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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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星降りの女神

「勇者様……」

 バロンが耳元でささやく。

 目を開くと、そこは“魔王城”の廊下だった。外から赤い夕暮れが差し込み、城の中で影を落としていた。

 カレン軍団の表情が不安げな色に染まっている。

「奥の部屋に行かれたのですか……?」

 バロンが聞いてくる。立入禁止の場所で叱られるのか、カレンは不安になった。

「行きました。“アーガスの書”とか変な本がいっぱいあって、変な人が変な本を書いていて、とにかく変な場所でした」

と、何事でもない素振りで返事をした。

 アーガスと聞いて、バロンの眉が、かすかに動いた。カレンは、表情の変化を見逃さなかった。

「バロン。“アーガスの書”をご存じですよね。……僕も読んだ、いや観ましたけど、どんな内容なのか頭に入らなくて。あの本は、なんなのでしょう?」

 カレンの質問に、バロンは少し考え、口を開いた。

「“アーガスの書”は、過去の宗教家が書いたとされる予言の書です。世界の終末が描かれています」

 カレンは、バロンが言葉を選んでいるように感じた。

「……世界の終末ですって? 世界は結局、どうなるのですか?」

と、カレンは質問を繰り返したが、バロンは視線を落とし、答えない。

 カレンの頭が煮えたぎったように熱くなった。バロンの態度に対して怒っているのではない。

 頭の中で整理できず、理解が追いつかないのだ。

(将来、僕が黒い霊骸鎧と戦う? それで世界が終わっちゃうの?)

 この“魔王城”では、不可解な情報が多すぎる。

 バロンは軽く咳払いをした。カレンの逡巡しゅんじゅんは打ち破られた。

「お食事の時間です」

 謁見室に連れて行かれる。

 先頭のバロンに従いていく。カレンの後をカレン軍団が並ぶ。

 重厚な扉が開かれると、穏やかで芳しい空気が、カレンの鼻をくすぐった。

 高い天井に、目を奪われた。二人の男女が向き合っている絵が描かれていた。男の肌は黒く、女の肌は白かった。

 部屋の奥側には、金属製の玉座があった。無人の玉座は、龍を思わせるような形状をしている。

 謁見室の中央に温かみのある絨毯が敷かれていた。

 絨毯の上に机が置かれ、さらには、きめ細かい刺繍をこらされたテーブルカバーを被せられていた。柔らかいソファーが周りを囲んでいる。ソファーのそばに、長身の老人と女性が立っていた。

「こちらは、軍法官のゼルファーです。こちらの女性は内務官のアリーサザナ」

と、バロンが紹介した。ゼルファーは黒い法衣をまとっていて、厳格な表情をしている。

 白いドレスに身を包んだアリーサザナは、カレンに微笑みかけた。白髪と顔のしわのせいで、母親よりもずっと年上に見える。アリーサザナの耳元に揺れるイヤリングが、青い輝きを見せていた。

(二人ともバロンに負けないほど立派な人たちだ)

 カレンは、ソファーに深々と座った。柔らかい羽毛に包まれた感覚に、カレンは吸い込まれそうになった。だがバロンたち三人は、カレンの両脇で立ったままだ。

(あれ、誰も座らないの?)

 振り返ってカレン軍団を見ると、全員が壁際に立ち、命令を待っている。

 玉座の裏側から扉が開く音が聞こえた。

「国王陛下」

 バロンたちは、お辞儀をした。

 国王と呼ばれた人物は、玉座の裏側を回り込み、悠然とした動きで現れた。

 長い黒髪を両肩に垂らし、赤を基調とした上着には金色の複雑な刺繍が施されている。

 口元に鋭い髭を蓄えた若い男……アウムハゥストラ・インドラであった。普段は頭に奇妙な布を巻いているので、カレンには一瞬誰だか分からなかった。

 気になる人物の姿が見えない。カレンは身を乗り出して、インドラの背後を探した。

 背の高いインドラは、カレンを見下ろした。

「ガルグは、死んだ……」

 インドラはカレンの疑問を察したのか、低い声で説明した。

 カレンは驚いた。“魔王城”に来てから、最大の衝撃である。

「し、死んだ……? どうして?」

 インドラは、カレンの疑問を無視して、ソファーに腰掛ける。バロンたちもならった。

 食事が運ばれてくる。

(あんなに強かった人が、こうもあっさり死ぬものなのか……変な人だったけど……)

 また知り合いが減った。

 カレンは寂しくなった。知り合いの死は、少なからず心に穴が開いたような感覚になる。

 カレンは虚空のように皿を眺めた。丸い皿に野菜や穀物が盛り付けられている。

 だが、ガルグの死を聞いたら、食事を楽しめる雰囲気でなくなった。

 インドラが威厳をもって、ゆっくりと片手を挙げた。

「食事の前に、神に感謝しよう。今、我々が食事をいただけるのは、すべて神のおかげである」

「神……?」

 カレンは突然の登場人物に驚いた。

(神とは誰なんだろう? 感謝って、何をすればいいのだろう?)

