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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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先週はお休みをしていました。

伝説レジェンド”が、前傾姿勢で大地を蹴る。

 砂埃を巻き起こし、クルトとイドルトの隙間を抜けていった。

 カレンはうなった。

「足が速い! “加速装置アクセラレイター”を使っているの? いや“加速装置”ほどではないけど、それでも速い!」

“伝説”は一瞬にして、ゼームの目の前に立つ。

 ゼームは、苦しむ“聖女騎士パラディネス”ナスティを、踏みつけていた。子どもが波乗りをして遊んでいるかのように見える。

 ゼームが“伝説”の存在に気づくと、“伝説”の拳を食らった。柔らかい素材のような緑色の顔がひしゃげて、吹き飛んでいった。

“伝説”は両腕を広げ、ナスティを庇う姿勢を見せた。

 イドルトがわめいた。

「よくもゼームをやってくれたな? (けが)らわしいザムイッシュごときが」

 氷の槍を作り出し、突きかかった。対する“伝説”には武器がない。殴り返すが、イドルトに届かなかった。イドルトの槍が、“伝説”の顔面を海老反りに揺らしている。

「弱っ」

 カレンが、思わず“伝説”の戦闘能力を評価した。

 だが、槍は“伝説”の頭部を貫通していない。顔面の表面にとどまっていた。“伝説”は両腕で脇を絞り、氷の槍を顔面で押し返した。

 氷の刃が粉々に砕け散った。

「私の槍が効かないだと……?」

 イドルトは烏賊頭を振り乱し、驚いた。離れた位置にいるカレンも同時に驚いた。

 だが、ただ一人、クルトだけは驚かなかった。“伝説”の背後に回り込み、電撃を放つ。

 カレンは、目を背けた。

(しまった! 一人で三人は無理だ)

“伝説”は、火花を散らし、身をよろめかせた。

 クルトは舌を出して、ずるがしこい笑みを見せている。

「ふん、隙だらけよ。たとえどんな奴であれ、俺様の電撃に耐えられた奴は、おらん! ……プギィッ」

 勝ち誇る言葉が、豚の鳴き声に切り替わった。

 クルトは身体を錐揉み回転させ、砂地に豚鼻を押し付けた。“伝説”に殴られたのである。

「“伝説”はイドルトの槍も、クルトの電撃にも耐えきった。……強い?」

 カレンは呆気にとられた。

 両腕を振り回し、イドルトに向かって走る。イドルトは、後退しながら氷の槍で応戦した。

“伝説”が槍の穂先を胸で受けて、槍をしならせる。

「槍を脇にどければいいだけでしょ? まるで子どもの喧嘩みたい。脚が速くて、打たれ強くて、とにかく身体が強い。……でも、頭が悪い」

 カレンは頭を抱えた。“伝説”は、ガルグやナスティと比べて、動きに無駄がありすぎる。そもそも、頭が悪い。

“伝説”を強いのか弱いのか、どう評価していいか分からなくなってきた。

 顔が半分歪んだクルトが、立ち上がった。離れた位置から、“伝説”に向かって電撃を飛ばす。

“伝説”は、ひるみながらも、電撃の中を強引に進み、クルトの首を絞めた。

「俺様の電撃が通用しない……?」 

 クルトは、口や鼻から液体を飛ばした。だが、カレンには、“伝説”の霊力オーラが若干弱くなっている様子が見えた。クルトの電撃が無駄だったとはいえない。

 イドルトが、氷の斧を、“伝説”の後頭部に叩きつけた。ナスティの片脚を霊骸鎧ごと切断した氷の斧を食らっても、“伝説”の頭部は二手に分かれなかった。斧が氷の粉となって崩れた。

“伝説”の締め付けが緩み、クルトが地面に落とされる。“伝説”はクルトの腹を、たくましい足裏で踏みつぶそうとしたが、イドルトが投げた氷の投げ短刀に注意を逸らされた。

「クルト。このザムイッシュは、貴様とは相性が悪い。……先にあの女の始末をしろ」

 烏賊頭イドルトのあごには烏賊の触手があるが、顎を揺らして、倒れているナスティを指した。

「しかたあるまい……!」

 クルトは苦々しい表情をした。“伝説”に殴られた顔と絞められた首から黒い煙が出し、自分の負傷を治している。

(ナスティが殺される!)

