひょ、ひょっとして……!」

 カレンはシーツで、女の子向けの寝巻を隠した。

「銀の“勇者エイル”よ……」

 インドラが一歩近づく。

「ひっ。無理。赤ちゃんができちゃう……?」

 カレンは後ずさった。

 だが、インドラは予想外の発言をした。

「ナスティに会いたいか……?」

 ナスティ、と聞いて、カレンの背筋の寒さは吹き飛び、頬が熱くなった。

「朝食の後、ナスティに会わせてやる」

「本当?」

 嬉しさのあまり、飛びあがりそうになった。天蓋を突き破るかもしれない。

「ナスティが待つ場所まで案内させてやる。……すぐに出発するから、遅れるな」

 インドラは黒い煙に包まれ、大きな鎌を持った霊骸鎧、“死神デス”となった。半透明の身体が、壁をすり抜けていく。

「どうしよう。ナスティの部屋で一晩過ごしちゃった。すりすり……」

 カレンは寝台に顔を埋めた。

(僕は、女の子の寝台に何をやっているんだ……? 我ながら不埒な行動だけど、これは不可抗力だから、しかたがないね)

 ナスティの顔が思い浮かぶ。ナスティの笑顔を思い浮かべるだけで、カレンの胸が温かくなった。

「ああ、ナスティ、可愛いよう。宝だね、宝。この国の宝だよ。国宝だ。生きる国宝。……人間国宝?」

 カレンがナスティのシーツにくるまっていると、扉から音が鳴った。

 不埒な真似をした罪悪感から飛び起きると、カレン軍団が入ってきた。衣類を持っている。カレンは慌てて注意した。

「女の子の服は、やめてね」

 着替えを済ますと、謁見室とは違う部屋に通された。

 朝食は、軍団に見張られて、一人で摂った。バロンもゼルファーも、アリーサザナも仕事を始めているのだろう。

 城の外に連れ出された。カレン軍団が名残惜しそうな表情で、城門から見つめていた。

「ありがとう、みんな。お世話になったね」

 カレンが手を振った。お辞儀をする者、手を振る者、泣き出す者、それぞれ反応は違った。二度と会えないと思いこんでそうだ、とカレンは思った。

 私服の兵士たちに囲まれ、城下町を歩く。

 朝でも市場は活発だった。肉や野菜が飛び交い、自動販売機には子どもたちが群がっている。

「ガルグといい、インドラといい、ヴェルザンディの人たちは凄いんだな。世界が滅茶苦茶になっても、楽しそうに暮らしている。シグレナスもこれくらいになればいいのに……」

