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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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 カレンは衝撃を受けた。鉄槌で後頭部を殴られたように、身動きができない。

 ナスティが提案する。

「さっき決まった名前……ジョエル・リコを試してみろ。すばらしい名前だから、霊骸鎧(オーラ・アーマー)も喜ぶぞ。響きも可愛いし」

「決まってもいないし、可愛くもないと思うよ」

 カレンの反論に、ナスティは眉をつり上げた。怒っても、顔が可愛いので怖くない。

「軍人たる者、上官の命令にゴチャゴチャ逆らうな。いいから、やれ!」

 カレンは“最終(ラスト・ワン)勇者(・スタンディング)”に、恐る恐ると声をかけた。

「……ジョエル・リコ」

 馬鹿馬鹿しいとは思うが、一握りでも可能性があれば、賭けてみたい。

 “最終勇者”は全身から、静かに光を放っている。特別な反応はない。

「貴様はジョエル・リコではなかったのだな」

 ナスティは、長い睫毛(まつげ)を伏せた。残念そうな反応である。

「本当の名前を知れば、変身できるだろう。本当の自分に出会うことだ」

 カレンは返事をできなかった。状況を整理できない。

 ナスティは慌てている。

「リコ。ガルグは、変身していない状態が強いんだぞ」

 なぜガルグが出てくるのか理解できなかった。

 カレンは、白髪の老人ガルグを思い浮かべた。たしか、船の上で、貝殻頭(シェルヘッド)の上に乗って、身動きを封じていた。

 ナスティは、弁明しているかのように話を続けた。

「ガルグは武器を失うとな、更に強くなるのだ。……私の五百倍は強い」

 武装解除された老人が強くなる理由がよく分からないし、五百倍の基準もよく分からない。ただ、ナスティはナスティなりに慰めてくれているのだと分かった。

「ちなみに、ナスティの能力は何?」

「……私か? 私は加速装置(アクセレイター)だ。霊力の消耗が激しいからな、短時間しか戦えないのだ。すぐに変身が解けてしまうな。……ガルグが(そば)にいるときにしか使えない」

 カレンは我に返った。変身できるかどうかとか、能力がどうとかではなく、自分の名前が『カレン・サザード』ではない……この事実が問題なのだ。足下の地面が、本当に崩れ去っていきそうな感覚に陥った。