 インドラは、頭の上に、両手で何かが降りかかってくるような仕草をした。それぞれの手を、頭から肩に落とした。

(あれが、『神に感謝する』か)

 ゼルファーとアリーサザナに目を移す。両手の指を段違いに組み合わせて、目を閉じている。組み合わせた両手を胸元から鼻の位置まで上げた。二人は呟いた。

「アーガス」

(アーガス? この人たちも、あの“アーガスの書”を読んでいる! あの訳の分からない本を)

 バロンは何かを呟き、豆のように小さい物体を、足下に投げ捨てた。

(みんな、好き勝手に自分のやり方を貫いているんだけど? 自由にやりすぎ。しかも、動きが変。そもそも神という人は、変な仕草を強要してくる人なのかな?)

 カレンは混乱した。目眩めまいがする。だが、すぐに気を取り直した。

 頭に何かが降りかかる仕草をして、胸元に手を合わせて、投げ捨てる動作をした。

 全員のやり方を、すべて混ぜたのだ。

 誰もカレンの挙動を見ていない。それぞれが目を閉じて、霊力オーラを内部で暖かく揺れていた。

霊骸鎧オーラ・アーマーに変身できる人、二人だけ……、つまり、僕とインドラだけだ。それなのに、霊骸鎧に変身できない、バロンたちも霊力を操っている……)

 カレンに、とある疑問が生まれた。

(霊力は誰でもある。霊骸鎧が霊力によって動いている。変身できる人と、できない人の違いは何なのだろう?)

 インドラたちの目が開く。インドラたちから霊力が解放され、カレンは暖かい光に包まれた。

 カレンは穏やかな気分になった。ガルグが死んだ衝撃が嘘のように消えた。

 立派なクロスの上で、お椀に料理が盛られている。

(これがヴェルザンディ式なのね)

 生まれて初めて見る料理ばかりだ。食べ方が分からない。インドラの様子を見る。

 インドラが、穀物のはいった皿にさじをつけて自分の皿に盛った。他の老人たちも、それぞれの食べたい料理を、自分の皿に運んだ。

 食べる規則ルールは理解した。自分の皿に運ぶ。

 だが、カレンが一番食べたい品物は、平べったく焼かれたパンだった。

(パンだ。シグレナスでは滅多に食べられないご馳走だ。……勝手に手をつけて良いのだろうか? なにか僕の知らない決まりでもあって、それに違反したら、どうしよう……。怒られるかな?)

 パンを凝視していると、アリーサザナが皿からパンを拾い上げ、一部を千切って渡してくれた。

「はい、どうぞ。お上がりなさい」

 アリーサザナが笑顔を見せた。この女性は、今でも美しいが、若い頃はもっと綺麗だったにちがいない。カレンは恥ずかしくて、目線を下げた。

 頬張ると、弾力のある歯ごたえから、小麦粉の柔らかい甘みが口に広がった。

「ここを自分の家だと思って。何も遠慮しなくていいのよ」

 アリーサザナの優しい口調に、カレンは思わず頭を掻いた。

 アリーサザナは家庭菜園の話をした。家庭菜園から牛の話、孫の話題になった。

 ゼルファーは適当に相づちをうち、聞いているのか聞いていないかのような反応をしている。バロンは手を叩いて笑っている。

 ゼルファーは仕事の話をした。誰か部下の悪口らしいが、カレンには、その誰かが分からなかった。バロンは笑って、ゼルファーの肩をさすり、機嫌をとった。

 カレンはインドラを見た。真剣な眼差しで老人たちの会話を聞いている。口を挟む素振りも見せず、かといって大食をするわけでもなかった。

 もともと無口で内向的な性格だったが、インドラは国王なのである。威厳を保つために、食事中の会話に参加しないのである。

 大人たちの事情など、カレンは気にならなかった。食事に集中した。

 故郷でバッタを焼いて食べていたカレンにとっては、信じられないほど美味しい食事であった。

 辛味の効いた米にカレンは額から流れる汗をぬぐった。

 差し出された生野菜で辛味を和らる。杯に注がれた果汁を喉に流し込む。

 特に、鶏肉のスープが、気に入った。辛みと甘みが同時に来る。

 どんな方法で味付けをしているのか、カレンには想像できなかった。

 夢中になって食す。

 バッタ?

