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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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天馬

 “天馬ホワイトペガサス”が着地する。

 蹄鉄ていてつで砂地を鳴らし、カレンに駆け寄った。

 “天馬”が首を振り上げる。

(殺される……?)

 カレンは自分の身を守ろうとしたが、回避する体力も残っていない。

 “天馬”の角に、光が集まりはじめた。“天馬”は一度、頭を振り、光をカレンに向けて放出した。

 カレンは、光に包まれる。

(攻撃をされている……? 違う)

 だが、光は柔らかく、暖かい。

 映像が浮かび上がった。

 映像とは、カレン自身の中身であった。黒い影が血管の内部を駆け巡っている。領地を増やしている黒い影は、毒そのものだ。

 光が、黒い毒を追いかけている。追いつかれた毒は、熱く焼けた鉄板に降りかかった水滴のように、蒸発していった。

(毒が消えていく……)

 カレンは安らぎを覚えた。

 “天馬”と瞳があった。カレンを観察している。

 カレンも“天馬”を観察した。

 きらめく白い毛並に、吸い込まれそうになった。

(なんて美しい姿をしているのだろう……)

 “天馬”の瞳は、何か宝石を埋め込まれたようだ。動物的な柔らかさはなく、鉱物的な硬さがある。

 よく見れば、“天馬”に体毛はなかった。貝殻に似た表面をしている。貝殻が、馬の毛並みを模している。

 この“天馬”は、霊骸鎧オーラ・アーマーなのだ。

(動物の姿形をしている霊骸鎧もいるんだ。……面白いな)

 “天馬”の背後で、ゲルトンが暴れていた。

 砕かれた顎から、黒い液体をまき散らし、青い壁と格闘していた。

「この、この! なんで壁はビクともしないのだ!?」

 自慢の蹄鉄で、蹴っているが、透明の壁はなんの反応もない。

(青い障壁……、それに毒の治療……。これが“天馬”の能力なんだ!)

 霊骸鎧は一体につき、一つしか能力がないと思っていた。だが、強力な霊骸鎧の中には二つ能力を持っている存在もいる。

 カレンの中で、霊骸鎧に対する知識が更新されていく。

 “天馬”は、カレンから目を離し、首を返した。ナスティに近寄った。

 倒れているナスティの前で、立ち止まった。

 白い煙とともに、“天馬”が消えていく。煙の代わりに、老人が立っていた。

 白くて長い髪、厳しい顔つきをしている。白い道着を身につけていた。老人は、杖を地面に押し当て、背筋を伸ばした。

 ガルグであった。

 ガルグがナスティの白い肩を抱き上げた。ガルグがナスティを呼びかけるが、反応がない。両目を閉じて、長い睫毛が見える。

 ガルグは、ナスティの頭に手をかざした。

 カレンには、ガルグの内部が光ったように見えた。内部の光が底から上がって、手のひらから、光が見える。川のように流れている。

 ナスティの額に移って、光に満たされる。

 意識を失っていたナスティの瞳が開く。

 ガルグは、ナスティに霊力を送っている!

 船上で、ガルグがナスティに同じ行為をしていた様子を思い返す。

 ガルグの行為は、霊力を分けていたのだった。

 船上では、さほど霊力に対する理解がなかったので、よく分からなかったが。

 ナスティの発言を思い返す。

「“加速装置アクセラレイター”は、ガルグが傍にいないと使えない」

 ナスティが、ゆっくりと目を開いた。

 ガルグの手を優しく握り、笑顔を見せた。

 ガルグが厳しい顔つきを崩して、優しく微笑み返す。

 二人の間に深い絆が見える。カレンは胸に苦い毒が回ったような感覚に陥った。

 ナスティの両目から、涙が溢れた。

「ガルグ……。ミントが死にました。私の責任です」

 悲しげな声に、カレンは押し潰されそうになった。

(なぜこの人は、自分を責めるのだろう? 違うんだ、ナスティ。レミィが死んだのは、僕のせいだ……。僕のせいにしてくれ) 

 ガルグは、眉に皺をよせて、口を真一文字に結んだ。言葉を失ったのか、とカレンは思った。

 だが、ガルグは乾いた声で、小さく返事をした。

「そうか」

 まるでただの業務連絡を受けたかのような反応である。これ以上、レミィの件については、なにも話をしなくなった。

(なにも反応なし? なにか言ったら? レミィを失って、ナスティは傷ついているんだよ。それなのに、ガルグの反応が冷たすぎる)

