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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
23/172

部下

        1

 カレンは、貨車(トロッコ)の陰から覗いた。

 貝殻頭(シェルヘッド)出所(でどころ)は、先ほどの分岐路からカレンたちが選ばなかった、左側の道だった。

 松明(たいまつ)の炎が、貝殻頭たちを照らす。貝殻頭たちの影が、カレンの目の前を駆け抜け、通り過ぎている。

 カレンは息を殺して、貝殻頭の通過が完了するまで待つ。ナスティは、貨車の陰から身を出そうとした。

 体力も霊力(オーラ)も回復した今、軍人としての勇ましい気性が甦ったのだろう。

「飛び出すと、危ないよ」

 カレンは小声で、ナスティの腕を引いた。たとえナスティ自身が強くても、敵の数的優位には、まだ勝てない。

 ナスティは大人しく従った。カレンの隣に座り、上目遣いで「ごめんなさい」と謝った。素直に謝る仕草も可愛いな、とカレンは、ナスティから目を逸らした。

 カレンの右腕を掴んでくる。

 頼りにされている!

 カレンは嬉しくなったが、ナスティの握力が痛い。爪が皮と肉に食い込む。

 激痛に耐えきれず叫びたくなったが、貝殻頭たちに居場所を知られると危険である。ひたすら我慢した。しばらくすると、貝殻頭の姿が見えなくなった。

 貝殻頭たちは、こっちには一体も来なかった。

 ナスティが、カレンの腕を解放し、感想を述べた。

「あっちの道は霊落子(スポーン)どもの警邏(パトロール)ルートのようだったらしいな。こっちを選んでいなかったら、危なかったぞ」

 ナスティが顔をほころばせて喜んだ。だが、カレンには、何か違和感がある。

(連中は、一定のルートを巡回している。それは分かる。でも、なにか変だ)

 カレンは目を閉じて、貝殻頭たちの思考を探った。

 計画性を感じる。なにかを企んでいる。だが、一方では恐怖も感じた。

(貝殻頭たちは、煉瓦(れんが)の通路……つまり、僕たちの現在地を恐れているのだろうか? この先に、何かあるのだろうか?)

 カレンは目を閉じて、先の様子を見た。だが、真っ暗で何も見えない。 寒い……。身体中が冷気を感じた。

(何もなくて、寒い場所をなぜ恐れるのだろうか?)

 カレンは首をひねった。

 貝殻頭の行動原理が、理解できない。

        2

 貨車を放置して、先に進む。

 線路の上を沿って歩く。途中でアーチをくぐると、洞穴(ほらあな)が広がった。

 右側の壁が消え、崖になっている。崖は、真っ暗闇でどこまで続いているのか、底が見えなかった。崖の向こうも、よく見えない。

 小石が、軽い音を鳴らして、崖に飲み込まれていった。

 左側にはまだ煉瓦の壁が残っている。貨車の線路は壁に沿って敷かれていた。壁には、松明が等間隔に自身の炎を燃やしていた。

 ナスティの手を引いて歩く。

「線路を伝っていこう。足を滑らせないように気をつけて」

 線路を進めば進むほど、地面がなくなっていく。右側から崖が浸食しているのである。カレンとナスティは一列になって、壁際に進んだ。

 そのうち線路が敷かれている地面が、亀裂が目立つようになった。

 亀裂を(また)ぐ。

 カレンは、何度も亀裂を跨いで進んだが、足の置き場が減り始めた。

 ついには、亀裂の距離が広がり、カレンは立ち止まった。

 跨いでいける距離ではない。

 線路が空中に浮かんでいるのである。

 カレンは、後ろに下がって、飛び越えた。

 カレンはナスティに手を差し伸ばしたが、ナスティはカレンの手を取らずに、飛び越えた。ナスティはカレンよりも奥深く着地している。

 カレンは焦った。

 自分よりも、ナスティの飛距離がある。

(いや、僕自身の体力が落ちてきているんだ)

 身体能力に自信があり、心の底ではナスティに勝っていると思っていたカレンは、不安になった。

 さらに進むと、巨大な亀裂、というより巨大な穴ができていた。

(無理だ……。飛べない)

 線路は、空中に架かる橋のようになっている。

 線路の先には、松明の炎に照らされて、大きな箱が地面の上に置かれていた。

 カレンは引き返すか、後ろを振り返った。

 貝殻頭たちが来る可能性はある。この先に何があるか知らないが、少しでも追っ手から距離を稼ぐ必要がある。

 カレンは空中の線路に足を踏み入れた。

 足裏で鉄の冷たさを、感じる。

 両腕を鳥の翼のように広げて、バランスをとり、震える足を一歩ずつ進ませた。

 線路から、(きし)む音が聞こえた。

 普段と違って、足に力が入らない。視線が揺らぐ。

(普段であれば、なんでもない距離なのに、ここでもし足を踏み外したら……)

 カレンの額から汗が流れた。これまでの疲労が、下半身に蓄積され、思うように力が出ない。

(いや、集中しろ。カレン・サザード。シグレナスの皇帝は、線路から足を踏み外すような真似はしない。お前は綱渡りが得意なはずだぞ)

 自分を励ました。 

 砂と土の混じった地面に到達した。

 膝を地面につけ、カレンは肩で息をした。視界が回転する。目眩だ。

(落ち着け、落ち着け……)

 カレンは目を閉じ、深呼吸をした。始めは浅く、次は深く……。

 カレンの隣に、ナスティが着地した。

 ナスティは息一つしていない。疲れも見せず、むしろ「何をしている?」と視線を送ってきた。

 カレンはふらつく足取りで、視線をあげた。

        3

 カレンは、眼前の光景に、膝から崩れ落ちた。 

 箱の先には、地面がなかった。静寂な闇が、底から冷たい風を吹き上がらせている。鉄製の線路は、空中で、いびつな形で折れてなくなっていた。線路は重力に負けて、地面もろとも崩れ去ったのだ。

