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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
32/173

命令

        1

 砂煙が立ち昇る。

 青銅の拳が上がると、そこには何もなかった。

 カレンは上空に気配を感じた。

 空中を見上げると、砂煙の中から“聖女騎士パラディネス”……ナスティの姿が現れた。ナスティは“癒し手(ヒーラー)”を抱えている。治療が間に合ったのだ。

 ゼームは、周囲を見回してナスティを探している。だが、上空のナスティもまた、不可視のゼームを見えていない。

 見えない敵と戦うのは不利だ。たとえ怪我を回復しても、一方的に殺される未来しか考えられない。

 風になびくナスティのスカートを目にしながら、カレンは思考を巡らせた。

蛇姫スネイク”が、頭に浮かんだ。

 貝殻頭に追いかけられていた頃を思い返す。建造物の十字路で、“蛇姫”を歩かせた記憶がある。“蛇姫”が見ている映像が、カレンには見えていた。

(あのとき、僕は、霊骸鎧が何を見ているか分かっていた。それなら逆に、霊骸鎧みんなに、僕がゼームをどう見えているかを教えられないだろうか?)

 霊骸鎧と視覚情報を共有する。

 それには、どうしたらいいか? まずカレンは“蛇姫”の映像が見えたときの感覚を思い返した。

 このとき、カレン自身が“蛇姫”そのものになった感覚である。

(この反対をやればいいんだね。……僕の感覚を皆に伝える。皆に僕の感覚になってもらう) 

 カレンは目を閉じて、へその奥側で、自分の眼球に映るゼームの映像を浮かべた。さらに、ゼームが見えている身体の感覚を再現する。

 カレンは眉間から霊力を放出した。自分の身体感覚を、霊骸鎧に伝えていく……そんな映像を思い浮かべた。

 カレンの視界が変化した。

 目の前に、いるはずのない“聖女騎士”ナスティが立っていた。ナスティの額に手を触れる。ナスティが横滑りして、代わりに“伝説レジェンド”が立っていた。同じように“伝説”の額に振れる。

