“枝編み人形”
1
ナスティは控え室から、格子越しに闘技場を見ていた。
休憩の時間である。
観客席では、観客たちはその場で寝転がり、持参した弁当を開いて口に運んでいる。立ち上がり、夕食を取りに家に帰った者もいる。
闘技場内で、大掃除が始まった。
腰蓑を巻いた奴隷たちが地面に這いつくばって、折れた槍や剣、矢が回収している。
ある奴隷は、剣闘士たちがつくった血だまりに砂を振りかけた。
まるで、闘技場の流血、いや、死や恐怖といった非日常を、砂で、普段の日常で上書きしているかのようだ。
(死んだ人や怪我した人たちの上で、ボクたちは歌っていたんだ……)
ナスティは、背筋に寒気が走った。
死者に対する冒涜をしていた。その事実に気づかない、自分の鈍感さに、敬意のなさに、心を痛めたのである。
ナスティは、自分たちが歌っていた舞台……ひな壇を見た。
ひな壇は、真っ二つに割れ、片方が倒れていた。散らばった破片とともに、すぐに闘技場の外に排出された。
下敷きになった巫女の血も、砂で隠されていく。
(あの人は、大丈夫だったのかな……?)
ナスティは知人の死を想像して、悲しくなった。涙が出てくる。
「お逃げください、大神官様。殺されてしまいます」
巫女たちが縋るような声を出していた。
ナスティが振り返り、セロンを見た。
セロンは用意された席に座り、腕を組んで、目をつぶっている。周りには、巫女たちが、輪になっている。
セロンは、目を開き、穏やかな面持ちで応えた。
「卑怯者たちに見せる背中など、私にはないのだよ。それに、そなたたちに恐ろしい目に遭わせてたのに、どうして大神官の私だけが逃げられようか?」
セロンの優しげな声に、巫女たちが声なき歓声をあげた。感激して涙を流している者もいる。
誰かが、小走りでセロンの後ろに回り込んだ。
「大神官様ぁ……」
ベルザだった。普段とは似つかわしくない、甘えた声だった。
「ベルザ。首尾はどうだ?」
ベルザとセロンは、内緒話をし始めた。顔を近づけ、ベルザの顔つきが緩く綻ぶ。反対に、セロンは、無味乾燥な表情で、相づちを打っていた。
「頼んだぞ」
セロンは小さい声で締めくくった。これから死ぬかもしれない場所に赴くというのに、事務的な反応である。
ベルザは、笑顔になった。まるで自分が、セロンにとって最愛の恋人にでもなったかのようだった。
浮かれた足取りで、セロンから離れた。
だが、ナスティと目が合った瞬間、害虫でも見るかのような表情になった。
(……ばぁか。ざまあみろ。お前なんか、焼き殺されればいいんだよ)
ベルザの声なき声が聞こえた。
セロンを背にして、ナスティに嫌悪感が溢れた表情をそのまま、どこかに走り去っていった。
「器用な人だな。二重人格かな……?」
ナスティは悲しくなった。ベルザといると、自分が本当に害悪の中心にでもなったかのような気分になる。
ベルザに対して危害を加えた記憶もない。どうして、自分の死を願わなければならないのだろう?
(人の死を願うなんて、本当に誰かを愛したり、誰かから愛されたりする経験がないのかな……? 愛する人を失った経験がないのかな……?)
