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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
38/173

墓守

        1

「こちらの馬車にお乗りくださいませ」

 大宰相に、馬車を勧められた。

「僕が乗ってもいいんですか? さっきまで遭難していたので、全身が汚れています」

「問題ありません。貴方様は国王陛下のお客様なのですから」

(おたくの王様から招待状をもらってないけどなあ)

 先ほどから驚いて口が閉まらないムグサとザイリックを後目に、カレンは馬車の内部に入った。中の木材は塗装されて、どこか良い香りがする。

 大宰相が真横に座る。

 大宰相の服装が立派である分、自分の身なりが恥ずかしかった。

 馬車が動き出した。

 大宰相の横顔は、女性にも見える。

 知らない人に従いて行っちゃだめ、と母親の発言を思い返した。

(勢いに圧されて、従いて来ちゃったけど……。どこかで会った気がする……)

「大宰相……」

「どうぞ、私を大宰相ではなく、バロンとお呼びください」

「バロン……。大宰相はこの国で二番目に偉いですってね。シグレナスでは皇帝が一番偉く、二番目に偉い執政官と同じなんですか?」

「執政官をご存じとは、勇者様は博学でおられる」

 大宰相バロンが歯を見せて笑った。老人にしては歯が白く綺麗だった。

「勇者様。国王陛下の下には、軍法官と内務官がおりまして、実務は彼らが執り行っております」

「シグレナスの執政官は二人いると学びました。軍法官と内務官が、シグレナスでいうところの執政官なのですね?」

「そうです。大宰相とは、臨時の職であります。国王陛下がご不在の際に選ばれます。軍法官と内務官の意見をとりまとめ、国王陛下には後で報告をさせていただいております。つまり、私め大宰相は、伝書鳩にすぎません」

 バロンが、豪快に笑った。

 カレンには、ガルグが両手から光を放出して、アポストルや貝殻頭たちを焼き払っている映像が思い浮かんだ。

(ガルグは外出ばかりで、国にあまりいない感じがする。臨時職といっても、長い間、大宰相をやっているのだと思う。このバロンがこの国を切り盛りしている感じがする)

 バロンを横目で見た。バロンは、謙遜している。

(ガルグに信頼されている人なんだな)

