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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
40/173

書斎

        1

 光が空中でまとまり、力尽きたように落ちた。

 カレンは咄嗟とっさに両手で受け止めた。

 重い。

 光は、一冊の本だった。

 全体から静かに光を放ち、金色の装飾が施された白い表紙には、本の題名が書かれていた。

「“アーガスの書”……」

 題名を読み上げると、光が消えた。

 額の前に、光が現れ、本が生まれた。本が重力に負け、“アーガスの書”の上にかぶさった。

 新たな本の題名を読み上げる。

「“ゼレム教典”……」

 本の表紙は、幾何学模様で装飾されていた。

(ヴェルザンディで書かれた本……?)

と、カレンは推測した。城の壁に模様が似ている。

 最後に、いやカレンは最後だと知っていた。光から奇妙な本が生まれた。

 三冊目も、“ゼレム教典”の上に乗った。

 この本だけ雰囲気が違う。

 表紙は加工した動物の骨と皮でできていた。なんの動物なのかは不明だが、異様である。

 題名を読み上げる。

「“インザ……の写本”」

 題名が、カレンにとっては複雑すぎて読めなかった。

 闇が消え、カレンの周辺は白くなった。

 最初は白い部屋であったが、木製の調度品が姿を現した。

 本棚を背にして、重厚な机が目に入る。

 とんがり帽子を深くかぶり、高い襟が顔面を隠している。どんな顔をしているか分からないが、辛うじて両目が見える。

 両目は赤い光を放っているので、人間ではない……霊骸鎧オーラ・アーマーだと理解できた。

 とんがり帽子の霊骸鎧は、木製の大きな椅子に腰掛けて、机の上に巨大な本を広げていた。白い紙に筆を高速で走らせている。

「貴方は誰ですか?」

 霊骸鎧は言葉を発しないので、我ながら無駄な行動だと思ったが、声をかけた。

 だが、カレンの予想は外れた。

『私は誰でもない。ただ、書を残すのみ。昔、人間の肉体を持っていた間は“執筆者ノベリスト”と呼ばれていた』

 この霊骸鎧“執筆者”は返事をした。声が頭に直接入ってくる。いや、感じ取った。

「昔……? 人間の肉体……? 今は死んでいるんだよね。どういう仕組みで、君は動いているのだろうか?」

『……小さき子よ、今の私は、そなたが使役する霊骸鎧に近い。肉体は滅んでいるが、魂は残っている。……だが、説明がとても難しい話だ』

「難しい話は苦手だなぁ……。……君がこの三冊の本を書いたの?」

 カレンは話題を変えて、質問をする。ここまで喋る霊骸鎧は初めてだ。

『私が書いたものでない。そなたが手にしているその書らは、すべて集められたもの』

「誰が集めたの? 本を集めるだなんて、僕には考えられない」

 カレンは肩をすくめた。本など集める暇があったら、食用のバッタを集めたいところである。

『……そなたが、ガルグ、と呼んでいる者だ』

“執筆者”の口調は、常に抑揚がない。どんな感情をしているのか、まったく分からない。

「ガルグと知り合いなの?」

『無論、知っている。長すぎる、というほどの付き合いだ。私が生きていた時期からの友人だ』

“執筆者”は精密な動きで筆を走らせている。カレンと会話をしていても、筆を止めていない。 

「……さっきからなにを書いているの?」

『私は、“この物語”を書いている』

「“この物語”? このって、何?」

『小さき子よ。至高にして世界の王たる者の書である。そして、今、そなたとの会話を書き続けている。……過去と今起きている出来事を書に写す。それが私の能力だ』

「よくわからないけど、偉い人の本を書いているんだね。ちょっと読ませてもらってもいいですか?」

『……私の脇に来るがよい。だが、決して執筆の邪魔をするでないぞ』

 机と小物の入った棚の隙間をぬって、“執筆者”の隣に立った。カレンは手にしていた三冊の本を、棚の上に置く。 

 白い紙の上に、黒くて細い文字が整然と並べられている。

 本や勉強が嫌いなカレンだったが、すぐに興味が引かれた。自分の名前を表す“カレン”が書かれているのである。

“執筆者”の執筆を眺めているだけでも、自分の名前が書き加えられていく。

 試しに、カレンは右腕をあげた。“執筆者”が白紙に『カレンは右腕をあげた』と書きこむ。

(現在進行形の出来事を書いているんだ。……僕を見ながら書いたのだろうか?)

