表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
19/170

意地悪

        1

 世界が爆発した。

 壁が割れる。

 割れた壁の先にある、次の壁も割れる。

 横向き? ちがう、方向は、下だ。

 地面に向かって、床を突き破る。

 “それ”は落下している!

 たとえ床が石材であろうと、鋼鉄製であろうと、その力の前で柔らかい紙と同然であった。

 “それ”は黒い炎に包まれた星となって、大地に激突する。

 怒れる大地に、“それ”は、憎き敵を叩きつける。

 首を絞め、呼吸を許さない。

 青い衝撃波が円形に広がって、黒い星の中身を露わにした。

 “それ”は人間だった。いや、人間なのか?

 人間といえば、人間である。ただ、形状は貝殻頭(シェルヘッド)の姿を真似した、霊骸鎧(オーラーアーマー)である。

 黒い霊骸鎧。

 他の霊骸鎧であれば、突起物や飾りがついているが、その霊骸鎧には一切飾りがない。

 全身は黒檀のように黒く、両目は炎のように燃え、両目から赤くて燃えさかる溶岩のような液体を流している。

 塔が、黒と赤が濁り混じった空に向かって高くそびえていた。

 塔の周囲、いやカレンの周囲は瓦礫に埋まっている。

 黒い霊骸鎧と、敵……青白い貝殻頭によって崩壊していったのだろう。

 黒い霊骸鎧は、青白い貝殻頭の首を片手で絞めたまま、もう一方の腕を振り上げた。

 貝殻頭の顔を殴りつける。

 凄惨な音が周囲に鳴り響く。

 黒い霊骸鎧が、拳を振り上げるたびに、貝殻頭が潰れていく音が聞こえる。

 カレンは我に返った。

 数歩先に、ナスティが仰向けに倒れていた。髪は乱れ、口から血を流している。目を閉じ、呼吸をしていない。クルトに捕まったときよりも、状況が悪い。

「ナスティ!」

 カレンは()って進んだ。が、前に行けない。

 這う?

 カレンの下半身は、瓦礫に埋まっていた。

 脚の感覚がない。

 自分の脚を見ると、瓦礫の暗い空間の中で潰れていた。

 カレンは叫んだ。叫ばなければ、正気を保てないと思ったからだ。

 黒い霊骸鎧が、カレンの叫び声に反応した。

 振り向く。

(僕の声が聞こえるのか……?)

 黒い霊骸鎧と視線を交わす。

 憤怒と悲しみに燃えた赤い瞳から、血涙が止めどなく流れていた。

 カレンは赤い瞳に飲み込まれていく感覚に陥った。

 黒い世界が爆発した。

 普通ならば拡散していくが、今回の爆発は一点に集まっている。

 床の上に散らばった石材が、自分の意志を持ったかのように、あるべき場所に戻っていく。

 破壊されたはずの天井や壁が修復されていった。

 離れていたナスティが、空に吸い込まれていった。カレンを下敷きにしていた瓦礫も、すでに元にあった場所に収まっていった。

 何者かが、カレンの背中を強い力で鷲掴みにした。上に引っ張られていく。

 見えない何かが、自分の力ではどうすることもないほどの、強大な力が、働いている!

(これが、あの黒い霊骸鎧の力なのか?)

 黒い霊骸鎧を探した。上昇する瓦礫が邪魔で、見つけきれない。

 地面から離れていく。

 復元されていく大地を眺めながら、カレンは、なすすべもなく、空に飲み込まれていった。

        2

 全身が痛い。

 これ以上、動きたくない。

 都合よく枕が敷かれている。

 頬に柔らかい感触を感じて、カレンは顔を埋めたくなった。

 枕にしては、暖かい。

「おい」

 上から誰かが呼んでいる。

 朝の睡眠を邪魔する存在と言えば、母親だろう。カレンは無視をした。枕に顔を埋める。疲労が睡眠欲と一体となり、カレンを夢の世界に誘惑した。

「嗅ぐな。貴様は犬か」

 声の主は、母親ではない。母親にしては、口が悪い。

 そもそも、何を嗅げ、というのか? 

「あとちょっと……。もうちょっと眠らせて」

 我ながら、会話が成立していないが、睡眠欲に甘んじていたい人間としては、最低限できる最大の返答であった。

「起きろ、とは言わん。……嗅ぐな」

「……だから、嗅いでいないって」

 犬呼ばわりされたくない。

 カレンは起きあがった。

 目の前にナスティの顔が現れた。近い。ナスティの頬が真っ赤になった。心臓が激しく脈打つ感覚を、カレンは感じた。

 反射的に顔をお互い逸らした。

 柔らかい枕は、ナスティの膝枕であった。カレンは身体を反転させて、ナスティから離れる。

「ごめん、ごめん。寝ている間に変なことをしたみたいで……」

 カレンは、片足立ちで謝った。

 ナスティは、耳まで赤くして、眉をひそめている。

 カレンには、ナスティの気持ちが掴めない。

(嫌な思いをさせてしまったのだろうか?)