 カレンは咄嗟とっさに声を張り上げた。

「やい、クルト! 弱虫のクルト! 傷ついている女の子をよってたかって虐めるのが、君らの趣味かい? この卑怯者! え~と、バーカ」

 カレンなりに挑発しているつもりである。だが、カレンに誰かを罵倒する経験に乏しく、挑発に迫力がない。

 カレンの声を聞き、クルトの顔色が青ざめた。

 だが、クルトは、笑みを浮かべて、表情を変えた。恐怖を誤魔化している。

(クルトは、僕を怖がっている……)

「先に死にたいなら、貴様から始末してやるぞ、銀髪の小僧! ……後悔するが良い」

 クルトが、向かってきた。両腕に帯びた電撃から火花を散らつかせている。

 カレンの隣で、何か音が聞こえた。

 ガルグが目を覚ましていた。黒みがかかっていた肌が、本来の生気を取り戻している。

 ガルグが中腰になって、クルトの攻撃に対応しようと反撃の構えをとった。

(この人は、自分が危なくなると目を覚ますんだ……。ナスティが大変なときは無視なのに? そうですか)

 ガルグに対して、怒りと軽蔑の念が湧いてきた。だが、ガルグから、強さを、ほとんど感じられなかった。

(ガルグは弱っている。今だったら、僕が強い。霊力も体力も。僕が十としたら、今のガルグは一くらいだと思う。片翼スピーニング円舞カウンターソードもクルトには知られているので、打つ手はないだろう)

 カレンは分析した。ガルグの肩を手で押さえた。枝のような見た目だが、触れると逞しい弾力がした。

「ガルグ、貴方は引っ込んでおいてください。貴方では、ナスティを守れません」

 なるべく冷たい口調で、強引に座らせた。

 肩から手を離すと、カレンの脳裏に、映像が流れた。

 ガルグが両腕から光を放っている。その光が、メーダを消滅させていた。

(これやってみようかな? 落花スピーニング流水剣デッドリーソードとか、片翼なんとかとかは、無理そうだけど、この技なら、できそう。ガルグの得意技を試してやれ)

 ガルグに対する当てつけである。カレンには、いたずらっ子のような楽しい感情と、思いつきだが、根拠のない自信が膨れ上がった。

 両手を、ぶつけ合わせる。だが、何も起こらない。

(ただぶつけるだけではダメだ。ガルグは、霊力と霊力をぶつけ合わせていた)

 カレンは目を閉じた。眉間からヘソの奥側に向かって走る、六つの光が見えた。カレンが胸の前で両の掌を合わせた。

 掌の周辺に、体内からの光が集まってくる。

(ここは、霊力の家。集まりやすくしよう)

 手と手の間に丸い空間を作ると、六つの光が中に入ってきた。

 六つの光が、一列になり、空間の中心で円を作った。回転している。

 カレンが手を閉じた。

 六つの光が互いにぶつかり合い、強力な熱量を生み出している。

「熱っ」

 左右の拳を握りしめると、手が燃えている感覚に陥った。 

 右手と左手の間を、強い光が行ったり来たりしている。光は左右の手に架かる空中通路となって、行き交うたびに、より強く、より熱くなった。 カレンは、火傷するほどの熱量に耐えられなくなり、両手を前に突きだした。

