表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/170

“枝編み人形”

        1

 ナスティは控え室から、格子越しに闘技場を見ていた。

 休憩の時間である。

 観客席では、観客たちはその場で寝転がり、持参した弁当を開いて口に運んでいる。立ち上がり、夕食を取りに家に帰った者もいる。

 闘技場内で、大掃除が始まった。

 腰蓑を巻いた奴隷たちが地面に這いつくばって、折れた槍や剣、矢が回収している。

 ある奴隷は、剣闘士たちがつくった血だまりに砂を振りかけた。

 まるで、闘技場の流血、いや、死や恐怖といった非日常を、砂で、普段の日常で上書きしているかのようだ。

(死んだ人や怪我した人たちの上で、ボクたちは歌っていたんだ……)

 ナスティは、背筋に寒気が走った。

 死者に対する冒涜をしていた。その事実に気づかない、自分の鈍感さに、敬意のなさに、心を痛めたのである。

 ナスティは、自分たちが歌っていた舞台……ひな壇を見た。

 ひな壇は、真っ二つに割れ、片方が倒れていた。散らばった破片とともに、すぐに闘技場の外に排出された。

 下敷きになった巫女の血も、砂で隠されていく。

(あの人は、大丈夫だったのかな……?)

 ナスティは知人の死を想像して、悲しくなった。涙が出てくる。

「お逃げください、大神官様。殺されてしまいます」

 巫女たちがすがるような声を出していた。

 ナスティが振り返り、セロンを見た。

 セロンは用意された席に座り、腕を組んで、目をつぶっている。周りには、巫女たちが、輪になっている。

 セロンは、目を開き、穏やかな面持ちで応えた。

「卑怯者たちに見せる背中など、私にはないのだよ。それに、そなたたちに恐ろしい目に遭わせてたのに、どうして大神官の私だけが逃げられようか?」

 セロンの優しげな声に、巫女たちが声なき歓声をあげた。感激して涙を流している者もいる。

 誰かが、小走りでセロンの後ろに回り込んだ。

「大神官様ぁ……」

 ベルザだった。普段とは似つかわしくない、甘えた声だった。

「ベルザ。首尾はどうだ?」

 ベルザとセロンは、内緒話をし始めた。顔を近づけ、ベルザの顔つきが緩くほころぶ。反対に、セロンは、無味乾燥な表情で、相づちを打っていた。

「頼んだぞ」

 セロンは小さい声で締めくくった。これから死ぬかもしれない場所に赴くというのに、事務的な反応である。

 ベルザは、笑顔になった。まるで自分が、セロンにとって最愛の恋人にでもなったかのようだった。

 浮かれた足取りで、セロンから離れた。

 だが、ナスティと目が合った瞬間、害虫でも見るかのような表情になった。

(……ばぁか。ざまあみろ。お前なんか、焼き殺されればいいんだよ)

 ベルザの声なき声が聞こえた。

 セロンを背にして、ナスティに嫌悪感が溢れた表情をそのまま、どこかに走り去っていった。

「器用な人だな。二重人格かな……?」

 ナスティは悲しくなった。ベルザといると、自分が本当に害悪の中心にでもなったかのような気分になる。

 ベルザに対して危害を加えた記憶もない。どうして、自分の死を願わなければならないのだろう?

(人の死を願うなんて、本当に誰かを愛したり、誰かから愛されたりする経験がないのかな……? 愛する人を失った経験がないのかな……?)

 ナスティは、ジョニーや家族たちを失った気持ちを思い返した。あの喪失感を経験すると、誰かの死を願う気持ちになんかなれない。

 だが、ベルザの考察をしている暇はない。ベルザについて考えれば考えるほど、頭が痛くなる。キリがないのだ。

 闘技場の清掃は続いている。

(逃げたい……)

