表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
27/173

消耗戦

 身体が燃える。

 熱い。

 ここは、窮屈だ。

 焼かれた肉の中に押し込められているようだ。

 焼かれた肉に、身体全体を潰されそうだ。

 カレンは身体を両側から焼かれる思いで、叫んだ。

 叫ぶ自分がいる一方で、冷静になっている自分がいる。

(僕は誰だ……?)

 女の子が見える。後ろ姿で顔が見えない。騎士のような甲冑に身を包んでいる。

(僕は、カレン……サザード……? いや、カレン・サザードはあの女の子だ。あの女の子は、ナスティだったはず。ただのナスティ? ナスティとか、名前にしては不自然すぎる。あだ名や偽名だったら、納得できるけれど。……ナスティの本名が、カレン・サザードだった)

 カレン・サザード。

 その名前がカレンの頭の中を駆け巡る。

(……カレン・サザードって、誰? どうして、僕はカレン・サザードなの……?)

 夢を見ているようだ。

 だが、カレンには、霊骸鎧オーラ・アーマーとなったナスティの後ろ姿が見える。ナスティの霊骸鎧にはスカートがついていて、ナスティはスカートを託しあげた。スカートの裾を横に払う。

 カレンは片目が見えなくなったが、見えるもう一つの目で、ナスティを見ていた。

 頭が痛い。頭がみるみる膨らんで、破裂しそうだ。

(どうする? この状況からどうやって脱出する?)

 カレンは自分の生を諦めていなかった。助かる方法は隠されている。見落としはないか?

 二人の自分が混濁こんだくしている。

 苦痛にのたうち回る自分と、冷静に解決策を求める自分。

 冷静な自分が見た映像は、緑色に溶けたヨーガスの姿であった。“聖女騎士パラディネス”となったナスティの前に、立ちふさがった。

 ヨーガスは、一度身体をそらし、勢いをつけて目から酸の液を飛ばした。酸の液は、放射線を描いてナスティめがけて飛んだ。だが、ナスティの姿がなく、酸の液は地面を僅かに溶かしただけであった。

 ヨーガスは戸惑い、周囲を見回した。ナスティを見失っている。

 ナスティは、ヨーガスの頭上を遙か高く、飛び越えていた。空中で身体を捻り、槍を手にした腕ごと、全身を真横に回転させた。ナスティ自体が、高速回転をしている。

 きらめく槍の回転が、舞い落ちる花びらのようだ。

 ナスティがヨーガスの背後に着地した瞬間、ヨーガスの頭部は真横に飛び落ちていった。ただの球体となった頭部は、勢いよく砂地の上を転がっていく。

 ヨーガスの頭部が、川に流れる花びらのようだ。

(あれが落花流水剣スピーニングデッドリーソード……)

 カレンは、ナスティが必殺技の名前を主張していた状況を思い返すと、名前の由来が理解できた。

 ヨーガスの緑色に溶けた顔面は、驚きの表情を浮かべていた。離れた胴体が、地面に音を立てて倒れる。

「いったい、俺は何をされたんだ……?」

 首だけの状態で、ヨーガスは疑問をていした。だが、両脚を揃えたナスティにハイヒールで踏み潰された。

 ナスティは、次の標的……毛むくじゃらのマルハに目を移した。

 マルハの体毛は茶色く、両肩から火炎放射器が突き出ている。ナスティに向かって、火炎放射器が火を吹いた。

 放火と同時に、ナスティの全身から、黄色の光が解き放たれた。

 ナスティが残像と光の煙を残し、水平移動をした。動きが速く、姿を肉眼でようやく追いつけるほどだ。

 カレンは、ナスティの能力である“加速装置アクセレイター”だと瞬時に理解した。“聖女騎士”の両肩から黄色い煙が激しく出ている。

(あれが加速装置? 霊力オーラの消耗が激しい……。ナスティ、後先のことを考えていないな)

