表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
36/173

        1

 貝殻頭シェルヘッドたちが茂みを隔てて、上半身だけ見せている。顔は犬や、海藻を思わせる様々な形状をしていた。

(襲いかかってこない……? なぜだ?)

 ただカレンを眺めている。

 お互いに顔を見合わせた。言葉を出さず、お互いの顔色をうかがっている。

「待ちなさい!」

 女の声が聞こえる。

「ジョムディラ」

と、貝殻頭たちが道を開ける。

 蜘蛛の顔をした貝殻頭だった。

「その子は、怪我をしている。殺してはいけないわ」

 ジョムディラが自分の母親より、一回り上くらいの年齢だとカレンは考えた。

 犬の顔をした貝殻頭が、反論する。

「だが、人間の子供だぞ。村の中で死なれては、我らの罪が問われるかもしれぬ。このまま、村の外に放っておくべきだ」

 蜘蛛顔のジョムディラは、深く考える仕草をした。

「家の前にいる人間は、どうするの? 逃げて、城に密告するかもしれないわよ。私たちが、この子を見殺しにした、と」

 城!

 城とは“魔王城”だと、カレンはすぐに理解した。

 ジョムディラの質問を受けて、貝殻頭たちは、お互いに小さい声で言葉を交わし合った。

「ならば……」

と、貝殻頭の一体……犬顔が代表して発言した。

「あの人間も殺すまで!」

と、言葉が続くだろう、とカレンは考えた。口の中で苦みが、にじみ出る。自分のせいで、トニーも死なせてしまう。

 だが、貝殻頭の提案は、カレンの予想を超えていた。

「ジョムディラよ。この人間の子どもを、お前の家で、お前が治してやれ。もし、子どもが死ねば、お前の責任だ。死体もろとも、お前を城に引き渡す。……いいな?」

 カレンは驚いた。これまでの貝殻頭とは全く違う反応であった。

「わかったわ……。この子を家まで運んで」

 組み合わされた木の板ごと、カレンは持ち上げられた。

 揺れる……。揺れが腹痛に影響を与える。

(もっと優しく運んで!)

と、文句をつけたくなったが、余計な発言は命に関わるので、控えた。

 トニーは解放されていた。

「貴方も、私のお家に入りなさい」

 ジョムディラがトニーに話しかける。

 木の小屋で、文化的とはいえないが、雨風から身を守るには十分だった。木造の家具に、粗末な皿や椀が置かれている。

 奥の部屋に連れて行かれた。寝台には、わらが敷き詰められていた。

 柔らかい藁に背をつけると、カレンの腹痛が再開した。危機は去ったと、カレンの身体が安心したのだ。

「僕の身体は、どうなったのでしょう?」

 カレンがジョムディラに話しかけた。

 蜘蛛の顔が、カレンの身体を観察している。カレンは身体を隠した。

 顔が蜘蛛なので、表情がよく分からないが、カレンの下半身を凝視している。

「恥ずかしがらないでいいの。みんな、誰しもが体験するのだから。着ている物を脱ぎなさい。私の服を貸してあげる」

 優しい口調だった。汚れた衣類をジョムディラに渡し、ジョムディラの服を受け取る。サイズが大きい。

「時間が経てば、痛みは引いていくから」

 ジョムディラが何かを考えて、部屋の外にいるトニーに注意した。

「お兄さん、今からは、こちらの部屋には入らないでね」

 ジョムディラが、皿を運んでくれた。

 豆と芋を茹でて潰して混ぜた何かが盛られている。

 カレンは顔をしかめた。

(腹痛なのに、食べられないよ)

 トニーが美味そうな音を立てて、皿にかぶりついている。

 隣人の食事は、美味しそうに見える。カレンも豆や穀物の潰れた何かを丸めて、口に運んだ。

 甘く感じた。

 一口を運ぶと、さらに一口が欲しくなった。

(美味しい。止まらない……?)

