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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
31/173

旗本

 カレンの疑問はイドルトの悲鳴で気を逸らされた。

伝説レジェンド”はイドルトを殴打している。イドルトは氷で何かを作ろうとするが、“伝説”に腹を蹴られて、集中できない。そのまま地面に倒される。

“伝説”が馬乗りになった瞬間に、時間ができた。

「ゼーム!」

 イドルトは氷で、小さな笛を作っていた。“伝説”の体重に押しつぶされながらも、イドルトは自身の顎に笛を当てて、鳴らした。

 どこに口があるのだろう、とカレンは疑問を感じたが、不快な高音に耳を塞いだ。

(この音は、警告をしているようだ。僕たちに、何か危険を報せるような……)

 ゼームは、操り人形のように立ち上がった。目を見開き、足下の一点を見つめている。

 ゼームの内部で何かが爆発した。爆発は、ゼームの皮膚にとどまり、こぶとなった。身体中に爆発が起こり、瘤ができた。ゼームが瘤だらけの全身をむしったが、背中の瘤には、爪が届かない。

 瘤は、ゼームよりも大きくなり、ゼームの全体を飲み込んだ。

“伝説”の数倍ほど大きくなり、弾け飛んだ。煙と緑色の破片が飛び散る。

 爆発したあとから、巨大な生命体が現れた。

 金属のような肌は、光沢を放ち、頭部には角が生えている。四足歩行の形態になった。

「……なんだ、あれは? ……牛?」

 カレンは呟いた。

 青銅の牛となったゼームが、四つん這いで走り出した。ゼームの体重が、地面を穿うがち、地響きを鳴らす。

“伝説”の前で立ち止まる。

 後ろ脚で立ち上がり、雷鳴のような叫び声をあげた。“伝説”とは、体格差が二倍以上ある。

 柱のような右前脚で、“伝説”を紙のように払いのけた。“伝説”は、瓦礫の中に突っ込んでいった。

 ゼームが、イドルトの傍まで駆け寄る。

 イドルトは、巨大ゼームの背中に飛び乗った。背中の中央には、頭から尾まで毛が走っている。イドルトは背中の毛にまたがった。

 ゼームの首に触れて、氷の首輪を巻き付けた。首輪から氷の手綱がつたのように伸び、イドルトの腕に絡まった。

「ゼーム。今から私が指示をする。……奴らを、ザムイッシュどもを踏み殺せ!」

 イドルトが手綱に霊力オーラを送り込んだ。霊力がゼームの首を経由して、脳に送られる。ゼームが、向きを変えた。

 向いた先には、“癒し手(いやして)”がナスティを治癒している。

 瓦礫の山から“伝説”が飛び出て、ゼームとナスティ達の間に滑り込んだ。

 ゼームが頭部の太い角で突き殺そうとしたが、“伝説”は、それを両脇で締め付けた。“伝説”は背を反らし、地面に踏ん張った。両の脚が、砂をかきわけている。

 ゼームは頭部にいる邪魔な“伝説”を、片手で殴りつけた。殴りつけられる瞬間、“伝説”が黄色の光を放った。

 ゼームの拳が跳ね返った。“伝説”が黄色の光に包まれている。

 イドルトが烏賊頭を振って、驚く。

「こやつ、打たれ強くなったのか? ……これが、こやつの能力なのか?」

 腕力も向上している。上半身を左に曲げて、ゼームの首をへし折ろうとしている。ゼームは隙だらけだ。背中のイドルトが、氷で鞭を作って、“伝説”の頭を打つが、“伝説”は微動だにしない。

