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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
16/170

小部屋

        1

 クルトは、カレンの方向に振り返った。

「なにか聞こえたような……」

 クルトが独り言を呟く。

(……なんとか気づかれずにすんだ)

 カレンは、息を殺した。

 マントの中に滑り込み、クルトの視界から消えた。

 クルトのマントは、張り出したようなテントのようで、背中との間には空間がある。

 カレンは狭い空間の中で背を伸ばし、クルトの背中から自分自身の胴体を避けていた。

「……気のせいか」

 クルトは、突起物に電流を流した。扉が開いた音が聞こえる。クルトは一瞬驚いたが、部屋の中に入った。

 カレンも爪先(つまさき)を立てて、クルトの歩調に合わせる。部屋に入ると、足裏から、絨毯の暖かさが感じなくなり、鉄の冷たさが伝わった。

 カレンの視界が変わった。

 クルトの頭頂部が見える。

 クルトのマントが少し盛り上がっていた。カレンが右手を後ろに動かすと、マントが揺れた。

 部屋は狭い一室で、寝台と小さな机があった。小さな机には、透明の箱があった。箱には、瓶が詰まっていた。

 クルトはナスティを持ち上げ、寝台に叩きつけた。釣った魚をまな板にのせたようだ、とカレンは思った。

 背中に衝撃を受けたナスティは、眉間にしわを寄せて、小さな唇から小さく(うめ)き声を出した。静かに目が開く。

「ここは……!?」

 ナスティは上体を起こし、恐怖と驚きで目を見開いた。

「起きたか。回復力は大したものだ。これからのお遊びが楽しみだな」

 クルトは太い両腕で、ナスティの首を絞めた。

 両腕から電流を放つ。

 青白い電撃にまみれて、ナスティは苦痛の叫び声をあげた。

「俺様の電撃には、霊力吸収エナジードレインの力もある。貴様の霊力は俺のものになるのだ!」

 クルトが高笑いをした。クルトの黒い煙がさらに強まり、ナスティの黄色く輝く煙が薄まっていくように、カレンは感じた。

 クルトはナスティを寝台に投げ捨てる。 

 衣服が水のように溶けていき、ナスティの素肌が露わになっていった。

 ナスティの白い胸を目にして、クルトの目つきが残忍な光を帯びていく。クルトの思考を想像すると、カレンは吐き気がした。

 ナスティの腕を広げ、寝台の拘束具を巻き付けた。

        2

(どうすればいい?)

 クルトのマント内部で、カレンは焦った。焦りながらも、カレンの脳内は素早く動き出した。

(このまま正面に仕掛けたら、返り討ちになる)

 今のカレンでは、霊骸鎧を呼び出せても、一体が限度だ。

(このクルトは、一体で勝てるような相手じゃない)

 複数の霊骸鎧(オーラアーマー)を出せても、部屋が狭すぎる。電撃の餌食になるだけだ。

(唯一の武器は、白い剣だ。……問題は、どこに突き刺せばよいのだろう? 背中から心臓を狙う?)

 背後から心臓を突くのなら、すぐにできる。

 だが、クルトには、驚異的な回復能力がある。

(心臓を一突きしても、すぐには死なないだろう。胸を刺されたまま、クルトは反撃に出ると思う)

 クルトが、部屋の中を歩き出した。カレンはクルトの歩調に合わせる。

 ナスティが声を振り絞った。

「わ、私に、なにをする気だ?」

「貴様の頭に卵を植え付ける……」

 クルトは箱から瓶から取りだした。瓶の先端には針があり、針の先を太い細い爪で、つっついた。中には無色透明の液体が揺れていた。

「卵だと? なんの卵だ」

 と、返すナスティの声に不安げな響きが混ざりはじめた。

「この注射器には、特殊な虫の卵を入っている。虫は、お前の脳を食い破り成長する。いずれ、お前を支配する。そうすれば、お前は俺様の命令を何でも聞く、人形になるだろう」