 ヒルダは、殺す気満々だ。むしろ、合法的に殺しを楽しんでいる節がある。

 次は霊骸鎧の戦いになる。

 ヒルダの、ロンドガネスの手のものがいれば、殺しにかかってくるだろう。

 心臓が異常な速度で鳴り始める。

 逃げろ、と警告している。

 自分の死が、確実に来ると、ナスティの身体が反応しているのだ。

 闘技場を見る。

 闘技場の中で清掃が終わっていた。

 奴隷たちが、木材を大人数で運び入れている。縄で引っ張り、木造の工作物が立ち上がった。

 杭を打ち、工作物を固定する。

「何が始まるんだろう……?」

 嫌な予感がする。

 嫌な予感しかしない。

「“主演の方(メインボーカル)”の方……」

 女が一人、現れ、ナスティの逡巡をかき消した。

 眼鏡をかけている。

「大神官様が“主演”でおられますよね?」

「違う。私ではない。あの者だ」

 セロンは優雅な動作で、ナスティを指さした。

「え、ボク……? 大神官様じゃなくて?」

 ナスティは自分を指さした。何を歌うかも知らされていない。むしろ、大神官セロンが主演のような気がする。

 セロンは、興味のなさそうな態度をしている。“主演”の響きに、どこか重苦しい空気を感じた。

(さっき、逃げない、みたいな発言をしていなかったっけ? ひょっとして、セロンは、責任から逃れているの? ボクに全部を押しつける気?)

 女は、眼鏡越しで、ナスティを見据えて伝えた。

「これから、“主演の方(メインボーカル)”には、あの“枝編み人形(ウィッカーマン)”の中に入っていただきます」

 人形……。

 闘技場に新しく建てられてた木造建築物を見た。

 たしかに、頭部と胴体があり、胴体からは両手が生えて、二本の足が、地面を踏みしめている。

 木で編んだ籠のように、身体の部位が格子状になっている。

 向こうが透けて見える。

「人形、というより、人の形をした監獄って感じ……」

 完成すると、上から白い布がかぶされた。白い布を被った、一体の人形になった。

「えーと、ボクは、人形の中で何をすればいいんですか?」

 ナスティは質問をした。

 聖歌隊の巫女たちが息を飲んだ。

 空気が凍った。

 皆が、目をそらす。

「あれ、ボク、変な質問しちゃいました……?」

 ナスティの困惑を前に、眼鏡の女は咳払いをして、説明した。

「中は、空っぽで登る構造になっています。登っていって、胴体の中に入ってください。胴体の中に入ってください。そこで、歌を歌って終わりです」

「……人形の声を演じれば良いのですね。あの人形は、何を表しているのですか?」

「あの人形は“悪霊の神々(ゴッズ・オブ・エビル)”の一体を模しています」

「なるほど。セレスティアがやっつけたという伝説になぞらえているんですね」

 ナスティは会話を続けたがっていたが、眼鏡の女は顔を逸らした。他人事のような態度である。

(人形の中にいれば、ヒルダの霊骸鎧だって、手を出せないよね。壊したら、怒られちゃうからね。安心した。……でも、なにかを見過ごしているような気がする)

 ナスティはセロンの席を見た。だが、セロンの姿はない。

「……他に質問は?」

 眼鏡の女が念押しをしてくる。この女は、早く話を切り上げたがっている、とナスティは感じた。

「嫌な予感がするんですけど……。それに、何を歌うか決まっていません」

「大丈夫です。中から隙間があるので、外の様子が見れますよ」

「そういう嫌な予感じゃなくてですね……。もっと生命や身体に関わる話なんですけど」

「合図が出たら、歌をお願いします」

「合図って、どんな合図ですか?」

「……そのときになったら、分かると思います。……では、セレスティア様の恰好をしてください」

 眼鏡の女に背中を押される。明らかに、何かを隠している。

 女たちが、ナスティの周りに集まった。化粧が濃く、珍奇な服を着ている。

 劇団の女優たちだ。

「ちょっ……!」

 なんの反応もさせてもらえず、個室に連れて行かれた。

 服を脱がされ、顔に粉のような物体を塗りたぐられる。

 化粧されているのだ!

 服装は、劇団から借りた。

 白いドレスを着せられた。衣装合わせもせず、白いドレスは、まるでナスティのためだけにしつらえたかのように、ぴったりだ。

 頭の周りに花で編まれた冠を乗せられた。

「うわっ、可愛い!」

 劇団員がときめいたような声を出す。

 ナスティが個室から出ると、巫女たちが息を飲んだ。

「綺麗……」

 綺麗?

