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野盗

        1

 ナスティは、暗い森にいた。

 場所に心当たりがある。ジョニーとタダラスに出会った、沼の森だ。

 寒い。

 凍える身体を手で温め、先を進む。

 白い発光体が立っていた。背丈が少年に見えた。

「誰? ジョニー?」

 ナスティが問いかけると、白い影が振り返る。

 見知らぬ少年の顔だった。

 顔は白く、表情は虚ろで、この世界の人間ではない。

「……らが……たちを……した。……ねも……われた。……うさん……かあさんは……ている」

「なに? 何を喋っているの?」

 ナスティは怖かった。だが、聞き取りづらい言葉も気になる。

「夜は、幽霊が出歩く」

 ジョニーの言葉を思い返した。

 目の前から、白い少年が消えた。

「……らが……たちを……した。……ねも……われた。……うさん……かあさんは……ている」

 姿が消えても、同じ内容の繰り返している。

「ああ、これは夢だ。わかった、大丈夫。グス……」

 ナスティは泣いた。

 目を覚ました。

 暗い部屋に戻っていた。汗をかいていた。息苦しい。

 まだ日が昇っていない。

 隣の部屋から、声が聞こえる。

「かなり稼げたな。この調子でいけば、明後日には、目標金額を超えるはず」

 ナディーンの声だ。自信に溢れた響きがする。

「しかし、この村で売るには、問題があります」

 ジョルガーの反論する。

「そうだな、ここより離れた場所に、村があったはず。時間が掛かるが、そこで換金するしかあるまい」

 二人は何を話しているのだろう?

 ナスティは聞いてはいけない話を聞いたような気がした。

 扉が開き、ナスティの寝台に灯りが差し込む。

 ナスティは手で顔を隠した。灯りが消えるまで、寝たふりをし続けた。

 もう一度眠った。夢は見なかった。

 朝になった。

「ぽこぉ。なすちー、おはぽこ!」

 目覚めると、ポコチーが、、ナスティの枕元に立っていた。

 小さな蛇を口に咥えている。

 蛇を口から離すと、蛇が逃げる。

「ひゃあ、逃げちゃう!」

 ナスティは蛇の尻尾を捕まえた。蛇が仕返しに、ナスティの腕を噛もうとする。

 ナスティは、勢いよく、壁に蛇の頭を叩きつけた。

 蛇が舌を出して気絶している。

 ポコチーが食べようとしたが、ナスティは制止した。

「待って、料理するから」

 ナスティは、包丁を研いで、蛇の頭と内臓を落とす。ポコチーにあげると、音を鳴らしてかぶりつく。

 皮を剥ぎ、木の枝に蛇を巻いて、火で炙る。

 脂がしたたる蛇の肉に、香辛料をかけた。

 蛇の肉質は、繊維質でなかなか噛み切れないが、時間を掛けてゆっくりと食した。

 ナディーンたちが、外出の準備をしていた。

「お母さん、勉強が進んだよ」

 食事を終え、ナスティは教科書をナディーンに見せた。ジョニーに教えてもらった分数が、今では得意分野である。

「今日はお母さんたち、忙しいから。勉強は、自分でやりなさい」

 ナディーンの表情が、不機嫌になった。興味の無い話題を突きつけられたかのように、一切見向きもしない。

「あれほど勉強をしろって……」

「なに? なにか不満かしら?」

 ナディーンの表情が、怒りと煩わしさで入り混じっていた。ナスティは心臓を握りつぶされたかのような恐怖を感じた。

「ごめんなさい……」

 ナスティが謝罪すると、ナディーンの機嫌が和らいだ。

「姫。お店に行って、お昼ご飯でも買って食べなさい」

 ナディーンが袋から、銅貨を数枚を取り出して、渡してきた。

(いっつも貧乏で、道に生えている草を口にしてたのに……?)

