ガトゥーイン
1
結局、老婆の店で米を買った。野菜と一緒に炒めて、食べた。
家で勉強をしていると、ふと思い返した。
「……今夜は、マルギカの地下アジトに潜入する日だ。何をすれば良いんだろう?」
緊張で勉強に手が付かなってきた。
ジョニーがいれば、何か良い考えを出してくれるかもしれない。
「ジョニーは凄いな。勇気もあるし、頭を良い……。それに引き換え、ボクは、何もできない」
ナスティは自分を責めた。
いつもなら、悩んで、このまま何もできなくなってしまう。だが、ジョニーを思い返すと、元気が湧いてきた。
「ボクが、今、できる仕事に集中すればいいかな? ……ご飯を作っておこう。途中でジョニーが来るかもしれないしね」
残った米を炊いた。
米を炊いている間に、ポコチーと紐で遊ぶ。
「ぽこぉ……てぇい、てぇい。この紐、腹立つぽこぉ。……てぇいてぇい」
ポコチーの爪が、紐に触れず、空を切る。
ポコチーの動きが分かりやすい。
簡単にフェイントをすると、引っかかってくれる。
「……ふん、興味ねえぽこ」
ポコチーがそっぽを向いた。
ナスティが油断していると、ポコチーが自分の爪で紐に引っかかる。
「捕まえたぽこ! こうしてやるぽこぉ。ふんぬぅぅ……!」
ポコチーが必死の形相で、捕まえた紐を噛みつこうとしている。
米が炊けた。
ナスティは炊いた米を手で固めた。ポコチーは紐に噛みつき、蹴りを入れている。
「これを、ジョニーに食べさせるんだ」
ナスティはジョニーが幸せそうに食事をしている様子を想像して、楽しくなった。
腰に下げていた袋が熱くなった。
「“六色連珠”……」
ナスティが袋の中に手を入れると“六色連珠”の玉が一つだけ残っていた。
熱源が、黄色の球体であった。
まるで生きているかのように、ナスティには思えてきた。
ナスティは話しかけた。
「ねえ、黄色のキミ。キミの仲間たちは石になって、ボクを守ってくれた。キミたちには、他にどんな能力があるの? 教えて欲しいな」
ナスティは、自然と目を閉じた。
まるで“六色連珠”の黄色に促されたかのように。
ナスティを囲む世界が暗転する。
暗い世界で、ナスティはおへその内側から光を感じた。
「光……?」
ナスティは、自分自身が暗い夜の灯火に変身したような気分になった。
「この光は、“祝福”してもらったときに出てきた光だっけ? ……“祝福”の効果が残っているのかな? ……利用してみよう」
おへその奥側の光を膨らませるイメージをした。
光は、優しい熱を持った。波動のように広がっていく。
光は無限に溢れ、ナスティから外部に突き破った。
「わっ。凄い」
全身が暖かい。
音が聞こえた。音は小さく、連続している。
瞼を閉じたこの世界のどこかで、物音が聞こえる。
目を開くと、緑色の球体が跳ねて、転がっていた。
「どうして動いたの? さっきまで、床に転がっていたのに……? ぽこちー?」
ポコチーは、眠っていた。部屋の隅でひっくり返って、四本の脚を投げ出している。
「ぽこちーの悪戯じゃないんだ。だとしたら、黄色のキミさあ、ボクが目を閉じている間に、宙に浮いていたんだね……」
ティーンは“六色連珠”を空中に浮かせていた。
両手の動きに連動して、“六色連珠”が配列を変えていた。
ナスティは、記憶を元に、手を動かした。
「動けー! ふんぬふんぬー! ……おかしいな」
ナスティは黄色に命じた。だが、反応がない。
格闘の末、夜になっていた。暗くなっても、黄色は動かない。
ジョニーも来なかった。
「ジョニー、まだ体調が悪いんだ……。やっぱり、これ以上に、ジョニーに迷惑を掛けたくない。ジョニーって、なんであんなにボクなんかのために頑張ってくれるんだろう……?」
ジョニーの“耐火外套”を羽織る。
ナスティの胸が高鳴った。
(ジョニーに抱きしめられているみたい……)