 腹痛であるならば、食欲はなくなるものだ。カレンはそう考えていたが、実際は違った。カレンは自分が飢えた犬のようになったかと驚くほど食べた。

 もっと食べたくなった。食事は、腹痛の苦しみを忘れさせてくれる。

 何かの罠だろうか? と疑うほど美味かった。ジョムディラが食べ物に何かを盛ったのだろうか?

 ジョムディラが「もうない」と答えると、眠くなってきた。今はとにかく眠たい。

 カレンは仰向けになった。寝台の藁は柔らかく暖かかった。

 目を閉じると、ジョムディラの声が聞こえる。

「さあ、しばらく身体を休ませなさい。ここは、アポストル最後の村。誰もアナタたちに危害を加えません」

        2

 寝覚めがよい。

 カレンは寝台から飛び降りた。

 悩まされていた腹痛がおさまり、汚物も出てこなくなっていた。

 体操をする。

 ジョムディラたち貝殻頭の村にやってきてから、数日が、経った。正確な数字など、カレンは数えていなかった。腹痛と眠気と豆料理の日々であった。

 豆と芋の潰れた何かを手で丸めて、口に運んだ。

 驚くほど、食欲が安定している。腹が痛かったときは、食欲が抑えきれなかった。

 食べ終わったあと、カレンは顔をあげた。

「おばさんは、お医者さんなの? もうお腹は痛くない。おばさんの予言通りになった」

 時間が経てば、治る。

「ちがうわ。ただの女よ。……女だったと答えるべきかもね。男には分からない事情があるのよ。女だから知っているだけ」

 女しか知らない事情。

 カレンは、ジョムディラが子どもの看病をしている様子を想像した。

「女だった……? おばさん、子どもがいたの?」

 貝殻頭の子どもを想像できない。 

「アポストルは子を産めないの。私も昔は人間だったけど」

「貝殻頭……アポストルって、人間から成れるものだったんですね」

 カレンは、海底都市にいたクルト、イドルトといった貝殻頭を想い起こした。

(クルトたちも人間だった……? ガルグと知り合いだったようだし……貝殻頭の中には、元人間が混じっている……ということかな。でも、妙だな。子どもが産めないのなら、どうやって数を増やすのだろう?)

 頭の中で疑問が渦巻く。

「愛する人がアポストルだったから、一緒になりたくて、アポストルになったの」

 カレンの疑問にかすった回答が返ってきた。

(人間が貝殻頭になる方法がある……? どんな方法か知らないけど、貝殻頭たちは数を増やしているのか……?)

