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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
3/168

伝説

ルビの打ち方を変えました。

        1

 ベッドでオズマが苦しげに眠っている。

 カレンの母親リリアンは、オズマの黒い髪をなでた。

「ゲントさんがそろそろ来るわよ」

 疲れ切った表情で、カレンに伝えた。止血をすませ、処置はすべて終わった。ゲントおじさんが薬を持ってくれるよう願うしかない。

 リリアンが机の上で硬貨を数えている。カレンはリリアンに尋ねた。

「お薬代、足りるかな?」 

「大丈夫だから……」

 母親が目を合わせてくれない。嘘をついているときの癖だ。

 薬代が足りないのなら、今日獲った魚がある。オズマと自分の分を合わせれば、少しは足しになる。

 腰に手をやる。

 荷物がなく、空を切る。

 (もり)とカゴ。

 水たまりのベッド岩に放置していた。

「ちょっと出かけてくる。忘れ物を取りに行ってくる」

 カレンは砂浜に飛び出した。

 外は夕暮れだった。

水中橋(ウォーターブリッジ)!」

 呼ぶ。だが、来ない。

「家に帰ったのかな? ……貝殻頭に家なんてあるのかな」

 貝殻頭の家。ベッド墓を思い返す。ベッド墓が貝殻頭の家なのかもしれない。

「もう一回、ベッド墓に行ってみようかな。でも、行き方が分からないな。もう一度、頭に岩をぶつけてみようかしら」

 カレンは自分の頭を撫でた。怪我は治っている。昔から怪我の回復は早い。

 砂浜を歩いて、湾に向かう。

 手頃な岩を見つけた。

 岩に手をつけ「せーの」と、身を逸らした。

 反動をつけたが、カレンは冷静になって踏みとどまった。

「いや、やっぱり止めておこう。もしも僕が頭から血を出して倒れていたら、お母さんは吃驚するだろう」

 シグレナスの皇子たる者、自分で頭を岩にぶつけないはずである。

 指で岩をなぞった。

 水中橋の登場を思い返した。

 ベッド墓で行った作業を再現してみよう。

 カレンは目を閉じた。

 額からお(へそ)に向かって、一本の道が見える。

 道には六つの玉が光っている。

 カレンの額から、六つの玉が飛び出る。

 目を開くと、カレンの前に、六つの玉が宙に浮いていた。

 手でかき回す。

 六つの玉がそれぞれを頂点とした、正六角形ができあがった。

 (作者註、縦書きPDFにしますと、位置がずれます。一度横書きで位置を確認願います)。


     黄

   赤   白

   緑   青

     黒


 カレンは指で緑から黒、黒から青へとなぞっていった。

 六つの玉が光った。光を放ち、放たれた光は水中橋となった。

「水中橋……」

 名を呼んでも反応しない。

 ベッド墓に続きがあった。

「スコルト・ハイエイタス」

 水中橋が青い煙を立てて、動き出した。

「おはよう。水中橋。今から水たまりまで行って、忘れ物を取りに行く。ついてきてくれるかい?」

 水中橋から涼しげな音が聞こえた。

「ごめんね、貝殻頭つかいが荒くって」

 水中橋の球体内部に入る。水中に潜りながらも、切り立った断崖を観察しながら進んだ。木が一本だけ生えている箇所がある。

 オズマを家に連れ帰るとき、見た記憶がある。周囲を窺った。一瞬だけだが木を見た。カレンは目印として木を記憶していた。

「ここだったような気がする」

 カレンを潜った。

 水たまりに通じる横穴を見つけた。

 水中橋の球体に入った状態で中を通る。

 一度通った道だ。

 カレンは難なく横道を通り、水たまりの底にたどりつく。水中は暗いが、水中橋のおかげで視界は明るい。

 カレンはシグレナス城の残骸を横目に、浮上した。

 水中橋を水中に待たせ、いつものベッド岩に這い上がる。外はすっかり夜だ。

 銛を発見する。オズマの所有物だ。自分の銛は見つからなかった。銛の代わりに魚カゴが見つかった。オズマのカゴは見つからなかった。

 オズマの銛を右手に、自分のカゴを腰巻きにくくりつけて、呟いた。

「二人あわせて一人前だな」

 ベッド岩が気になる。

 手で触れてみると、水中橋の岩と同じ六つの穴がある。穴と穴をつなぐ線。指でなぞった。線の配置が、水中橋の場合と違う。

 このベッド岩にも貝殻頭(シェルヘッド)が眠っている!

