表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
4/168

【異 形 な る 存 在】

続きです。



        1

 ゲントおじさんは小舟を海岸沿いに進めた。

 切り立った断崖から、白い鳥たちが飛び立っていく。青い空に向かって飛ぶ鳥の群れが、青い大海原に影をつくっていた。

 カレンはゲントおじさんのタイミングに合わせて(かい)を手に漕いだ。波は穏やかで、日差しが強い。カレンは額から流れる汗を拭く暇もない。

 小舟から砂浜に立ち寄った。小屋が見える。

「今日はここに泊まる。一泊して、明日の早朝に出かけるぞ。そうすれば、待ち合わせ場所と時間に間に合う。……カレン、水を汲んできてくれ」

 桶を渡される。ゲントおじさんが山を指さした。先には、岩場から小さな滝が流れている。

 桶を両腕で高く持ち上げ、滝の水を受けとめた。 

「そういえば、仕事を紹介するって言ってたけど、事前に何も伝えなくても大丈夫なのかな? いきなり行って追い返されたりしないかな?」

 カレンに疑問が湧いてきた。滝の水が溜まるたびに、内部の不安が溜まっていく。

 近くでゲントおじさんが、木を切り倒している。

 カレンは疑問をぶつけた。ゲントおじさんが早口で応えた。

「大丈夫だ。お前を連れて行くだけで話が伝わる。だから、心配するな」

 目をあわさない。

「へぇ、そうなんですか」

 言葉では納得はしたものの、どこかおかしい。ゲントおじさんが慌てている。

(断ることができるぞ。カレン。ここで)

 声が聞こえる。斧を借りて、薪集めを手伝う。

(帰った方がいいかな?)

 木を打ちながら、カレンは「声」に聞き返した。斧の扱いは得意だ。腰を入れて、真横より少し斜めに斧を振る。

(お前が心配ならな)

 「声」が返事をする。

(オズマが心配だ。だから、やる。引き返さない)

 カレンは決意を揺るがせなかった。

 地面が揺れる。最初、木が倒れたせいかと思った。足下に桶を置いているが、貯まった水面が揺れ始めた。

 地震だろうか?

 違う。

 カレンは、この感覚を知っている。 

 空を見る。白い雲が広がる、青い空だ。

 一瞬だけ、空がオレンジ色に染まった。

 空は青さを取り戻したが、遅れて轟音が響く。

 大地が激しく揺れた。

 上空から音が鳴る。

 雷鳴かと思った。どうも違うみたいだ。

 木と木と間から、空を浮かぶ、その存在が見えた。

異形なる存在(ザ・ビーイング)】。

 人々は、そう呼んだ。

 この世とは思えない物体が、空を飛んでいる。カレンには、巨大な鯨に見えた。カレンは鯨の絵を見たので、鯨を知っている。普通の鯨とは違って、尾にはヒレがなく、かわりにイカやタコのような触手が生えていた。

 鯨の巨大な口から、オレンジ色の煙を噴いている。 

 ゲントおじさんが、地面にひれ伏した。

「神様、神様。お許しください、我ら罪深き人間の子らを、神の国に連れて参られぬようお願い奉ります。……」

 不気味な呪文を唱え始めた。ゲントおじさんの異様な行為にカレンは動揺した。

 ゲントおじさんが横目で、カレンを睨んだ。

「お前も頭を下げろ!」

 カレンもゲントおじさんにならって地面にひれ伏した。

 カレンは目をつぶってやりすごした。

 大人はときどき意味不明の行動をするものだ、とカレンは自分を納得させた。

【異形なる存在】が真上を通過すると、呼応するように地面が響いた。悲鳴のような地響きは、女のように高くもあり、男のように低くもあった。

「なんだろう……この感じ」

 カレンにとって、【異形なる存在】は、これが初めてではない。

 生まれてからこれまで、何度も目撃している。母親のリリアンから「目をあわせてはダメ」と注意されていたが、母親に隠れてよく観察をしていた。

 今日は初めて違う感覚に陥った。

 熱い。

 異様な暑苦しさを感じた。煙突のない小屋でする焚き火のような、行き場のない熱気。

 熱気が放出されている。その熱風は、まるで人の感情である。声にはならない声。

 地響きと共鳴している。一つの曲を奏でている。

 目を閉じると、人間の骸が見える。人間だけではない、獣の死骸、枯れた木々、死んだ魚。かつては生命を持っていた者たちが混ざりあって、一個の物体を形成している。物体は坂だ。天まで続く巨大な道だった。

 坂道の上を見た。

 髪の長い女が立っていた。

 髪の色は、金色に見える。いや、銀髪にも見える。

 女がカレンの存在に気づいたのか、振り返る。

 目が合った。

「どうか行ってくださったな」

 カレンは現実に戻された。ゲントおじさんは立ち上がり、埃を払っていた。両脚は震えている。蛇の横行から命拾いした小動物のようだ。とカレンは思った。

 次の日になった。

        2

「着いたぞ」

 ゲントおじさんが海岸に小舟を近づけさせた。

 木造で頑丈そうな巨大な船が三隻、停泊していた。

 側面から、大量の櫂が飛び出ている。毛虫のようだ、とカレンは思った。大量の人間と物資を一度に輸送できるだろう。カレンは、商品が所狭しと敷き詰められた二人乗りの小舟と見比べた。

