表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
18/170

忍者

        1

カレンは扉を閉めた。

いきなり飛び出しては、槍の穴だらけになる。

「貴様、行かないのか? 何か作戦を考えていたのではなかったのか?」

ナスティの抗議に、カレンは必死に自己弁護をした。

「これから考えるところだったの!」

ナスティも母親と同じだ。これからやろうとしていたのに、「掃除をしろ」と、母親にせき立てられて、やる気を失す現象に似ている。

「ガルグっぽくないな」

カレンの態度に、ナスティは評価を変えた。上がったと思ったら、すぐに下がった。

ナスティの評価を気にしていても、意味がない。カレンは眼を閉じた。

黒い世界が現れる。

黒い世界は、透明の壁でお互いの空間を仕切っていた。透明の壁は、視線をずらすと消えてなくなる。視線を戻すと、また現れる。

通路の右を進んだ先は十字路があり、十字路をまっすぐ進んだ先に、タイル部屋がある。目的地である。

十字路まで戻り、直進ではなく、右側に曲がると、二体の貝殻頭(シェルヘッド)が立っていた。

二体はどうも見張りらしく、扉を守っている。

見張りの位置からだと、十字路を通る自分たちの姿が見える。強引に突破しても、ナスティを背負った状態では追いつかれるだろう、とカレンは予測した。

巡回している貝殻頭をやり過ごせても、見張りの貝殻頭をやり過ごす方法は、ない。

だが、すぐに閃いた。

(やり過ごすんじゃなくて、二体をどこか別の場所に移動してもらえばいい)

カレンは指を鳴らす。

「囮だな……」

囮は、霊骸鎧(オーラーアーマー)だ。霊骸鎧を囮として出すには、抵抗があった。だが、ここで何とかしないと、ナスティも自分も死ぬ。

蛇姫(スネイク)を呼びだした。女性を思わせる柔らかな造形である。動きがしなやかで、軽い。

「いい? あの通りの右側には、貝殻頭が二人いる。貝殻頭とは反対側の左に向かって走って。敵に追いつかれたら、帰ってね。絶対に無理しちゃダメだよ?」

蛇姫に指示を出すと、頷く仕草を返してきた。霊骸鎧は、人間の言葉を理解している。

「さっきから不思議に思っていたが、貴様は霊骸鎧を呼び出すことができるのか?」

背中のナスティが疑問をぶつけてくる。

「どうも僕の能力らしい。……僕自身は変身できないけれど」

適当に流し、眼を閉じる。貝殻頭が群となって、周囲を巡回している。巡回組が、十字路を横切った様子が頭に浮かび上がった。

蛇姫の背中を軽く押す。

出発を促すと、蛇姫が命令通り、走り出した。

十字路を左に曲がると、当然、見張りの貝殻頭が蛇姫に気づいて追いかける。

カレンは走った。ナスティを背負って、走る力が落ちているが、突っ切るしかない。

カレンの視界が変わった。

今、自分が走っている目の前の通路と、蛇姫の後ろ姿が同時に見えた。

カレンの視点は、蛇姫を追いかけている、貝殻頭のそれだった。

だが、前方の通路を見ると、蛇姫は左隅に見える。カレンの眼球内で、小さな窓枠ができたようだ。

貝殻頭の槍に取り囲まれても、蛇姫はまだ消えていない。

(早く帰って!)

貝殻頭たちが、一斉に蛇姫を槍で突く。

カレンは小さく叫んだ。

       2

槍の穂先が、床を突いた。

だが、蛇姫が串刺しになる映像は見えなかった。

蛇姫が消えた。

いや、小さくなった。

槍と槍の隙間にできた空間に、小さな蛇が身体をくねらせ這っていた。

(蛇姫だ。蛇姫の能力に違いない)

カレンは、直感的に理解した。

小さな蛇となった蛇姫は、天井と壁の隙間に逃げた。

貝殻頭たちが蛇姫を狙って槍を放つが、むなしく金属音が鳴るだけだ。

(よかった!)

蛇姫が生き残って、カレンは安堵した。自身は十字路を越える。

「このまま、いけるか?」

だが、問題が発生した。

十字路の先に、貝殻頭の集団が槍を構えていた。二体の貝殻頭が弓矢をつがえている。

目的地まで、少し距離がある。

(回避しつつ、突破するか?)