ナスティは“耐火外套”に頬ずりした。
ナスティは、外に出て走った。
お母さん……! 心配になって走った。
いつの間にかポコチーが肩に乗っている。
「ぽこちーも、一緒に戦うぽこ!」
暗くなった森を駆ける。
道なら分かっている。
2
ならず者どもが、秘密基地の出入り口を警護していた。
「うわ、やば。お母さんたちよりも早く来ちゃった」
ナスティは木陰に隠れた。葉と葉の隙間から窺う。
「なすちー、怖いぽこ?」
「……めちゃくちゃ怖い」
恐怖のあまり、心臓が押し潰されそうだ。
「大丈夫ぽこ。なすちーには、ぽこちーがいるぽこ! 今がぽこちーだんすのチャンスぽこ! ……ぽこちーだーんす、ぽこちーだだーんす、うー! はー! うー! はー! ……決まったぽこぉ」
「……ありがとう、ぽこちー」
ナスティは、ポコチーの喉を撫でた。ポコチーが眼を細めて喜んでいる。
ほどなくして母親ナディーンが到着した。
ナスティは物陰に隠れて、ナディーンたちの虐殺が終わるまで待っていた。
悲鳴に怒声が入り混じる。
ナスティは耳を塞いだ。たとえ相手が悪者であったとしても、自分の母親が生命を奪っている状況に耐えられない。
静かになった。
「予定通りだね」
ナスティは、余裕ぶった。ポコチーの手前、強がっているのである。
ナディーンたちが階段を降りていく。
隠れながら、ナスティが入り口のところで、地下から生臭い、腐った魚のような臭いがする。
「ぽこぉ……」
ポコチーは、ナスティの肩を蹴って地面に降りた。両前脚をそろえて、ナスティの顔を見上げている。
従いてこないつもりだ。
「ぽこちー、ここで留守番していてね!」
ナスティはポコチーに指示をすると、階段を降りていった。
不思議と恐怖はない。
「ここに来るの、三回目だしね……」
階段が終わり、鉄の扉をくぐりぬけると、集団の死体が転がっていた。母親のナディーンたちが、始末したならず者たちだ。
死体を避けながら、後を追う。
「早くしないと……!」
実験室に来た。
母親たちが、頭巾をかぶったマルギカたちと対峙している。
猿に似た顔をした霊骸鎧……“獣”が、ナディーンに襲いかかろうとした。
「待って……!」
“獣”とナディーンの真ん中で立ち塞がった。
「姫? どうして、ここに来たの? そんな格好をしているの?」
ナスティの“耐火外套”姿を見て、驚いていた。
“獣”は大人しくなった。
“獣”は変身を解き、女の姿に戻った。
「どうした? 子どもは返してやらないぞ?」
「マルギカ。私の子どもを殺したの……?」
「まだ生きている。安全な場所でかくまっているのだ。俺様の命令を聞かねば、子どもも、お前も死ぬぞ?」
マルギカは、唾を飛ばして女に説明をした。懐から直方体の機械を取り出した。何かの操作盤だと、ナスティは理解した。
「嘘。子どもの腕輪を、この子が持ってきた。……あなた、これをどこで見つけてきたの?」
女は金色の腕輪をナスティに見せた。透き通る声の持ち主だ。
「死体焼き場です。奥様。貴女のお子さんが、幽霊になって、ボクを呼んでくれました」
ナスティは応えた。さっきの凶暴な“獣”とは、大違いだ。
「そう……。ありがとう。……家で追いかけてごめんなさい」」
女はナスティの手を優しく握った。
二人は手を取り合った。
女は雷に打たれたかのように、全身をのけぞらせた。
ナスティの手からすり抜け、後ろに倒れた。顔を背け、口から血を吐いた。
「俺様の命令に背いた者は、死ぬ。そういう仕組みだと忘れたか?」
マルギカが何かのスイッチを押していた。
泉のように口から血を吹き出しながらも、女は金の輪っかを愛おしく胸に抱いていた。表情は穏やかである。
「俺様が、お前の病気を治してやったのに、なんて恩知らずな奴だ」
マルギカが、冷たい口調で怒った。
「貴様ぁ!」