 お小遣い。

 ナスティにとって、初めての経験であった。

「あれ、なにこれ? ……血?」

 銅貨の一枚に、赤く黒くて、粘着質の液体が付着している。

 ナディーンとジョルガーが、顔を見合わせて息を呑んだ。

「ごめんごめん、汚れていたね」

 ナディーンが、綺麗な銅貨と交換する。

        2

「お昼ご飯……」

 ナスティは砂の道を通り、漁村に着いた。

「ぽこぉ……今日は、一段と焼き場の行列が多いぽこ」

 ナスティの肩に乗ったポコチーが、壁に覆われた焼き場を眺めている。壁沿いに並ぶ台車には、死体とおぼしき荷物に、布が載せられていた。

 焼き場から、立ちのぼる煙が、風に煽られ、漁村を漂った。

 腐った魚を焼き焦がしているような臭いだ。

 死体を運んでいる“灰”の脇で、老人と中年の男が二人、話をしている。

「今日はやけに、死体が多いな」

 老人が掛けた布の中身を覗いた。

 ナスティは顔を背けた。人間の死体だ。

 黒い肌の中から、赤い内臓が露出していた。蠅たちが集まって、うるさい羽音で合唱をしている。

「これは強盗ですね。財布や貴重品を、身ぐるみ全部を剥ぎ取っていやがる……」

 若い男が、老人の肩越しで中身を覗いた。

「顔が、何か強い力で一気に潰されてやがる」

「この死体は、胸に数本の刃物を受けていますね」

「こっちは刀傷が目立つ。見ろよ、側面が真っ二つだ。これほど見事な切断面は、生まれて初めて見た」

「いやいや、この死体はもっと凄いですよ。死体が削られている。噴火口みたいだ」

「……どいつも、霊骸鎧の仕業だな。一人ではない、複数の犯行だ」

「四つの能力……最低は四体いますね。」

「食いっぱぐれた霊骸鎧崩れどもが、夜盗に成り下がる。まあ、よくある話さ」

「今晩は、戸締まりして寝るとしましょう」

 老人は、ナスティの存在に気づいて、威嚇するように、小さく吠えた。

 ナスティは鼻を押さえ、広場を突っ切った。途中で地面に転がっている浮浪者らしき男たちに見られたが、無視をした。

 商店を見つけた。

 商店といっても、屋台である。

 日よけの屋根と仕切台、棚があるだけだ。

 仕切台の向こうに、老婆が立っていた。

 髪は乱れて、鼻に大きな吹き出物を作り、白くなった眼球は、虚空を見つめている。

 ナスティが目の前に立っても、ナスティの存在を認識していない。 

「目が見えないのかな? ……ごめんくださーい」

「……」

 老婆が、反応しない。一点を見ているだけだ。

「お米をください……」

 仕切台に銅貨を置く。

 銅貨の音に、老婆は反応した。一枚一枚、銅貨を数えはじめ、三枚かすめ取ると、棚にあった布袋を、ナスティの前に放り捨てた。

 ナスティは袋を開けると、米が詰まっていた。

 全体的に黒くて灰色で、美味しそうには見えないが、食用には耐えられる。

 ポコチー用に、魚の干物を買った。

(お米を、ジョニーに食べさせたくなってきちゃった。お昼に来てくれると嬉しいな)

 ジョニーに、料理を褒められた。

 ジョニーの発言に、くすぐったい気持ちになる。

(チュウされたら、どうしよう……?)

 ナスティは自分の顔を両手で隠した。

「もう、ジョニーったら……」

 広場に戻ると、異様な雰囲気を感じ取った。

 大人たちが集まって、肌の黒い子どもを縛り付けている。

 十字架を立てると、子どもの頭は、地面に、つま先は天に向かっていた。

 逆さ吊りである。

「お許しを! 助けてくださいだか!」

 逆さに吊られた子どもが、泣き叫んだ。

 ナスティは、子どもを見た。

「タダラス!?」

 沼で魚捕りをしていた奴隷のタダラスだ。

 ある大人は拳で、ある者は棒で殴った。

「だかっ」

 タダラスはうめいた。

「お許しをっ」

「タダラス。お前もこの村の決まりを知っていよう」

「平民様ぁ、もうこれ以上、殴らないでだかぁ」

「魚を捕れなかった報いだ。おい、聞け。奴隷ども。お前たち奴隷は、生かすも殺すも俺たち次第だ! 役に立たずは容赦しねえ!」

 男は、低い声で凄んだ。子どもたちが震え上がり、下を向いている。

 ナスティはその場から逃げ出した。

 この村では、いつも子どもが殴られている。

(ひょっとして、ボクが魚を捕まえたから、タダラスがこんな目に遭ったの……?)