 カレンは、シグレナスに市場ができる様子を想像した。

 子どもたちが駆け回り、大人たちが買い物をしている。その中に、母親やオズマが笑顔で立っていた。

 城下町を出ると、ザイリックと、もう一人若い兵士が馬車を用意していた。二人に誘われて、馬車に乗る。

 街道を進む。

 石畳に噛み合った車輪が、振動音を鳴らし、馬車全体を小気味よく揺らして回り始めた。

 小窓を開け、外の田園風景を見た。

 ナスティに会える。

 カレンは緩やかな風を顔に受けて、狭い馬車の中で微笑んだ。

 緑の田園風景は終わり、街道が舗装されていなくなった。砂埃を立てて、道を進む。

 風景は徐々に寂しくなっていく。枯れた木がまばらに生えた、赤い土に変わっていった。

 馬車が止まった。

「勇者様。今日は、ここで野営をします」

 ザイリックが馬車の扉を開けた。

 カレンは、赤い空を見上げた。立派な夕焼けである。

「ここが待ち合わせ場所なのかい? ナスティは、もう来ているのかな?」

 カレンは拍子抜けした。ナスティらしき人物は見当たらない。そもそも、人がいない。

「……まだ来ていません。目的地はもっと先です」

「なんで来ないの? 来るって言ったじゃん。一泊するなんて、聞いていない。責任者を出して。インドラに連絡してよ」

 カレンは食い下がった。多少の理不尽なら耐えられるが、ナスティに関わる話なら別である。

「これ以上はお答えできかねます」

 ザイリックの顔が、ひきつっている。汗を拭う仕草をした。

「これだから、おたくの会社は……。説明不足で、しかも困ったことがあったら、いつも責任者が不在なのね……」

 カレンは呆れた。呆れながらも、恐縮するザイリックが哀れに思えてきた。このザイリックは命令に従っているにすぎない。文句をつける相手は、インドラであるべきだ。

「インドラといい、ガルグといい、まともな上司に巡り会わなかったからね、君も苦労しているんだね、分かるよ。……まあいいよ。その代わり、本当に会わせてよね」

 ザイリックたちと一緒に、天幕を設営した。カレンは不機嫌な気持ちで、焼いたパンを頬張り、渡された毛布にくるまって眠った。

 翌朝、ザイリックに起こされた。

「ご案内します」

 馬車を乗り捨てて、道なき道を歩かされる。

 不毛の土地を歩き、赤土の山を登った。崖の上を歩かされた。人が一人通れるか通れないか分からないほどの道である。足下を滑らせたら、真っ逆さまである。

 赤い土が一部だけ崩れ、崖に飲み込まれていく。

 どんな疑問でも、ナスティに会えるのなら、気にならなかった。だが、明らかにおかしい。待ち合わせ場所にはふさわしくない。

「なんでナスティが、城から離れた場所に待ってなきゃいけないのだろう?」

 汗ばんできた。

 ナスティに部屋があるなら、部屋に戻ってくれば良いだけである。

 まるでカレンを城から遠ざけているように思える。

 ザイリックがロープを取り出す。もう一人の兵士と協力して山から飛び出た、赤い岩にくくりつけた。ザイリックたちがロープを伝って降りていく。カレンも途中で岩が崩れないか不安になった。

 降りた先は、荒野だった。

 周りは丘と山に囲まれた、くぼんだ土地であった。冷たい風が吹きすさんでいる。この場所は、生命を感じさせない空気がある。墓場に近いような気がした。

 赤い大地の上に、赤と黒の服を着た男が立っていた。

 ヴェルザンディの国王、アウムハゥストラ・インドラその人であった。

「よくぞ連れてきた。……ザイリック。お前たちは帰って良い」

 インドラは静かに命令した。ザイリックたちが一礼して、山に登っていく。

 カレンは、インドラが“龍王ドラゴン”に変身する様子を思い浮かべた。

「インドラ。貴方は空を飛んで、ここまで来たのですか?」

「そうだ」

 乾いた声で返事をした。ガルグに似ているな、とカレンは思った。

(空を飛べて待っているなら、連れて行ってくれればいいのに。サービス精神がないね、本当に)

 カレンは、いらついた。

「ナスティは、どこにいるんですか? ……会わせてください」

 インドラが、カレンを見つめた。

「会わせてやる。俺の命令に従うなら、な」

 馬鹿にするでもなく、怒っているのでもなく、何を考えているか分からない表情である。

「いいですよ。何でも聞きますよ。……あのさぁ、勿体ぶらないで。人生は短いんだから」

 カレンは、腕を組んで貧乏揺すりをした。インドラに騙されている。ここまで来て気づかないはずがない。

 だが、インドラの要求は意外だった。

「銀の“勇者エイル”……俺と殺し合え」

「は?」

 カレンは、そう反応するしかなかった。

「何を言っているの? なぜ殺し合う必要があるのか分からない」

「お前と私は戦う運命にあるからだ。銀の“勇者”よ」

「だから、戦う運命って、なに?」

「お前は、ナスティに会いたくないのか?」

「話題を変えないで。……そりゃ、ナスティに会いたいけども。それが貴方と殺しあう理由になるとは思えないけど」

「会いたければ、俺と戦え。ナスティの居場所を教えてやる」

「今、教えてよ。教えてくれたら戦ってあげる。手加減してあげるから、ゆっくりやろう」

「手加減など、いらん。俺はお前を殺さなくてはならぬ」

 カレンはインドラの発言に腹を立てた。

(僕が殺されたら、教わっても無意味ですよね?)

