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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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貨車

 梯子を登り終えると、柵に覆われた通路に足をつけた。

 通路の先は、霧に覆われている。

 通路は壁に沿っていて、壁に扉があった。扉の横には突起物がある。

「リコ……!」

 ナスティが慌てて呼ぶ。カレンは自分が呼ばれたのか、一瞬理解できなかった。

「奴らだ……。音が聞こえるぞ」

 声をひそませ、怯えた顔でカレンに伝えた。

 カレンは耳を澄ませた。霧の向こうから、金属の重なり合う音が聞こえる。

 武装した貝殻頭(シェルヘッド)たちが移動している。

 近寄ったと思えば、また遠ざかっていった。

 ナスティが軍人らしい分析をした。

「連中は、一定の経路を行ったり来たりしているのだな。警邏(パトロール)をしているのだろう」

「まだ僕たちの存在に気づいていないってことだよね」

 カレンは安堵した。だが、現在地に敵が現れる危険性は、いくらでもある。

 カレンは黒い煙を手から放ち、突起物に触れた。扉が横に開く。

 内部は細い通路だった。薄暗く、向こうに黄色い灯りが見える。

 カレンは目を閉じ、貝殻頭の気配を探ったが、なにも感じない。

 背後、つまり、霧の方向には感じる。

 安心しても良いのだが、言葉に理解できない、得体の知れない恐怖を感じる。

(この恐怖は、なんなのだろう?)

 カレンは歩きながら考えた。

(もし貝殻頭に遭遇したら、どうなる? 僕には、貝殻頭からナスティや僕自身を守る力は残っていない。悔しいが、現状はガルグたちが頼りだ)

 大人たちに任せるしかない。

 足下は暗く、灯りに向かって歩くしかない。

 鉄製の床から、冷たさが伝わってくる。

 ガルグの気配を感じた。ガルグとは近づいている。 

(この恐怖感は、僕自身が至らないから湧き起こっているのだろう)

 カレンは結論づけて、歩みを止めた。

 ナスティの姿が見えない。

 従いてこない。

 振り返ると、扉の近くで、不安げな顔をしている。

 カレンは戻った。

「どうして従いてこないの?」

 無駄な質問である、とカレンは後悔した。今のナスティにとって、理由よりも、安心が必要なのだ。

 手段を切り替える。

 カレンは目を閉じて、自分の手に意識を集中した。

 穏やかな感情を、安心感を、思い浮かべた。手のひらに黄色い光が集まっていく。

 カレンの手が、光に包まれた。目を開き、ナスティに手を差し伸べる。

「行こう……。先に進んで、ガルグたちと合流しよう。絶対に君を送り届けるから……」

 ナスティは、カレンの手に驚いた。

 長い睫毛を伏せて、「うん」と、小さく返事をした。

 カレンは手を握られ、電流が走ったように自分の腕が勝手に反応した。

(なんなんだろう……。この心地よさは……)

 ナスティの手は温かくて、すべすべしている。いや、物質的な感触だけではない。

 カレンの光が、ナスティの身体に溶け込んでいった。ナスティの額が輝いた。額の光がナスティの腕を経由して、カレンに伝わった。

 カレンの心が満たされていく。カレンの人生にとって、初めての感覚であった。

 なんだか勇気が湧いてきた。

 ナスティと手をつないだまま、通路を進む。

 いつもと足取りが違う気がした。

 ナスティが、口を開いた。

「実は……霊力(オーラ)が回復しつつある。霊骸鎧(オーラアーマー)に変身できるほどの霊力だ」

 カレンの気分が明るくなった。

「それは良かったね!」

 喜ぶカレンとは対照的に、ナスティは怒っていた。小さい両肩から、怒りを煮えたぎらせている。

「あの豚鼻野郎、許せない……。屈辱を晴らしてやるぞ」

 ナスティが息を巻いている。

(ナスティは、クルトと戦うつもりだ。……しかも、勝てると思っている)