 ナスティは、ポコチーを抱きかかえて走った。

 自分の無力さから逃げるように、走った。

(タダラス、ごめんなさい……! 助けてあげられなくて、ごめんなさい……!)

 ナスティは立ち止まって涙を拭いた。

「えーんえんえんえん、なすちーが、かわいそうぽこぉ」

 ポコチーがナスティの頬をなめる。舌がザラザラしている。

 走ると、疲れた。

 ナスティが立ち止まると、風向きが変わった。

 煙が入る。

 死体焼き場がひっきりなしに燃えている。

 壁には、死体を運ぶ台車が並んでいる。

 死体焼き場から立ち上る煙が、さらに強まった。

(ジョニーは今、何をして、何を考えているんだろう?)

 壁の向こうで、ジョニーは働いている。

        3

 ナスティは足早に家に戻った。

 だが、家に帰ると無人である。

「ぽこぉ! ひるめちにするぽこ!」

 ポコチーが気合いを込めた声で、ナスティの肩から、地面に飛び降りた。

 ナスティは料理の準備を始めた。

「ねえ、ポコチー。知ってた? シグレナスの人たちって、お米を食べないんだって」

「ぽこぉ?」

「シグレナスだとね、お米って家畜の食べ物で、お米を食べる人は恥ずかしいって思われているみたい」

「ぽこぉ? シグレナスの奴らは、ずいぶんお高く止まっているぽこなぁ」

「シグレナスに嫁いだら、もうお米は食べられない。だから、食べ納めしないとね」

 米を炒める。

 刻んだ野菜と、香辛料を合わせる。

 タダラスを思い返した。

 魚を獲って、母親に怒られた。

(まさか、ボクのせいで、タダラスが殺されるなんて……)

 胸が締め付けられる。

 振り払うように、ナスティは料理に没頭した。

 料理はナスティにとっての気を紛らわすにはうってつけであった。

「姫って料理が上手いね」

 ジョニーの言葉を思い返した。ナスティは自分を抱きしめたくなった。

「ジョニーに食べさせたい」

 でも、マークカス王子と結婚しなくてはいけない。

「どうしよう、マークカス王子がジョニーと同じくらいイケメンだったら……。ご飯を作って、美味しいって喜んでくれたら……」

 ナスティはジョニーの顔でマークカス王子の顔を想像した。盆を抱きしめる。

「ジョニー、来ないかなぁ」

 炒めた米を食べた。香辛料で味付けされると、米の甘さが引き立つ。

 足下で、ポコチーが焼いた干物に食らいついている。

「お米って、こんなに美味しいのに、どうしてシグレナスの人たちは食べないのだろう?」

 ポコチーが、魚を平らげて、外に出て行った。

 一人になったナスティは、勉強を始めた。

 暇な時間は、すべて勉強に費やした。

 ナスティは、母親の怒りが怖かった。母親の怒りを静めるために、勉強をしていた。

 だが、今は、勉強の楽しみを理解できた気がする。次々と問題を解いていく、一種の遊びになった。

(ジョニーのお陰だね。……凄いね、ジョニーは)

 ナスティはジョニーを思い返して、微笑んだ。

 日が暮れた。

(なんでジョニーは来ないんだろう? 他に好きな女の子ができた? ……ひょっとして、ボクをもてあそんでいたのかな?)

 ジョニーが、見知らぬ女の子と仲良く並んで歩いている。ナスティの妄想だが、急激に腹が立ってきた。

 ジョニーが、ナスティに見向きもしない。

 女の子と顔を向かい合わせ、笑顔を見せている。

 ナスティは立ち上がった。勉強をする気が一気に失せた。

(えーい、決めた。もうジョニーなんてフッてやる。あんな浮気性の奴、好きになってあげないんだから!)