ナディーンは怒声をあげた。
「ふん、お前らの相手は、こいつらだ」
マルギカは、操作盤のレバーを動かすと、壺おじ……ガトゥーインが眠っている壺から、水が排出された。
(あの操作盤で、秘密基地の機械を操っているんだね)
ナスティは閃いた。
「逃げましょう」
マルギカが、後ろに控えている頭巾と、一緒に逃げた。後ろの通路に向かって走った。
「ジョニーとボクで、障壁のスイッチを壊したから、逃げ出すんだ……」
ジョニーとの潜入作戦が功を奏したのである。
ジガージャは、女の遺骸に歩み寄った。
「ふん。妻もろとも捨て駒になるとは、役立たずのお前にしては、殊勝な考えだ。喜んで見捨ててやる」
マルギカが、唾を吐き捨てた。
ジガージャがナスティを見た。
顔つきは、死者に似ていた。虚ろな瞳である。骨と皮だけで、頬肉がそぎ落ち、毛髪も抜け落ち、両眼はくぼんでいる。
だが、ナスティを見つけるや、生命の潤いを帯びた。
“獣”だった女性が灰になっていた。
ジガージャは、灰と、金色の輪っかを愛おしそうに抱きしめている。
「貴方たちは家族だったんだね……」
ナスティは理解した。ジガージャの死人顔が微笑んだかのように見えた。
「こいつ……」
ナディーンがジガージャに向けて、剣を突き出す。
「待って、お母さん。この人は悪い人じゃないの。マルギカに騙されて、利用されているだけ。実際、ボクたちを助けてくれた」
ナスティが両手を広げて、ジガージャをかばう。
ジガージャは霊骸鎧“虚空”になった。
「霊骸鎧か……!」
ナディーンが身構えたが、灰も輪っかも、ジガージャとともに消えていった。
「消えた?」
ナディーンが辺りを窺った。
「時間を巻き戻したんだよ。自分の奥さんと子どもが生きている時代に、ジガージャは帰ったんだ……」
ナスティは説明した。妻と子どもを思うジガージャの気持ちを想像すると、胸が張り裂けそうだ。
反対に、ナディーンは呆気にとられている。ナスティの説明など、意味不明である。
「マルギカ、逃がすか……!」
ナディーンは我に返ると、マルギカを追いかけはじめた。
ナスティも慌ててナディーンたちに従いていく。
実験室を出ると、無機質で、細長い通路がまっすぐに走っていた。
後ろから不気味な獣の咆哮は聞こえた。
「壺おじ……!」
3
巨大な足音を立てて、ガトゥーインが走ってきた。
無毛の身体、人間とは思えない肌の色である。
全身の筋肉が爆発的に膨れ上がった。
ナディーンが構えた。
「出でよ、我が霊骸鎧……! “桜花騎士”」
ナディーンが、霊骸鎧に変身をした。
白を基調とした、桃色の花びらが散っている模様の霊骸鎧である。
“桜花騎士”ナディーンは、ナスティを抱えて、駆けだした。
「お母さん、壺おじは火を噴くの。気をつけて。ボクは大丈夫、“耐火外套”を着てきたから!」
ナスティがナディーンに話しかけた。だが、無視された。
遙か向こうに、鉄の扉が見える。
通路の広さと高さと同じくらいの大きさである。
マルギカたちの後ろ姿が見える。マルギカが、懐から操作盤を取り出して、鉄の扉を開けた。
開くと、夜の森が見えた。月明かりで見える。
マルギカは頭巾と一緒に、外に出る。
鉄の扉がゆっくりと閉まる。
「閉じ込められた?」
ナディーンたちは鉄扉を背中にして、ガトゥーインを待ち受けた。
ジョルガーが扉を調べたが、扉の開閉を操作する装置は見当たらない。
(マルギカが持ってた操作盤じゃないと動かない?)
背後でガトゥーインが迫る。
ガトスが全員の前に立った。
ガトスの“円盤投げ”が、ナディーンたち霊骸鎧の中で、一番大きい。
ナスティとナディーンがすっぽりと隠れるほどだ。
ガトスが円盤を投げた。
ガトゥーインの腹に、重厚な円盤がめり込んだ。銅像を思わせる無機質な顔だが、膝を突いた。
(効いている?)