 左側の壁も、途中から地面と一緒に崩れてなくなっている。

 通路全体が、まるで、巨大な何かにえぐりとられたかのようだった。

「行き止まりだ……」

 視界が歪む。見下ろす地面に、水滴が垂れた。カレンは自分が泣いていると気づいた。

(一体、どこまで逃げればいいのだろう……。もう疲れたよ……。家に帰りたい)

 この逃亡劇は、いつまで続くのか。

 故郷での暮らしが恋しくなった。母親とオズマとで卓上を囲って談笑していた様子が思い浮かぶ。

 カレンは、腕で涙を(ぬぐ)った。

 シグレナスの皇帝たる者、泣いてはいけない。

 カレンは、頭を優しく撫でられた。ナスティの声がする。

「大丈夫だ、リコ。行き止まりなら、引き返せばいい。……私たちは、まだ生きている。少し休んで、また動きだそう」

 ナスティの手のひらは、暖かい。撫で方が心地よく、カレンは子犬のように、されるがままになった。

 ナスティは子どもの扱いに慣れているな、とカレンは思った。

 カレンが落ち着くと、ナスティは、細長い包み紙を見せた。

 中に何かが入っていて、紐で縛られている。

「これは、どこから……?」

 カレンの質問に対して、ナスティは、金属と朽ちた木で組み合わされた箱を指さした。

 箱の蓋が外されている。ナスティが開けたのだ。

「あの箱に、一つだけ入ってあった。これは、軍用食(レーション)だ。……安心しろ。百年経っても腐らない」

 ナスティが、包み紙を剥がすと、黒い固形物が出た。

 カレンは戸惑った。

「クッキーかなにかのようだね。……食べられるだろうか」

 ナスティの目が、輝いている。軍用食を半分に折って、片方を寄越してきた。

「大きいほうをやる。食え」

 初めて見る物体に、カレンは戸惑った。

(食べられるだろうか? 毒が入ってないだろうか?)

 山と海で育ったカレンとしては、初見の食べ物に強い警戒心がある。

 目を閉じて、クッキーに質問した。

(食べても大丈夫……?)

 どこからか声が聞こえた。

(大丈夫……)

 ナスティを見ると、ナスティは頬に手を当て、うっとりと目を細めていた。

「美味しい……」

 ナスティの全身から、黄色い霊力が明るく灯った。

 カレンは、黒い軍用食を(かじ)った。歯ごたえがある。軍用食をかみ砕くと、口の中で音を立てて崩れていった。ほのかに甘みがある。

(軍用食か……。こういうものもあるのか。百年経っても腐らず、クッキーと同じ食感と味わいがあるとは、不思議な食べ物だなぁ)

 カレンは体力を取り戻した。

 箱を背にして、カレンは腰をつけた。

 寒い。

 崖から吹きつける風の冷たさに、カレンは身を震わせた。

 壁を背にして、岸の向こうを見た。

 離れた位置に、地面が残っている。浮島のように、同じような箱があった。

 隣にナスティが座る。

「あの箱にも、軍用食が残っているかもしれんな。取りに行けないだろうか?」

「無理だと思うよ。ここから距離がありすぎる」

「空中二段跳びなら行けそうだぞ」

「空中二段……えっ? なにそれ?」

「空中二段跳びだ。一回空中に飛んで、落ちる寸前にもう一度飛ぶんだ」

 ときどきナスティは、おかしな話をする。

「いやいや、物理的に無理でしょう」

「空中二段跳びもできないのか? 貴様ッ、それでも軍人かッ!?」

「軍人だからといって、空中二段跳びができるとは限らないでしょう!?」

「空中二段跳びができないと、落花(スピーニング)流水(デッドリー)(ソード)は使えないぞ。それでもいいのか?」

「ああ、例のあの技ね。……僕は、別に使えなくてもいいから」

 ナスティは崖の向こうの箱から目を離さない。

 もしその空中二段跳びが失敗したら、ナスティは崖に飛び降り自殺をした人として人生を終える結果となる。

「ナスティ。食べ物を集めてもいいけど、ガルグとの合流が優先だ。今は諦めよう」

 カレンはナスティを窘めた。ガルグと聞いて、ナスティの表情が緩んだ。

 ナスティが口を尖らした。

(空中二段跳びをしてまでそんなに食べたいんだ……)

 カレンは身体を震わせた。

(寒い……!)

 ナスティが毛布の結び目をほどいて、毛布を開いた。

 カレンの隣に座って、驚くカレンを毛布でくるむ。

 カレンの胸が鼓動する。

 全裸のナスティと毛布を共有しているのである。

 心臓が破裂しそうだ。

 ナスティがカレンの異常に気づいたのか、声を上げた。

「べ、別に貴様のためにやっているわけではないからな」

 自分に言い聞かせるように説明した。

「ガルグから教わったのだ。自分の部下は、自分自身と思って扱えって。将たる者、兵士と寝食をともにしろ、とな」

 カレンの肩に重みがかかった。ナスティが自分の頭をのせている。

「少し休もう」と提案した。

 ナスティの柔らかい髪から、優しい重みを感じる。

 寝食をともにする?

 心臓が飛び出しそうだ。

 恥ずかしすぎて、このまま崖に向かって飛び出しそうになった。

(どうにかなってしまいそう! 休むなんて、無理!)

 何かを言わなくては……!

霊骸鎧(オーラ・アーマー)に変身する方法を教えていただけませんか?」

 自分でもよく分からない言葉を口走った。


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