表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
15/172

通路

        1

(助けなきゃ……!)

 カレンは柵を握りしめた。鉄の冷たくて堅い感触がする。

 でも、どうやって?

 自分は、貝殻頭(シェルヘッド)に対して非力すぎる。

 貝殻頭の集団ですら霊骸鎧の協力を得て、しかも犠牲を出して、ようやく撃退できたのである。

 ナスティは単独で、貝殻頭の集団を殲滅した。

 そのナスティを……油断して疲れていたとはいえ……クルトは一瞬で倒した。

 そのクルトにどう立ち向かえ、というのだろう?

 だが、カレンの身体は思う前に動き出していた。

 鉄柵を乗り越え、壁を滑り降りる。援軍の貝殻頭たちが通っていた連絡通路に着地する。

 近道をした。

 カレンは、連絡通路を走る。途中、他の貝殻頭に見つかるかもしれないか不安になったが、走り抜けた。

 周囲からは貝殻頭の気配はなかった。ナスティがあらかた殺戮処理した結果である。

 梯子(はしご)を這い上がる。

 屋上には、貝殻頭の武器が散乱していた。

 カレンは刃物を避けて歩いた。自然と、床が目に入る。

 床には、正方形のタイルが敷き詰められていた。正方形のタイルの内部には、ひし形の紋様が刻み込まれていた。一枚で両方の足裏を包み込むくらいの大きさだ。

 クルトと、ナスティの姿が見えない。

 空を見上げる。青空はなく、青い海が広がっている。青い海の影響で、見晴らしは良い。隠れる場所はどこにもない。

 カレンは目を閉じた。

 足下より少し先に、黄色い光を感じた。

(……暖かい)

 カレンは、ナスティの光だと分かった。平手打ちを繰り出す、普段のナスティからは想像できない暖かさであった。

(どこか懐かしい感じがする……)

 カレンは不思議な感覚を覚えた。

 この感覚は、一体なんなのだろう?

(過去に出会った……?)

 だが、カレンの逡巡は打ち破られた。

 ナスティが移動している。

 ナスティの前に、大きな輪郭が見える。クルトだと分かった。クルトの後を追うかのように、ナスティは移動している。

 カレンは目を開いて、現実の世界に戻った。

 風が吹いている。貝殻頭の残した武器が重なり合って、音を鳴らしている。

 先ほどの激戦を忘れるほど、静かだった。このまま無駄に時間が過ぎ去っていく。

 だが、カレンはナスティを助けなくてはならない。

 どうやって、クルトは建造物の中に入っていったのか?

 カレンは周囲を見渡したが、屋上には、階段らしきものはない。

 梯子か何かで移動した、とカレンは考えた。

 カレンがこの場所に来るまで、クルトとすれ違わなかった。とすれば、カレンが昇った梯子を使わなかった。

 屋上の周囲には、鉄の柵が囲っているが、カレンの場所から反対側に、柵が途切れている空間が見えた。

 カレンは走った。

 だが、途中で、何かを踏んだ。

 実際に何かを踏んだのではなく、なにか違和感がある。立ち止まり、足下を見る。

 タイルの模様が微妙に違う。

 他の箇所は、正方形の中にひし形の模様が施されていたが、カレンの足下は円形の模様が組み込まれている。

 円形模様のタイルが四枚、正方形に並べられている。

 カレンは四枚の中央にあるつなぎ目に、両足を揃えて乗った。

 だが、何も起きない。何かが起きると、期待はしていた。

(当然だ、ただの模様だろう)

 カレンは無視して走り出そうと思ったが、止めた。

 閃いたのである。

(そもそもクルトは、どうやってこの屋上に現れたのだろう?)

 ナスティと貝殻頭が戦っているとき、クルトは、いきなり現れた。梯子を昇ってきた様子もなかった。

(これはきっと、貝殻頭だけに反応する仕掛けなんだ)

 カレンは足下の模様を眺めて思った。

 クルトが黒い煙を発している様子を思い返した。

 穴の開いた右手や、片目を潰された頭から黒い煙を出して、怪我を治していた。

 頭から煙を出す。

 カレンは、インドラの霊骸鎧(オーラアーマー)を連想した。

擬態者(ミミック)

 インドラの霊骸鎧も、何か黒い煙を頭から出していた。

(インドラは貝殻頭のふりをしていた)

 と、カレンの推測した。

(僕も貝殻頭の真似をできないだろうか?)