 水中橋と同じく味方になってくれるかもしれない。

 カレンは貝殻頭の名前を探った。六つの穴の下。

 砂や土で埋まっている。

 周囲は暗く、水中橋の放つ光でようやく手元が見える。

 カレンは手で砂や土を払った。

伝説(ザ・レジェンド)……」

手の動きを再現した。

 (作者註、縦書きPDFにしますと、位置がずれます。一度横書きで位置を確認願います)。


     黄

   赤   白

   緑   青

     黒


 伝説は赤、緑、黄、青、白と線が繋がっている。

 いつものようにカレンは六つの玉を額から出して、正面にかき回す。

 赤、緑、黄、青、白の順になぞる。

 何も起きない。

反対側からも試してみたが、何も起きない。

 黄色は二重丸のくぼみになっていた。 

 そういえば、水中橋の緑が最初だったが、二重のくぼみだった。

「黄色から始める」

 黄色から始めて、緑、赤と指を走らせた。カレンは首をひねった。

 違うようだ。

 線にもう一本平行に線が走っていた。

「そうか。二手に分かれるんだ」

 両手の人差し指で黄色を同時に突っつく。左手の人差し指は緑、赤。右手は青、白となぞった。

「伝説……」 

 六つの玉が光線を発し、人型の光をつくった。

 人型の光は、巨大な貝殻頭を形成した。カレンよりも、オズマよりも一回り、二周り大きかった。

 貝殻頭は白かった。全体的に金色の模様がちりばめられている。

「君が伝説なのか。ずいぶん豪華な貝殻頭だなぁ」

水中橋は謎の言葉「スコルト・ハイエイタス」で起動した。

 しかし、ベッド岩に続きがなかった。この伝説には「スコルト・ハイエイタス」に相当する言葉がない。

 あったと思われる場所が、削られている。

「そりゃないよ……」

 見上げた瞬間、頬を何かかすめた。

 矢だ。

 茂みから、貝殻頭が飛び出してきた。

 反射的に伝説の背後に隠れた。

 貝殻頭が手斧を伝説に振り下ろす。鈍い音を鳴らし手斧が跳ね返える。貝殻頭が後ろにバランスを崩した。

「硬いっ」

 カレンは伝説を分析した。殻の強度が高く、手斧を受けつけない。

 貝殻頭は頭を振った。信じられない、といった気持ちだ。もう一度反動をつけて手斧を伝説に叩きつけた。

 金属音が鳴った。

 貝殻頭は手斧の刃を見て、驚いている。

 刃こぼれしていた。

「こ、こっちだよー!」

 カレンは伝説の背後から飛び出て、自己の存在を示した。

「ここまでおいで!」

 貝殻頭が両手を振り上げて襲いかかってくる。

 直前まで引きつけておいて、カレンは水たまりに飛び込んだ。

 貝殻頭はベッド岩の上でバランスを崩し、カレンに続いて身を水中に滑らせた。

 貝殻頭がもがく。もがいて、下に沈んでいく。

 貝殻頭は塩水に弱い。全身から泡を出している。動きが水中の蟻に似ている、とカレンは思った。全身が溶ける苦痛で、正常な判断ができなくなっているらしい。

 溺れる貝殻頭が水たまりの底から泡を出す。泡を避けて、カレンは水面から顔を出した。

 伝説の大きな後ろ姿が見える。微動だにしない。

「伝説。僕たち帰るから、君も帰っていいよ」

 伝説は白い光を発して、静かに姿を消した。

 カレンは水中橋と一緒に、家に向かった。

 家につくと、浜に小舟が停泊してあった。小舟には、小麦の入った麻袋や、日常雑貨の詰まった木箱が載せてあった。

 ゲントおじさんが来た。

 自宅から離れた場所に、納屋がある。

 そこに母親とゲントおじさんが「話し合い」をしている。

 「話し合い」をしている間は、近寄ってはならない。カレンが子供の頃かの約束だった。

 お話。

 小さい頃は理解できなかったが、カレンは二人が納屋で何をしているか想像できる。

 カレンはその場にしゃがみ、耳を塞いで、目を閉じた。

「僕はシグレナス帝国の皇子だ……」

 いずれはシグレナスの皇帝になる人間が、気にすべき事柄ではない。

 自宅に帰って、母親の用意した夕食を口に運んだ。小麦を練って焼いた堅いパンだった。