 外で声が聞こえる。

「ねえ、聞きました、奥さん? あの“衝撃ショック”ジョルガーが、この家に身を潜めているんですって」

「まあ、ジョルガーですって? 夜盗のジョルガーですか?」

「どこぞの没落貴族を騙して、食い物にしているっていう噂ですわよ」

 ナスティにとっても、気になる話である。窓の隙間から外を覗くと、集落の女たちが噂話をしていた。

「夜盗の次は、貴族の乗っ取りなのかしらねえ。ここの奥さん、若い未亡人だから、少し優しくすりゃ、簡単になびいちゃうわよねえ」

「しっ。誰かが、こっちを見いますわ」

 女たちは、ナスティの視線に気づいて、それぞれの家に逃げ帰っていった。

(ジョルガーが夜盗……? お母さんを騙している……?)

 ナスティは心臓をえぐられた気分になった。

 男たちがいなくなったのを見計らい、外に出た。

「お母さんたちを探しに行く……!」

 村の外に出る。

        4

 辺りは暗くなっていた。

 砂漠の道に、白い影が見えた。

「ジョニー?」

 白い影を追いかけた。森の方向に向かって歩いて行く。

 沼地につながる森だ。

 森の中で、白い影が後ろ姿を見せている。

 ナスティが白い影に近づいた。

「幽霊……? 殺された子どもたち……? 待って、この光景は、どこかで見た記憶がある」

 ナスティは、記憶をたどった。

「姫!」

 ナスティは立ち止まった。振り返ると、ジョニーが立っている。

「ジョニー!」

 ナスティはジョニーに抱きつこうとしたが、止めた。

(ボクには許嫁がいる。こんな浮気性の男の子と抱き合うなんて、無理無理)

 理性で押しとどめた。

「えーと、姫? どうしたの?」

「お母さんたちがおかしいの。それにね、タダラスが殺されたの。それでねそれでね、ジョルガーが夜盗かもしれない」

「うーん、さっぱり分からないよ。……話を整理しよう。タダラスの死体を見たよ。タダラスは制裁されて殺されたんだ」

 ナスティは昨日の夜から今までの出来事をすべてジョニーに話した。

「つまり、君のお母さんが、船代を払うために、夜盗のジョルガーにそそのかされて、近くの住民を強盗しているっていう話?」

「うん。そうだとすれば、一刻でも早く止めさせないと。だめよ、人殺しなんて」

「どうやって止める?」

「分かんない」

「その場で決めるしかないね。お母さんたちはどこにいるの?」

「分からない」

「あのさ、姫。分からない情報が多すぎるよ」

「だって分からないんだもん」

「考えて、姫。もしも、姫が夜盗だったら、どこに行く? ……俺には姫のお母さんが夜盗をするような人には思えないけどね」

「……森に隠れる。隠れて、人を待ち伏せる」

 ナスティはジョニーから視線を外して、森を見ると、白い影が立っていた。

 白い影が、手招きをして、森に入っていった。

「ねえ、ジョニー。白い影が見えない? さっきからボクを呼んでいる」

「さあ? さっぱり見えないな」

「……どうしよう」

「追いかけよう。姫が見えたんだから、間違いない」

「こんな真っ暗闇の中の森を? お化けが出ているのに?」

 ジョニーの提案に、ナスティは凍り付いた。

 ジョニーは、どこからともなく松明を出し、着火した。周囲が明るくなる。

「姫。多分、姫が見えている白い奴は、俺たちを、どこかに連れて行きたいんだと思う」

「怖いよ。引き返したい」

「大丈夫」

 ジョニーはナスティの手を握った。

「ほうわぁぁ」

 ナスティは、顔から煙が放出した

 ナスティが手を離そうとしたが、ジョニーの手は思いのほか強くて、振り払えない。

「やっぱいい」

 口ごもった。

「どうしたの? ごにょごにょして」

「……なんでもない」

「じゃあ、行くよ……」

 ジョニーに手を引かれる。

 二人で森を進む。

「姫。白いお化けを見かけたら、教えてね」

「……見えない」

「わかった、じゃあ、沼に行ってみようか」

 次々と提案するジョニーが頼もしい。

 ナスティは安心した。安心と同時に、顔が紅潮してきた。

(いつもなら怖いはずなのに、ジョニーといると、何も怖くない)