 誰の話だか分からないが、セロンを探した。

 巫女の一人にぶつかった。顔の半分を包帯で巻いた巫女……ナスティが助けた人物であった。

「モニカ……!」

 他の巫女が名前を呼ぶ。モニカがナスティに小さな包みを持ってきた。包みにはベルトが着いてある。

 包みは、割と重たい。

「何ですか、これ?」

「いいから、持って行って。隠し持っていって」

 モニカは、ナスティのスカートに手を突っ込み、腰回りに、包みを巻き付けた。

(ちょっと歩きづらいんですけど……)

 ナスティはセロンを探した。歌の打ち合わせをしたい。

 だが、見つからなかった。

(まさか本当に逃げちゃったの……? どんな歌を歌うのか決めてもいないのに?)

 セロンの意図が読めない。

 歌が好きなセロンにしては珍しい。

        2

「この中に入ってください。」

 眼鏡女は、ナスティに指示をした。

 巨大な枝編みの箱だった。

 箱の四方には、鎖が付いていて、四人のたくましい身体つきをした奴隷たちが肩に担いで、引っ張ってきた。

 不平不満を述べるまもなく、ナスティは横倒しになって入れられた。

 箱の中は堅く、ちくちくする。

 編み込みの隙間から、わずかに光が差し込んでくるので、真っ暗闇ではない。

 狭い。

(閉所恐怖症だったら、死ねる自信がある)

 箱は引きずられている。

(摩擦で燃えたら、どうしよう?)

 接地面が熱くなっている。

 歓声が上がった。

 闘技場に入ったのだ。

 一瞬だけ止まった。奴隷たちが掛け声を上げて、ナスティを箱ごと押し出した。

 箱の周りから、男たちの気配がなくなった。

(“枝編み人形(ウィッカーマン)”に潜入成功したんだね)

 ナスティは蓋を押し上げ、周りを見た。 

枝編み人形(ウィッカーマン)”の片足だった。

 白い布で覆われている。ときどき、風で隙間から外が見える。

 地面は、わらで敷き詰められていた。

 外から、鳴り物が響く。歓声が強くなった。

 布の隙間から外を覗くと、辺りは暗くなっていた。篝火かがりびと松明で、光源を保っている。

 藁を踏みしめる。

「どうして藁なんかあるんだろう?」

 人形の内股部分は布に覆われていない。

 格子状の隙間から内股部分が見えた。

 股間部分の中心から、地面に向かって鉄の棒が突き刺さっている。木を編み建てられた人形である。補強がなければ自立できないのだ。

 真上を見上げると、ナスティの何倍もの高さがあった。

「わ……。割と高い。ボクが登れるかなぁ……」

 目が回る。

 登る手がかりは、ナスティの周りを覆う、木で編まれた格子のみである。

(ふーん。……ところで、ねえ、君。木登りできる?)

 ジョニーの声が聞こえた。

 釣りをしていたら、タダラス兄弟に追いかけられていた時点での話だ。

(木登りができないの? ああん、しょうがないなあ。俺が囮になってあげるから、早く逃

げなよ)