 カレンは不安になった。

「ここは、どこだろう?」

 カレンは、自分の不安を誤魔化すために周囲を見渡した。煉瓦づくりの塔が目に入った。塔は天井に向かって走っている。

 塔の出入り口は半壊していた。

 ナスティが、塔の出入り口を指さした。

「あのあと、私たちはあそこから出てきた。ここまで歩いてきたら、塔の扉が崩れた。貴様は、途中で気を失って倒れたのだ。……死んだのかと思ったぞ」

 ナスティが目を伏せた。

(本気で心配してくれていたんだ)

 カレンは嬉しかった。

 ナスティを見る。長い睫毛が綺麗だな、とカレンは思った。

 瓦礫の隙間から、タイルの部屋が見える。タイルも壊れていて、クルトたちが利用できないだろう。しばらく、クルトたちの追跡から、時間が稼げそうだ。

 カレンは、赤い涙を流した黒い霊骸鎧を思い浮かべた。ナスティに質問する。

「ねえ。途中で爆発とか起こらなかった?」

「……爆発だと? 私たちがあの塔から出ていったときに、塔の天井が崩れて、中に戻れなくなったが。他には異常はなかったと思う。……それがどうかしたのか?」

 ナスティが顔を上げて、記憶をたどり寄せている。ナスティは、黒い霊骸鎧や爆発の件を知らないようだ。

「多分、気のせいだと思う。……夢だったのかな」

 カレンは夢だったと結論づけた。だが、どこか腑に落ちない。

 周囲は霧が立ちこめている。

 最初に来た、レミィと一緒に落ちていった場所に雰囲気が似ている。

 毛布を胸に巻いたナスティが、裾を伸ばして立ち上がった。

「……ミントを探し、ガルグをお助けしに行くぞ」

 まだふらついているが、まっすぐ歩き出した。回復力が速い、とカレンは思った。

 だが、無闇に歩き回っても意味がない。行き先が分からない。

(レミィ……!)

 レミィと離れて、だいぶ時間が経った気がする。カレンは目を閉じた。

 中は暗く、レミィの気配は感じ取れない。

 しかし、暗闇の中で貝殻頭たちが行進している映像が見えた。

 先頭にはクルトが歩いていた。

 振り返って、口から唾を飛ばして、貝殻頭たちを叱咤激励している。

「クルトたちが僕らを捜している」

 次の目的地は?

 そうだ、ガルグと合流しよう。

 カレンは、ガルグの姿を思い浮かべた。

 白い胴着を身につけた、白い髭と白い髪の老人は、白い光となった。

 純粋な白ではなく、黄色と白が混じったような光にも見える。黄色と白が交互に移り変わっているようにも見えた。

 光は塔のはるか上に輝いていた。

 カレンは、目を開いた。

「ガルグは上にいる。上に行けば、会える」

 霧が揺れ動いて、隙間から壁が現れた。

 現在地から壁まで距離がある。壁には梯子(はしご)が天に向かって走っており、どこまで続くか分からない。

 梯子の途中で通路が壁に沿って設置されていた。通路には横穴が見える。梯子は『転移装置』が使えない場合の非常手段だと、カレンは理解した。

 壁が霧に覆い隠され、見えなくなった。

「あそこの向こうに梯子があるよ。梯子を登っていけるかい?」

 ナスティに聞いた。さすがにナスティを背負って、梯子を登り続ける体力は残っていない。

「問題ない」

 ナスティは、そっけなく答えた。なんでもない素振りをしているが、自信がないのだろう。

(無理なら無理って、言ってくれればいいのに)

 カレンはナスティの気持ちが理解できず、少し腹が立ってきた。

 梯子の位置まで歩いていった。

 どこまで伸びるのか、霧が邪魔で先が見えない。

 ナスティの体力が持つか心配だ。

「途中で通路や横穴があるから、そこで休憩しよう。ゆっくり行けば、必ずたどり着けるから」

 ナスティを励ました。ナスティは無言で頷いた。

 遥か後方、遠くに貝殻頭の気配を感じる。なにか機械を操っている。

 動きから察するに、クルトの捜索隊とは別部隊である。

 カレンたちに、まだ気づいていない。

 だが、カレンたちが梯子を登っている様子を目撃されたら、追ってくるだろう。

「君が先に行って。僕が下からついて行く。追っ手がきたとき、時間を稼ぐから」

 ナスティは目を見開いて、驚いた。頬が真っ赤になっていく。

「いやだ!」

 ナスティは首を振って、強く拒否した。眉間にしわを寄せ、瞳には涙を浮かばせている。

「どうして……?」

 だが、カレンはすぐに理解した。ナスティは毛布以外、何も身につけていない。

 ナスティを先に登らせたら、下に続くカレンは、ナスティの様々な個人情報を知ってしまう。

「わかった。僕は目を閉じて登るから……。下から敵が来たとき、対応できないよ」

 ナスティを強引に登らせた。

「絶対、見るなよ」

 念押しされるまでもない。カレンは目を閉じて、梯子に手を掛けた。

「むっ。柔らかい」

 予想と違う感触がする。

「貴様、どこを触っている……?」

 怒気を含んだ声が、上から降ってきた。

「ごめーん」

「貴様、降りろ。この陣形は、やっぱりダメだ。やり直し!」

 二人とも、地上に足を着け、カレンを先頭に登り始めた。

(こんな呑気にしていて、大丈夫なんだろうか……?)