 ベッドには、オズマが静かに眠っている。ゲントおじさんの薬を飲んだ形跡がある。カレンもオズマの隣のベッドで眠った。

 朝になった。

 オズマは眠っている。手で確認したが、まだ息はある。

 リリアンの姿が見えない。納屋での「話し合い」は終わってないようだ。

 家から出て、六つの玉を操り、水中橋を呼んだ。

 黒ずんだ青色の小柄な貝殻頭、水中橋。

「スコルト・ハイエイタス」

 と、唱えた。水中橋が動き出す。

 次に伝説を呼んだ。

「スコルト・ハイエイタス」

 と、唱えても反応しない。

「伝説は違うんだな。他に言葉を言わないと動いてくれないみたいだ」

 カレンは砂浜に立つ二体の貝殻頭を見比べた。

 大きさが違う。色も違う。同じ貝殻頭でもそれぞれ個性がある。

「カレン」

 母親のリリアンが納屋から出てきた。乱れた銀色の髪を手で直している。

「お母さん。お話が終わったんだね。ゲントおじさんは今何をしているの?」

「ゲントさんは納屋で寝ているわ。……これは」

 リリアンは白い貝殻頭「伝説」を見て、驚いた。

「レオン……」

 リリアンの青い瞳孔が広がる。

 レオン。

「お母さん、この貝殻頭を知っているの?」

 リリアンの顔をのぞき込むが、目を合わせない。隠し事をしている癖だ。

「いえ、知らないわ。どうして貝殻頭がここにいるの?」

 勢いよく話を逸らした。母親の勢いに負けたカレンは、水中橋と伝説の話をした。

 リリアンは、手で口をおさえて、話を聞いていた。

 経緯を話し終え、カレンは提案した。

「ねえ、お母さん。この二人なんだけど、家で飼っていい?」

「だめよ。貝殻頭を家で飼うなんて聞いたことありません。捨ててらっしゃい」

 リリアンに拒絶され、カレンは悲しかった。この貝殻頭たちは味方だ。「ごめんね。君たちは大きいから、家で飼えないんだ……」

 二体の貝殻頭に伝えると、水中橋は青い煙、伝説は黄色い煙、とそれぞれの色の煙を出して消えていった。

「あの子たち、ちょっと変わっているんだ」

 カレンがリリアンに耳打ちしたが、リリアンは貝殻頭の消えた場所から目を離さなかった。

        2

「おじさん、僕たちに薬を売ってください!」

 カレンは机にぶつける勢いで頭を下げた。

 頭を下げつつ、上目遣いでゲントおじさんを観察した。

 ゲントおじさんが、困った顔をして自分の胸をせわしなく触っている。

 ゲントおじさんは自分の胸を触りつつ、口を開いた。

「オズマの解毒剤か。何度も与えなくてはいけないぞ。まとめて売ったら、いくらかは安くしてやるが、それでも値段は高いぞ。いいのか?」

「それでもかまいません」

 カレンは机に顔を埋めたまま、返事をした。リリアンが何か口を挟もうとしたが、ゲントおじさんが提案した。

「カレン。俺と来ないか?」

 血縁関係はないが、カレンを親戚のように思いやってくれている。そんな口調だった。

「お前を街に連れて行ってやる。仕事を紹介するから、街で薬代を稼ぎな」 

「本当ですか?」

 カレンは顔を上げた。前途が明るく光ったような気がする。

「だめよ!」

 リリアンが反対した。リリアンは視線を合わせない。

「貴方は、将来、シグレナスの皇帝になるのよ。街で働かせるわけにはいきません」

 いつものようにリリアンは早口でまくしたてた。いつもなら、カレンが折れるところだが、

「それは間違いないと思う。でも、なんか変。なんで反対するの?」

「貴方が心配なの」

「僕を心配してくれるのは分かる。……でもさ、オズマはどうなの? オズマは死にかけているんだよ。僕の心配よりも、オズマを先に助けてあげようよ」

 リリアンは、視線を下げたまま、なにも答えない。

「ねえ、お母さん。まさか僕を生かすために、オズマを見殺しにする気?」

 リリアンは鼻をすする音を立てて、顔を上げた。

「そうよ。だって、貴方は私の子供なのだから」

 リリアンは葛藤している、とカレンは思った。カレンを生かすか、オズマを生かすかの葛藤である。だが、葛藤するという状態は、オズマを助けたい気持ちは、残っているはずだ。