ナスティは、ジョニーや家族たちを失った気持ちを思い返した。あの喪失感を経験すると、誰かの死を願う気持ちになんかなれない。
だが、ベルザの考察をしている暇はない。ベルザについて考えれば考えるほど、頭が痛くなる。キリがないのだ。
闘技場の清掃は続いている。
(逃げたい……)
ヒルダは、殺す気満々だ。むしろ、合法的に殺しを楽しんでいる節がある。
次は霊骸鎧の戦いになる。
ヒルダの、ロンドガネスの手のものがいれば、殺しにかかってくるだろう。
心臓が異常な速度で鳴り始める。
逃げろ、と警告している。
自分の死が、確実に来ると、ナスティの身体が反応しているのだ。
闘技場を見る。
闘技場の中で清掃が終わっていた。
奴隷たちが、木材を大人数で運び入れている。縄で引っ張り、木造の工作物が立ち上がった。
杭を打ち、工作物を固定する。
「何が始まるんだろう……?」
嫌な予感がする。
嫌な予感しかしない。
「“主演の方”の方……」
女が一人、現れ、ナスティの逡巡をかき消した。
眼鏡をかけている。
「大神官様が“主演”でおられますよね?」
「違う。私ではない。あの者だ」
セロンは優雅な動作で、ナスティを指さした。
「え、ボク……? 大神官様じゃなくて?」
ナスティは自分を指さした。何を歌うかも知らされていない。むしろ、大神官セロンが主演のような気がする。
セロンは、興味のなさそうな態度をしている。“主演”の響きに、どこか重苦しい空気を感じた。
(さっき、逃げない、みたいな発言をしていなかったっけ? ひょっとして、セロンは、責任から逃れているの? ボクに全部を押しつける気?)
女は、眼鏡越しで、ナスティを見据えて伝えた。
「これから、“主演の方”には、あの“枝編み人形”の中に入っていただきます」
人形……。
闘技場に新しく建てられてた木造建築物を見た。
たしかに、頭部と胴体があり、胴体からは両手が生えて、二本の足が、地面を踏みしめている。
木で編んだ籠のように、身体の部位が格子状になっている。
向こうが透けて見える。
「人形、というより、人の形をした監獄って感じ……」
完成すると、上から白い布が被された。白い布を被った、一体の人形になった。
「えーと、ボクは、人形の中で何をすればいいんですか?」
ナスティは質問をした。
聖歌隊の巫女たちが息を飲んだ。
空気が凍った。
皆が、目をそらす。
「あれ、ボク、変な質問しちゃいました……?」
ナスティの困惑を前に、眼鏡の女は咳払いをして、説明した。
「中は、空っぽで登る構造になっています。登っていって、胴体の中に入ってください。胴体の中に入ってください。そこで、歌を歌って終わりです」
「……人形の声を演じれば良いのですね。あの人形は、何を表しているのですか?」
「あの人形は“悪霊の神々”の一体を模しています」
「なるほど。セレスティアがやっつけたという伝説になぞらえているんですね」
ナスティは会話を続けたがっていたが、眼鏡の女は顔を逸らした。他人事のような態度である。
(人形の中にいれば、ヒルダの霊骸鎧だって、手を出せないよね。壊したら、怒られちゃうからね。安心した。……でも、なにかを見過ごしているような気がする)
ナスティはセロンの席を見た。だが、セロンの姿はない。
「……他に質問は?」
眼鏡の女が念押しをしてくる。この女は、早く話を切り上げたがっている、とナスティは感じた。
「嫌な予感がするんですけど……。それに、何を歌うか決まっていません」
「大丈夫です。中から隙間があるので、外の様子が見れますよ」
「そういう嫌な予感じゃなくてですね……。もっと生命や身体に関わる話なんですけど」
「合図が出たら、歌をお願いします」
「合図って、どんな合図ですか?」
「……そのときになったら、分かると思います。……では、セレスティア様の恰好をしてください」
眼鏡の女に背中を押される。明らかに、何かを隠している。
女たちが、ナスティの周りに集まった。化粧が濃く、珍奇な服を着ている。
劇団の女優たちだ。
「ちょっ……!」
なんの反応もさせてもらえず、個室に連れて行かれた。
服を脱がされ、顔に粉のような物体を塗りたぐられる。
化粧されているのだ!
服装は、劇団から借りた。
白いドレスを着せられた。衣装合わせもせず、白いドレスは、まるでナスティのためだけに設えたかのように、ぴったりだ。
頭の周りに花で編まれた冠を乗せられた。
「うわっ、可愛い!」
劇団員がときめいたような声を出す。
ナスティが個室から出ると、巫女たちが息を飲んだ。
「綺麗……」
綺麗?