 カレンは梯子に手を掛け、戸惑いを隠せなかった。

        3

 一番目の通路に到達した。

 カレンは通路に身を乗り出して、ナスティの様子を見た。震える手で、懸命に登っている。

 あともう一段のところまでに来たとき、ナスティは小さく声を出した。

「あっ」

 手を滑らせたのである。

 カレンは、素早く飛び出しだ。腹を打ったが、ナスティの手首を掴めた。間一髪、ナスティはバランスを崩し、後ろに倒れそうになっていた。

 カレンはナスティを引き上げ、提案した。

「少し休もう」

 ナスティは無言で、カレンとは距離をとり、腰を落とした。腕を組んで、霧だらけの世界に目をやっている。

(綺麗な顔をしているな……。でも近寄ってこないのは、嫌われたからなのかな)

 と、カレンは勝手に傷ついた。嫌われる原因は思い当たらない。カレンはナスティに近づいて、声をかけた。

「僕、なんか怒らせた?」

 座っているナスティの顔をのぞき込む。

「……怒っていないぞ」

 ナスティがそっぽを向く。何を考えているのか分からない。

「でも、なんか不機嫌だよ?」

 ナスティが意外そうな顔をした。歯を食いしばって、俯いた。

「……私は、いつもこうだ。ガルグのお役に立てずに、情けない。ミントすら助けられない」

 自分を責めているのだ、とカレンは解釈した。どう慰めようか思案した。

「あの豚鼻野郎に辱めを受け、騎士とはあるまじき逃走を繰り返し……」

 ナスティの言葉が続く。

 そんなに自分を責めなくてもいいよ、とカレンは思った。

「挙げ句の果てには、貴様のような奴に助けられているとは」 

(貴様のような奴で悪かったね!)

 カレンは、心の中で苦笑いした。

(むしろ、ガルグじゃなくて、僕の足を引っ張っているような気がするんだけどね)

 口に出して言いたくなったが、ここで雰囲気を壊したくない。カレンはシグレナスの皇帝になる人間である。皇帝たる者、些事で腹を立ててはいけない。

「ミント……。ミントが心配だ」

 ナスティが譫言のように呟く。ナスティの引き裂かれるような気持ちが、カレンに伝わった。

「大丈夫だよ。きっと上手くいく。……レミィは安全なところに置いてきた」

 カレンは、なるべく優しい口調で伝えた。

「なんだと?」

 余計な発言だったらしい。

 ナスティはカレンを睨んだ。立ち上がり、カレンに掴みかかった。

「貴様、ミントを捨ててきたのか!」

 捨ててきた。

 今度は、カレンが、心を抉られるような気持ちになった。

「違う……。僕と一緒にいるよりも安全だと思ったから」

 カレンは口ごもった。ナスティの怒り狂った視線が突き刺さる。

「では、私はどうなんだ? 私は貴様と一緒にいる方が安全だったか?」

 ナスティの呆れた口調には、怒りが混ざっていた。

 捨ててきた、と追いつめられたら、反論できない。

「だいたい貴様は何なのだ。いきなり現れて、私たちの……」

 ナスティは言いよどんだ。

 私たちの邪魔をしている、とカレンは心の中で補足した。

 邪魔しているわけではない。現に何度もナスティの命を救っている。

 ただ、自分は何者だ? と訊かれ、用意している回答は、それほど持っていない。

「シグレナスの皇帝です……」

 カレンにとっては精一杯の回答であった。

「シグレナスの皇帝だと? シグレナスはもう滅んだんだぞ。今さら皇帝になっても無駄だ」

 ナスティが早口でカレンに詰め寄る。

「無駄ではありません。僕が再興させます」

 カレンは静かに抗弁した。この言い争いに意味があるのだろうか?

「再興させてどうする? 誰もいない帝国など」

 意地悪(ナスティ)な発言に、カレンは頭に来た。これまで寛大な態度で接してきたが、もう我慢できない。

「じゃあ、貴女こそ何ですか? ガルグがどう、レミィがどう……。自分がどうしたい、とか意見がないですよね?」

 カレンは怒ると、口調が丁寧になる。

「自発的に行動しないから、貴女のような指示待ち人間が、組織の足手まといに……」

 カレンはまた余計な発言をした、と思った。

 ナスティの両肩が、怒りで震えている。

「目をつぶって、歯を食いしばれ!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