 カレンは目を閉じた。

 自分の頭から黒い煙を出す様子を、思い浮かべた。

(僕はクルトだ……)

 カレン自身の映像が見えた。カレンの頭から煙が出てくる。

 熱い。頭が熱い。

 髪の毛が燃えているようだ。

(冷たい)

 反対に、爪先が冷たくなった。身体が沈む感覚に陥った。冷たさが膝下までに到達した。

 泥沼に足を踏み入れたときの感覚を思い返した。

 カレンは目を開こうと思ったが、開けなかった。いや、開かなかったというべきか。

 泥沼に胴体を飲み込まれていく。はては、顔まで飲み込まれていった。

 カレンは頭を棒で殴られたような衝撃を受けた。大きな音と痛みが、頭の中に響きわたる。

 息ができない!

 引きずり込まれていく。

 下に、下に……。

        2

 薄暗い中、額から汗が伝う。

 (したた)る汗が、床に落ちた。

 妙な熱っぽさと疲労に、カレンは目を覚ました。

 絨毯が、目に飛び込む。カレンの汗は、絨毯の薄い素材に吸い込まれていった。

 絨毯は、鉄製の床に敷かれていて、無機質な模様が描かれていた。絨毯の向こうには、鋼鉄の通路が続いている。

 天井を見ると、網目状の鉄板が組み合わさっていた。とくに、異常は見られない。

 カレンは、よろめきながらも立ち上がり、クルトたちを追いかけた。

(ここは何だろう……?)

 周囲は薄暗い。

 通路の左右に部屋が振り分けられていた。透明の壁……ガラスで部屋の中が分かる。部屋から(わず)かに光がこぼれていて、通路を見渡す光源となっている。

 寝台のある部屋や、多数の机や椅子が並んだ大部屋が見える。

 貝殻頭たちにとっての居住区だと、カレンは理解した。

 目を閉じて、ナスティの光を探す。

 通路を折れ曲がった先に、クルトと一緒にいる。

 途中、通路は格子戸に遮られていた。

 格子の隙間から、先が見える。先も似たような通路である。

 右側の壁にレバーがあった。

 レバーを倒した。格子戸が、機械と機械が擦れあう音を立てた。軋みだし、上昇していく。

 一瞬だけ、クルトが後方からの音に振り返る映像が見えた。クルトが振り返っても、そこは無人の空間だった。

 カレンの視点が切り替わった。目の前の格子戸が、天井の隙間に飲み込まれていく。

 隙間に収納された格子戸をくぐって、カレンは進んだ。カレンの位置からはまだ見えないが、クルトを警戒して、壁際に進む。

 カレンは、走った。

 通路を曲がる。

 少し遠くに、クルトの背中が見えた。

 クルトの甲冑は奇妙な構造になっていて、マントに膨らみがあった。

 後ろから見ると、張り出したテントのように見える。

 クルトの歩みは、遅い。

 ナスティを片方の足首を(つか)んで、引きずっている。ナスティを死んだ魚のように扱っている。

 ナスティの身体からは力を感じない。

 ときどき床と床の隙間にひっかかった。

 クルトが乱暴に引っ張り、ナスティの身体は浮き上がったかと思うと、床にぶつかった。

 ひるがえったスカートから、ナスティの脚が露わになっていた。

(綺麗な脚をしているな)

 と、カレンは不謹慎にも思った。見事な骨格に、筋肉がちょうど良くついている。

 ナスティの足首に、クルトの爪が食い込んでいる。

 爪が食い込んでできた傷から血が滲んでいる。カレンは、痛々しく感じた。

 クルトは、歩みを止め、一室の前に立った。

 自由な片手から電流を発して、突起物に触れる。

 仕掛けの調子が悪いのか、扉が開かない。クルトは首をひねって、もう一度試した。だが、扉が反応しない。

(クルトたちが一度あの部屋に入ってしまえば、僕はもう入れないだろう)

 カレンは直感で理解した。

 戦うしかない。

 両手を目の前に出して、白い剣を表出させた。地下の墓地で、貝殻頭一体に止めを刺した武器だ。

 だが、カレンには力が残っておらず、白い剣は短刀のように短かった。

(ちょっと頼りないけど、これで十分)

 自分に言い聞かせる。

 カレンは走った。物音を立てず静かに、身を低めて、全力で走った。

 クルトは扉と格闘している。まだ気付かれていない。

 だが、接近するにつれ、遠目で見る場合とは違い、カレンはクルトが思ったよりも巨体だと分かった。

 カレンの全身と比べ、一回り、二回りと大きい。

 一撃では倒せない、とカレンは予測した。的確な予測が躊躇(ためら)いとなった。

 躊躇いが、クルトに振り向く時間を与えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