 カレンは腹が立ってきた。

 ガルグはナスティを立たせた。

「まだ戦えるか……?」

 乾いた声で事務的に質問をした。

「はい、ガルグ。この身が砕けても、お国のために捧げます」

 ナスティは、上目遣いで応える。だが、足下が揺れている。ナスティは、自分の体重を支えきれていない。

 カレンは、ナスティが不憫でならなかった。

(こんなに傷ついているのに、ナスティをまだ戦わせようしているの? 少しは慰めの言葉もないの?)

 カレンは抗議してやろうと思ったが、自分の肉体が目の前に転がっているので、どうにもならない。

 ガルグは、地面に転がっているカレンを無視して、振り返った。

「そこに漂っている者……」

 ガルグは、カレンの目を見つめている。 どうもガルグは、今のカレンを「見える」らしい。カレンは、火傷した自分自身がうずくまっている姿が見える。目が合っている今のカレンは肉体を持っていない。

 ナスティが怪訝けげんな表情を見せた。ナスティからしてみれば、ガルグは誰もいないはずの虚空にむかって、話しかけているのだから。

「そなたは、ナスティの奴隷であったな。肉体から意図的に出ていったのか……。魂と肉体の分離……。そうそうできる技術ではない。それも緊急避難としての策ではあるが、そのままだと肉体が滅んでしまうぞ。霊力を回復してやるから、戻ってくるがよい」

 魂と肉体の分離……?

 理解を超える話だが、推測するに、今のカレンは肉体から離れている状態らしい。さきほどから視点が入れ替わっている。

 ガルグは、カレンの肉体の前に膝をつき、説明をした。

「私は毒の治療と霊力の分配をすることはできるが、失った生命力を取り戻すことはできん。生き残れるかどうかは、そなた次第である」

 ガルグの隣で、ナスティが目を閉じて、静かに座っていた。ナスティの眉間に霊力が集まっていく。光となった霊力が、ナスティのおへそに向かって走った。

 光がナスティのおへその奥側で集まると、飛散した。散り散りになった無数の光が、身体中を駆け巡る。ナスティが目を開くと、疲れ切っていたナスティの瞳が、生気を帯びだした。

 ナスティは霊力を操って、自分の怪我を治している!

(たしか移動中で元気になっていた。最初は歩けないくらいだったけど、僕よりも跳べるようになっていたな。女の子って、男と身体のつくりが違うから、怪我の治りが異様に速いんだと勝手に思っていた。僕も真似をしたら、できるだろう)

 ナスティに気を取られていると、枯れ木のような筋張ったてのひらが、カレンの額に触れた。カレンは眉をひそめた。

(なんだか不快だ。この人にこんなことをされると、なんだか腹が立つ)

 ガルグの掌を払いのけたくなった。

(僕は、このガルグが嫌いだ。優しくない。冷たい。ナスティも、レミィも、この人に利用されているような感じがする。きっと悪い人だ)

 心の中で悪口を吐いていると、滝の映像が見えた。

 ただの滝ではない。黄色に輝く光の滝だ。光の滝から、川が流れている。ここは、どこかの山奥だ。

 カレンは、青く澄んだ川に足を踏み入れた。冷たくて、心地よい。

 光の滝に頭をつける。無限に湧いてくる光を浴びて、カレンは暖かくも清らかな感覚に身を委ねたくなった。

 ナスティのときと同じく、カレンの身体に霊力が流れ込んでいく。

 映像が変わった。

 女性が寝台の上で身を起こしていた。

 お腹が大きい。この女性は、妊娠をしている。

 カレンは、空中で漂っていた。上から見て、女性の特徴に目を引かれた。

(この人、片腕がない……!)

 右腕の肘から、先がない。寝台の隣で、椅子に座って、女性のお腹に手を当てている人物がいた。

 黒い髪が肩まで届き、髭を生やし、立派な男であった。

 目を閉じて、お腹にいる子供に、霊力を送っている。

(たぶん、この男の人は、若い頃のガルグだ)

 カレンは一瞬で理解した。分かりやすくて、なんだか笑える。

 女性が、ガルグに話しかけた。

「陛下。男の子が生まれたら、エイルと名付けましょう」

(陛下……? 国王? ガルグはどこかの国の王様だったの?)