 木登りなんて、できなかった。

 高い場所に自ら進んで登るなんて、できなかった。

「あのときは、ジョニーが助けてくれた。でも、今のボクは違うぞ!」

 格子をつかんで、一段、一段、登る。

 身長が伸びたせいか、内面的にたくましくなったのか、登れる。

「なんだろう、泣けてきたよ……」

 ナスティは涙で視界が揺れた。

 自分が弱くて、ジョニーにいつも守ってもらっていた。自分の弱さが、ジョニーを苦しめていた。そんな自分が許せなかった。

 だが、今が違う。

 少しだけ強くなれたような気がする。

        3

 ナスティは汗だくになって、胴体部分に転がり込んだ。

 ちくちくする床に寝っ転がった。

 世界はすっかり夜だ。

 ナスティの眼前は、闇に包まれている。

「大きな人形の中にいるのって、変な感じだなぁ……」

 目が慣れてきた。それに、布の隙間から、外からの明かりを受け入れていた。

 胴体部分の中心には、鉄の芯が、伸びていた。

 股間から胴体の中心、喉を通り、頭部に向かって走っている。

「ここで歌を歌えばいいんだっけ?」

 布の隙間から、外を見た。

 外はすっかり、夜だ。

 炎の棒を持った霊骸鎧“炎の棒(ファイヤー・ワンド)”が音楽に合わせて、踊っている。

 演舞をしているようだ。

 あたりは暗くなっているので、“炎の棒(ファイヤー・ワンド)”の炎の棒が余計に目立った。

 蝙蝠みたいな霊骸鎧“黒い影(ブラックシャドウ)”が飛んでいる。

 霊骸鎧“青楽士エンチャンテッドパワーピッカー”が青い弦楽器ギターをかき鳴らしている。自然界では聞かれない電子音に、観客たちは聞き惚れた。

 闘技場の中央に、セロンが椅子に座っていた。

 いや、胴体を縄で縛られている。

 セロンの周りで、篝火かがりびが焚かれていた。

 煙を立てて、燃え盛っている。

 一体の霊骸鎧が、セロンから離れた場所に立った。

水銃士アクアダブルガンナー”だ。

 二丁拳銃を構えている。“水銃士”の二丁拳銃から、水が放出された。

 水圧を食らった篝火は、吹き飛んだ。自身の構成物であり燃料でもある藁や木材を粉々にぶちまけた。

水銃士アクアダブルガンナー”が次々と篝火を、水鉄砲で吹き飛ばしていく。

 最後の一個を狙うふりをして、セロンに向けて撃った。

 セロンは縛られていて、身動きができない。

 水の弾道が、セロンの頭上を超えて、闘技場の壁に当たる。

 観客席から下卑た笑い声が聞こえる

(セロンを殺そうとしている? いや、笑いものにするつもりなんだ! なんて卑怯な人たちなの? こんな方法で、よりにもよって、大神殿で一番偉い人を馬鹿にするなんて……!)

 それに、観客も愚かだ。神聖な行事なのに、流血や誰かの不幸を願っている。シグレナスの人間はこうも信仰心が低いのか。

 ヴェルザンディには、僧侶など、聖職には、強い敬意があった。

 母親のナディーンは王族だが、僧職のティーンには敬意を示していた。足下にひれ伏す最高の敬意である。

 いつもお参りをしていた。

(神様を信じる信じないかは勝手だけど、人を馬鹿にする機会を、神様の行事につかうなんて、間違っているよ!)

 ナスティは大神殿やセレスティアが侮辱されているようで、腹が立った。

 誘拐されて連れてこられた身であっても、ナスティには、大神殿に対する帰属意識が芽生えていた。

(あれれ、ボクはどうなったんだろう……? 大神殿なんて、大嫌いだったはず……)

 複雑な感情の変化に、ナスティは困惑した。

水銃士アクアダブルガンナー”が、両方の拳銃を手のひらで回転させる。

 太鼓が音頭を出した。“水銃士アクアダブルガンナー”の演舞を盛り上げているのである。

 観客たちが、手を叩いて、音頭に合わせる。

 ナスティの世界が、急に暗転した。

誰もが“水銃士アクアダブルガンナー”の演舞に注目している中、観客席に身を伏せて、銃器を構えている黒い影が、見えた。

 セロンの横顔に、照準を合わせている。

水銃士アクアダブルガンナー”は陽動だった。セロンを暗殺しようとする者がいる。

 発砲音が聞こえた。

 観客の声でかき消されているのに、ナスティには聞こえた。

「危ない!」

 ナスティは、セロンに向かって、叫んだ。

 同時に、一条ひとすじの光が、観客席から闘技場に向かって、飛び込んできた。

 光は残像を残して、セロンの前に立ち塞がる。

 光は、霊骸鎧だった。

「なんだ、あの霊骸鎧……?」

 観客がざわつく。

「アイツは……“光輝の鎧(シャイニングアーマー)”!」

「ボルテックス商店のライトニング・ボルテックスか……?」

 どよめき出した。

光輝の鎧(シャイニングアーマー)”ライトニング・ボルテックスが伸ばした左手で、銃弾を、飛んできた蠅であるかのように、指で摘まんでいた。

光輝の鎧(シャイニングアーマー)”ボルテックスが、観客席の一角を指さした。

「クルト、フリーダ。あそこだ」

 ボルテックスの声が、ナスティには聞こえた。ボルテックスの声を聞いた記憶はないが、ボルテックスが部下に指示を出していると分かった。

 ボルテックスは、クルトとフリーダ、と呼ばれた男女が観客を押しのけて、銃撃犯に向かって走って行く様子を見ていた。

 ナスティはボルテックスを見ているのに、ナスティには、ボルテックスが見えている映像が分かった。

(ボクの頭と、ボルテックスの頭が同期しているのかな? ボクがセロンの危機を分かった瞬間、ボルテックスは動いていた。まるで、ボクが指示を出したみたいに……)