 いつも何かにおびえて生きていた。

 ジョニーが掲げる松明の熱が、ナスティの恐怖を溶かし、ジョニーの掌から伝わってくる体温が、ナスティの傷を癒やしているようであった。

「ぽこぉ!」

 白い物体が飛び出してきた。

「ぽこちー! どこに行ってたの?」

 白いふさふさの毛に覆われた、ポコチーであった。

「ぽこぽこぉ!」

 ポコチーが必死に鳴いている。

「姫、ぽこちーは、何を訴えているの? 何か知っているかもしれないよ」

 ジョニーが、ナスティに質問をした。

「分からない。ときどき、ぽこちーの言葉が分からなくなるときがあるの。ぽこちーは、ぽこちー星からやってきたからね」

「……設定が追加されたね」

 ポコチーはナスティの周りを回った。立ち止まり、ナスティを見上げている。

「どうしたの、ぽこちー?」

「ぽこぉッ!」

 気合いとともにポコチーは、ナスティの肩に飛び乗った。

「ジョニー。ぽこちーは、ボクたちに従いていきたいみたい」

「……それは俺にも分かるけどね」

 沼に着いた。魚が跳ねる音が聞こえるが、人の気配はない。

「……いないね」

 ジョニーが呟いた。

 ナスティは、辺りを見回した。暗くて、何も見えない。

 諦めようとした瞬間、沼のほとりで、白い影が立っている。

「あ、いる」

「どこにいるの……? 俺には見えないよ」

「いいから、従いてきて!」

 今度はナスティがジョニーを引く番だ。

 白い影は、近づくにつれ、姿が見えなくなった。

 だが、物音が聞こえる。

 人間の怒鳴り声だ。

 森の向こうで、何者かが争っている。

 ジョニーとナスティは顔を見合わせた。 

「行こう!」

 ナスティとジョニーは走った。森の中で、開けた場所がある。

 開けた場所には、巨木があった。巨木の根、は二股に分かれていて、洞穴がある。

 洞穴からは、オレンジ色の光が溢れていた。

「何あれ?」

と、ナスティは洞穴を指さした。

「こんな場所に洞穴があるなんて、初めて知ったよ」

 ジョニーが驚いた。

 洞穴だけではなかった。複数の大人同士で、向かい合っていた。

「お母さん……!」

 ナスティは、ナディーンの後ろ姿が確認した。

 ジョルガー、ヤジョカーヌ、ガトスが立っていた。

 四人の前に、男たちが怯えた表情で立っている。

「漁村の人たち……?」

 ガトスが印を組み、霊骸鎧“円盤投げ(ディスカススロー)”に変身した。

 逞しい体つきの霊骸鎧で、腰巻きを身につけ、頭上には、茨の冠を身につけている。左腕には、巨大な円形の楯を装着していた。

「ガトス!」

 ナディーンが剣を振り下ろし、指示をした。

円盤投げ(ディスカススロー)”ガトスは、動きは鈍重であるものの、大楯を投げつけた。男の顔面上半分を吹き飛ばした。

 ナスティは目をそらした。

 ヤジョカーヌは霊骸鎧“脱皮キャストオフ”に変身した。束形状髪ドレッドヘアをした、女形の霊骸鎧だ。

 同僚の死を知った、男たちの一人が悲鳴を上げた。顔を強張らせ、手にした斧をめちゃくちゃに振り回す。

 斧の刃がヤジョカーヌの頭部に刺さった。

「ヤジョカーヌ!」

 ナスティが悲鳴を上げた。