 クルトの声は、意地悪な黒い色に塗り固まっていった。

「安心しろ。お前の人格や感情は壊さない。どんなに拒否をしようと俺様の命令に従うが、心はそのままになる。苦しみも悲しみも大いに感じられるぞ」

 クルトの発言に真実味があった。

 自分の未来を想像したのか、ナスティの表情は、みるみる青ざめていく。

「やめろっ」

 ナスティは拒否した。両手を拘束されて、身体をひねっても抵抗できない。

「待て待て、慌てるな。薬が、よぉく混ざってからだ」

 クルトは注射器に緑色の薬品を注入した。緑色と無色透明の薬品が、注射器の中で紫色に混ざっていく。

「やめろ、せめて殺してからにしろ……!」

 両手を縛られて、明らかにナスティは怯えている。

 カレンは、何故クルトがさっさと注射しないで、いちいち説明をしているのか理解できた。ナスティを怖がらせて、楽しんでいるのである。 

「なあに、少し痛いだけだ。お前のこめかみに注射してやる。薬品が直接、脳に回るようになぁ」

 クルトは長い舌を出して、邪悪な笑い声を出した。

 こめかみ……?

 カレンは自分のこめかみを手で押さえた。

「やめろ! ……やめてぇ!」

 ナスティの拒否が、懇願に変わった。目に涙を浮かべている。

 こめかみ……!

 カレンの脳内に、電流が走った。一瞬の閃きを基礎にして、作戦を組み立てる。

 行動に出ると、早い。

 カレンはマントから飛び出た。

 目の前にある壁を蹴って、クルトの背中に向かって飛んだ。

 右手でクルトの後頭部を(つか)んだ。

 もう片方の腕で白い剣をクルトのこめかみに突き立て、そのまま横の壁に叩きつけた。狭い部屋なので、壁は近い。

 クルトが、おぞましい悲鳴をあげる。カレンは耳を塞ぎたくなったが、クルトの横顔に全体重をかけた。白い剣が、こめかみを通ってから壁までクルトの頭を串刺しにする。

 カレンは剣とクルトから手を離し、床に着地した。

「折れ曲がって!」

 剣に命令した。

 なぜ命令したのか分からないが、可能であると確信があった。

 剣の刃はクルトの内部で折れ曲がり、壁の中に食い込んだ。

 何が何だか理解していないクルトは、頭から黒い煙を上げ、自己回復を試みる。

 だが、貫通した白い剣が邪魔をして、傷を治せない。クルトは自分の顔を壁から離そうとするが、顔の内部を傷つけ、激痛で叫び声をあげる結果となった。

「貴様は……?」

 ナスティとクルトが、同時に同内容の疑問を発した。

「僕が誰だかどうでもいい! ナスティ、逃げるよっ」

 ナスティの拘束を解く。革と金属を組み合わせた、単純な構造だったので、すぐに解放できた。

 ナスティの手を引くが、抵抗された。

「歩けない……」

 ナスティは手で胸を隠し、目を伏せて答えた。

(攻撃を食らいすぎて、力が出ないんだ)

 と、カレンはナスティを観察した。だが、問題があった。

 クルトの電撃で服をすべて溶かされ、ナスティは全裸だった。

「じゃあ、おぶっていくからね」

 カレンは目を背け、強引にナスティを背負った。重力が、疲れ切った全身にのしかかる。足取りは悪いが、壁の突起物に手を触れた。見えない扉が目の前を阻んでいる。

(僕は、クルトだ……)

 頭から黒い煙を出す。だが、見えない扉が開かない。やり方が間違っているのか?

 クルトは頭から剣を抜こうと必死にもがいている。

 カレンが気を抜けば、剣は消滅するだろう。実際、剣は消えつつある。

 カレンはもう一度目を閉じて、剣に意識を持っていった。剣が実体を取り戻していく。クルトがまたもや叫ぶが、無視だ。

同時進行で突起物に触れた。黒い煙を頭から出す。

 半透明の石でできた突起物の内部が見えた。内部はひび割れている。煙を頭から出す方法を止めて、触れている手から出す手法に切り替えた。

 煙が小さな黒い触手を出して、ヒビの隙間に入り込む。

 ヒビ割れを黒い煙で埋め合わせると、扉が開いた。

 背後から、クルトのうめき声が聞こえる。

「これは(もら)っていくよ!」

 寝台のシーツをはぎ取り、部屋の外に走り出した。

        3

 さすがにカレンは、数歩走っただけで後悔した。

 ナスティを背負って歩くには、体力に余裕がなさすぎる。

 ナスティは女の子だが、自分と身長が同じくらいで、紙のように軽いレミィを抱えて移動する状況と違う。

(重い……)