 疑問が生まれた。

 疑問は悪戯心に生まれ変わる。

“執筆者”に背を向けた。これなら、“執筆者”は、カレンがどんな顔をしているか分からないだろう。

 頬に手を添え、目をつぶった。歯を食いしばったり、寄り目をしたり、舌の出し入れをしたりした。

 振り返って、執筆内容を見ると、カレンの変顔が過不足なく書かれていた。

「さっきの変顔はナシ。取り消してくれないか?」

 カレンは慌てた。

『私は真実のみを記録する。執筆方針に文句を言う者は、許さない』

“執筆者”は霊骸鎧なのに、カレンの命令に従わない。

(……あまり余計な行動をとっていると、一生の恥になるから、この辺でやめておこう)

 カレンは、反省をした。“執筆者”は、見ていない事実でも文章にできるのだ。

「だったら、ナスティの様子が分かるかもしれないな……。“執筆者”、今書いている本だけど、ちょっと見せてもらっていい?」

『私の執筆を邪魔する者は、何人なんぴとたりとも許さない』

“執筆者”に断られた。“執筆者”は静かに執筆を続けている。

(ケチ。最近の霊骸鎧は、ケチになったな。けれど、ヴェルザンディに来て初めて、まともに会話できる相手に出会った気がする。基本的にヴェルザンディの人たちって、僕の話を聞かないよね)

 好きでもない本に囲まれ、カレンは退屈だった。

 カレンは、三冊の本のうち、“アーガスの書”を開いて、中を見た。

 文字は読めなくもないが、言葉が難しい。

「本なんて、字ばかりで嫌だ。もっと楽しくしてほしいな。誰か朗読して欲しいな……。それで挿し絵を増やしてもらって、……いや、絵が動けばいいのに。そうだ、これをアニメーションと呼ぼう。……アニメ化しないかなぁ」

 文字の羅列、いや洪水に辟易へきえきしえいると、“執筆者”が話しかけてきた。

『そなたの足下に、そなたが欲するものがある』

 足下?

 カレンは足下を見た。厚手の絨毯が敷き詰められている。絨毯は床全体を覆う一枚物ではなく、タイルの組み合わせになっていた。

 一枚のタイルを剥がすと、大理石が出てきた。大理石には、霊骸鎧の墓標が刻まれていた。

(なんで霊骸鎧の墓がここに? ガルグがこの部屋を建てるとき、資材に紛れ込んだのかな?)