「くそ、私の攻撃が通用しない。……だが、貴様らザムイッシュの能力は、長持ちしない。……そうだったな」

 烏賊頭のイドルトが笑った。カレンには、どうやって笑っているのか分からなかったが、イドルトから余裕のなさを感じた。

 だが、カレンも笑っていられる立場でもない。このままでは“伝説”の消耗を待つだけだ。

「ゼームの動きを止めなきゃ。……“これでもくらえ!(テイクザット!)”はダメだ」

 カレンは先ほどクルトを倒した技……“これでもくらえ!”と勝手に命名した……を使おうか考えたが、やめた。

 コントロールに自信がなかった。クルトの場合は、クルトが偶々(たまたま)目の前にいたから上手く当たっただけである。

 しかも威力が強大すぎて、“伝説”やナスティを巻き込む恐れがある。

霊骸鎧オーラアーマーを追加しよう)

 カレンの隣で、ガルグが目をまばたかせた。

「あれは、ゼーム……? イドルトか……?」

 クルトといい、“伝説”といい、ガルグには知り合いが多いな、とカレンは思った。

 今は、ガルグの相手をしている暇はない。

「出でよ、“火の騎士(ナイトオブファイヤー)”! 汝の名前はナイトハルト・ダガーロード!」

 炎の戦袍(ファイヤーマント)を翻し、カレンの足下で片膝をついて頭を下げた。

「おおっ。“火の騎士”だと……」

 いちいち驚くガルグの相手をしている暇はない。“火の騎士”の額に手を当て、霊力を送った。

「カレン・エイル・サザードの名において命令する! 敵を倒せ!」

 返事をするかのように“火の騎士”が、十字突剣エストックを天に掲げた。

 だが、カレンは “火の騎士”と巨牛のゼーム、体格差を見比べて、

慌てて“火の騎士”を止めた。

(違う。たぶん、“火の騎士”だと、ゼームに吹き飛ばされてしまうだろう。こんな曖昧な命令は、無意味だ)

 貝殻頭(シェルヘッド)たちの戦い方を思い返す。ナスティが一体の貝殻頭と戦っているとき、いつも側面から別の貝殻頭に攻撃を仕掛けられていた。

 実家にいた頃を思い返す。オズマと反対側に分かれて、野豚を落とし穴まで追い立てていった。

(戦いの基本は、挟み撃ちだ……)

 と、カレンは仮説を立てた。仮説を具体的な作戦に落とし込む。

「“火の騎士”。ちょっと僕の話を聞いて。……ゼームの動きを横から、あの君の得意技を使うんだ。……できるかい?」

“火の騎士”は頷き、十字突剣をゼームに向けて駆けていった。

 炎の戦袍から溢れ出る炎が、“火の騎士”の全体に燃え広がった。“火の騎士”は巨大な一矢となって、ゼームのわき腹に体当たりをした。

 青銅の肌が熱に溶け、巨牛となったゼームの目や口から、泥のような液体金属が流れ落ち、地面を焼いていった。

 苦しみ、のたうち回るゼームから、“伝説”は、ナスティと“癒し手”の肩を抱いて、かばった。

“伝説”の背中に破片や小石が跳ね返る。ゼームが痛みを忘れるかのように、“伝説”を無茶苦茶に殴りつけるが、“伝説”は一瞬たりともナスティたちから腕を放さなかった。

 頭上のイドルトが、ゼームにしがみつきながら命令する。

「怯むな、ゼーム。まず増援を倒せ!」

 炎の戦袍と燃えている炎が消え、“火の騎士”自体も黒くなっている。

「戻れ、“火の騎士”! もう充分だ」

 カレンの命令と同時に“火の騎士”は消え、ゼームの払う手が、残った赤い煙をくゆらせた。

 ゼームは、“伝説”から距離をとり、左右にステップを踏んでいる。肉食獣が、獲物にフェイントをかけているようだ。

 焼きただれていたゼームのわき腹は、青銅の色で、すぐに埋まっていった。燃えた分だけ、金属部分が無くなっていたが、動きを見る限り、活動には支障がない。

(時間稼ぎをしている! “伝説”の能力が消えるまで)