 カレンは一言で理由をまとめた。

「さっきの奴が来るだろう。もういい。私を置いて、貴様は早く逃げろ」

 背中にいるナスティが、提案した。申し訳なさそうな声の響きに、カレンは心を痛めた。

「そんなことは言わないの!」

 カレンは走り出した。だが、すぐに強がりだと露見した。なかなか先に進まないからである。

 通路の途中、格子戸が現れた。

 付近にあるレバーを見つけて、下ろす。格子戸が金属音を鳴らして、せり上がっていく。カレンはナスティの高さを考慮に入れながら、くぐり抜けた。

 抜けた先にもレバーがあった。レバーは下げられた状態だったが、カレンがレバーを上げると、格子戸が上昇を止め、降りていく。 

 来た道の方角から、爆発音が鳴った。

 見えない扉の破片が飛び散り、爆炎が巻き起こった。扉を操作する突起物が飛びはねて、天井にぶつかり、一部を砕けさせて、床に転がった。

 火災による煙の中から、クルトが姿を現した。顔は怒りのシワで刻まれ、怒りに震える口は汁が垂れていた。両手から今までにないほど巨大な青白い光を放電させて、周囲の壁を破壊している。

 カレンとナスティの姿を確認すると、意味不明の叫び声をあげた。カレンには、自分たちに向けられた殺人予告だと理解できた。

 前傾姿勢をつくって走ってくる。巨体に似合わず、脚が早い。

 全力で振る両腕から放電された電気が、壁、天井、床と、ところ構わず破壊していく。

 ナスティから動揺を感じ取った。ナスティの心臓が恐怖の拍子を打っている、とカレンは背中越しに感じた。

 格子戸が、ゆっくりと降りていく。

 完全に閉まりきったが、こんな格子戸が身を守ってくれるとはカレンには思えなかった。

 ナスティを床におろし、シーツを肩に掛ける。

 霊骸鎧を呼んだ。

堅牢城(キャッスル)……リカルド・セプテリオン!」

 赤いマントをつけた、体格の立派な霊骸鎧が現れた。頭部にあたる兜が、本で見たお城のような形状をしている、とカレンは思った。

 堅牢城は名前でなんとかしてくれそうな響きで呼び出したが、どんな能力なのか分からない。

 堅牢城が片手を上げる。緑色の霊力を帯びている。緑色の霊力が膨れ上がり、堅牢城の手から解き放たれた。

 格子戸に力が及んだ。

(そっち? クルトじゃないの?)

 カレンの予測を無視するかのように、緑色の光は、格子戸全体を覆った後、消えていった。

 怒り狂ったクルトは、もう格子戸の前に到着している。格子戸を破壊しようと、両手に帯びた電撃を食らわせた。

 だが、無色透明の光が、格子戸全体を覆った。

 電流は飛散し、何も起きない。

 クルトは格子戸を殴りつけるが、手の痛みで顔を歪ませた。

 付近のレバーに手をつけるが、格子戸は動かない。上下とレバーを操作しても、格子戸は動かなかった。

「堅牢城。これが君の能力なんだね」

 カレンは、隣の堅牢城を下から上へと、頼もしげに眺めた。

 堅牢城の能力は“閉門(ロック・ザ・ドア)”という。カレンは直感的に分かった。

 クルトは、格子戸を殴り続けている。だが、堅牢城の能力によって、格子戸は堅牢になっている。

 カレンの隣で、ナスティが口を手で隠して驚いている。状況が把握できていない。

 ナスティとクルトが、同時に口を開いた。

「貴様は一体、なんなんだ!?」


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