 蜘蛛?

 そんなものは忘れた!

(このまま美味しい時間が終わらなければいいのに……)

 カレンの願いは、むなしく満腹になった。匙を皿に放り投げ、一斉に視線を集めた。

 カレンは幸せな気分になった反面、申し訳ない気持ちになった。ただで食事を恵んでもらう状況は、物乞いのようだ。

「こんな美味しいものをご馳走していただいて、なんてお礼をしていいのか。どうでしょう、踊りでも歌でも、何かしたほうがいいですか?」

 カレンの発言に、ゼルファーとアリーサザナは顔を見合わせた。まるで子どもたちが秘密の合図したかのように、、うなづきあった。

「“星降りの女神(スターレイン)”を呼んでいただきたい」

 ゼルファーが興奮を隠しきれない様子で訴えた。

 ゼルファーが“星降りの女神”を知っている。カレンは驚いた。

「呼んでもいいですけど……。どうするんです? 僕は“星降りの女神”がどんな霊骸鎧なのか、まだ知りません」

「……流れ星が見たい。星を動かしてもらいたい。“星降りの女神”は、唯一宇宙に干渉できる霊骸鎧です」

「“星降りの女神”って、星を操るのですか? ……それに、宇宙? 宇宙って何ですか?」

 カレンは困惑した。星を操る霊骸鎧なんて、初めてだ。アリーサザナがカレンの手を優しく触った。

「宇宙とは、お空の向こうにあるの。星は宇宙にあるの。……みんなで外に出ましょう。高い塔に登って、お空が見える場所。ねえ、いいでしょう? 国王陛下」

 アリーサザナが、インドラに提案した。

「好きにするが良い……」

 インドラは低い声で返事をした。

(投げやりな言葉選びが、どこかの誰かに似ているな)

と、カレンは思った。

 謁見室を離れ、カレンたちは螺旋階段を登った。

 登り切った先は、尖塔の頂上であった。尖塔には雨よけの屋根がついているだけで、全方角を見渡せた。

 夜空を見上げると、輝く星で埋め尽くされていた。

 尖塔の下、つまりヴェルザンディの城下町を見下ろすと、家々の灯りが星のように夜の街を明るくさせていた。

“星降りの女神”の召喚は難しい。

 霊力の印が複雑で、何度もやり直しをした。

「出でよ、“星降りの女神”」

“星降りの女神”が、あらゆる色の光に包まれて、現れた。光の色は六色すべてであった。

 あまりにも輝いているので、カレンは目を隠した。

“星降りの女神”は女性の形をとった。

 全身から光を発し、カレンは直視できない。他の霊骸鎧と同じく、“星降りの女神”が足下にひれ伏す。

「汝の名前は、アナスタシア・ヴィルサイティウス!」

 目を閉じながら、“星降りの女神”の頭頂部に手をやる。

「カレン・エイル・サザードとして命じる! 星を動かせ」

“星降りの女神”は尖塔の欄干をすり抜け、空中に浮かんだ。

“星降りの女神”は、回りだした。舞っているようにも見える。

 アリーサザナが声を出した。天を指さす。

 一つの星が流れた。他の星々も、追いかけるように流れていく。いつの間にか、多量の星が雨のように降り注いでいた。

 鼻をすする音が聞こえた。音のなる方向を見ると、アリーサザナが涙を拭っている。

 ゼルファーはその場で崩れ落ち、号泣している。

 バロンは優しい笑顔を見せていた。目が涙で光っている。

 一人、インドラだけは興味のない表情をしていた。

 城下町に並ぶ家々から、ヴェルザンディの国民たちが顔を出した。夜空を煌めかせる流星群に、顔を合わせ、珍しい現象に歓喜している。

 実際に見ていないが、カレンには子どもたちや、昔、子どもだった者たちの明るい笑顔が見えた。

 カレンの身体が震える。頭を鈍器で殴られたような感覚だ。両肩から力が抜け落ちていく。

(“星降りの女神”、僕の力では支えきれないほどの力を持っている)

 カレンは焦った。こんな霊骸鎧は初めてだ。だが、星を操る能力ちからを持っているのだから、当然である。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルからキレイです。 今回の部分はキレイでひといきつける部分ですね。
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