 次に“癒し手”、そして“忍者ニンジャ”と霊骸鎧が横滑りで入れ替わっていく。

 すべての霊骸鎧に手を触れた終わったあと、カレンは目を開いた。

 ナスティを含む、四体の霊骸鎧が、一斉にそれぞれの方向から、一点を見た。

 見た先は、ゼームの居場所であった。

 ゼームは透明だったが、輪郭がある。腰を屈めて、“伝説”に頭突きを食らわした。だが、ゼームの挙動を予測をしていた“伝説”は、簡単に受け止めた。

「なに、そ、そんなバカな! こいつら、私たちが見えているというのか?」

 透明のイドルトが動揺した。

“忍者”が、背を反らし、左右それぞれの腕に巻き付けられた“炎殺鎖鎌ブレイズアンカー”を解き放った。刃と鎖が爆炎となり、ゼームの後背部めがけて爆風を巻き起こした。

 熱風を食らい、ゼームは身悶えした。

“伝説”に頭部を固定されているため、逃げ場はなく、自らの身体を激しく揺さぶった。騎上のイドルトが爆風の影響も相まって、吹き飛ばされていった。

 ゼームの尻は焼きただれ、両後足は、付け根の部分が溶けて無くなっている。

 ナスティは着地して、“癒し手”を地面に降ろした。ゼームと相撲をとっている“伝説”の背中を確認すると、“伝説”に向かって走り出した。

“伝説”の背中を蹴り、空中に飛んだ。高い位置で全身を翻し、“天使の槍(バルキリージャベリン)”を振りあげた。

 回転しながら落下し、ゼームの首に全体重を載せた槍を浴びせかけた。

 首輪が氷の結晶となって、飛び散った。

落花スピーニング流水デッドリーソード! ……槍だけど」

 カレンは思わず唸った。

 槍が火花を散らし、ゼームの首筋を切断しようとしている。

 だが、ゼームは“伝説”ごと頭を動かし、ナスティを振り払った。地面に着地をしたナスティを、ゼームは踏み殺そうとしたが、“忍者”の追撃で阻止された。

 苦痛で暴れ回るゼーム。紙切れのように“伝説”がゼームの顔面に張り付いている。

「“伝説”がゼームの頭を押さえ込んでくれるといいのだけど……」

 カレンは頭を掻いた。だが、すぐに対策が閃いた。

“癒し手”に命令した。

「“癒し手”、“伝説”の怪我を治せ!」

“癒し手”が、“伝説”に霊力を投げ飛ばした。

 イドルトが“伝説”をゼームから引き離そうと氷の弓をつくったが、ナスティに邪魔をされた。

“癒し手”が力を送れば送るほど、“伝説”の膂力りょりょくが、ゼームを徐々に上回っていく。

 ついには、“伝説”は自分の胴体をゼームの顔面に載せて、地面に押さえ込むまでに至った。

「ナスティ! もう一度、落花流水剣だ!」

 カレンはナスティを呼んだ。ナスティは、イドルトの相手をしていたが、氷の槍をよけて、空高く飛んだ。

 身体をひねり、回転しながら落下する。回転する槍は花びらのようだ。

 ナスティの槍がゼームの首に叩きつけられた。

 金属音を立てて、槍の刃がゼームの首に深々と食い込んでいく。傷口から火花が飛び散った。

 ゼームは抵抗しようと首を振るが、“伝説”に身動きを抑えられ、“忍者”の執拗な攻撃で残す体力が弱々しい。

 ナスティは全体重、全霊力を振り絞って、ゼームの首を斬り落とした。

 ゼームの首が転がる。だらしなく舌を出し、まだ眼球は動いている。

 ナスティがゼームの顔面を片手で掴みあげると、背後で、ゼームの胴体が音を立てて倒れた。

 今はなき首の部分から液体金属が、血のように吹き出ていた。液体金属は空気に触れ、湯気となった。

 ナスティは、ゼームの頭を空中に放り投げ、一刀両断した。

 二つに分かれたゼームの顔を見て、イドルトは狼狽うろたえた。

「そんなバカな……! ゼームは、ザムイッシュの頃から、一度も負けたことがなかったのに……。我々の切り札(トランプ)だったのだぞ」

 ナスティは攻撃の手を休めない。駆けだして、イドルトとの距離を詰める。

「やめろ、“加速装置アクセラレータ”を使うな!」

 イドルトが慌てふためく。

 ナスティが力を開放した。

加速装置アクセラレータ”だ。きらめくナスティの残像が、イドルトの背後に回り込み、烏賊頭の首を跳ねた。

 一瞬の出来事であった。イドルトに、悲鳴をあげる余裕さえ与えなかった。

 カレンは、何故イドルトがナスティを殺したがっていたのか理由が、ようやく把握した。

 ナスティが“加速装置”を使えるからだ。“加速装置”を持った相手を倒すには、“加速装置”を持っていなければ勝ち目がない。

“加速装置”を持っていないイドルトとしては、ナスティが弱っているときに止めを刺したかったのだ。

 敵を殲滅せんめつし、“伝説”、“癒し手”、“忍者”ら霊骸鎧から緊張が解けた。

 カレンはナスティに駆け寄った。

“聖女騎士”の変身が解け、裸のナスティが現れる。

 倒れるナスティを抱きとめた。

 空中から毛布が舞い降りてくる。カレンは毛布を手にして、ナスティに巻き付けた。

「よかった、無事で……」

“癒し手”のおかげで、一度切断された片足が元通りになっている。傷跡も残っていない。

 ナスティから力を感じ取れない。静かに眠っている。

「頑張ったもんね……。ゆっくり休んでね……」

 聞こえていないかもしれないが、カレンは優しく言葉をかけた。

 カレン自身も疲れた。

 全身が痛いが、心地の良い疲れだった。

 カレンも、暖かいナスティの体温を感じながら、静かに休んだ。

 だが、休憩も、クルトの高笑いによって、すぐに中断された。

 瓦礫の中から、クルトが立ち上がった。半身が溶けている。

 クルトの顔半分から、肉が泥のようにこぼれ落ちていた。

「俺様は、死の淵から蘇った。さらに新しい能力を身につけた。“加速装置”だ。……感謝するぞ、銀髪の小僧!」

 クルトが消えた。

 一瞬にして“伝説”と“忍者”の背後に回っていた。まとめて電撃で吹き飛ばした。

「電撃の威力は、これまでの十倍以上だ!」

 クルトは肩をすくめた。十倍は流石に嘘だ、とカレンは思ったが、威力はさらに強化されていた。

“忍者”はおろか、今までクルトの電撃を耐えきった“伝説”でさえ、立ち上がれない。

「もういい、みんな帰って!」

 カレンは“癒し手”を含めた三体の霊骸鎧を元に戻した。

 クルトは指を振って、舌を鳴らした。

 クルトの片手は以前と比べて細くなっていた。よく見ると、顔の肉と同様、肉と皮が剥がれ、骨だけになっていた。

 肉が薄く再生するが、治りきらないうちに剥がれ落ちていく。

「俺様は、もう永くないだろう。だがな、銀髪の小僧。貴様だけは……貴様だけは絶対に生かしてはおけん。貴様は必ずや我らの神にとって、危険な存在になる」

 クルトの怒声に、ナスティが薄目を開けた。ナスティの身体から、緊張が伝わる。クルトの殺意に反応しているのだ。カレンから離れて応戦するつもりだ。

(こんなに傷ついて……。それでも、まだ戦おうとしている)