 ナスティは不思議な感覚に陥った。

 だが、すぐにボルテックスの見えている世界が見えなくなった。

光輝の鎧(シャイニングアーマー)”ボルテックスは、セロンの後ろに回り、手錠を破壊した。

「どうしてボルテックス商店の奴らが、大神官を守るんだ……?」

「しかも、代表自らがお出ましだとよ……」

 観客たちが騒いだ。

「おのれ、市井いちいのチンピラどもめ。やっておしまい!」

 ヒルダが霊骸鎧たちに命令をする。

炎の棒(ファイヤー・ワンド)”と“水銃士アクアダブルガンナー”“青楽士エンチャンテッドパワーピッカー”が、セロンとボルテックスに向き合う。

 だが、三体の背後に、発光体が舞い下りた。人の形をしていない霊骸鎧、“鬼火ウィル・オ・ザ・ウィスプ”だ。

鬼火ウィル・オ・ザ・ウィスプ”は、宙に浮かぶ、電気を帯びた球体で、三体の霊骸鎧に体当たりを食らわせた。

 三体が感電して、変身が解けていった。

「なんていう火力だ……! 一瞬で霊骸鎧を三体も倒したぞ?」

 観客が驚いた。

鬼火ウィル・オ・ザ・ウィスプ”の変身が解け、爆発したような髪型をした男が、現れた。

「俺は、バル・スパーク。……ハジけるぜー!」

 人間の姿で一回転して、それぞれの手で、頭と股間を押さえる仕草をした。

「誰か、あいつらをつまみ出せ!」

 ヒルダがわめいた。まるで駄々っ子のようだ。

「おうおうおう、お前らよってたかって、何をしてやがる。大神官を死なせたとありゃあ、祟りで、おっちんじまうぜぇ?」

 スパークがいちいち踊りながら、反論した。

 兵士たちが闘技場に入ってきた。

 だが、観客たちの反応は違っていた。

「せっかく面白い余興を見せてくれたってのに、水を差すんじゃねえよ」

「ボルテックス商会が乱入するなんてぇ、これまでのセレスティア祭でなかったよなあ?」

「邪魔するんじゃねえよ」

 観客たちが、警備兵たちに石を投げ始めた。

「だめです、観客たちが暴動寸前です!」

 ヒルダの周囲が慌てている。ヒルダは動揺していた。

 普段からヒルダの横暴に対して、シグレナス市民が憤っていた、とナスティは感じた。不満のはけ口として、市民の代弁として、ボルテックス商店が一暴れしたのだ。

「つーわけだ、おばはん。世論を味方にしないとなあ。民主主義、民主主義……!」

 スパークが回転しながら、手拍子をして、観客たちを煽った。

「ボルテックス……! ボルテックス……!」

 観客たちは、ボルテックスの味方になった。

(これでもうセロンは大丈夫だよね。……ところで、歌っていつから歌い始めればいいんだろう?)

 ナスティは安心しながらも、疑問に思った。一緒に歌うはずのセロンとは一切打ち合わせをしていない。

「もういい、次の段階だ。火をつけろ!」

 ヒルダは、手を上げて、指示を出した。

 奴隷たちが、“枝編み人形(ウィッカーマン)”の周りに集まった。

 取り囲んで、布をつかみ、同時に引っ張る。

 すると、白い布が取り外された。

 籠の中のナスティが、闘技場で丸見えになった。

「何をやっているの……?」

 観客が一斉にナスティを見る。

「火をつけよ」

 ヒルダが手を上げて指示をする。

 別の奴隷たちが、松明を持って、“枝編み人形(ウィッカーマン)”の足下に火を点けた。

 地面に敷き詰められた藁が、黒い煙を出し始めた。

「え……? 何をしてくれてるの?」

 ナスティの悲鳴に似た声をかき消すかのように、観客たちが手を叩いて大騒ぎをした。

「おっ、待ってました!」

「どんどん燃やせ!」

「生け贄を焼き殺せ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