カレンは考えた。だが、遮蔽物(しゃへいぶつ)がなく、ナスティを背負って素早く行動できない。

ただの的である。

カレンは反転して、突破を諦めた。やむなく十字路に戻り、さっき見張りがいた扉に向かった。

矢が風を切る音を耳にする。

天井を突っついて蛇姫の追跡をしていた貝殻頭たちに、気づかれた。

古めかしくも重厚な扉を押した。

仕掛けはない。以外と軽く、中に入れた。

貝殻頭たちの足音が近づく。

堅牢城(キャッスル)!」

堅牢城を呼び出す。堅牢城は、その能力を持って、扉を固定させた。

「さすが、堅牢城だ。ビクともしない」

部屋を見る。

大きな机があった。

左右に燭台があり、燭台の火は燃え、部屋の内部を照らしている。

正方形にくり抜かれた岩が、壁として積み上げられている。

厚手の絨毯を足の裏に感じながら、カレンは机の上を見た。

書類が散らかっていた。見慣れない文字で、何かが書かれている。

クルトに似た、存在がここに座っていた。

いや、クルトよりも強大で狡猾であった。具体的な顔の輪郭は見えなかったが、どこか神経質な表情をしている。

ナスティが、カレンから飛び降りた。カレンは軽さを感じ、肩を回した。

「ここは、誰かの執務室だ……」

ナスティは、部屋全体を見渡し、壁に向かって歩き出した。壁を手の甲で叩く。

「音が鳴ったら、その壁の先に、隠し通路があるはずだ。ガルグの執務室にも似た仕掛けがあった」

ナスティが壁を叩き始めた。カレンはナスティの姿を見ていたが、意識は別に向いていた。

「何をしている? 貴様も探さないのか?」

カレンは眼を閉じた。ナスティの声が遠のく。

ナスティや貝殻頭の存在が次第に、別の世界、別の時代の出来事のように思えてきた。

黒く、透明の世界が現れた。

確かに壁の先に、目的地であるタイル部屋があった。

だが、ナスティの言うような隠し通路はなかった。厚い壁に阻まれていて、現在地から直通する手段はない。

柱の一部が光っている。光は最初、赤く、途中で緑色に切り替わったかと思うと、また赤に戻った。

カレンは目を開いて、柱の一部を触った。

何も起きない。

「この世界には、二つの世界があるんだ。目で見えて、手で触れる世界。……もう一つは、目に見えないけど、感じ取ることのできる世界」

カレンの口から言葉が出た。まるで譫言のようである。自分で発しているのに、誰かに喋らされているかのようだ。

だが、カレンは腑に落ちた。確信をもって、自分の言葉が正しい、と身体全体から力が湧き起こった。

カレンは眼を閉じて、右手から赤い光を出した。右手から赤い煙を出す。

クルトが黒い煙で扉を開けたときの応用である。

右手から石の柱が、粉々に崩れていく感触がした。

光は赤から緑に切り替わった。

左手で緑色の煙を出す。またも柱の表面が崩れた。

ナスティの呼ぶ声が聞こえる。

カレンは、目を開くと、目の前で、柱の一部が崩れて倒れかかっていた。

後ろに飛んで避ける。足下に岩が転がった。

「貴様、何をしている? 目を閉じたままだと怪我をしていたぞ?」

ナスティが怒った。

(心配してくれたんだ)

カレンは不思議と嬉しかった。

柱の岩が崩れた跡に、窪みができていた。

ナスティが中をのぞき込んだ。

「これは、霊骸鎧の墓……?」

と、眉間にシワを寄せた。

カレンもナスティの横から、窪みをのぞき込んだ。

ナスティが反射的に顔を逃がす。カレンは、少し残念な気持ちになった。一つの墓に、二つ模様が刻まれていた。

光の玉を表現した模様である。

霊骸鎧の名前も二つあったが、人物の名前は一つだけであった。

カレンは片方を指でなぞり、片方の霊骸鎧を読み上げた。

忍者(ニンジャ)!」

赤い光とともに、風変わりな姿形をした霊骸鎧が、現れた。

異国の鎧を着て、頭の兜には、三日月を模した飾りがついていた。

(これは強力な霊骸鎧だ)

カレンには、霊骸鎧の形状から、戦闘向きの霊骸鎧だとよく分かった。

「リュウゼン・ミタムラ!」

“忍者”が起動する。

太い腕を組んで、カレンの命令を待っている。

「忍者、あの壁を壊してくれないか?」

カレンは、壁を指さした。手が震える。視界が歪んできた。蛇姫、堅牢城、そして忍者、と三回連続で霊骸鎧を呼び出したのである。

忍者は(うなず)き、壁に向かって、歩み出した。

忍者の両腕には、それぞれ鎖が巻き付いている。

鎖の先端には、刃がついていた。

炎殺鎖鎌(ブレイズアンカー)という名前の武器だ。

“忍者”は腰を落とし、脇を締め、力を込めた。

何かを抱き抱えるように両腕を振ると、炎殺鎖鎌が展開して、巨大な翼のようになった。巨大な翼は炎を巻き起こし、壁に命中すると、爆発した。砂煙と飛散した壁が、衝撃とともに飛んでくる。

世界が暗転する。

まるで時間が止まったように、ゆっくりと全ての動きが見える。

ナスティを見た。

ナスティは、唖然として、状況を把握していない。

カレンはナスティを抱きしめて、忍者の背後に飛んだ。

暗い世界が終わると、世界は動きを取り戻した。

忍者の背後で爆風をやり過ごす。

カレンが目を閉じていても、ナスティはカレンを見ていた。

上目遣いで、カレンに抱きしめられている状況を、理解できない表情だ。

いくつかの破片が忍者にぶつかったが、忍者の厚い装甲がモノともしない。

瓦礫が崩れ落ちた先には、タイル部屋が現れた。

「行こう、ナスティ」

ナスティの手を引き、タイルに脚を乗せる。

身体中が痛い。

頭を数発殴られて、痛みで意識をなくしてしまいそうな感覚だ。

霊力(オーラ)を使い果たしている、とカレンは理解した。

カレンは目を閉じ、力を振り絞った。

隣から、ナスティの小さい悲鳴が聞こえた。

堅牢城が消えた部屋に、貝殻頭たちが殺到してきたのである。

足の裏から黒い煙を出して、タイルを起動させた。

(下だ! ……ずっと下まで運んでくれ!)

カレンは心の中で叫んだ。


2019年9月17日

炎殺鎖鎌(ファイアーアンカー)炎殺鎖鎌(ブレイズアンカー)

と改名しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