 ナスティは、マルハの背後に回り込んでいた。

 マルハの首に向かって、槍を一閃する。だが、槍は金属の壁に打ち付けられたかのように跳ね返された。

 マルハの体毛が、魚鱗のように白く輝いていた。いや、魚鱗に変化した、というべきか。

 ナスティは手持ちの“天使の槍”を“重機関銃ヘヴィマシンガン”に持ち替え、至近距離で撃ち込んだ。

 銃弾が、跳ね返っていった。だが、魚鱗も数枚、空中に飛び跳ねている。

 魚鱗のマルハは、両腕で顔を守った。防御態勢だ。銃弾の方向に身を斜めに構え、威力を受け流している。

 カレンには、蓑虫のように見えた。

 ナスティは重機関銃を連射しながら、左に移動した。一定の距離を保ったまま、更に左に高速移動する。ナスティの残像がマルハを取り囲んだ。

 マルハは、全方位から来る弾丸の雨に、その身を揺れ動かせていた。

 時折、火炎放射で反撃をするが、ナスティが間合いを完全に読み切っているので、届かない。

 ナスティの重機関銃が十字の光を放つたびに、マルハの全身から、魚鱗のような体毛が吹雪のように舞い上がった。

 ナスティは、連射を止め、マルハに接近した。マルハの背中は体毛が剥がれ落ちて、地肌を露出していた。

 ナスティは武器を天使の槍に換装して、マルハの背中に突き刺した。

 槍は、マルハの腹を突き破った。マルハは前後から、黒い液体が飛び散った。ナスティは、震える両手で、マルハごと槍を高々と持ち上げた。

 天に生贄として捧げられたようなマルハが、なにか天に向かって悲鳴をあげた。人語を喋らないため、意味は分からないが、響きに恐怖が含まれていた。生に対する未練のような、命乞いにも聞こえる。

 ナスティは槍を返し、容赦なくマルハを地面に叩きつけた。

 地面は崩れ、岩と砂をまき散らす。マルハだった物体が顔面が液体を飛び散らかしていった。

 貝殻頭から驚きの声がわき起こった。

 遠く離れているのに、カレンには、クルトの声が聞こえた。

「さすが俺が惚れた女だ」

 仲間に聞きとれないほど小さい声で呟いている。カレンには、クルトの様子が分かった。

 クルトは、目を細めて自分が褒められたかのように喜んでいる。

 クルトの隣にいる貝殻頭シェルヘッドが、クルトに耳打ちをした。さきほど、レミィを氷の槍で貫き殺した奴だ。白くて、烏賊いかを思わせるような頭部をしている。貝殻頭、というより烏賊頭という風貌である。

「クルトよ。ヨーガスとマルハを打ち破るとは、あの小娘、なかなかやるのう。加速装置をもっておるとはのう」

 同僚の心配を一蹴するように、クルトは豚鼻を鳴らした。

「案ずるな、イドルト。一番恐るべきは、あの銀髪の小僧だ。奴は女よりも、遙かに危険な存在なのだ。銀髪の小僧を倒してしまえば、女は恐れるに足らん。俺は、あの小娘に一度勝っている」

 クルトは顎をしゃくった。

「それに、見てみろ、あのエーギルの放出量を。あんなに使ってしまえば、もう長くは持たん」

 顎の先には、ナスティが立っていた。

 全身から立ち上る黄色い煙は、徐々に量を減らしている。

 クルトの隣に座っていた貝殻頭が前に進み出た。骸骨のような白い顔には、くぼんだ両目があった。全身は霧に似たモヤを解き放っている。

 クルトが同僚を見て、笑みを浮かべた。

「メーダか。お前は加速装置を持っていたな。次はお前が行け」

 だが、他の貝殻頭が割り込んだ。馬を思わせる顔つきだった。

「まて、加速装置なら、このゲトルンも持っているぞ」

 二体の貝殻頭が、クルトに押し寄せた。どちらがナスティと戦うか競っているのである。クルトは穏やかに命令した。

「メーダ、ゲトルン。二人掛かりでいけ。時間を稼ぐことだ。徹底的にな。戦いを長引かせ、奴の消耗を待て」

 二体の貝殻頭がうなづいた。メーダは白い煙、ゲトルンは黄色い煙を放って、高速移動した。ナスティに向かう。

 イドルトがクルトに提案した。

「クルト。もう一度レバーを引け。そうすれば闘技場が海水で満たされるだろう。女の変身もすぐに解ける」 

 イドルトの提案に、クルトは笑い、顔を手で隠した。

「実は、さっきの発言はハッタリだ。一度注水すると、次の海水が溜まるまで時間がかかる。あと三十分と言ったところか。……もっとも、奴が三十分持てば、の話だがな。海水は必要なかろう」

 クルトは予想した。

 骸骨頭のメーダは、高速移動中のナスティに向かって、正面から飛んだ。

 メーダの腕から鞭が伸びる。ナスティの槍よりも遠い位置からナスティを捉えた。

 鋭い棘がついたむちが、ナスティの胸部に絡みつく。メーダが鞭を引くと、不快な音を立てて、ナスティの霊骸鎧を傷つけた。

 空中のナスティに、側面からゲトルンが飛び込んできた。

 ゲトルンの脚は、馬のひづめに似ている。蹄の先には、凶悪な形状をした蹄鉄ていてつが装着されていた。

 鞭の苦痛で揺らぐナスティのわき腹めがけて、ゲトルンが跳び蹴りを食らわした。蹄鉄がめり込み、ナスティが身体を曲げて苦しむ。

 吹き飛ばされたナスティは、縦回転をして、着地した。

 体勢を立て直す。

 槍を重機関銃に持ち替え、銃口をゲトルンに向けた。

 だが、メーダの鞭が、重機関銃を絡めとった。ナスティとメーダの間で綱引きが始まり、放たれた銃弾は上空に消えていく。ゲトルンが、ナスティの背後に向かって手斧を振り上げ、迫る。