「嘘をつかないで。お母さんは僕と同じくらいオズマを愛している。お母さんは、どうしてオズマを見捨てることができるの?」

「カレン。この世界はもうとっくの昔に滅んでいるのよ。人類は貝殻頭に隠れて生活をしなくてはならないの。人間が暮らせる豊かな場所なんて、どこに行ってもないわ」

 いつもの台詞がくる、とカレンは直感した。

「これもすべて、魔王(サタン)が悪いの。あの黒い貝殻頭のせいで、人類は貝殻頭に負けたの。人間であって、人間の裏切り者。絶対に許してはいけない」

 リリアンが爪を噛んだ。怒りを感じると、噛む癖がある。カレンは、母親の悪い癖が不快感に思っていた。母親が爪を噛んでいる場所から、逃げたくなる。

「いいや、お母さん。僕は行くよ」

 カレンは胸を張った。魔王だろうと貝殻頭だろうと、オズマの命が救えるなら、怖くもない。

 カレンは、ベッドのオズマが起きていると気づいた。オズマは目を見開き、静かに震えていた。目に涙を浮かべ、唇をひきつらせて我慢している。オズマは、カレンとリリアンの会話を聞いていた。

 リリアンが反論する。

「カレン。お母さんの言うことを聞いて。お薬はゲントさんにお任せましょう。お母さんが頑張って、お金を準備します」

 カレンは母親とゲントおじさんの「話し合い」を思い出し、気分が悪くなった。だが、背筋を正した。

「僕には、シグレナスに住む人たちを守る義務があります」

 カレンは一呼吸置いた。

「……なぜなら、僕はシグレナスの皇子だからです。皇帝になるからです」

 リリアンは目を伏せて、黙った。カレンはオズマの手を取った。

「オズマ、しばらく待っててくれないか。君の病気を治すために、必ず薬を買ってくる」

 毒の影響で、オズマは言葉を返せなかった。だが、カレンにはオズマの声が聞こえた。

「いいんだ。本当はお前こそ、ここにいちゃいけない。俺なんかより、お前はずっとすごい奴だ。世界に出て、すごいことができると思う。……シグレナスの皇帝だとか、ちょっと変わっているけどな」

 カレンは、ときどき聞こえないはずの声が聞こえる。相手が何を伝えたいのか、なんとなく分かる。

 分かった証拠としてカレンはオズマの髪を撫でた。 

「僕よりも身体が大きい赤ちゃん。絶対にミルクを届けてあげるからね。……シグレナスの皇帝を信じなさい」

 カレンはすぐに準備を始めた。銛と、魚のカゴ、虫かご、バッタだ。

 バッタは数日の食糧になる。シグレナスの皇帝に手抜かりはないのである。

「じゃあゲントおじさん、今すぐ行きましょう。僕は準備は万全です。早く連れて行って」

 机をリズミカルに叩いて、ゲントおじさんを煽った。

「お前は気が早いなぁ」

 ゲントおじさんはパンの残りを口に押し込む。

「そうと決まれば、連れて行くぞ」

 ゲントおじさんが手についたパンの粉を払い落とした。無言でリリアンに了承を迫った。リリアンは何も返事をしないが、無言が賛成を意味した。

(ゲントおじさんの言うことは聞くんだな)

 と、カレンは悔しい気持ちになった。母は子供よりも「友人」の意見を尊重するらしい。

 家を飛び出す。ゲントおじさんが従いてくる。

「ちょっとまて」と、小舟の準備を始めた。

 待っている間、カレンは浜辺に打ち上げられる波を見ていた。

 しばらくの間、見慣れた景色とお別れのような気がしてきた。

「カレン!」

 リリアンが朝ご飯の残りをバスケットにつめて、カレンに突き出した。

「生水を飲んじゃダメよ。ご飯の前には必ず手を洗うこと。ちゃんと、いただきますって言うのよ? わかった?」

「わかったよ、お母さん」

 母親の注意事項が面倒になり、適当に受け答えした。バスケットを受け取る。ゲントおじさんの小舟に乗り、船は浜を離れた。

「すぐ帰ってくるのよ」

 リリアンが心配そうな声を出す。カレンには、砂浜のリリアンが小さく見えた。


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