 ナスティが愛おしい。

 抱きしめたナスティをさらに強く抱きしめた。カレンはナスティの黒髪に顔を埋めた。

「もういい、君はもう戦わなくていい。……僕が戦うからね」

 負ける気はしない。

 むしろ、自分の力を試したくなってきた。この闘技場は、カレンにとっての実験場のようにすら思えてきた。

 カレンは静かに目を閉じる。

 世界が暗転する。クルトの動きが分かる。高速であるはずの残像も、カレンにとっては、コマ送りの映像にすぎない。

 いつものように回り込んで、カレンとナスティに電撃を食らわすつもりだ。

「無駄だよ。もう、僕に“加速装置”は効かない」

 カレンは片手でナスティを抱き、もう一方の片手で白い剣を表出させた。

 剣先を、背後のクルトを突き立てた。眉間を貫かれたクルトは、動きを止める。

 カレンは、返す刃でクルトの首をはねた。

 ナスティが異変に気づいた。カレンに抱かれて、不思議そうに首を傾げた。

 クルトの首が、静かに転がっていく音を聞きながら、カレンは優しく説明した。

「なんでもない。もう終わったんだ……」

        2

「そなた、その剣は……星白の剣(スターライトソード)ではないか。レイピアフォームといったところか」

 ガルグの声が聞こえる。何の話だかわからないが、カレンは、ガルグの視線が嫌だった。ナスティを抱きしめる時間が長すぎた。ナスティを離し、咳払いをした。

「ガルグ。貴方は僕に、好きにしろ、と言いましたよね? ですから、僕は、クルトたちをやっつけました」

 カレンは早口で意味不明の言葉をまくし立てた。

 気まずい。この気まずさは、何なのかカレンには理解できなかった。

 小石が跳ね、地面が揺れ出す。

(地震?)

 カレンは左右を見渡した。揺れは止まる気配がない。

「ここは、終わりだ。もうすぐ崩壊する。インドラが戻ってきた」

 ガルグが落ち着いた口調で、空を見上げる。空から“龍王ドラゴン”が舞い降りてきた。“龍王”の羽ばたきが、砂煙を巻き起こす。

 迷惑な奴だな、とカレンは思いながらも、ナスティをかばった。

“龍王”が黒い煙とともに消える。煙の中から、日焼けした若い男が現れた。

 インドラだ。駆け寄るインドラに、ガルグが小声で話しかけた。

「例のものは見つかったか?」

「はい、ここに」

 インドラがガルグに何かを手渡した。

「これで、すべてが揃ったことになる」

 ガルグが、懐に入れた。

「最後の一つは、見つかったのですか?」

「……うむ。セルケナを探す手間が省けた。星白の剣は、あやつが持っていた」

「あの子供が?」

 カレンはインドラと目があった。眉をひそめ、訝しげな表情をしている。

 セルケナ?

 なんとかの剣?

(この人たちは、つくづく、僕の知らない話題を目の前でするのが好きなんだな)

 と、カレンは苦笑した。

 ガルグが鋭い声で叫んだ。

「そこの貴様! ……いつまで隠れておる?」

 壁の陰から、顔に傷がある男が飛び出てきた。

 カレンは記憶がある。傷跡の男トニー・チーターだ。カレンを騙し、奴隷船に誘拐し、貝殻頭にガルグたちの存在を報せた男。

 そんな男が、恐怖で震えている。腰を抜かして、手を振っていた。

「我々は、これから脱出をする。貴様はどうするつもりだ? ここで死ぬか? 我々とともに地上に戻るか?」

 と、ガルグの声が、厳しく響く。

 トニーは、その場で膝から崩れ落ち、なにやら命乞いの言葉を発している。

 遠くの方向から、高層建築物が崩れて倒れていった。

 カレンにとっては意外だった。冷血なガルグなら、トニーなど放置するだろう、と予想していたからだ。

「良い。そなたら、こちらに参れ」

 ガルグは、地面を足で払った。不思議な紋様で描かれた円形が現れた。

 円形から青白い光が、煙のように僅かに揺れては消えている。

 円形の中心に、カレンたちは集まった。

「今回の転送魔術テレポーテーションは座標を探る必要はない。帰りであるので、方向は直線である。インドラ、力を貸せ」

 ガルグとインドラは、カレンに背を向けた。何か言葉を発している。

 カレンは背後にいるトニーが信用できなかったので、ガルグと自分の間まで歩かせた。

(君のことは後で見張っているよ。何かしたら、やっつけるからね)

