名前
ナスティは毛布を身体に巻き付け、立ち上がった。
「言っておくが、霊骸鎧に変身できない奴もいるからな。それは承知しろ。……リコ。まず、目を閉じろ」
自分の腰に手を当てる。もう片方の手で、カレンの額に指を押しつけた。軍人から教師に転職したようである。
カレンは目を閉じた。いつもやっている作業だ。
「次に、自分の首を斬り落とせ」
ナスティは真面目な口調で、おかしな発言をする。カレンはナスティの思考を疑った。
「馬鹿ッ。イメージをしろ、と言っているのだ!」
ナスティは顔を赤らめた。
カレンは映像を思い浮かべた。自分自身の頭を鉈で横に斬り飛ばす。カレンの頭は転がって消えていった。
「首の中をのぞき込め。中は真っ暗で、空洞になっているか?」
頭を斬り落とされた首は、切り株のようだった。ナスティの指示通り、切り株……身体の中を覗きこむと、闇であった。
「へその奥側に、なにか光が見えないか……?」
暗闇の先には、光が複数あった。いくつもの光が回って、円を描いている。追いかけっこをしているかのようだ。
ナスティの問いに、カレンが「うん」と首肯した。
ナスティは、さらに訊いてきた。
「光は何色に光っている?」
ナスティの質問に、カレンは戸惑った。色は、数の分だけあって、どれを答えてよいか分からない。
「黄……」
正確な表現ではなかった。ナスティが想像してする質問と、カレンの見えている映像に差がある。
「すると、貴様の属性は『光』なのだな。私と同じ」
ナスティが意外そうな口調で反応する。カレンは嘘をついていても、意味はないと悟った。
「違うよ。他にも光が五つ見える。白、赤、青、緑、黒……。六つの光がグルグルと回っているんだ」
「ちょっと待て。目を開けろ」
目を開くとナスティが驚いている。動揺した顔を寄せてくる。
「リコ、貴様はおかしい。普通ならば、光は一個しかないはずだ」
息が顔にかかって、カレンは恥ずかしくなった。思わず顔を逸らした。
「いや、僕には六つ見える」
ナスティは眉にしわを寄せ、首を傾げた。しゃがんで、地面の砂に指を入れた。何か図を描いている。
「霊力には、それぞれ属性がある。全部で六つだ」
光
火 天
水 地
闇
「光っている色には、それぞれ自然の現象を表現している。黄色は『光』、赤は『火』、白は『天』、青は『水』、緑は『地』、そして黒は『闇』だ。これを属性と呼んでいるのだ。普通は、一人一つしかないんだぞ」
霊骸鎧は六つの属性に分かれている!
カレンの理解が飛躍した。
火の(・オブ)騎士を思い返した。完全に『火』属性である。
ナスティが口を開く。
「貴様のように、全部、という奴は初めて見た。私はずっと、貴様を『水』属性だと思っていた」
「なぜ僕が『水』だと思ったの……?」
「『水』属性が唯一変身しなくても、能力を使えるからだ。貴様は変身をせずに、霊骸鎧を操っていた。霊骸鎧を操る能力が貴様の能力なら、『水』タイプでないとすると、一回霊骸鎧に変身しなくてはならないからな。……ちなみにミントも『水』属性だ」
確かに、レミィは変身をしなくても、カレンの怪我を治していた。
『水』以外の霊骸鎧は、変身しなくては能力を使えない。
「言われてみると、レミィは『水』のイメージにピッタリだね。穏やかで癒し系の性格だし……。ナスティは、何属性なの?」
「私か? 私は『光』だ」
カレンは納得した。ナスティは、黄色くて暖かい霊力を放っている。
「霊力の属性と、性格は関係があるのかもしれないね。……ちなみにインドラは?」
「インドラか? 奴は『闇』だぞ。奴の性格も霊骸鎧も、なんとも面倒臭い奴だ」
インドラの話をすると、ナスティの表情が曇る。あまり友好的とはいえないらしい。
「僕はインドラと絡みがないので、なんとも言えないな。……ちなみにガルグは?」
「もういい、きりがない。続きをやるぞ」
ナスティは会話を遮断され、カレンは目を閉じた。