 だが、ヤジョカーヌの頭部を覆う皮が、斧もろとも、脱落した。脱落した部分から、新たに頭部の皮が浮かび上がってきた。

「あの霊骸鎧は、脱皮キャストオフしているんだ……」

と、ジョニーがナスティの隣で呟いた。

 男たちは恐怖の表情で、ヤジョカーヌを刃物で刺した。だが、刺されるたびに、ヤジョカーヌは脱皮して、攻撃を受け付けない。

 ヤジョカーヌは、髪の毛を掻き上げる仕草をして、髪の毛から手裏剣を取り出して投げつけた。

 男の顔に突き刺さる。男は倒れた。

 逃げる男たちの先には、老人ジョルガーが厳しい顔つきで、立っていた。

 ジョルガーが霊骸鎧“暗黒天ダークスカイ”に変身する。

 空間に、指で円を描いた。

 円は、球体となって、闇夜よりも暗い漆黒の“暗黒物質ブラックホール”となった。

“暗黒物質”は球体で、周りを巻き込んで空間を削り取る。

「“衝撃”ジョルガーだ! 夜盗の……!」

 逃げる男が叫んだ。ジョルガーの有名ぶりに、ナスティは驚いた。

 ジョルガーは男の腕を捕まえて、“暗黒物質”に投げ入れた。

“暗黒物質”は、金属の歯車に巻き込まれたかのような音を立てて、男は身体……左胸の一部と左腕の一部に、円形の穴をつくって、絶命した。

 ナスティは、耳を押さえ、視線を逸らした。

 悲鳴が聞こえる。

 無慈悲な暴力の前に、肉体が弾け、生命が消えていく。

 ジョルガーが、死体から衣服を引き裂いた。中から、金がこぼれ落ちる。

 ガトスやヤジョカーヌも袋に金品を詰め込んでいった。

「やっぱり、お母さんたちが夜盗をやっていたんだ……」

 ナスティは唇を噛んだ。

「“回収”は後にしろ、中に突入するぞ!」

 ナディーンは、剣で、洞穴を指さした。

 洞穴には、灯りがある。

 光源がある。明るい。

 ガトスが先頭に立った。ヤジョカーヌ、ジョルガーと続き、ナディーンが最後に入る。

「まさか、お母さんたちが、夜盗だったなんて……」

 ジョルガーにそそのかされた?

 自分が信じていた母親やジョルガーの印象イメージが、崩れていく。

 優しかった人たちが、悪事に手を染めている。それが、自分の家族だったとは、衝撃が強い。

 肩に、ジョニーの手が触れる。

 振り払おうと思ったが、ナスティの心が洗われていくようで、そのままにしておいた。

 ナスティは泣いた。

 一頻ひとしきり泣いた後、ジョニーが優しく語りかけてきた。

「姫。俺も洞穴に行ってくるよ。松明があるのに、まだ気づかれていないみたいだから。……たとえお母さんでも、姫を傷つける人は許せない。子どもに内緒で強盗なんて、おかしいよ。文句の一つでも、ぶつけてやらないと、ね?」

 ジョニーが心配してくれている。

 ナスティは、身体の底から、力が湧いてきた。

「ありがとう、ジョニー。ボクも行きたい。行こう……! ジョニーを一人で行かせたくないよ」

 ナスティは、力強く返事をした。

 ジョニーと一緒に行きたい。

 生まれて初めて、自分で自分の気持ちを伝えた。

 生きていて、常に怖かった。

 何かにおびえて生きていた。

 真夜中に、洞穴の中に入るなんて、もってのほかだ。だが、ジョニーがいるので、怖くない。

(怖がっていた自分が馬鹿みたい)