 光が両手から放出される。放出された光は熱となり、槍となった。いや、槍よりも、建造物を支える柱よりも太い。目前に迫っていたクルトに直撃した。

 クルトが、熱したバターのように溶けていく。左目を覆う肉が剥がれ、続いて左目そのものが蒸発した。左腕や左足はあらぬ方向に折れて、消えていく。

 カレンは、自分が放出した熱量に、自身が吹き飛ばされないように、両足で踏ん張った。熱くて、息が苦しい。カレンはむせた。

 クルトの残りが、振り回した柱に叩きつけられたように、闘技場の向こうに吹き飛ばされていった。

 クルトの落下地点で、岩や砂が舞い上がる。

「できた!」

 カレンは両腕をあげて、喜んだ。手のひらが熱くて、空中で指を開き、冷やした。

「どこで、それを習った?」

 隣のガルグが、口元を隠して低い声で訊いてきた。カレンは、あえてなんでもないようなふりをして、答えた。

「ガルグ。貴方のやり方を見よう見まねでやったら、できちゃいました」

 ガルグは立ち上がろうとしたが、カレンはガルグの肩を抑えて座らせた。

「見よう見まねだと? 私が、何十年もかけて編み出した技だぞ……」

 ガルグが何かに気づき、言葉を切った。視線の先を追うと、“伝説”とイドルトが戦っている様子に目を奪われている。

 イドルトは氷で盾を作り、“伝説”の打撃から身を防いでいる。

「ゼーム! ゼーム! 目を覚ませ!」

 イドルトは遠くに転がっているゼームを呼びかけていた。

 ガルグは、カレンを振り払って、立ち上がった。

 目を見開き、口元は震えている。明らかな動揺が見て取れる。

 カレンは、もう一度座らせようとしたが、必要性はなかった。

 ガルグが砂地に平伏していたのである。

「偉大なるお方!」

 額を砂地につけ、叫んだ。

「そのお姿、夜空に輝く星々に似て……。その御心、静かで雄大なる大海に似て……。この老骨、恥も外聞もなく、ただ生き延びて参りました」

 震えながら、何か言葉を続けている。

「知り合いなんですか……?」

 カレンは、ガルグの行動に動揺しながらも、上から覗き込んだ。

 ガルグは起き上がり、埃を払った。背筋を伸ばす。

「……“友人”であった。昔のな……」

 眉間にしわを寄せた。カレンには、ガルグの気持ちが読みとれなかったが、“伝説”と浅からぬ関係にあった、と理解した。

 いくら考えても分からない。

 カレンは首を振って、気持ちを切り替えた。離れたナスティを見る。

 今は、ナスティに集中しよう。ナスティは、脚を負傷している。

「“伝説”! イドルトをなるべくナスティから引き離して!」

“伝説”が軽くうなづいて、イドルトの首を掴み、走り出した。カレンの命令を理解している。

 カレンは目を閉じ、先ほど教わった手の動きを再現した。

「出でよ、“癒し手(ヒーラー)”!」

 水色の霊力とともに、背中に羽衣をつけた、霊骸鎧が現れた。

「汝の名前は……レミィ・ミンティス!」

 レミィ……“癒し手”がカレンの足下にひざまづいた。カレンは“癒し手”の頭に手を置いて、霊力を送り込んだ。

「カレン・エイル・サザードとして命じる。ナスティの傷を治せ」

“癒し手”が、水平移動しながら、ナスティに向かっていく。ナスティの太股が地面に転がっている。“癒し手”が手を向けると、吸い寄せられた。

 ナスティの太股を手に、“癒し手”は水色の光に包まれる。

「レミィの能力って、霊骸鎧も治せるのかな……」

 カレンは不安がった。だが、ナスティの胸に残っていたゼームの爪跡が、“癒し手”の光を浴びると、消えていく。

「……ミンティスを、“癒し手”を何故、動かせる? そなたは、霊骸鎧を呼び出せるのか?」

 ガルグは眉をひそめた。ナスティがよくやる表情に似ているな、とカレンは思った。

「僕は、霊骸鎧を呼び出すことができるみたいです。なんだかできるようになっちゃった」

 カレンは実験をしてみたくなった。レミィに治療を受けているナスティを見て、“聖女騎士”を呼び出した。

「出でよ、“聖女騎士”!」

 何も起こらない。

「……生きている人は呼べないみたい」

 カレンは肩をすくめた。新しい発見である。

「あと、名前を呼んであげないと、霊骸鎧は動いてくれません」

 ナスティの脚がつながっていく。苦しんでいたナスティが、穏やかにレミィの治療を受け入れている。

「ミンティスの治療が、以前よりも強力になっているな」

 と、ガルグが、静かに分析した。自分の顎を軽く触った。カレンは閃いた。

「僕が霊力を分けてあげると、霊骸鎧は力をさらに発揮できるみたいです」

 ガルグは目を見開いた。クルトの電撃を食らったかのような衝撃である。

「霊骸鎧を呼び出し、使役する……。さらには力を与える。このような能力を持った者は、初めてである。ナスティの奴隷。そなたは一体、何者だ……?」

 名前を聞かれると、カレンは、姿勢を正し、いつもの自己紹介をした。

「僕は、シグレナスの皇帝、カレン・サザードです!」

 だが、後悔した。

 ガルグが小刻みに震えている。

(笑われる! また馬鹿にされる。……よけいな発言しちゃった)

 急に恥ずかしい気持ちになった。いつもの自己紹介、つまり皇帝宣言は、これまで誰かが、どんな反応をしようとも、平気だった。だが、今となって、恥ずかしい行為だと自覚するようになった。

(ナスティも、レミィも守れない。そんな奴がシグレナスの皇帝だなんて、大それた夢だ。僕は僕が恥ずかしい……)

 いや、ガルグは関係がない。自分が皇帝にふさわしくない証明は、これまでに何度も体験をしてきた。

 カレンは背を丸め、自分の幼稚さを嘆いた。

「そなたは、なんということを申すのだ……」

 ガルグは、かすれた声を出した。

(笑われなかった?)

 意外な反応に、カレンは、ガルグの顔をのぞき込んだ。

 ガルグの目尻に、わずかな水分が光っていた。

(この人、泣いている……?)

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