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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
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堅牢城

        1

「僕は……」

 視界が揺らぐ。霊骸鎧(オーラアーマー)を呼び出したせいで、疲労が膨れ上がった。

「シグレナスの皇帝、カレン・サザードです!」

 胸を張り、高らかに宣言した。我ながら強がりである、と自覚はある。

 クルトと目があった。クルトの顔は完全に自己修復している。顔から怒りは消え、目を丸くしている。

 クルトは、口の中で言葉を繰り返していた。

「シグレナス……。シグレナス……」

 クルトはシグレナスを知っている!

 好奇心が湧いてきた。

 クルトに話しかけようとしたが、隣に、ナスティの白い肩が見えた。

 ナスティは、いつの間にかシーツを身体に巻き付けていた。カレンは我に返った。クルトと長話をしている暇はない。ナスティの安全が優先だ。

「行こう。ここはそう持たないだろう。少しでも距離を稼ぐんだ」

 カレンは、ナスティの目の前に自分の背中を差し出した。だが、ナスティは、カレンの横を素通りした。

「……いや、自分で歩く」

 ナスティは冷たく断った。発言に反して、ナスティの背中がふらついている。

 カレンには強がりにしか思えなかった。強引に背負っていくべきかと迷ったが、実際にナスティは歩いている。

(歩けるほど、体力が回復したのかもしれない)

 と、カレンは前向きに解釈した。

 堅牢城(キャッスル)を見た。格子戸の前で、静かに次の命令を待っている。

「クルトをここで足止めにしておいて。クルトが諦めたり、君自身が危なくなったりしたら、帰っていいからね」

 堅牢城に任せておけば、大丈夫だと、カレンには不思議な確信があった。

 堅牢城と別れ、ナスティを追う。

 だが、すぐに追いついた。ナスティは壁に寄りかかり、一歩一歩、力を振り絞っている。

 カレンは心配になって、ナスティの顔をのぞき込んだ。ナスティは、眉間にシワを寄せて口を開いた。

「どうした? 先に行けばよいだろう」

 ナスティに睨まれた。

「犬でも追い払うような言い方、やめてくれないかな」

 裸にシーツを巻いて、可愛い顔で睨まれても怖くはなかった。言い争っても無駄だと悟り、カレンは命令通り、先に進んだ。

(担いで歩くより、速いかもしれない。状況は良くなっている……はずだ)

 通路が折れ曲がっている。死角に敵が潜んでいないか、カレンは目を閉じて確認した。

 貝殻頭(シェルヘッド)の気配はない。安全を確認して、後ろのナスティの様子を見た。

 ナスティが通路の向こうで、小さくなっていた。床に片膝をつけて、全身を振るわせている。身体が思うように動かないのだろう。

「いわんこっちゃない。無理して強がったらダメだよ」

 カレンが駆け寄ると、ナスティは悔しげに唇を噛み、瞳には涙を浮かべていた。

 ナスティを背負って、通路を進む。

 カレンも堅牢城を呼び出して、体力を失っている。だが、ナスティはクルトの攻撃を受け続けている。少しでもナスティを不安にさせたくなかった。自分の消耗を気づかれてはいけない。

 折れ曲がった先から、明るくなった。

 光源は外からだった。鉄板の壁が長方形にくり抜かれていて、外の風景が見えた。四角い穴に触れようとすると、見えない壁が指に当たった。 

 見えない壁をのぞき込むと、眼下には、ピンク色になった都市の全景が広がっている。

 巨大な影が翼を広げ、建造物の真上を通過する。

 ナスティたちがやってくるときに見た、龍だった。

 龍の影は小さくなっていき、地面に向かって炎を吐いた。

「龍だ。貝殻頭たちを焼き払っている」

 ナスティに報告すると、ナスティが、カレンの肩からのぞき込む。ナスティの位置からは見えないだろう、とカレンは思った。

「龍が見えたのだな? だとすれば、ガルグたちに間違いない。ガルグをお助けしなくては」

 カレンは身震いした。ナスティの吐く息が首筋にかかり、くすぐったい。これまでの人生で味わった経験のない感覚である。

「……どうした?」

 ナスティが異常に気づく。不審物を発見したかのようだ。

「なんでもない!」

 カレンは誤魔化(ごまか)した。よけいな発言で平手打ちを食らう恐れがある。

 こんな緊迫した状況で、僕は何をやっているのだろう?

