表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
21/172

家族

 カレンが梯子を登り終えると、ナスティが近寄ってきた。

 持って帰ってきたものを、奪い取られた。奪われたものは、光だった。

 ナスティは光を胸に抱いた。

「よかったぁ……」

 目を閉じ、涙を流している。

 光は、鎖付きの小さなペンダントであった。

 ペンダントトップは小石で、表面が綺麗に磨かれている。人間の指先を思わせる形状にカットされている。石の中で、静かに光が波打っていた。

(このペンダント、見たことある)

 ナスティがクルトに衣服を破られたとき、胸から見えたものだ。

 ナスティが霊力(オーラ)を送ると、手中のペンダントから白い煙が発しはじめた。煙の中に、映像が浮かんでくる。

 それは、複数の男女が肩を並べて幸せそうに並んでいる映像であった。

 ガルグ、インドラ、ナスティ……他に見慣れない男女の姿が整列していた。

 ガルグはそれほど変わっていないが、インドラは今より少し若い。ナスティに至っては、まだ子供だ。今よりも髪が長くて、横に結んでいる。

 小さい頃のナスティも可愛いな、と思った。服装からも、かなり身分の高い家柄だと分かる。

 ナスティよりも年下の、髪の毛を房のように束ねている女の子……カレンはレミィだと直感で気づいた……が笑顔を見せている。ナスティが可愛がる理由が分かる。

 見慣れぬ男女は、ナスティやインドラのお父さん、お母さんかなと思ったが、どうもそうではないらしい。顔つき、髪の毛や目の色が違う。

 映像を見ているナスティの顔つきが、優しげになっていった。

 カレンに平手打ちを食らわせてくる、普段のナスティとは思えない。

(あのペンダントは、ナスティにとって家族の思い出だったんだ……)

 カレンは、理解した。

 これ以上、大切な人たちが死んで欲しくない。

 残酷な世界に、知っている命が呑み込まれていく。

 ナスティの悲しみが、溶けて光となって、カレンの胸の中に収まっていくような感覚になった。

(……分かった。この人は、僕と同じだ)

 ナスティは毛布に目もくれず、ペンダントの映像を見ている。

 カレンは、自分が皇帝になりたい理由が分かったような気がする。

 子供の頃、母親を笑わせている様子が思い浮かぶ。

(僕、シグレナスの皇帝になる!)

 母親が笑っている。

 母親を笑顔にするために、皇帝になると嘘をついていた。もちろん、本気でなれるとは思っていない。

 母親の暗い顔を明るくするためにやっただけのことである。

 自分が皇帝になると言い続けなければ、母親が笑顔を失うような錯覚に陥っていた。

 ナスティも同じだった。ただ、家族が幸せになってほしい。レミィやガルグが幸せになってほしいだけで、必死なのだ。

(ガルグに喜んでもらうことが、私の幸せだ)

 カレンはナスティの言葉を思い返した。

(僕たちは同じだ……。いや、僕は自分や周りの人たちを騙していたから、僕のほうが、よっぽど間違っている……。それなのに、ガルグの命令ばかりを聞くだけの人、なんて言ってしまったのだろう。意地悪(ナスティ)なのは、僕だ)

 謝罪をしたくなった。

「ごめんなさい」

 カレンとナスティは同時に驚いた。

 同じ内容の二人の声が同時に重なったからだ。

 謝罪の理由を説明しようとしたが、お互い遠慮をして、相手に先に言ってもらうよう期待している。だが、埒があかない。カレンが先陣を切った。

「ごめんなさい、レミィを置き去りにしちゃって」

 カレンは頭を下げた。普段、あまり頭を下げない性格だが、素直に謝った。

 ナスティは手で制した。片手で胸を隠している。

「いや、貴様は、私をかばってくれた。いつでも見捨てることができたのに……。そんな貴様がミントを見捨てるはずがない。……私のほうこそ済まなかった。貴様は本当に私を助けたいのだな。……ありがとう」