「僕がカレン・サザードでないとしたら、僕は一体誰なんだろう……?」

 カレンは途方に暮れた。生きてきたこれまでの時間が否定されたようだ。

 ナスティが不思議そうな表情を浮かべている。

「名前など、私は気にしたことがないな。……貴様がこだわる理由が分からん」 

「気にしないって、う○こちゃん(ナスティ)。君が言うと、説得力を感じるなぁ。ひどい名前だけど」

「ガルグがこの名前をつけてくださったのだ。とても誇りに思っているぞ」

 ナスティは腰に手を当て、胸を張った。大威張りの様子である。

 どれだけガルグを尊敬しているのだろうか。

 カレンは呆れた。

「僕ならガルグに抗議するね。へんてこりんな名前は、遠回しな虐待だよ」

 カレンが率直な感想を告げても、ナスティは誇らしげであった。

「私は気にしない。薔薇(ばら)をなんと呼ぼうと、薔薇は薔薇だ。それに、この名前には深い意味があるのだ……」

「どういう意味があるの……?」

 カレンは、ナスティの横顔をのぞき込んだ。名前に隠された意味があるなんて、初めて聞く話である。好奇心に負け、カレンはナスティの周囲にまとわりついた。

 だが、そんな好奇心も一瞬にして構っていられなくなった。

 遠くで、物音が聞こえたのである。金属が()れ合っている音だった。

 実際に聞こえたわけではないが、カレンには感じた。

 目を閉じて、貝殻頭の状況を探る。

 一体の貝殻頭が、崩れた地面を目の前に立っていて、槍と盾を捨てた。宙に浮かぶ線路の上で、四つん這いになった。

 背後にいた貝殻頭も同じく武器を捨て、四つん這いになった。仲間の背中を這って進み、線路の途中で止まった。

 後続の貝殻頭も、同僚の真似をする。

 貝殻頭の橋が完成した。

 貝殻頭の列が、仲間を踏みつけて、進軍している。

 カレンは目を開いて、ナスティに報告した。

「貝殻頭だ……。ここに近づいてくる。逃げよう」

「私は変身できるぞ」

 ナスティが肩で風を切って、応戦の姿勢を示した。カレンはナスティの腕を引いた。

「だめだ、数が多い。それに、クルトが出てくるまで、体力は取っておいて」

 カレンは逃げ場を探した。

 足下から冷たい空気が流れ込んでくる。ここは絶壁だ。空でも飛ばない限り、どこにも行けないだろう。

 壁を見た。重厚な煉瓦(れんが)づくりで、押しても反応がない。手で触れていると、疑問が湧いてきた。

「この裏はどうなっているのだろう?」

 カレンは目を閉じた。

 壁の向こう側に、空間がある。ただの空間ではない。地面もある。さらには、通路がある。

 目を開いて、壁が途切れている箇所を見つめた。壁は地面と一緒にえぐれている。

 カレンの頭に、ある推理が過ぎった。

 えぐられて、存在しないはずの壁を想像する。

 もともと一個の空間があったが、壁で二つに仕切っていた。えぐられた壁には、扉か門か何かがあって、二つの空間を出入りしていたのであろう。

 軍用食の入っていた箱を触る。空中の浮島に放置された箱を背に、カレンは閃いた。

 カレンがここに立つ現在地は、食料の貯蔵室だった。

 軍用食(レーション)の箱を、貨車(トロッコ)で、貯蔵室まで輸送する。

 壁の向こうから兵士たちが列をなして歩いていく映像が見えた。

 もはや存在しない出入り口の先で、兵士たちが軍用食の受け渡しをしている。食料を受け取った兵士たちが向かう場所は、都市から離れた敵地である。

「この先を進めば、外に出られる……」

 カレンはナスティに結論を告げた。

「でも、どうやって?」

 ナスティが疑問を呈した。不安げな表情である。

 壁を破壊できる霊骸鎧を呼び出そうとしたが、カレンには霊力が残っていない。“最終勇者”を呼ばなければよかった、とカレンは小さく後悔した。

 カレンは崩れた壁を指さした。

「壁がない場所を通るんだ。……床もないけど。壁に(つか)まって、隣の部屋まで伝って歩けばいい」

「もしも、壁の向こうに何もなかったら?」

 ナスティが心配する。カレンは、ナスティを安心させるため、穏やかに説明した。

「そこは心配しなくていい。この部屋は食料を貯蔵する部屋だ。だったら受け取る部屋もあっていい」

 伝え終えると、貝殻頭たちの接近を感じた。自分たちが思っている以上に、貝殻頭の進軍は速い。

 これ以上、問答している時間はない。

 カレンは壁に手をつけた。掴まる箇所は少なく、足下は瓦礫で、岩や煉瓦が谷底に呑み込まれていく。

 この煉瓦づくり壁は、初め一枚の壁かと思ったが、分厚い二重構造になっていて、向こうの部屋まで、割と距離があった。

 カレンは片足を伸ばし、指先を動かしたが、空を切るばかりでとっかかりがない。

 ナスティが小さく悲鳴をあげる。

 カレンは片足を戻し、線路側をのぞき込む。

 灯りに照らされて、小さいながらも貝殻頭たちの姿が見えた。自身の身体を橋にしている。

「ナスティ。君が先に行ってくれ」

 カレンはナスティと場所を入れ替わろうとしたが、ナスティはカレンの脇を飛んだ。ナスティの飛び込んだ先は、谷底であった。

「ナスティ!」

 首を回して、ナスティを目で追いかける。

 そのまま谷底に落ちていくかと思ったが、ナスティの足裏が煌めいた。

 空中に円形の光が発生した。

 光の円を蹴って、カレンの反対側……目的地に着地した。

「心配には及ばない。これが空中二段跳びだ」

「……僕には無理だね」

 カレンは首を傾げた。

 後に続かなくては、と思った。腕が震え出す。カレンの筋力も限界を越えてきた。

 空を切る足の指先が、一個の岩を捉えた。

 壁の境目にもう片方の足をかけ、一気に飛び乗った。

 ナスティのいる場所に、着地したはずだった。だが、足下が崩れた。

 向こうにいるナスティの姿が見えた瞬間、カレン自身が谷底に呑み込まれていく。

 腕に強い力が懸かった。

 カレンの腕をナスティが掴んでいた。眉間にしわを寄せている。

 カレンは両脚を振り回すが、足場はない。冷たい空間があるばかりだ。

 ナスティが早口で喋る。

「リコ、腕を引きあげるぞ」

 ナスティが腰を落とし、もの凄い力で引き上げる。

「リコ、私の身体をよじ登れ」

 命令に従うと、色々と柔らかい。命が懸かっているので、楽しんでいる余裕もないが。

 カレンは床に手をつけた。

 肩で息をする。後ろでナスティが仰向けになって同じく肩で息をしている。

 気配を感じる

 見上げると、一体の貝殻頭が立っていた。


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