と、以前のカレンであれば、応えたであろう。だが、実際は、こう応えた。

「貴方を殺したら、誰が僕にナスティの居場所を教えてくれるんですか?」

 今のカレンにとって、インドラと戦っても負ける気がしなかった。

 百回戦っても、カレンは勝つ自信がある。

「僕と貴方が殺し合う理由など、ないと思いますけどね」

 殺されると言われて、インドラが不機嫌になるかもしれない、とカレンは心配した。だが、インドラは冷静であった。

「俺たちが殺し合う理由……それは、お前は勇者で、俺が魔王だからだ。生き残った霊骸鎧は、お前と俺のみ。どちらかが戦い、勝ち、そして、生き残った者が、この世界を支配しなくてはならない」

「……戦いとか世界を支配とか、興味もありません。僕は、ただナスティに会いたい。ナスティに会わせてください。ナスティと時間を過ごしたい」

 カレンは本心から呟いた。

 インドラは目を落とした。

「……ガルグを殺したのは、俺だ」

 カレンは、自分より背の高いインドラを見上げた。虚ろな表情をしているが、嘘をついているとは思えない。

「俺は欲しいものを手に入れるために、ガルグを倒し、奪い取った。ならば、お前も俺と戦い、欲しいものを奪え」

 インドラが霊力オーラの印を組むと、黒い煙に包まれた。

 黒い煙から、黒い霊骸鎧が現れた。全身から鋭利な突起物が出ている。背中には黒い外套マントを羽織った。黒い頭部の覗き穴から、黒い虚空が映し出されている。

 インドラは、自身の霊骸鎧“黒衣の王子(ダークスローン)”となった。

“黒衣の王子”インドラは、拳をカレンの顔面に突き出した。

 カレンは瞬きを一つもせず、ただ黙って拳の形を眺めていた。

 インドラが変身を解いて、人間の姿に戻った。

「銀の“勇者”よ。なぜ避けない?」

「殺気がなかったからです。……インドラ、僕は貴方から奪うものは、ありません。僕が欲しいものは、ナスティだけです」

 カレンは姿勢を正して応えた。インドラが鼻を鳴らして笑った。

「ナスティは俺のものだ。俺から奪わなければ、手に入らぬ。……ナスティを手に入れる前に死んでは、後悔するぞ?」

 インドラはもう一度“黒衣の王子”に変身し、更に別の霊骸鎧に変身した。

 青黒い小柄な全身になった。複数の触手を胴から生やし、頭部の先端は尖っていて、黄色の目が左右に二つずつうごめいていた。

(多重変身? いや、違う。インドラの霊骸鎧“黒衣の王子”は、他の霊骸鎧に変身できる)

と、カレンは思い出した。

 上に身体を引っ張られた。みるみる陸地が離れていく。

 まるで、穴に落ちたかのような感覚だ。

 インドラの姿が小さく見えるくらいになるまで、高度が上がっていく。足の裏が陸地から離れて、涼しい。

(ここから落ちたら、ひとたまりもないぞ)

 空中で身動きができなず、赤土の大地を見た。

 インドラが変身した霊骸鎧は、“宇宙の使者(アンチグラビティ)”だった。重力を操る、強力で危険な霊骸鎧……ガルグに「最強の一角にして、歴史上もっとも死傷者を出した霊骸鎧」と呼ばせたほど……であった。

 どういう原理だか分からないが、敵の重力を反転させる。敵を地面から浮かし、天井に“転落死”させる。天井のない野外であれば、“宇宙の使者”の霊力が続く限り敵を持ち上げる。

“宇宙の使者”となったインドラが、触手を振り上げ、何かを叩き落とす動作をした。

 今度は、カレンの身体が地面に引き寄せられていった。

 地面が猛烈な速さで迫ってくる。

 このままでは、地面に激突する!

「やれやれ……。結局は戦わないといけないのか。インドラ。少し痛くするけど、後悔しないでね? 喧嘩を売った、自分のせいだからね?」

 カレンは空中で霊力を放出し、手を動かした。

「出でよ、我が霊骸鎧……“最終勇者ラスト・ワン・スタンディング”!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 穏やかな状態でナスティに会うことができるのかと思っていたら戦闘状態に入っていく最後の部分にドキドキしました。 以前の部分で本を書いていた人の通りの戦いがこれから始まるということなのかな?と…
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