円盤が床にへこみを作って跳ね返る。
独自の意思を持っているかのように、ガトスの手元に戻った。
もう一度、ガトスは投げの体勢に入った。
だが、先ほどとは違い、全身を捻り、力を溜めている。
「ガトスの必殺技、“竜巻投法”……!」
ガトスの全身から投げ放たれた円盤は、いつもよりも速度が出た。
うずくまっていたガトゥーインが顔をあげる。
無機質な眼は、円盤の軌道を捉えていた。
円盤の形状に合わせて、手の構えを作り、腹と合わせて、円盤を捕まえた。
「壺おじが学習している……?」
ガトゥーインは、全身を捻った。ガトスの動きを真似して、投げ返してきた。
「“竜巻投法”まで……?」
迫り来る円盤が速い。ナスティは顔を押さえて隠れた。
目の前で、鈍い音がする。
ナスティが目を開いた。ガトスが両腕で十字を作って、円盤からナスティたちを守っていた。
円盤が暴れて、天井や壁に跳ね返る。
ガトゥーインが円盤をはねのけ、ガトスの首を掴んだ。ガトスもガトゥーインの腕を掴んだ。
ガトゥーインとガトスが組み合う。
ガトゥーインは一回り大きく、ガトスは両腕を負傷している。
ガトスが力負けして、押されている。
「ガトス!」
ナスティが悲鳴をあげた。
“暗黒天”ジョルガーが、扉を指さした。
扉には、直径の大きい穴が開いていた。
「“暗黒物質”で、扉を削り取ったのね!」
ナディーンにナスティは外に連れ出された。
「ガトス……? お母さん、ガトスがまだいるよ?」
ガトスが一方的にガトゥーインに殴られている。
ジョルガー、ヤジョカーヌが中から出てきた。
月明かりが綺麗な森に出た。
振り返ると、扉が消えた。木が密集している。
木の密集している一カ所に、穴が開いている。ナスティたちが出てきた場所だ。中の通路が見える。
「幻覚……? 外から分からないようにしているの?」
見る方向によっては、木の形が歪んで見える。
歪んだ空間が水を含んだかのように膨れた。何かが内側から衝突している。もう一度膨れ上がった。
歪んだ空間……鉄の扉が膨れ上がっているのである。
鉄の扉が砕けた。
中から、ガトスの頭を掴んだガトゥーインが出てきた。
「ガトスを鉄槌代わりに扉を突き破った……?」
ガトスが地面に叩きつけられる、ガトスの変身が解けた。
ガトゥーインが、生身のガトスに手を出そうとすると、ヤジョカーヌが両手を広げてかばった。
ガトゥーインがヤジョカーヌを殴る。
殴っても殴っても、ヤジョカーヌが“脱皮”する。
ガトゥーインがヤジョカーヌを両手で掴んでも、ヤジョカーヌは上方に飛び出た。ガトゥーインの両手には、外皮が残っていた。
ヤジョカーヌは、ガトゥーインからガトスを引き離そうと、距離を取っている。囮になっているのだ。
「ガトス! ガトスを助けないと……!」
ナスティはナディーンから離れて、ガトスに向かって走り出した。
ガトス……。
無口な男だが、ナスティには優しかった。よく肩車をしてくれた。花ももらった記憶がある。兄のような存在であった……。
ガトゥーインが口を開き、中から火を噴いた。
ヤジョカーヌは火に包まれる。
火炎の息は持続時間が長く、ナスティにも届いた。
「“耐火外套”!」
ナスティは咄嗟に“耐火外套”で自分の身を守った。
「熱い……」
“耐火外套”であっても、生地の裏側にある空気まで熱を遮断できなかった。だが、耐えられた。
“耐火外套”から身を出すと、ナディーンの変身が解けていた。
火にまみれたヤジョカーヌが変身を解いた。
煙とともに、とくと、 ナディーンはナスティを包んでかばった。
ガトゥーインが、倒れて動けないヤジョカーヌを踏み潰そうとした。
「ヤジョカーヌ!」
ヤジョカーヌは生身である。
だが、ガトゥーインが滑るように後ろに倒れた。地響きを鳴らす。
ガトゥーインの右脚に、穴が開いていた。
「ジョルガー?」
ジョルガーがガトゥーインの陰から這い出てきた。
ヤジョカーヌに注意を集中させて、ジョルガーが“暗黒物質”で穴を開けていたのだ。
“桜花騎士”ナディーンが、ガトゥーインの顔を踏みつけ、剣を振り上げる。
「勝った……んぐっ」
ナスティは勝利を確信したが、強い力で取り押さえられた。
(男の人……?)
振り返ると、マルギカだった。
「ナディーン女王陛下。剣を置いていただきましょうか? ご息女の命が保障できかねますな」
腕を捻られた。
「痛い……」
ナスティは涙目になった。抵抗しようにも、相手が、大の大人では、子どもの腕力では敵わない。
「お前ら、変身を解け。どうした? 早くしろ」
マルギカの口調が乱暴になる。
ナディーンが剣を捨て、変身を解いた。
「だめ、お母さん。こんな奴の言いなりになったらだめぇ!」
「お前は黙っていろ!」
しまりが強くなる。
息ができない。
「舌を噛んで死んでやる……!」
ナスティは涙をこらえた。少しでも悔しさをマルギカに見せたくない。
「お前ら母子共々、奴隷として売り飛ばしてやる。さぞ金になるだろうな!」
勝利を確信したのか、マルギカが笑った。
「わあはっはっは。……ぐは」
と、呻いた。
空中から跳んできて、マルギカの顔面を両足で踏み潰した者がいたのである。
「姫、助けに来たよ!」
ロープにしがみついている
「ジョニー?」