内部で光の玉が、額から臍に向かって連なり、柱を作っている。
上から闇、地、水、火、天、光と並ぶ。
「光の玉が見えるのだな? ……『霊力開放』をしろ」
「『霊力開放』……なにそれ?」
「額から霊力を外に出すことだ。イメージしろ。大切なことは、イメージをすることだ」
言葉は知らないが、やった経験はある。これまでの手順は、カレンが霊骸鎧を呼び出す手法と似ている。首を斬り落とす発想はなかったが。
カレンは額から六つの霊力を放出する様子を想像した。
一番上にある闇の力から順番に、カレンの額を通って、前方に飛び出ていった。
上から、光、天、火、水、地、闇と並ぶ。
カレンの内部にあった順番とは逆になる。カレンが六つの力を手で触れると、六つの玉は正六角形に配置された。
「すごい……。本当に六つあるのだな」
ナスティがまたも驚いた。カレンが目を開いて、確認すると、目の前に六つの玉が空中に浮いている。
目の前の光の玉が、お互いに光る線を放った。
カレンは線をなぞった。
これまでの霊骸鎧とちがって、手順が複雑すぎる。
だが、玉が揺れるだけで、何も起きない。
玉は元の正六角形の形に戻った。
カレンは、変身に失敗したのである。
ナスティは、手助けしようと手を出したが、すぐに取りやめた。
(僕自身でなければ、解決できない問題なんだよね)
と、カレンは理解した。
ナスティが助言をくれた。
「時間をかけすぎているのかもしれんぞ。早くやってみろ」
変身にも制限時間があるらしい。
他の霊骸鎧を呼び出すときは、何も感じなかったが、自分の霊骸鎧を呼び出すには、苦労している。
「違いは、なんだろう?」
玉と玉の間に線が走っていて、途中で線が切れている箇所がある。
線が切れているというよりも、お互い独立した動きが必要だと、カレンは理解した。
両手をつかって、別々の動きをする。
カレンは、目の前にある玉から離れて、手の動きを練習した。
「……落ち着いてやれば、できる」
カレンはたった一回の練習で、線の動きを修得した。
次は上手くいった。
六つの力が、中央に集まって、まぶしい光を放った。
光は通路の闇を吹き飛ばすように照らした。同時に、強い風が吹きつける。この風は身体で受けると、心地よかった。
カレンは、懐かしくも暖かい気持ちに包まれた。
ナスティの叫ぶ声が聞こえた。
「霊骸鎧の名前を呼べ。出てこい、と命令しろ」
自分の霊骸鎧なんて知らない、とカレンは思った。
いや、知っている!
カレンは、すでに知っている。
「出でよ、“最終勇者”!」
自然と口から出た。
光の中から、人型が見えた。すべての光が、人型に集まり、集約されていく。
光の輝きは収まった。霊骸鎧“最終勇者”は、暗闇の中でも、小さく音を立てていた。
「すごい……」
ナスティが息を呑んだ。
「リコ、“最終勇者”は、貴様の指示を待っているぞ。ここで貴様は、自分の名前を唱えなくてはならない」
「……我が名は、カレン・サザード!」
カレンは高々と宣言した。
だが、何も起きない。
“最終勇者”は、何も反応をしない。
「僕は、シグレナスの皇帝、カレン・サザードです!」
いつもの奴である。だが、それでも何も起きない。
「この手順、間違っていない?」
すがりつくように、ナスティに質問した。間違いであってほしい。ナスティは腕を組んで、首を振った。
「間違っていないぞ。私たちには、それぞれ名前がある。生まれてきたときの名前がな。名前には霊的な力が宿っている、とガルグが仰っていた。名前には、霊骸鎧と自己を結びつける、紐のような力がある、と」
カレンは、論理の隙間に気づいた。
「生まれてきたときに名付けられなかった人は、どうするんだろう?」
「知ったことか。必要になった時期で自分の名前を決めればいいだろう」
「適当な設定だなぁ」
「一つだけ分かったことがある」
ナスティは腕を組み、眉間にしわを寄せた。
「貴様は、カレン・サザードではない」