        2 

 見えない壁の隣に、空間があった。三方を壁に囲まれ、小部屋を思わせる形状だが、扉がない。

 足下には、タイルがあった。円形の模様が施されている。クルトやカレンが、屋上から、この建物内部に移動したときに使った装置だ。

 模様にあわせて、脚を揃える。

 カレンは、目を閉じ、意識を集中した。

 前回は、頭から黒い煙を出していた。だが、足先に集中した。

 足裏から煙を出す。

「何をやっている……?」

 ナスティがカレンの肩から足下をのぞき込む。

 足裏に冷たさを感じた。泥に足をつっこんだ感覚に陥った。ナスティを背負ったまま、沼地に静かに沈んでいく。

「この感覚は……! 貴様、転移魔術(テレポーテーション)を使えるのか?」

 ナスティの驚いた声が聞こえる。背負っているのに、遠くから聞こえた。

(転移魔術? さあ、よく分からない。僕は意識しているわけじゃないけれど。足下の仕掛けが転移魔術の手助けになっているのかもしれないね)

 言葉に出なかった。口に出したくても、身体が命令を聞いてくれない。そもそも返事をする必要がない。今は、ただ集中して、足の裏から煙を出すだけだ。

 頭から煙を出すよりも、身体に負担は少なかった。

 問題は背中のナスティだ。

 映像が見える。

 ナスティが、冷たくて黒い岩に押しつぶされていた。前方に折れ曲がった身体から汗を出て、苦しそうな表情をしている。

 転移魔術の影響だ、とカレンは推測した。

 この海底都市に来るときも転移魔術を使った。そのとき、意識を半分失った状態のナスティを思い返した。

 下に引きずり込まれているこの現状は、ナスティの負担になる、とカレンは予測した。

 カレンは足裏に黒い煙を出しつつ、カレンは暖かい黄色い光を背中から放出した。

 ナスティの光と同じ色だ。同じ光の色を出せば、何か効き目があるかもしれない、とカレンは仮説を立てた。

 映像が見えた。

 黄色に輝く水滴が、黄色の水面にはじけて、波紋となった。

 穏やかな光となって、カレンの周囲を明るく照らした。

(暖かい……)

 ナスティの声が聞こえる。ナスティから苦しみがとれ、どこか苦しみが和らいでいく。

 カレン自身も心地よさを覚えた。

 目を開いた。

 カレンたちは、個室にいた。クルトの個室よりも、さらに狭い。大人が二、三人立っていられるかくらいの広さである。

 目の前に扉がある。押せば開く構造になっている。

 扉の隙間を覗くと、通路の壁が現れた。 

 先ほどのクルトがいた通路に似ているが、絨毯がない。比べると、どこか貧相で無機質な印象を受けた。

「ここは、どこだ……?」

 背中のナスティが周囲を見渡す。

「下の階に降りたみたいだね。なんちゃって転移魔術は成功だ。……ナスティ、体調はどう?」

「……悪くはない。いや、同じ転移魔術であるが、ガルグと比べて……」

 カレンには、ナスティがむしろ爽快な気分であると感じた。

        3

 カレンは目を閉じた。

「さっきから何をしている……? それではまるで」

 ナスティが怖々と訊いてきた。

 だが、カレンは聞こえないふりをして、貝殻頭の居場所を探った。

 透明の人影が、複数見えた。

 通路の向こう、曲がった先、通路につながっている小部屋……つまり、至る所にいる。

 この階層は、貝殻頭の居住区だとカレンは理解した。

 クルトは貝殻頭の中でも身分が高いのだろう。他の貝殻頭とは独立した区域を与えられ、違う待遇を受けている。

「ここは危険だ。貝殻頭しかいない」

 ナスティに説明した。我ながら当たり前の分析である。

 小部屋に戻り、円形模様のタイルに足を乗せる。目を閉じるが、身体が浮き上がる感覚に襲われた。

「だめだ、ここはさっきの階に戻ってしまう」

 クルトと鉢合わせになるだろう。

 カレンは、慌ててタイルから足を外した。

 小部屋の隣には、扉があった。半透明の突起物がある。カレンが目を閉じると、下から貝殻頭の集団が見えた。高速で上昇し、こちらに向かっている。

「ここもダメだ」

 突起物の扉を諦め、他に脱出経路がないか、カレンは探った。

 壁の向こうに、丸い模様のタイルが見えた。

 ここだ!

 カレンは眼を開いた。

「ナスティ、敵に囲まれた。もうじき、ここにも敵が来るだろう。だけど、目的地は見つけたから」

 状況を説明する。ナスティに心配をかけないためにも、できるだけ毅然とした態度を見せたつもりだ。ナスティは、状況が把握できないようである。

霊落子(スポーン)の居場所や次に行く場所が分かるのか? まるで……」

「霊落子とは、貝殻頭のことかい? そうとも呼ぶらしいね。まあ薔薇をどう呼ぼうが薔薇だけど。貝殻頭を薔薇に例えるのは変だっけ。……突破するよ」

 扉を出て、左右を(うかが)う。

 通路の向こうから、貝殻頭たちが列をなして横切った。

 カレンは扉を閉めて、小部屋に戻り、やり過ごす。

「貴様はまるで、ガルグのようだ……」

 ナスティの声に、熱がこもっている。


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