 若い頃のガルグは目を開いた。鷹のように鋭い眼をしている。眼には、力強さと賢さに輝いていた。

 女性のお腹に手を当てたまま、返答をする。

「エイルとは、なんだ? 聞き慣れぬ言葉だな」

 穏やかな口調で、返事をする。

「この国では“勇者”を意味するものです。貴方の子ですもの、男の子として生まれたのなら、歴史に名を残す勇者になるでしょう」

「そうか」

 ガルグが低い声で返事をした。聞く側に冷たい印象を与える回答だが、カレンは、この男の口癖で、悪気がないのだ、と気づいた。

「では、女が生まれたときは、どうする……?」

 ガルグの質問に、女性が笑った。

「陛下がお決めになって。私ばかり決めては、陛下は笑われてしまいますよ。我が国の王は、子どもの名前すら決められないって」

「私には、人の名前がどうとかよく分からぬ。珍妙な名前をつけるかもしれん。それでは、その子にとって一生の負担になるぞ」

 ガルグの返事に、カレンは全力で首肯した。この人物には命名的才能ネーミングセンスが圧倒的に欠落している。

「娘の名前も、そなたが決めよ。どこぞの国であれば、妻……いや、母親が子どもの名前を決めるという」

「ここは、どこぞの国ではありません」

 ガルグは顎を上げて、困った表情をした。ガルグが口を開こうとした瞬間、カレンは目を覚ました。

 だが、大きな掌が邪魔で前が見えない。

 ガルグの掌が、カレンの顔から離れると、ガルグの厳しい顔つきが見えた。ゆっくりと立たせてもらう。

 カレンは、肩を回すと、寝覚めのよい朝を迎えたような気持になった。

「なんだか生まれ変わった感じがする……」

 ガルグは、カレンから背を向けた。

 ガルグの後ろ姿が、以前よりも細くなったような気がする。必死に見せまいとしているが、疲れが出ている。

 ガルグは顔だけ振り返り、カレンに説明した。

「そなたの霊力は、まだ万全ではない。そなたの器をすべて満たすには、私が三人でも足りぬ」

 カレンは、皿を想起した。ガルグが皿に、牛乳を注いでくれる。カレン自身が皿だとしたら、満杯になるには、ガルグが三人分も必要らしい。

「今は、肉体の治療に専念せよ」

 ガルグは歩を進めた。やり方は教えてくれない。だが、ナスティが隣でお手本を見せてくれている。

「どうした、まだその壁を崩せんのか!」

 遠くから、クルトが怒号をあげている。青い障壁の前で立ち往生しているゲルトンとメーダに向けた怒りである。

 ガルグがクルトの存在に気づいた。恭しい態度で、お辞儀をした。

「お久しぶり……。“兄弟”」

 ガルグは笑みを浮かべた。口元から皮肉な意味合いを、カレンは感じた。

 クルトは首を捻った。

「この俺様を知っているのか……? たかがザムイッシュのくせに」

 怖々とした口調で、口元に手を当てる。誰だか思い出そうとしているが、苦戦している。

 見知らぬ人から「兄弟」と呼ばれたら怖いだろうな、とカレンは思った。

「私を忘れたか、“兄弟”? 心まで霊落子スポーンに堕ちていったか。つくづく哀れな奴よのう」

 ガルグは笑顔を絶やさずも、冷たい口調で応えた。

 手で、空を払うと、青い障壁が消えた。

 青い障壁の前で立ち尽くしていたゲルトンとメーダが、一瞬お互いの顔を見合わせた。

 正気を取り戻し、ナスティに向かった。

 カレンは、息を呑んだ。ナスティは、目を閉じて、自分の体力を回復させている。完全に無防備である。

 クルトが叫んだ。

「待て! まず、あのジジイを殺せ! 回復役が優先だ! 生身のザムイッシュであれば、加速装置に対応できまい」

 ゲルトンとメーダはナスティを無視し、ガルグに向かって身構えた。標的を変えたのである。ゲルトンは、ガルグを敵というよりも、虐殺の対象であるかのような目で見ている。

 対するガルグの後ろ姿は、風に手折れる小枝のようだ。

 ガルグからは霊力を感じ取れない。

 カレンの視界が、黒い世界に変わった。ガルグの背中から、煙が立ち昇っている。

(この煙は、霊力だ)