誰の話だか分からないが、セロンを探した。
巫女の一人にぶつかった。顔の半分を包帯で巻いた巫女……ナスティが助けた人物であった。
「モニカ……!」
他の巫女が名前を呼ぶ。モニカがナスティに小さな包みを持ってきた。包みにはベルトが着いてある。
包みは、割と重たい。
「何ですか、これ?」
「いいから、持って行って。隠し持っていって」
モニカは、ナスティのスカートに手を突っ込み、腰回りに、包みを巻き付けた。
(ちょっと歩きづらいんですけど……)
ナスティはセロンを探した。歌の打ち合わせをしたい。
だが、見つからなかった。
(まさか本当に逃げちゃったの……? どんな歌を歌うのか決めてもいないのに?)
セロンの意図が読めない。
歌が好きなセロンにしては珍しい。
2
「この中に入ってください。」
眼鏡女は、ナスティに指示をした。
巨大な枝編みの箱だった。
箱の四方には、鎖が付いていて、四人の逞しい身体つきをした奴隷たちが肩に担いで、引っ張ってきた。
不平不満を述べるまもなく、ナスティは横倒しになって入れられた。
箱の中は堅く、ちくちくする。
編み込みの隙間から、わずかに光が差し込んでくるので、真っ暗闇ではない。
狭い。
(閉所恐怖症だったら、死ねる自信がある)
箱は引きずられている。
(摩擦で燃えたら、どうしよう?)
接地面が熱くなっている。
歓声が上がった。
闘技場に入ったのだ。
一瞬だけ止まった。奴隷たちが掛け声を上げて、ナスティを箱ごと押し出した。
箱の周りから、男たちの気配がなくなった。
(“枝編み人形”に潜入成功したんだね)
ナスティは蓋を押し上げ、周りを見た。
“枝編み人形”の片足だった。
白い布で覆われている。ときどき、風で隙間から外が見える。
地面は、藁で敷き詰められていた。
外から、鳴り物が響く。歓声が強くなった。
布の隙間から外を覗くと、辺りは暗くなっていた。篝火と松明で、光源を保っている。
藁を踏みしめる。
「どうして藁なんかあるんだろう?」
人形の内股部分は布に覆われていない。
格子状の隙間から内股部分が見えた。
股間部分の中心から、地面に向かって鉄の棒が突き刺さっている。木を編み建てられた人形である。補強がなければ自立できないのだ。
真上を見上げると、ナスティの何倍もの高さがあった。
「わ……。割と高い。ボクが登れるかなぁ……」
目が回る。
登る手がかりは、ナスティの周りを覆う、木で編まれた格子のみである。
(ふーん。……ところで、ねえ、君。木登りできる?)
ジョニーの声が聞こえた。
釣りをしていたら、タダラス兄弟に追いかけられていた時点での話だ。
(木登りができないの? ああん、しょうがないなあ。俺が囮になってあげるから、早く逃
げなよ)
木登りなんて、できなかった。
高い場所に自ら進んで登るなんて、できなかった。
「あのときは、ジョニーが助けてくれた。でも、今のボクは違うぞ!」
格子をつかんで、一段、一段、登る。
身長が伸びたせいか、内面的に逞しくなったのか、登れる。
「なんだろう、泣けてきたよ……」
ナスティは涙で視界が揺れた。
自分が弱くて、ジョニーにいつも守ってもらっていた。自分の弱さが、ジョニーを苦しめていた。そんな自分が許せなかった。
だが、今が違う。
少しだけ強くなれたような気がする。
3
ナスティは汗だくになって、胴体部分に転がり込んだ。
ちくちくする床に寝っ転がった。
世界はすっかり夜だ。
ナスティの眼前は、闇に包まれている。
「大きな人形の中にいるのって、変な感じだなぁ……」
目が慣れてきた。それに、布の隙間から、外からの明かりを受け入れていた。
胴体部分の中心には、鉄の芯が、伸びていた。