 詳しい経歴は知らないが、安心できる人物である。

 馬車内に真正面には木の壁が遮っていて、格子があった。格子から御者の後頭部が見える。トニーよりも少し年上の男だった。

 馬車内部の側面には、のぞき窓があった。一枚の板で、指で軽く押すと外が見える。

 街道沿いに、光る物体が見えた。近づくにつれ、霊骸鎧オーラ・アーマーの墓だと分かった。二つ並んでいる。

 通り過ぎた後でも、カレンは目を追った。

「気になるものがありますかな?」

 バロンが優しく問いかける。

「はい。霊骸鎧のお墓がありました」

「では、ご覧になられましょう。勇者様は、霊骸鎧を呼び出すことが得意、と聞いております」

 バロンが御者に命じて馬車を止めさせた。

 自分の情報がすでに共有されていると分かり、カレンは肩をすくめた。

 馬車から降りて、霊骸鎧の墓を指でなぞる。

「“刀匠ソードスミス”……キリュウ・ミフネ。“御馳走フード・スプレッダー”……アラン・バルトルラン」

 霊骸鎧の名前と、呼び出し方を暗唱した。後ろから、バロンが声を掛けてくる。

「お二人ともご立派な方でした。私たちがヴェルザンディに踏み入れる前に命を落としになられた……。人類のために命を懸けた人たちでした」

「お知り合いだったのですね」

 バロンを見た。

「キリュウ・ミフネ様の霊骸鎧は“刀匠”。武器を無限に創り出します。アラン・バルトルラン様の霊骸鎧は“御馳走”です。能力は、“軍用食レーション”を生み出します」

「二人とも強力な霊骸鎧ですね。もっと早く仲間になってくれれば良かったなぁ」

 単純な戦闘能力を持った霊骸鎧も必要だが、戦闘以外で役に立つ霊骸鎧も必要だとカレンは考えるようになった。

 もう一度、墓を見る。

「この墓は、誰が、どんな経緯で建てたのかしら? 墓を建てたかったら、普通の墓でもいいのに」

 カレンは、無意識に疑問を口にした。 

「ジョナァスティップです」

 バロンが静かに応えた。別にバロンに質問をしたつもりはないが、カレンは聞き慣れない単語に驚いた。

「……ジョナ? 誰ですか?」

「ジョナァスティップとは、この国の言葉で“墓守”という意味です」

 カレンの頬を風がかすめた。涼しげで心地の良い風であった。

「ジョナァスティップとは……どこかで聞いた覚えがあるような……。“墓守”……」

「霊骸鎧になった人たちは、死ぬと遺体が残りません。霊骸鎧を忘れないように、死んだ場所で墓を建てるのです」

 レミィが死んだ記憶が甦る。黒い砂となって、風に吹かれていった。

「バロンさんの霊骸鎧は、どんな感じですか?」

 話題を変える。死について考えたくない。

 バロンは静かに応えた。

「……私は霊骸鎧に変身できません」

 意外だった。ガルグの友だちなら、全員が霊骸鎧に変身できると思っていた。

「もう霊骸鎧に変身できる人は、国王陛下と勇者様……貴方様のみとなりました。もう一人いましたが、さきほど葬儀を済ませました」

「葬儀の帰りだったのですね。誰か死んだのですか……?」

 大宰相バロンは応えなかった。

 カレンとしては、追及したくなかった。

 死の話題は、ナスティを連想させるからだ。

 墓を離れ、馬車に戻る。

 馬車の車輪が目に付いた。車輪が、道の切れ込みに挟まっている。車輪をくわえこんだ切れ込みが、街道内部の左右を走っていた。

「道の切れ込みは、車輪を走らせるための線路だったんだ……」

 カレンたちを乗せて、車輪が回る。

 城をいただく丘の周りに、石積みの城壁があった。城壁の中央に、門がアーチを造って構えていた。

 馬車が、門の前で止まる。

「ここから徒歩となります」

        2

 大宰相バロンが、馬車を降りた。カレンも後に続く。

 人と人が行き交い、人々の交わす声に混ざって、商品が飛び交う音が聞こえる。生活の音が、鼓動する心臓のようにカレンは感じた。

 大通りには、多くの人々でひしめき合っていた。大通りの左右には、高い建物が並んでいる。

 出店が道を更に狭くしていた。出店には、あご髭の男が魚を売っている。男の熱心な売り込みに対して、身体の細い中年の女が頬に指を当て、冷めた態度で魚を買うか買わないか迷っていた。

 子どもが三人、人々の隙間をくぐり抜けて、疾風のようにカレンの横を通り過ぎた。

 城壁の裏側に、馬車が納まるほどの囲いがあった。御者が馬を引いて、馬車を止めている。

 停泊所の反対側には、石積みの詰め所があった。ザイリックら兵士たちが中に入っていく。

「兵士たちは、従いてこないのですね」

 カレンは後ろを振り返って訊いた。

「兵士を街の中に歩かせてはいけない決まりです。武器をもった兵士たちは、市民たちを怖がらせてしまうからです」

「兵士たちは街に入れないのですか?」

「もちろん、兵士たちも立派な我が国の民ですからね。武器庫に武器を預ければ、兵士たちも街の中で過ごせます」

 兵士たちの代わりに、平服を着た若者たちが詰め所から現れた。大宰相バロンとカレンを取り囲む。バロンの歩幅に合わせて、進む。

「護衛です。強盗も殺人もない国ですので、必要ないのですが。軍事訓練を兼ねているのです」

「大変ですね、兵隊さん」

「この国では兵役に、給料が支払われます。軍役を経験すれば、大学の授業を無償で受けられるので、若者の多くが軍人になりたがります」

 バロンの説明に、カレンは従いていけなくなった。

(またジュギョウか。この国の人たちって、本当に不思議な言葉を使うよね。おじいさんと一緒に歩いているだけで、お金がもらえるってこと? よく分からないなぁ)