 洞穴の中は、下り階段になっている。

「ぽこぉ」

 ナスティが中に入ろうとすると、ポコチーが肩から飛び降りた。

「ぽこちー。来ないの?」

 ポコチーは警戒した構えで、ナスティを見つめている。

「分かった、ぽこちー。ここでお留守番していてね」

 生暖かい風が吹いた。生臭い風に、ナスティは煽られた。

 松明がなくても、明かりがある。

「魚の死臭……?」

 ジョニーが周りを嗅いだ。

「まるで、魚の内臓に入り込んだみたい……」

 ナスティは洞穴の異常さに気づいた。

 奥から、ナディーンたちの騒ぐ声が聞こえた。

 交戦している。

 しばらくすると、騒音が収まった。

 ジョニーとナスティは階段を降りた。

「ジョニー、ここは、どんな場所なの? 何をやっているの?」

「分からない。ここには、初めて来た。俺たちの村に、こんな場所があったなんて、知らなかった。……なんだか危険な感じがするね。すぐに出るべきかも」

        5     

 階段が、終わった。

 鋼鉄製の扉が、開きっぱなしになっている。

 石畳の通路に出た。前後左右に道が分かれている。

 前方の扉が開いていて、ナディーンたちの進路だと分かる。

 十字路の上で、死体が転がっている。

 頭巾をかぶった男たちだ。

 頭巾が外れて、死に顔を晒している者もいる。

 ナスティとジョニーは、死体を見ないように、踏まないようにして進んだ。

 扉の向こうから、声が聞こえる。

「誰だ、お前らは?」

 男の声が聞こえる。いや、女の声にも聞こえる。

 ナスティとジョニーは、扉から顔を出して、中を窺った。

 そこは、見知らぬ機器が並んでいた。机の上には、泡を出す溶液の入った透明の瓶が並んでいて、見知らぬ機器と管でつながっている。

 真正面の壁には、巨大な楕円形の壺が、複数、天井からぶら下がっていた。いくつもの管が壺に入って、壺の表面には、中を覗く透明な硝子ガラスがある。

 壺の前に、頭巾をかぶった集団が、四人いた。

 ナディーンたちと、向かい合っている。

「覚悟しろ……!」

 ナディーンは、頭巾をかぶった集団に、剣を突き出した。  

「待って! お母さん!」

 ナスティは飛び出して、ナディーンの腕に組み付いた。

「姫? どうしてここに?」

「お母さん、お金なんていらないから! ボク、シグレナスに行かなくてもいいから! お嫁になれなくてもいいから! だから、夜盗なんて止めて!」

 だが、ナスティはナディーンに突き飛ばされた。

 突き飛ばされて、起き上がろうとすると、巨大な猿が、視界に飛び込んできた。

 次の瞬間、巨大な猿の腹から、剣が突き立てられていた。

 ナディーンの剣であった。

 猿は霊骸鎧だった。緑色の煙を出し、人間の姿に戻る。

「この女性ひとは……?」

 見覚えがある。マルギカの店で、マルギカに殴られていた女だ。

 ナディーンが剣を振って、血を払った。

「姫、よく聞いて。ここは、人攫いの巣窟アジトなの。ここにいる人攫いを全滅させて、村の人を守る。それが、私たちの仕事なの。……そうでしょう、マルギカさん?」

と、ナディーンが、冷ややかな声で、頭巾の一人……マルギカを挑発した。

「アジュリー家の女王陛下。人攫いとは、人聞きの悪い。私たちはね、貴女たちが想像できないほど、崇高で偉大な実験をしているのですよ」

 商人マルギカが、頭巾の隙間から、ずる賢そうな笑みを見せた。

 太った腹を揺すって、笑いながら、壁のスイッチを押した。

 マルギカたちの背後にある壁が、ずり下がった。

 倉庫の入り口になった。

 倉庫には、死体が並んでいる。人間の死体が、精肉店のように鉤で吊されていた。

 臭いの原因が分かった。

 ナスティは顔を押さえた。

「実験だと? 貴様、何者だ?」

 ナディーンが、マルギカを問い詰めた。鋭い声であったが、動揺が含まれている。

「面倒くさいお人だ。ああ、貴女のような虫けらに、分かるはずもないだろうに」

「貴様ァ、人の死体を辱めて、私を虫けら呼ばわりする気か!」

 ナディーンは、怒声をあげ、霊骸鎧“花冠騎士パヒュームドリース”に変身をした。花弁を思わせる桃色の甲冑を身にまとい、頭には花輪を巻いている。

 全身から、甘い花の薫りを出している。

「おおっと、お強そうな霊骸鎧だ。障壁バリアを張らせてもらいますよ」

 他のスイッチを押す。

 マルギカの足下から、天井に向かって青白い光が発射された。