股間から胴体の中心、喉を通り、頭部に向かって走っている。
「ここで歌を歌えばいいんだっけ?」
布の隙間から、外を見た。
外はすっかり、夜だ。
炎の棒を持った霊骸鎧“炎の棒”が音楽に合わせて、踊っている。
演舞をしているようだ。
あたりは暗くなっているので、“炎の棒”の炎の棒が余計に目立った。
蝙蝠みたいな霊骸鎧“黒い影”が飛んでいる。
霊骸鎧“青楽士”が青い弦楽器をかき鳴らしている。自然界では聞かれない電子音に、観客たちは聞き惚れた。
闘技場の中央に、セロンが椅子に座っていた。
いや、胴体を縄で縛られている。
セロンの周りで、篝火が焚かれていた。
煙を立てて、燃え盛っている。
一体の霊骸鎧が、セロンから離れた場所に立った。
“水銃士”だ。
二丁拳銃を構えている。“水銃士”の二丁拳銃から、水が放出された。
水圧を食らった篝火は、吹き飛んだ。自身の構成物であり燃料でもある藁や木材を粉々にぶちまけた。
“水銃士”が次々と篝火を、水鉄砲で吹き飛ばしていく。
最後の一個を狙うふりをして、セロンに向けて撃った。
セロンは縛られていて、身動きができない。
水の弾道が、セロンの頭上を超えて、闘技場の壁に当たる。
観客席から下卑た笑い声が聞こえる
(セロンを殺そうとしている? いや、笑いものにするつもりなんだ! なんて卑怯な人たちなの? こんな方法で、よりにもよって、大神殿で一番偉い人を馬鹿にするなんて……!)
それに、観客も愚かだ。神聖な行事なのに、流血や誰かの不幸を願っている。シグレナスの人間はこうも信仰心が低いのか。
ヴェルザンディには、僧侶など、聖職には、強い敬意があった。
母親のナディーンは王族だが、僧職のティーンには敬意を示していた。足下にひれ伏す最高の敬意である。
いつもお参りをしていた。
(神様を信じる信じないかは勝手だけど、人を馬鹿にする機会を、神様の行事につかうなんて、間違っているよ!)
ナスティは大神殿やセレスティアが侮辱されているようで、腹が立った。
誘拐されて連れてこられた身であっても、ナスティには、大神殿に対する帰属意識が芽生えていた。
(あれれ、ボクはどうなったんだろう……? 大神殿なんて、大嫌いだったはず……)
複雑な感情の変化に、ナスティは困惑した。
“水銃士”が、両方の拳銃を手のひらで回転させる。
太鼓が音頭を出した。“水銃士”の演舞を盛り上げているのである。
観客たちが、手を叩いて、音頭に合わせる。
ナスティの世界が、急に暗転した。
誰もが“水銃士”の演舞に注目している中、観客席に身を伏せて、銃器を構えている黒い影が、見えた。
セロンの横顔に、照準を合わせている。
“水銃士”は陽動だった。セロンを暗殺しようとする者がいる。
発砲音が聞こえた。
観客の声でかき消されているのに、ナスティには聞こえた。
「危ない!」
ナスティは、セロンに向かって、叫んだ。
同時に、一条の光が、観客席から闘技場に向かって、飛び込んできた。
光は残像を残して、セロンの前に立ち塞がる。
光は、霊骸鎧だった。
「なんだ、あの霊骸鎧……?」
観客がざわつく。
「アイツは……“光輝の鎧”!」
「ボルテックス商店のライトニング・ボルテックスか……?」
どよめき出した。
“光輝の鎧”ライトニング・ボルテックスが伸ばした左手で、銃弾を、飛んできた蠅であるかのように、指で摘まんでいた。
“光輝の鎧”ボルテックスが、観客席の一角を指さした。
「クルト、フリーダ。あそこだ」
ボルテックスの声が、ナスティには聞こえた。ボルテックスの声を聞いた記憶はないが、ボルテックスが部下に指示を出していると分かった。