 基本的には、坂道だった。カレンの疲れた身体に、傾斜は辛い。カレンは自分の膝に手を置いて、歩を進めた。丘の上に城があるのだから、仕方がない。

「バロン。貴方のような偉い人が歩くなんて、意外です」

 バロンの後を追いかける。

「身分は関係ありません。馬車が道の真ん中を進むと、渋滞を招いてしまいますから。これも、すべて民のためでございます」

 歩く、というより、行列を待っている感覚だ。目の前にいる老人が、木で編まれた籠を見ようと、雑貨屋の前で足を止めた。この老人が買い物をするか、飽きるかしない限り、カレンたちは先に進めない。

「国王も、歩くのですか?」

「国王陛下であっても、歩いて移動します。むしろ、国王は喜んで歩いておられました。民の生活が上向きになるたびに、お喜びになられました」

 バロンの説明に、カレンは違和感があった。だが、バロンは話を続けた。

「街中を馬車で移動してよい者たちは、商人のみです。その商人たちも、早朝と日暮れのときでなければ、馬車を動かしてはいけません」

 障害物と化していた老人が、カレンたち……とくにバロンに気づいた。申し訳なさそうな態度で道を開ける。

 バロンが手を振って、通り過ぎる。

 一人が道を開けると、他の人々が道を開けた。

 誰もが穏やかな顔つきで、嫌がる人はいなかった。

(このバロンという人は、慕われているな……)

 カレンは、思った。ザイリックとムグサに平伏されても、一切、威張っていなかった。むしろカレンに平伏してきた。

 野菜が置かれた出店の横を通る。

 若い女が、編まれた籠に、野菜を入れていく。

 店主に、なにか奇妙な文字が描かれた紙を渡した。

「あれは、なんでしょう? 芋と紙を交換したようですけど」

 カレンは横目でバロンに質問をした。

「銀札です。この国では銀が不足しているので、紙幣をお金の代わりにしています」

「お金の代わりに紙……? 破れたら、大変ですね」

「破れたら、お城で交換します」

 カレンは理解できなかった。

 紙切れがお金の代わりになる……?

「僕だったら、本物を書き写して、いっぱい作っちゃうな」

 カレンは、自分の考えを言葉にして、紙幣の弱点を笑い飛ばした。

「我が国の民に、偽造を働く者はいません」

 バロンは穏やかに応えた。我ながら空気を読まない発言だったと、カレンはバロンを怒らせていないか心配になった。

「おたくの国王は厳しそうですからね」

 ガルグの厳格な顔つきを思い返して、カレンは自分の頭を掻いた。ガルグを怒らせたら、普通の人間なら跡形もなく消されそうである。

 出店が立ち並ぶ区域が終わった。

 坂道の傾斜が強くなっていく。

 これまでは高い建物が多かったが、丘の上を登れば登るほど、建物の高さが低くなっていった。 

 木でできた、大きな箱が置かれていた。箱は大人の男性ほどの高さで、女の子と、その弟らしき男の子が見上げていた。

 女の子が箱の穴に銅貨を投げ込む。箱の中央には小さな空間があって、そこにお椀を置いた。

 お椀に、黄色い液体が注ぎ込まれていった。カレンには、箱が吐瀉物でも吐いているのかと思った。

「バロン、あれは何ですか? あの箱の中に生き物がいるのでしょうか?」

 カレンは質問した。バロンは、笑って応えた。

「あれは、自動販売機です。中には、冷えた果物がありまして、貨幣を投げ込むと、重みで、中の果物が押し潰される仕掛けになっています」

 女の子が弟にお椀を渡す。男の子が半分を飲んで、女の子にお椀を返した。

 女の子がお椀に口を付け、残りを弟に渡す。

 カレンは二人のやりとりを見ていて、ナスティとレミィの二人を思い返した。

(ここは、ナスティとレミィが育ったヴェルザンディ……。二人はあんな感じで子ども時代を過ごしたのだろうか。……すごいよ、オズマ。自動販売機だって。……君を連れて来たかった)

 都市の生活に憧れていたオズマの気持ちが分かった。

(でも、オズマを連れて行ったら、喜びすぎて死んじゃうかもしれない)

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