「人間だったから、人間の身体について分かるの。アナタの身体は、これまでと違うの」

 ガルグも似た発言をしていた。

霊力オーラと身体の間には、強い関係にあるって、誰かが言っていました」

 カレンはあえてガルグの名前を伏せた。ガルグが“魔王サタン”であるとカレンは確信していたし、あえてガルグの名前を出す必要もないと考えたからだ。

「身体は霊力の発射装置である……」

 カレンの口から言葉が発した。カレンの意思を無視して、勝手に浮かんでくる。

「霊力が変化すると、霊力に合わせようと、身体は構造を変化させる。身体と霊力は、表裏、光と影の関係……」

 まるでガルグが自分の口を利用して喋っているようだ、とカレンは感じた。

 ジョムディラは首を傾げた。理解できない様子だ。

 ジョムディラは発言をする前に考える癖がある。

 一週間近く、同じ家で生活をしていて、カレンは気づいていた。

 頷いて、言葉を発した。

「そうね。難しくてよく分からないけど、今のアナタの身体は、以前とは変わっているわ……」

 身体が変わっている……。

 ジョムディラは、カレンの食べ終わった皿を下げた。

「それにしても……」

 カレンは部屋の中を観察した。

 ただの木を組み合わせた小屋である。台風でも来たら吹き飛ばされる様相が思い浮かぶ。

 もし、この村に侵略者が現れたら……侵略者とは、ガルグの姿を想像した……一瞬にして蹂躙されそうである。

「近くに“魔王城”があるのに、よく攻めてきませんよね。“魔王”は皆さんを嫌いみたいですけど」

 カレンの疑問に、ジョムディラの動きが止まった。

「“城”から特別に自治を認められているの」

「自治? 自治とは、どんな意味ですか?」

「自分たちで、どう暮らしていくかは、自分たちで決めなさい。好きに生活していていいわよ、という意味よ」

「好きに生活していいって、けっこう“魔王”の支配はユルいんですね」

「“魔王”は気まぐれで、私たちの世話をする気などないのよ。怒らせなければ、“魔王”を私たちを襲ったりしない」

 ジョムディラの発言に、カレンは意外な印象を受けた。“魔王”の支配は恐ろしいものだと考えていたからだ。

 だが、ガルグの口癖……「知ったことか」……から、興味のない相手には、本当に興味がない性格だと分かる。興味がない、というか、むしろ相手の意思など尊重する気もないのかもしれないが。

「はじめ、ここに来たとき、皆さんに殺されるかと思っていました」

「アナタたち人間を襲うアポストルは、ごく一握りよ。ほとんどのアポストルは、私たちのように人目につかないところで生活をしているわ。……アナタたちは、どこから来た誰で、どこに行くつもりなのかしら」

 カレンは、ジョムディラの蜘蛛顔を見た。 

 数日経って、初めて気づいた。

 自己紹介が、まだだったのである。

 素性も知らない自分をかくまってくれた。カレンが体調が良くなるまで、自己紹介を待っていてくれたのだ。

(なんて優しい人なのだろう……。あ、人ではないか。元人間?)

 この村に来る前に、トニーは自分を茂みに隠してくれた。逃げようと思えば、いつでも逃げられたはずなのに。カレンは涙が出てきた。

(みんな、優しい。それに比べて僕は自分のことばっかりだ。少し強くなったからといって、威張りすぎだ。人と違う能力を持っているから、自分を偉いと勘違いしていた)

 内心では、ガルグよりも強くなった自負がある。だが、それでもカレンは、トニーやジョムディラの優しさに負けている気がしてきた。

「僕は、シグレナスから来た、ジョエル・リコといいます。相棒は、トニーです。……“魔王城”に行って、“魔王”に会うつもりです」

 外で何かが倒れる音がした。

 カレンは、貝殻頭たちが壁越しに聞き耳を立てていた、と分かった。

 ジョムディラは、冷静だった。

「やっぱり、そうだとは思っていたけど。……“魔王”に会って、どうするの?」

 今度は、カレンは返答を考える番になった。しばらく言葉を選んで答えた。

「僕はあの人に、返して欲しいものがあるんです。返して、とお願いするだけ。返してもらえないなら、在処ありかを聞き出します」

 カレンは、ナスティの事情を遠回しに表現した。ジョムディラがいつものように、少し考えてから答える。

「悪いことは言わない。“魔王”に会うのは駄目よ。取引なんてしてはいけないわ。……アナタは人間だから、ヴェルザンディに行っても、何もされないと思うけど」

“魔王”と言うと伝わる。

 カレンは不安になってきた。

 この不安の源は、なんなのだろう?

 ジョムディラは“魔王”を恐れている。

 恐怖の大魔王、という感じがする。

 だが、実際にガルグと会話した身としては、ガルグは恐ろしい人物ではなかった。

 ガルグは地図をくれたり、故郷に帰ることを勧めたり、毒を治してくれたりした。こちらにお願いをするとき、頭を下げていた。

 頑固で自分勝手で、こちらの言い分は一切却下するし、説明不足で子どもの名付けが下手な人だが、悪い人ではない。

「“魔王”は二重人格なのでしょうか?」

と、カレンは推理した。

「分からない」

 本当にガルグが“魔王”なのだろう?

 心配になってきた。

「“魔王”に名前があると思いますけど、何か分かりますか?」

「本当の名前……分からない」

 ジョムディラは苦しげに答えた。

「“魔王”は勇者シグレナスに倒された……と歴史で学んだわ。シグレナスが“魔王”を地中深く封印し、皇帝となって帝国を築いた。後の皇帝が地の底から“魔王”を甦らせた……」

 話をしながらも、ジョムディラの様子が奇妙だ。落ち着きがなくなっている。 

 体調が悪そうだ。

(“魔王”の話題は、貝殻頭たちにとって気分が悪くなるのかな?)