 疑問は置いといて、霊骸鎧を呼び出した。

「いでよ、“代読者ストーリーテラー”、汝の名前は、イザン・カザン」

 青い煙とともに、霊骸鎧“代読者”が現れた。カレンの二倍は背丈がある。眼鏡をかけていて、身体は枝のように細長く、鉄のような輝きを放っていた。

翻訳眼鏡リーディンググラス”は、どんな文字でも読める。

「カレン・エイル・サザードとして命じる。この本を読んでほしい」

“代読者”は“翻訳眼鏡”を調整して、“アーガスの書”を凝視した。細い腕を伸ばす。素早い指の動きで頁をめくっていく。

 もう片方の腕で、カレンの額に触れた。節くれ立った指の冷たい感触に、カレンは身体をふるわせた。

 世界は暗くなった。背後に、巨大な穴が存在している。目を閉じていて見えないが、カレンには分かった。

 背中から吸い込まれていく。 

        2

 カレンは、空に浮かんでいた。

 鳥になったかのように、巨大な大陸を見下ろしていた。

 木々が生い茂り、川が流れ、大陸は、人の形となった。

 子供が作ったような泥人形、いやわら人形にも見える。

 人形の頭が金色になった。次に胸と腹が銀になり、下半身が銅になる。

 三つに分かれた人形の身体は、色のそれぞれに、王様が立っていた。

 金の王様は十二人に分かれたが、また一つに戻った。

 金の王様と銀の王様が手を取り合うと、一個の大きな王様になった。

 大きな王様は銅の王様まで攻め行って、最後は、一つに王様になった。

「なんだこりゃ?」

 カレンは声を出した。悪い夢でも見ているようだ。

「“代読者”。今、僕は君の能力で本の世界に入っているんだよね? でも、ワケが分からない。頭が内容に従いていけない」

 カレンは、“代読者”に聞こえるように喋った。この世界から離れようと藻掻もがくが、手足が動かない。

「“代読者”、この本が最後どうなったかだけを見せてよ。いや、読ませて、が正しいかもしれないけど」

 鉄の腕が、どこともなく現れて、カレンの顔に迫った。

 カレンは反射的に目を閉じると、冷たい指の感触がカレンの額に伝わった。

 カレンは、背中にできた巨大な穴に吸い込まれていく。 

 目を開くと、カレンは荒野に立っていた。

 赤土に覆われた不毛の大地であった。大地は、周囲は低い丘に囲まれていた。

「ここは……ヴェルザンディ?」

 城から離れた場所のどこかだろう。来た経験がないが、カレンには分かる。

 大地の中心に、二人の人物が向かい合い、立っていた。

 二人とも、霊骸鎧であった。

 一体は、白と銀に光る霊骸鎧……カレンの“最終勇者ラスト・ワン・スタンディング”である。

 もう一体は、全身が黒ずくめの霊骸鎧だ。両の瞳から血の涙を溶岩のように流している。

 海底都市で、ナスティと一緒にクルトから逃げ回っていたときに見た記憶がある。

 二体の霊骸鎧が、衝突した。

 爆発が起きる。

 黒い霊骸鎧が爆風に吹き飛ばされた。

 霊骸鎧の破片が、荒れ果てた大地に散らばる。

 荒野の一角に、骨が散乱している箇所があった。

 黒い霊骸鎧の破片が、骨に触れると、骨の周囲に血が走り始めた。

 血が走ったところに、肉が付いてくる。眼球が生まれ、髪が生える。骨は、一人の人間……男になった。

 男は裸で、カレンにとっては見知らない人物だった。

 男が立ち上がると、何かを叫んだ。叫んだ先には、見慣れない女が裸で走り寄ってくる。

 女は笑顔で涙を浮かべていた。男も同じく喜びで泣いていた。

 男女は抱き合った。

 映像が切り替わる。

 空には、一体の龍が飛んでいた。

 カレンは目を覚ました。

“執筆者”の筆を走らせる音が、静寂な書斎に響いている。

「なんなんだ……? “最終勇者”って、僕だよね? 僕があの黒い霊骸鎧と戦うの? 意味が分からない。本って、難しい」

 カレンは“アーガスの書”を眺めた。

“代読者”は首を傾げている。

「ねえ、“執筆者”。今書いている本は読ませてくれないんだよね? だったらさ、前の話とかない?」

『……私の後ろの棚を調べるがよい』

 本棚を指さす。厚い本が並んでいる。位置が高く、台が必要だったが、背の高い“代読者”に一冊を引き抜いてもらった。

 早速、“代読者”に額を触れられる。

 カレンは顔をしかめた。能力は強力だが、冷たい指の感触が苦手である。

 カレンが目を開くと、そこは、赤い土に、赤い夕暮れが照らす、どこかの城壁であった。

 一人の若い男が、剣を抱えて座っていた。

 虚ろな目で、一点を見つめている。

 周りには、兵士たちが力尽きて倒れていた。ある者は、地べたに眠り、ある者は、壁に寄りかかって眠っていた。 

 場面が切り替わる。

 城は、丘の上にあり、敵の大群が丘に殺到していた。

透明の輝きをした身体を持ち、透明の剣と盾を持った巨大な霊骸鎧“水晶騎士クリスタルキング”が敵の兵士を相手に、剣を振り回していた。

 水晶でできた身体は、矢や剣を受け付けない。

 敵の霊骸鎧が指から、稲光のような力を飛ばした。稲光が“水晶騎士”の腹に命中したが、水晶の身体に吸収され、中で激しく跳ね返ったかと思うと、消えていった。

 座っていた剣士が、目を開いた。

 立ち上がり、走り出した。

 城壁を飛び越え、赤い煙とともに霊骸鎧となって、戦場に消えていった。

「やっぱり意味不明だ。やめやめ。次だ、次」

 カレンは“執筆者”の書斎に戻った。

「もっと分かりやすそうな奴……」

 本棚を凝視した。

『そなたが最も興味ある本は、これかもしれぬ』

“執筆者”が自由な片手で、後ろの一冊を指さした

「“ナスティ編”……?」

 ナスティの名前が書いた本があった。カレンは喜びの悲鳴をあげた。

「それだ、それ。これが読みたかった」

 焦る気持ちを抑え、“代読者”に“ナスティ編”の世界に入れてもらった。

 緑豊かな山道を、馬車が通る。

 馬車の周りを、護衛している者たちがいた。

 馬車の窓から、頭巾をかぶった女の子……カレンには分かった……が、顔を出し、外の様子をうかがっている。

「あれがナスティなんだね。……期待!」

 カレンは夢の世界で喜んだ。馬車の中に飛び込みたくなったが、本の世界では無理だ。

 夜になった。

 大人たちが焚き火を囲んでいると、頭巾のナスティが、警戒した様子で馬車から飛び出ていった。 

 大人たちに気づかれると、困るらしい。

 隠れながら、キャンプ地から離れる。

 ナスティが誰かの手を取る。

 二人は、走った。

 大人たちから逃げていった。

 追いつかれない距離で、ナスティが頭巾を外した。

 美しい金髪をした少女だった。金色のクリームが流れたのか、とカレンは誤解した。

 少女があまりに美しかったので、カレンは息を呑んだ。思考ができないほどになったが、我に返った。

「ちがう、この子はナスティじゃない」

 カレンは手を振った。誰に手を振ったのか分からないが、冷静でいられないほど、少女は美しかった。

 クリームの女の子が、手を引く相手は、黒い髪をしていた。

「この子がナスティだ」

 カレンは胸を鳴らした。ようやく、ナスティと再会できる。

 だが、黒髪は男の子だった。

「ナスティとは雰囲気が似ているけど……違う」

 カレンが落ち込んだ。気を取り直して、“代読者”に命令した。

「“代読者”、早回し。僕の知っているナスティが出てくるまで、飛ばしまくって!」

 世界が速く進む。肉眼では捉えきれないほどの速さになった。

 だが、最後までナスティは現れなかった。

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