「腕をもらったぞ!」

 綱引きをしているナスティの右腕を、斬り落とすつもりだ。ナスティは重機関銃を手放した。重機関銃が、メーダの鞭に引かれ、宙を舞う。

「武器を捨てたか! だが、これでお前の負けだ、観念しろ! ……うげぇ」

 勝ち誇るゲルトンの声が悲鳴に変わった。

 ナスティの右足が、ハイヒールの先端が、ゲルトンの股間を蹴り上げていたのである。痛みに歪む顔のゲルトンに、ナスティの平手打ちが雷のように鳴り響いた。

 ゲルトンが、面白いように転げ回った。

 だが、メーダはナスティの首に向かって、鞭が飛ばした。

 ナスティはわざと左腕に絡まさせた。鞭の棘が、ナスティの腕に食い込む。

 だが、ナスティは意に介さない様子で、メーダに向かって駆けだした。

 メーダは動揺している。メーダには鞭以外の殺傷武器がないからだ、とカレンは推測した。

 ナスティは人差し指と中指で二本の爪をつくり、メーダのくぼんだ眼窩に、突き刺した。ナスティは全体重をかけ、メーダの眼窩をえぐった。

 引き抜くと、メーダは黒い液体を二方向にまき散らした。

 メーダは顔を押さえ、その場に座り込んだ。座り込んだメーダの両肩から、白い霧を発生させた。

 闘技場は白い霧に覆われていく。

「メーダめ、本気を出したな。おい、その女は俺の物だ。殺すことは許さんぞ」

 と、クルトは子どもの悪戯を窘めるような口調で笑った。

 ナスティは周囲を窺った。霧の中、ナスティは敵を見失っている。カレンには、ナスティの背後にゲルトンが迫っている

「ナスティ、後ろ!」

 カレンは叫んだ。だが、声が出ない。当然、ナスティには聞こえていない。ナスティの無防備な背中に、ゲルトンの蹄鉄がめり込んだ。

 紙きれのようにナスティは飛ばされた。

 地面に手を突いて、激突は免れたものの、敵の位置が分からない。

 闇雲に背後を振り払う仕草をするが、ゲルトンはナスティの正面に立っていた。 

「ナスティ、逃げて!」

 カレンの声は届かない。

(僕に声が出せれば……。奴らの位置をナスティに教えてあげることができれば……)

 カレンは自分の弱さに情けなくなった。

 ゲルトンはナスティの片腕を絞め上げた。ナスティの抵抗は弱々しく、やり返す力が残っていない。

 ゲルトンが叫んだ。言葉足らずだが、こういう意味らしい。

「メーダ、こっちだ! こいつを、上に飛ばせ!」

 よく見ると、ゲルトンの顎は半壊している。

 両目を潰されたメーダは、ゲルトンの声を頼って、鞭を放り投げた。棘付きの鞭が、不愉快な金属音を立てて、ナスティの首に絡みつく。

 メーダが両脚を踏ん張り、鞭を操作して、ナスティを上空に投げ飛ばした。

 ゲルトンも飛んで、ナスティを追いかけた。

 上空でナスティと並び、一回転して、両の脚にある蹄鉄でナスティを蹴り飛ばした。

 ナスティは受け身を取る力も残っておらず、壁に激しく打ち付けられた。壁は岩と砂となって舞い上がり、崩壊した。

 黄色い煙をあげ、聖女騎士は消滅した。代わりにナスティの白い肩が露わになった。肩に黒い髪が流れる。

 ナスティは傷つき、力尽きていた。必死に立ち上がろうと、地面に拳を当て、身を起こす。

「リコを守るんだ……。絶対にこれ以上、誰も殺させはしない……」

 だが、力が足りず、滑るように倒れた。

 ナスティの姿を見て、貝殻頭たちは笑い声をあげた。

 ゲルトンが、ナスティに向かって歩き出した。これまでは加速装置での戦いであったが、その必要はなかった。加速状態は解除されている。

「やめろ、ナスティに近づくな! ナスティに何かしたら、僕が許さない!」

 カレンは叫んだ。カレンは貝殻頭に対する怒りと、ナスティに対する哀れみが混ざって、身も心も破裂しそうであった。

 ゲルトンがナスティの黒い髪に手を伸ばす。

 触れようとしたとした瞬間、ゲルトンの手が弾かれた。

 ゲルトンとナスティの間には、青白い透明の壁ができていた。

「なんだ、これは……?」

 ゲルトンが指先で壁を突く。電気のような反応で、また弾き飛ばされた。

 クルトたちが天を見上げて、どよめいた。

 空を見ると、四の脚を持った動物が舞い降りてきた。

 その動物は、白い翼を背にし、額には白い角を有している。

天馬ホワイトペガサス

 カレンには、どこからかともなく声が聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