と、カレンは理解した。

「“魔王”のことは、本人に直接会って、問いただします。“魔王”の話は、この村では、もうしません」

と、ジョムディラを安心させた。

       3

 ジョムディラは小さな畑を持っていた。

 助けてくれたお礼に、とカレンは手伝った。

 まじめに働いて、村の中に溶け込んでいった。いつの間にか一番年下の孫のような扱いになっている。

 畑仕事をする一方で、カレンは貝殻頭の生活を観察していた。

 ひたすら農業に勤しんだり、読書したり、何か得体の知れない像を掘っていたり、それぞれ自分の生活様式に従って生きている。

 ただ同じ本を何度も読み返している者、一切食事もせず、荒れ地の上で空を見ている者、一日中、大量の水を飲んでいる者……。

 カレンにとっては、不気味な村だった。ジョムディラが解説する。

「アポストルは人間だったときの習慣を繰り返すの。過去の執着に囚われている……と表現するのだけど」

 だが、それぞれ別方向を向いた生活を送っていても、一日だけ行動と意思が統一された。

 貝殻頭たちは一週間に一度だけ“聖堂”に集まる。

 村の中央にある藁葺きの建物で、“聖堂”と呼ぶには、みすぼらしい外観だった。屋根の頂点に、奇妙な形をした金属が飾られている。

 カレンが中を見ようとしたが、ジョムディラに困った口調で拒否された。

「アポストルしか入ってはいけないの。……アナタも、私たちと同じアポストルになる?」

「貝……アポストルになる予定はないので……」

 カレンはジョムディラの蜘蛛顔を見て、断った。貝殻頭になる方法に好奇心を刺激されたが、二度と母親やオズマに会えなくなる気がした。

 貝殻頭の集会が始まると、木製の扉が閉ざされ、カレンとトニーは“聖堂”の外で待っていた。

 昼になると、“聖堂”での集会が終わった。

 貝殻頭の一人が話しかけてきた。

「“魔王城”に行くんだって? やめておいた方がよい」

 集会で、カレンが“魔王城”に行くと広まっていた。

「子どもの身体を二つに引き裂いて、それぞれの身体に、それぞれの頭を交換させた」

 ある者は、カレンに警告をした。

「子どもたちを荷台に詰め込んで、海に沈めた」

 子どもを虐待する趣向の持ち主らしい。

「女の首を絞めて、半殺しにして暴力を振るうらしい」

 女性に対しても容赦がない。

「美男子の脳味噌を好んで食べる」

 次々と貝殻頭からあふれれ出てくる“魔王”の悪口、罵詈雑言に、カレンは顔をしかめた。

(あのガルグから想像できない行動ばかりだ。貝殻頭が勝手に話をしているだけなのかもしれない。それほどガルグって、嫌われすぎだって意味なのかもね)

        4

 別れの日になった。

 貝殻頭の中に泣いている者がいる。別れを惜しんでいるのだ。

 食糧を手渡された。ジョムディラ得意料理の、豆と芋を潰した奴である。

 清潔な布を渡された。

「またお腹が痛くなったら、これを脚と脚の間に敷きなさい。いいわね」

(治っていなかったんだ、僕の病気……)

と、カレンは悲しい気持ちで受け取った。腹痛は再発するらしい。

 カレンはジョムディラにお返しをしたくなった。

「何かしてあげられることはありませんか? 僕が“魔王”に会ったら、ついでに文句の一つでも伝えてあげますよ」

と、ジョムディラを笑わせた。

「私たちアポストルは、ここで生活することに満足している。平和で安全な生活ができれば、それでいい。私たちはアナタたちほど強くない。そっとしておいて欲しいだけ……」

 カレンは優しい気持ちに包まれた。

 なんて、無欲な人(?)たちなのだろう。

「分かりました。……ありがとう。アポストルの皆さん、貴方たちの優しさを忘れないよ。“魔王城”で用事が済んだら、また顔を出します。さようなら」

と、アポストルの村を去った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