 素直に謝るナスティが可愛い。

 カレンは頭に手を当てて、照れた。髪が乱れていないだろうか? 手で直す。

「ペンダントを持っていてあげるから、ちゃんと着なよ」

 ナスティが毛布を身体に巻き付けたいのだろう。カレンはペンダントを預かった。

 受け取ったペンダントを見ると、鎖が切れている。

 鎖の一部分が、口を開けているように隙間を作っていた。

 カレンは、ダメになった輪を捨てた。無事な輪を曲げて、輪と輪の先端を結びつけた。

 なかなか体力のいる作業ではあったが、修理した。

 ナスティは、毛布の巻き付け作業を終わらせている。

「はい、ペンダント。直しておいたよ。背中をこっちに向けて」

 ナスティは後ろ髪をどけて、首筋を見せた。うなじも綺麗だな、とカレンは思った。カレンはペンダントを結びつけてあげた。

「……ありがとう」

 ナスティは首を傾げて、中途半端なお礼をした。少し照れている。

(女の子らしい仕草もするんだな)

と、カレンは思った。

 休憩をした。さすがに梯子の昇降を繰り返した分、カレンは疲労している。

「貴様。私の部下にしてやってもいいぞ」

 ナスティが声を掛けてきた。

「どういう意味ですか?」

 理解が追いつかない。

「私の部下にしてやる、と言っているのだ。貴様を一流の軍人に育ててやるからな」

 ナスティは楽しげに語った。何か美味しい食べ物を目の前にしているかのようだ。

「貴様、という呼び方は止めていただけませんか? 僕には、カレン・サザードという立派な名前がありますので、是非そう呼んでいただけますか?」

 カレンは思い切って提案した。当然の権利なのに、不思議な罪悪感である。

「……貴様はカレン・サザードにふさわしくない」

 ナスティが自信たっぷりに切り捨てた。カレンにとっては、理不尽極まりない。

「親につけてもらった名前なので、僕にはどうしようもないのですが」

 カレンは低い声で拒絶した。

 ナスティは少し考えた。

「……リコ」

「なんですか、急に?」

「リコはどうだろう? 今から貴様は、ジョアン・リコだ。なかなか可愛い名前だな。似合っているぞ」

 可愛いと言われて嬉しかったが、勝手に改名されたのである。

 カレンは、「いやです」と抵抗した。

「上官に逆らうな。上官の命令は絶対だゾ」

 ナスティは眉間にシワを寄せて、口を尖らし、人差し指で、カレンの鼻を突く仕草を見せた。

 ナスティの動作が可愛くて、カレンは反対する気持ちが消えていった。

(ナスティは可愛すぎる。……卑怯だ)

 カレンは唇を噛んだ。だが、胸の奥から、暖かい何かが込みあがってきた。癒されていくような感じになった。

 ナスティが続ける。

「ヴェルザンディでは、母親が子供の名前を与える風習がある。女が男の名前を決めて当然なのだ。……だがそれでは、私が貴様のお母さんになってしまうな」

「母親が決めるんだったら、尚更カレンでいいと思うけどね」

 カレンが不満を告げた。

 ナスティは、軽く笑っている。カレンの意向など、無視である。

 カレンはナスティの笑顔を初めて見た。

(こんな顔をするんだ……)

 カレンはナスティの顔を観察した。見ているだけで、すべての不安や苦しみが晴れていくような気になった。

(この感覚は、なんなんだろう……?)

 初めての感覚に戸惑っていると、ナスティがカレンの視線に気づく。カレンは目をそらして、話題を変えた。

「そろそろ梯子を登ろう。これで最後だから」

 カレンは梯子に手を掛けた。

(また突風が来たら、どうしよう。また下まで降りなきゃいけなくなる)

 そんな心配から、カレンはある事実を連想した。

 自分は腰巻きを身につけている。

 突風に飛ばされなかっただけでも幸運である。

 だが、腰巻き以外に、何も履いていない。

「どうでもいいけど、梯子を登っているときって、何か見なかった?」

 そんな質問をしたら、ナスティの顔が真っ赤になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