 ゲルトンやメーダからも煙が揺らしている。二体の貝殻頭シェルヘッドと比べると、ガルグの煙は細く、低かった。ガルグの煙は三分の一、といったところだ。

 三倍の霊力を持つ敵が二体。

 実質の戦力は、六対一である。敵も消耗しているとはいえ、ガルグの消耗はさらに激しい。

 カレンは、ガルグに向かって叫んだ。

「ガルグ。大丈夫ですか? そんな霊力をすべて使い果たしているのに? しかも変身しないんですか? 生身の身体だったら、やられちゃいますよ?」

 ガルグは、カレンに一瞥いちべつだにくれず、低い声で返事した。

「そうか」

 ガルグは敵を見ている。

 メーダは鋭い棘の鞭を振り回した。威嚇している。

 ゲルトンは、ナスティに目を潰されたメーダにガルグとの位置関係を伝えている。

 ガルグが片脚で、砂の地面に円を描いた。円の中心に立ち、両肩を下げた。右手にある杖の先端が、地面を指している。

 馬面のガルトンが、面喰った表情を見せた。

「そんな無防備な構えで、俺たちと戦うつもりか? どうした、ジジイ。命が惜しければ、変身をしてみろ」

「当方はこれにて結構。迎撃の準備あり」

 ガルグは、鋭い口調で、ゲルトンの発言を遮った。ゆっくりと目を閉じる。

「おのれ、ザムイッシュのジジイ。神の子アポストルをあなどるかぁ!」

 ゲルトンが、フェイントをおり混ぜながら、高速で動く影となった。

 同僚のメーダも加速状態に移る。二対の軌道が螺旋を描いて、ガルグに飛びかかった。

 カレンの視界が暗くなった。

 暗い世界では、ゆっくりと時間が流れる。

 ゲルトンとメーダがガルグを、左右から挟み撃ちにする様子が見えた。

 ガルグは杖を右に振り上げ、ゲルトンの額を突いた。

 腕を返し、杖を反対方向に向けた。杖から霊力が放出して、メーダの右肩を砕いた。

 暗い世界が終わると、二体の貝殻頭が地面に倒れて悶えていた。

「そ、そんな馬鹿な……! 俺はともかく、メーダの鞭は杖よりも長いはず」

 ゲルトンが身体を起こす。明らかに動揺している。

「分からぬか? 私の杖は、霊力を通す構造になっておる」

「いや、ジジイ。貴様にはエーギルは残っていなかったはずだ」

 ゲルトンがまた加速状態になった。ガルグの背後に回ると見せかけて、正面に回り、どこからともなく出した斧を振り上げた。

 ガルグはまるで予知していたかのように、身体を半回転させ、ゲルトンに背中を見せた。ゲルトンの斧が空を斬る。

 状況を把握できないゲルトンの首に、ガルグの杖が突き刺さる。

「高速移動中の攻撃をかわしてからの、背面突きだと……。なんという技だ?」

 ゲルトンはガルグの背中を、ガルグの右肩から伸びる杖を見た。

片翼スピーニング円舞カウンターソード……」

 ガルグは、すでに絶命したゲルトンを放り捨てた。

 メーダが距離をとって、鞭を飛ばす。

 ガルグが杖で身を守ると、鞭が杖に絡まった。ガルグは杖を天空に向かって投げ、両腕を広げた。

 左右の腕から、強力な霊力が集まる。

 両の手を胸の前に打ち鳴らす。

 霊力の光が熱量となって、メーダに向かってほとばしった。メーダを蒸発させ、クルトたちのいる場所に衝突し、爆発となった。

 岩と砂と煙を巻き上げる。

 カレンは無防備なナスティを守ろうとしたが、危険はナスティやカレンのいる場所までには届かなかった。

 遠くの爆発に背を向け、ガルグがカレンたちの場所に戻る。

 カレンは、ガルグに訊いた。

「もう霊力はないはず。どうして貴方は霊力を使えたのですか?」

「……そなたは霊力吸収エナジードレインを知らぬのか」

 ガルグは呆れた風で応えた。



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