 カレンは、イドルトの作戦を見抜いた。

「出でよ、“忍者ニンジャ”! 汝の名前は、リュウゼン・ミタムラ」

 カレンとしては、ゼームが倒れるまで、何度も攻撃でき、なおかつ高い火力を持つ霊骸鎧が欲しかった。

 異国風の奇妙な戦士が、赤い霊力をまとって現れた。

 カレンの前にひざまずく。

「カレン・エイル・サザードとして命ずる! ゼームの背後を攻撃せよ!」

 額に霊力をもらった“忍者”は、両手を合わせて、異国風のお辞儀をした。

 鈍重な足取りで、肩や兜に装着された不思議な形状の飾りを揺らして、戦場に赴く。

 カレンは不安になった。

 ゼームの軽快な動きに比べると、“忍者”は足が遅すぎる。

(これじゃあ、反対にゼームに回り込まれちゃうよ。“伝説”に注意を引きつけてもらって、その隙に“忍者”が背後をとるのはどうだろう?)

 カレンは作戦を立てていった。だが、そんな不安を吹き飛ばすかのように、笑い声が聞こえた。

「リュウゼン・ミタムラだと?」

 笑いの主は、ガルグであった。カレンには、笑われた理由が理解できない。

 ガルグは、笑い涙を指で払って、説明をした。

「そなた、知っておるか……? ミタムラは、他の霊骸鎧に変身することができる。それには、もう一つ霊力開放オーラドライブが必要であるが」 

 カレンは、“忍者”の墓を思い返した。“忍者”……リュウゼン・ミタムラの名前に、二つの模様が刻まれていた。

 光の玉を表現した模様であった。

“忍者”リュウゼン・ミタムラは、もう一つ変身を残している!

 カレンは、墓に掘られた手の動きを再現した。

「出でよ、“旗本ハタモト”! 汝の名前は、リュウゼン・ミタムラ!」

“忍者”は赤い煙とともに消え、人馬の姿が、緑色の光とともに現れた。

 馬上の人は武者鎧に身を包み、旗を背負っていた。馬上の人……“旗本”は、“忍者”であった頃に比べると、鎧が薄く、細身である。武装も、腰に下げた奇妙な刀剣だけだ。

 ガルグはカレンに注意をした。

「“旗本”の戦闘能力は、それほど高くない。ただ、“忍者”よりも機動力に優れる。ミタムラは生前、“旗本”で敵に近づき、“忍者”となって、敵を焼き払っておったわ……。多段変身を使いこなしていたのは、奴くらいであったな……」

 カレンはガルグに助言される状況が嫌だったが、ゼームに時間稼ぎをさせる余裕はなかった。

「“忍者”! いや、“旗本”……。カレン・エイル・サザードとして命じる。ゼームの背後に回り込んで、“忍者”となって、敵を殲滅せんめつせよ!」

“旗本”は馬を走らせた。

「あれが、多段変身……。一人の人間が、二つの霊骸鎧を使い分けるのか……」

 カレンは“旗本”の疾走に目を奪われながらも、何故かインドラの顔を思い返していた。

 イドルトが苛立つ声をあげた。

「おのれ、また増援か! 敵の増援は無限か! またもや、あの小僧の仕業か! やはり一番危険なのは、あの銀髪の小僧であったのだな!」

 ゼームに命令する。

「ゼーム。貴様の能力を開放しろ。……私にもかけるのだぞ?」

 ゼームの身体が、空中に溶けて消えていった。イドルトも見えなくなった。

「透明化! 巨牛の状態でも透明になれるの?」

“伝説”は、周囲を見渡した。“旗本”も走るのをやめ、消えたゼームを探している。

 カレンには、巨大な透明の輪郭が残って見える。巨大な輪郭となったゼームは小走りで、“伝説”の背後に回りこんだ。

 カレンは叫んだ。だが、間に合わなかった。

“伝説”は吹き飛ばされた。ただ、前回と違って、今回は隙だらけの状態だ。しかも、金色の光も終わって、力を使い果たしている。

「ナスティ! 逃げて!」

 カレンが叫んだ。

 ゼームの透明な拳が、ナスティと“癒し手”に向かって振り下ろされた。


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