 カレンが桟橋(さんばし)に縄で小舟を停泊させた。ゲントおじさんが丘を登る。

「ここが街……?」

 丘を越えると、建造物の集合にぶつかった。

 建造物は、家だった。家には屋根も壁もなく、骨組みがそのままになっている。かつて住人だった者の姿はなく、現在は草木の占領下にあった。

 骨の家の一つに、草木が刈り取られている場所があった。男たちが焚き火を囲っている。何かを話している。男の一人がカレンたちに気づいた。ゲントおじさんが、手を振って挨拶をした。

 カレンに「そこで待っていろ」と命令し、焚き火を囲っている男たちの輪に入った。

 カレンを見ながら、何か小声で会話をしている。 

 ゲントおじさんが銀貨を数枚受け取り、頭を下げた。

 小走りにカレンの元に戻ってくる。

「ゲントおじさん、あの人たちは誰?」

「お前に仕事を紹介してくれる方たちだ。愛想良くやれよ」

 早口に説明すると、懐に財布をしまった。

「じゃあな。達者でな。元気に働けよ」

 カレンの肩を叩く。

「帰っちゃうの?」

 カレンの質問を無視するかのように、小走りに去っていった。

 丘から見おろすと、ゲントおじさんは小舟で海岸から出ていった。

「君がカレン君だね。こちらにどうぞ」

 背後から、焚き火の男たちに声を掛けられた。

「はい、僕がカレン・サザードです。シグレナスの皇帝になる予定です。どうぞ宜しくお願いいたします」

 カレンは頭を下げた。男たちが顔を見合わせて、笑った。

「なかなか面白い子だ」

「将来、有望だな」

「よっ。未来の皇帝陛下!」

 カレンは()められて、少し恥ずかしくなった。

 船に案内された。丘を降りていく。

 カレンは、男たちに従いていった。数人がカレンの背後に回った。取り囲まれている。囲む対象が焚き火から自分に移ったと考えると、カレンは多少楽しくなった。後ろ姿から、前の男の顔が見えた。

 どうも人相が悪い。

 中には、フードを被って顔を隠している者もいる。

 桟橋に着いた。

 この巨大な帆船で、新しい生活が始まろうとしている。

 男の一人が、カレンに手を差し出した。日焼けして岩のように堅そうな指をしている。

「荷物を預かってあげる。航海の邪魔になるからね」

「それは親切にどうも」

 カレンが銛と魚カゴとバッタの入った虫カゴを、男に渡した。

「腕を出してくれないか?」

 男の注文が続く。カレンには、男の意図が理解できない。もう一度聞き直したが、男は「両腕だよ」と、笑顔を絶やさなかった。

 カレンは男の顔を見た。左の眉毛に傷跡がある。刃物を受けた痕だ。

 両腕を出す必要性が、理解不能である。

 だが、これも都会の人間ならではの儀式なのかもしれない。

 あまり、人を疑うものではない。

「はい、どうぞ」

 カレンは男に向かって両腕を突き出した。

 シグレナスの皇帝たる者、民心を裏切ってはならないのだ。

「目を閉じて」

 カレンは言われるまま、目を閉じた。

 なにかの音と、衝撃を両方の手首に感じた。目を開くと、手首を穴の空いた板で固定されていた。二枚の板を、金具で張り合わされている。

 手錠!

 さすがのカレンも異常事態だと分かった。

「これはちょっと趣向が変わっておりますな」

 カレンは手錠を眺めた。金具を外せば、簡単にとれるが、はめられた側の手の届かない位置にある。

「なかなかの機能的なデザインをしていますね」

 カレンは感想を述べた。

「大きな船だからな。落ちないように両手首を縛りつけるんだ」

 傷の男が説明する。周りの大人たちも笑った。

「あれ、みなさんには不要なんですか? ……船から落ちちゃったら大変だ」

 カレンの皮肉に、大人たちは凍りついた。カレンは首に衝撃を受けた。「てめぇ、奴隷の分際で何をほざいてやがる!」

 節くれ立った、指の骨っぽさが、カレンの首に食い込んでいく。

 カレンは脚をバタつかせたが、なんの抵抗にもならない。

 フードを被った男が、手で制した。

「トニー……。出航の時間だ。最近、この近海に海賊が出るという。予定はなるべく早めた方がいい」

 人の声ではある。金属が擦り合うような響きである。トニー、とは今カレンの首を絞めている奴の名前だろう。

 トニーが手を離すと、カレンは桟橋に着地した。乱れた呼吸を整える。

「さっさと行け!」

 トニーが蹴る仕草をした。蹴られない位置を保って、カレンは船の中に歩いていった。

「……この僕が奴隷だって。ゲントおじさんめ。騙したなー。今度、会ったら、とっちめてやる!」


続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジー感すげぇ [一言] ゲントてめー騙したなっ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