 と、耳打ちした。トニーは可哀想なくらい、首を激しく縦に振った。

 カレンたちを覆う円の周囲が、もやで包まれた。桃色や青、様々な色に変わっていく。

 隣でナスティがカレンに掴まっていたが、手を離した。

「もう一人で立てる?」

 カレンの問いに、ナスティは力なくうなずいた。瞳に涙が溢れている。

「レミィのことで泣いているのかい?」

「ミントの先が短かったことは理解できる……。それに、こんな生活を続けては、いつ死んでも可笑しくない……。だが、せめて遺体だけでも回収したかった……」

 ナスティは言葉を詰まらせていた。

 カレンは自分の腰巻きを見た。黒い土のような物体が付着している。

 レミィの手を握ったとき、崩れた後の残りだった。

「これ……」

 手のひらに載せて、ナスティに見せた。

 ナスティが、カレンの手に自分の手を重ねる。カレンの胸が、熱く溶けるように鼓動した。ナスティが身体を折って、重ねた手の上で顔を乗せた。

 ナスティの表情が見えない。静かに震えている。

 ナスティの小さな声が、聞こえる。

「……目をつぶって、歯を食いしばれ」

 ナスティの意外な申し出に、カレンは殴られてもいないのに、殴られたように驚いた。

 また、平手打ちの刑!

 クルトたち貝殻頭よりも、理不尽な暴力をふるうナスティが怖くなってきた。

 だが、不思議とカレンは抵抗する気持ちはなかった。

(レミィを死なせてしまったのは、僕の責任だ。僕は殴られても仕方がない奴だよね。平手打ちで僕が死んでも、ナスティの気が晴れれば……)

 生存本能よりも、贖罪の気持ちが強かった。

(ナスティに殺されるなら、本望だ)

 カレンは歯を食いしばり、死を覚悟した。ナスティに重ねられた手を、さらに重ねた。無抵抗だとナスティに理解してもらうためだ。

 ナスティの手がさらに重なる。

(防御させないつもりだな……でも、両手を使ったら、平手打ちができない……?)

 カレンが疑問の回答に気づくまで、事態は起こった。

 激痛と衝撃はなかった。

 柔らかく、甘い感触が、カレンの左頬に広がった。

 ナスティの吐息が、カレンの頬に当たる。目を開くと、ナスティが熱病に罹ったような瞳をしていた。

 真っ赤な顔をしたナスティの唇から、静かに細かく息をしている。

(そんな、ガルグが目の前にいるんだよ……?)

 ガルグやインドラたち、大人たちの大きな背中を見て、カレンは動揺した。動揺のあまり、カレンはナスティの手を振り払おうとした。

「あ、だめ。拭かないで!」

 ナスティが誤解する。阻止する腕力が、相変わらず強い。

 レミィの言葉を思い返した。

(ナッシーはね、ああ見えても甘いものが好きなんだ。小さい頃はガルグに隠れて、クッキーを盗み食いしたものさ……)

 甘い感覚が、カレンのおへその奥側から湧きたって、全身に駆け巡るような感覚になった。

「分かった。絶対拭かない。だから、手を離して」

 冷静さを取り戻したい。このままナスティとつながっていたら、どうにかなってしまいそうだ。

 ナスティが困ったような表情で、カレンから手を離した。

 眉間にしわを寄せて、人差し指をカレンの鼻先に突きだした。

「いいか、絶対に拭くなよ? ……上官の命令は絶対だゾ?」

 それから、ナスティはそっぽを向いた。耳が真っ赤である。

 カレンは手で空間を作って、左頬を守った。

(オズマ……。僕、女の子にほっぺをチュウされちゃったよぅ。このままじゃ、僕、僕……)

 転送魔術の影響だろうか? カレンは眩暈めまいを感じた。

(赤ちゃんができちゃいます)


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