 青白い光は、格子状の壁になった。

円盤投げ(ディスカススロー)”のガトスが、マルギカに向かって、円盤を投げつけた。 だが、円盤は障壁に跳ね返り、ガトスの手元に戻ってきた。

 格子の隙間から、マルギカが冷たい視線を送ってくる。

「この障壁は、単純な物理攻撃を通しません。ですが、隙間がございまして、隙間からの攻撃は可能なのでございますよ」

 マルギカは印を組み、霊骸鎧“茸頭バッドマッシュルーム”に変身をした。

 キノコのような頭部には、粒状の穴が無数にあった。

 粒状の穴から、白い煙を放出させた。

「胞子……?」

 ナスティは、呟いた。

 ナディーンが剣を振り回し、格子状に飛びかかった。だが、白い胞子を全身に受けると、身体を震わせ、剣を手から滑り落とした。

「お母さん!」

 ナスティの悲鳴をあげた。

 ナディーンは地面に倒れ、苦しんでいる。動きを止めたかと思うと変身が解け、生身の姿に戻った。

 ナスティはナディーンに駆け寄ろうとした。

 だが、ジョニーに腕を引っ張られ、阻止された。

「ジョニー、離して」

「駄目だ、姫。姫だけでも逃げなきゃ!」

 ジョニーは、出口に向かった。

 だが、出口も、青い障壁で封じられている。

 ジョルガー、ガトス、ヤジョカーヌと次々と倒れ、変身が解けていった。

 生身の姿で、地面にうずくまっている。

 ナスティたちの周りに、白い胞子が充満する。

 ジョニーは、ナスティの腕を引いて、逃げ回った。ジョニーはナスティを、胞子の薄い場所に追いやる。

 だが、自身は、胞子にまみれて、顔を真っ赤にして苦しみ、気を失って倒れた。

「ジョニー……! いや!」

 ナスティは、無力化したジョニーの腕を引いて叫んだ。

 ナスティの口や鼻に、胞子が入り込んでくる。

「あれ……?」

 ナスティの内側から、光が湧いてきた。

 へその奥側から、光が爆発したかのようだ。

 マルギカは、変身を解き、壺を取り出した。

「偉大なるアポストル様。ご覧ください。これほどのエーギルを持った者たちが集まりました。もうすぐで、エーギルが満杯になりましょうぞ」

 隣の頭巾に話しかける。

 頭巾が嬉しそうにうなづいた。

 マルギカが壺とナスティを見比べた。

「このガキども、二人ともエーギルが素晴らしいですぞ! これほどの持ち主を見た記憶がない。……おら、ジガージャ! 早く首を刈り取るのだ! 鎌だ、鎌! 鎌を持ってこい!」

 ジガージャが頭巾を外し、鎌を持ってきた。自分のご主人様であるマルギカに献上する。

「早くしろ、この野郎」

 マルギカが汚い言葉でののしり、ジガージャを蹴る。

 マルギカが舌なめずりをして、ジョニーに近づいた。

「いや! ジョニーに近づかないで!」

 ナスティは立ち上がりジョニーの前で両手を広げた。

「おやおや、お嬢ちゃん。わしの催眠ガスが効かなかったのかね?」

 マルギカが驚いた。

 ナスティは、自分が、光る薄い膜に覆われていると気づいた。

 たしかに、自分だけが胞子の影響を受けなかった。

「……可哀相にねえ、気を失ったままが良かったのに。このままだと、ジガージャのおじさんに、生きたまま、顔の皮を剥がされるんだよ?」

 マルギカが冷たい目つきで、笑った。

「ぐふぅ……」

 だが、マルギガは、血を口から吹き出した。

「なんだと? どうして、お前が……?」

 マルギカが死んだ。

 マルギカの背後には、ジガージャの姿があった。

 ジガージャの手元には、血まみれになった鎌があった。

「だめぇ。ジョニーを殺さないで!」

 ナスティは、倒れているジョニーの上に覆い被さった。

「君みたいな子が欲しかった、僕は。マルギカには渡さない、うふ、うふふ……」

 ジガージャは、虚ろな声を出した。

 割れた壺を思わせる頭部をした霊骸鎧“虚空ヴォイドドライバー”に変身した。頭の中身は空洞である。

 細長い指を、ナスティの前で回した。

 ナスティの視界が揺らいだ。

「君はもう一度、この日を繰り返す……。繰り返す。君を飛ばす……」

 ジガージャの声が聞こえた。霊骸鎧の口は塞がれているので、発生できないはずなのに、直接、脳に問いかけているかのようだった。

 ナスティの身体が揺れる。何かで頭を打ち叩かれたかのように、ナスティは頭に、激しい痛みを感じた。吐き気とともに、地底に吸い込まれていった。

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