ボルテックスは、クルトとフリーダ、と呼ばれた男女が観客を押しのけて、銃撃犯に向かって走って行く様子を見ていた。
ナスティはボルテックスを見ているのに、ナスティには、ボルテックスが見えている映像が分かった。
(ボクの頭と、ボルテックスの頭が同期しているのかな? ボクがセロンの危機を分かった瞬間、ボルテックスは動いていた。まるで、ボクが指示を出したみたいに……)
ナスティは不思議な感覚に陥った。
だが、すぐにボルテックスの見えている世界が見えなくなった。
“光輝の鎧”ボルテックスは、セロンの後ろに回り、手錠を破壊した。
「どうしてボルテックス商店の奴らが、大神官を守るんだ……?」
「しかも、代表自らがお出ましだとよ……」
観客たちが騒いだ。
「おのれ、市井のチンピラどもめ。やっておしまい!」
ヒルダが霊骸鎧たちに命令をする。
“炎の棒”と“水銃士”“青楽士”が、セロンとボルテックスに向き合う。
だが、三体の背後に、発光体が舞い下りた。人の形をしていない霊骸鎧、“鬼火”だ。
“鬼火”は、宙に浮かぶ、電気を帯びた球体で、三体の霊骸鎧に体当たりを食らわせた。
三体が感電して、変身が解けていった。
「なんていう火力だ……! 一瞬で霊骸鎧を三体も倒したぞ?」
観客が驚いた。
“鬼火”の変身が解け、爆発したような髪型をした男が、現れた。
「俺は、バル・スパーク。……ハジけるぜー!」
人間の姿で一回転して、それぞれの手で、頭と股間を押さえる仕草をした。
「誰か、あいつらをつまみ出せ!」
ヒルダが喚いた。まるで駄々っ子のようだ。
「おうおうおう、お前らよってたかって、何をしてやがる。大神官を死なせたとありゃあ、祟りで、おっちんじまうぜぇ?」
スパークがいちいち踊りながら、反論した。
兵士たちが闘技場に入ってきた。
だが、観客たちの反応は違っていた。
「せっかく面白い余興を見せてくれたってのに、水を差すんじゃねえよ」
「ボルテックス商会が乱入するなんてぇ、これまでのセレスティア祭でなかったよなあ?」
「邪魔するんじゃねえよ」
観客たちが、警備兵たちに石を投げ始めた。
「だめです、観客たちが暴動寸前です!」
ヒルダの周囲が慌てている。ヒルダは動揺していた。
普段からヒルダの横暴に対して、シグレナス市民が憤っていた、とナスティは感じた。不満のはけ口として、市民の代弁として、ボルテックス商店が一暴れしたのだ。
「つーわけだ、おばはん。世論を味方にしないとなあ。民主主義、民主主義……!」
スパークが回転しながら、手拍子をして、観客たちを煽った。
「ボルテックス……! ボルテックス……!」
観客たちは、ボルテックスの味方になった。
(これでもうセロンは大丈夫だよね。……ところで、歌っていつから歌い始めればいいんだろう?)
ナスティは安心しながらも、疑問に思った。一緒に歌うはずのセロンとは一切打ち合わせをしていない。
「もういい、次の段階だ。火をつけろ!」
ヒルダは、手を上げて、指示を出した。
奴隷たちが、“枝編み人形”の周りに集まった。
取り囲んで、布をつかみ、同時に引っ張る。
すると、白い布が取り外された。
籠の中のナスティが、闘技場で丸見えになった。
「何をやっているの……?」
観客が一斉にナスティを見る。
「火をつけよ」
ヒルダが手を上げて指示をする。
別の奴隷たちが、松明を持って、“枝編み人形”の足下に火を点けた。
地面に敷き詰められた藁が、黒い煙を出し始めた。
「え……? 何をしてくれてるの?」
ナスティの悲鳴に似た声をかき消すかのように、観客たちが手を叩いて大騒ぎをした。
「おっ、待ってました!」
「どんどん燃やせ!」
「生け贄を焼き殺せ!」