 ナスティが、クルトに勝つ要素が見当たらない。

「クルトが出てきたら、逃げた方がいい。霊骸鎧の力を、倒す方向に向けるよりも逃げる方向に向けて欲しい」

「なぜだ?」

 ナスティが眉を吊り上げる。平手打ちが飛んでくるかもしれず、カレンは一瞬だけ怯んだ。

 だが、カレンにとって守りたい対象は、ナスティの自尊心ではなく、ナスティの生命なのである。ましてや、自分の頬でもない。

「たしかに、君は強い。一対一で戦えば、君が必ず勝つだろう」

 自尊心にも配慮する。

「だがクルトは怪我をしても、傷をすぐに治してしまう。戦いが長引いてしまえば、君も苦しい戦いを迫られると思うよ」

 負ける、とは断言しなかった。ただ、負ける可能性が高い、と匂わせる必要があった。

 カレンの分析にナスティは鼻を鳴らし、笑い飛ばした。

「心配には及ばない。あの豚鼻野郎が回復する前に、首を斬り落とせばよい。どんな霊落子(スポーン)でも、首を斬られて生き伸びることはできないからな」

 ナスティは、殺人の方法を軽々しく説明している。可愛い顔から繰り出される発言にカレンは戦慄した。

「でも、どうやって?」

「私の必殺技『落花(スピーニング)流水(デッドリー)(ソード)』で、一気に決着をつける」

「らっか……なに?」

「高く飛んで、奴の背後に回り込む」

 ナスティは、自身の細い指を空中に一回転させた。

「着地する寸前に、奴の首を跳ねる。それが『落花流水剣』だ。慣れれば、すぐに使えるぞ。リコ、貴様にも教えてやろうか」

「いやいや、人殺しの技は知りたくないよ」

 カレンは手を振って、拒否した。拒否しつつも、カレンの思考は冷静だった。

(一対一なら勝てるだろう。でも、敵は集団で来るから、厳しいと思う)

 クルトと戦う前に、貝殻頭たちが総勢でかかってくる。消耗戦を挑まれたら、『落花流水剣』なる必殺技を発動する前に、ナスティの体力と霊力が持つかどうかである。

 薄暗い通路は途中で、左右に分かれた。それぞれの道には、煉瓦(れんが)作りのアーチが出入り口として開いていた。

 分かれ道の中心に、燭台が架かっていた。(しょく)(だい)には火が灯っている。風が吹けば消えそうだ、とカレンは思った。

 左側の通路を覗き込んだ。

 中は暗く、光源がない。

 この先を進んでも、無事だろうか?

 目を閉じると、映像が見える。

 貝殻頭の足だった。群れとなって走っている。

 カレンは目を開いて、ナスティに振り返った。

「こっちは危ない。貝殻頭たちが来ている」

 反対側の道に入ると、足裏から砂を感じとった。

 壁の素材が、鉄から煉瓦に変わっている。

 床は中央に向かって丸くなっていて、底には水が、僅かだが、溜まっていた。

(この道は、さっきまでの区域とは比べて、古い時代に建築されたんだ……)

 煉瓦の道を進むと、道が広がり始めた。煉瓦が少なくなっていき、むき出しの砂や土になっていった。壁には、等間隔に松明(たいまつ)が架かっている。

 まるで洞穴(ほらあな)である。

 これまでカレンは貝殻頭の技術に圧倒されていたが、故郷でも馴染み深い松明を見ると、親近感が湧いてきた。

 先に進むと、籠があった。カレンよりも高く、足下には車輪が見える。

 背後のナスティが、声をあげた。

貨車(トロッコ)だ……。線路もある。……なぜこんなものが、ここにある?」

 貨車の籠は、木の板で張り合わされていた。木の板は朽ちていて、崩壊寸前である。

 カレンは目を閉じ、安全かどうか確かめた。

 だが、貨車からは、なにも感じられない。貨車も、先の道には、危険がない……とカレンは判断した。

 何も感じられなかっただけで、安全である確証はないが。

 試しに、貨車を押した。

 金属がこすれる音を立てて、貨車が動いた。が、すぐに揺れて止まった。

(なかなか動かないぞ……)

 力を込める。貨車に全体重を掛け、格闘する。だが、まったく動かない。額から流れる汗を腕で拭っていると、ナスティが口を開いた。

「線路か車輪かが錆付いて、動かないのだろう。……貨車は諦めたほうが、よさそうだな」

 貨車を押していく必要性がない。

 カレンは頭を()いた。自分の愚かさが恥ずかしい。

 背後から物音が聞こえた。貝殻頭の武具が重なり合う音だ。

 カレンはナスティの手を引いて、貨車の陰に隠れた。


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