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レオン・サザード

        1

 ジョニーは、口から血を吐いた。

 巨大な鋼鉄の塊……“破壊の剣(デストロイヤー)”が、霊骸鎧“鋼鉄銃士スティールバスター”の装甲を粉々にしている。

 ジョニーの左肩に食らい込み、肉や皮、骨までも巻き込んでいった。

 刃に、血液を吸い取られているかのようだ。

 全身が冷たい。

 血を失っているせいだ。

 体温が急激に下がっていく。

(それでも、相打ちまで持って行く……!)

 ジョニーは“熱線銃ヒートバスター”の引き金を引き続けた。

 炎熱の放射線が、絶え間なく“伝説レジェンド”の右肩を焼き続けている。

 だが、ジョニーの視界が、急に突然、暗くなった。

 全身の力が抜け、冷たい水の中に、沈み込む。

(霊骸鎧が活動を停止したのか? それとも、俺は死んだのか……?)

 ジョニーは水中に吸い込まれていく中、不安に駆られた。

 水中には、光が見える。

 光を感じると、身体が動き出した。

 光に向かって泳ぎ出す。光に近づくにつれ、暖かくなってきた。

 身体が力を取り戻す。

 ジョニーは裸だった。

 暖かさを感じると、身体の一部から感じる寒さが目立った。

「大丈夫か、リコちゃん」

 金色の髪が長い男……レオン・サザードが、裸で立っていた。山のように逞しい身体つきをしている。

「……貴様のせいで、痛い目にあったぞ」

 ジョニーは文句をつけた。

 戦いは終わった。相手のいたずらに巻き込まれたような気分である。

「……悪かったな。全力で戦わなきゃ、俺たちは共倒れになるからな。まあ、治してやったんだから、今回は大目に見ろや」

 レオン・サザードが、ジョニーの左肩を指さす。

 ジョニーが自分の左肩を見た。

 血が出ていないどころか、傷口が塞がっている。

「共倒れとは、なんだ? どうして俺たちが殺し合わなくてはならんのだ?」

「……リコちゃん。お前だけが生き残ったから、問題ないだろう?」

 レオン・サザードが背を向ける。おざなりにされて、ジョニーは腹が立った。

「どういう意味だ? さっきから、俺の質問に答えていないぞ?」

「答えようにも、答える気力すら残っていないんだ。燃え尽きちまったぜ……」

 レオン・サザードが、振り向きもせず、立ち去っていく。

「待て、ボルテックス……!」

 ジョニーが、相手の名前を呼ぶと、目を覚ました。

 暗い部屋……謁見の間であった。

 目の前で、生身のレオン・サザード……ライトニング・ボルテックスが膝を突いて、寝息を立てている。

 いつもの覆面はなく、長い金髪が顔を隠していた。

 左肩に、焼き焦げた丸い痕を作っていた。

「“熱線銃”……?」

 ジョニーは自分の左肩を見た。ヴェルザンディの服がはだけ、肩から胸にかけて、斬られた傷跡が残っていた。

「“破壊の剣”でやられた傷が治っている……? さっきの夢は、夢ではなかった……?」

 ジョニーは困惑した。

「“星幽界アストラルワールド”か? 一時的にとはいえ、ボルテックスの世界に、俺は入り込んでいた……?」

 自問自答していると、アドバッシュが駆け寄ってきた。

 生身に戻っている。

 ボルテックスと戦っても、目立った外傷はない。 

「“貝殻頭シェルヘッド”……! 生きてたんだか、おめえ?」

「……なんとかな」

「俺は、お前が斬られたように見えただか。だが、よくわからんだけどんも、なんか勝ったみたいで良かっただか!」

 アドバッシュが早口で喜んでいる。

 異国の友人を見て、ジョニーは、微笑んだ。本来では、敵国の人間なのに、自分の身を顧みず生命を助けてくれたのである。

「……ありがとう、アドバッシュ。助けてくれて」

 ジョニーは感謝した。素直に自分の気持ちが伝えられて、自分にとって意外だった。

「よせだか。照れるだか……。しかし、それにしても、おめえは凄えな。戦っている最中に霊力転化ドライブチェンジをするとか、これからも、どこまでも強くなっていきそうだか」

「早く帰れ、アドバッシュ。シグレナスの兵士たちが集まってくるぞ」

 ジョニーが優しく声をかける。

「帝国の黒い“貝殻頭”、いや、ジョエル・リコ。……またな。今度会うときは、敵同士かもしれんだか」

「そのときは、容赦せんぞ」

「こっちの台詞セリフだか!」

 アドバッシュとジョニーは、笑顔で、お互いの拳をぶつけ合った。

 別れの挨拶は、二人にとって、これだけで充分であった。

「お、メクス。一緒にヴェルザンディに帰るだか」

 アドバッシュが、メクスの肩に手をかけた。

「やですよぉ。私は、こっちに仕事があるんですからね、ヴェルザンディの人」

 メクスが冷たく追い払った。頬を膨らませているが、顔は赤い。

「うう、駄目だっただか……。だが、は諦めないだか。また来るだか、メクス。しくしく……」

 アドバッシュが肩を落として去って行く。シグレナスの兵士たちとすれ違ったが、哀れな後ろ姿のおかげか、特に相手にされなかった。

「……でも、ヴェルザンディに手紙を届ける用事があるかもしれませんよぉ。……ヴェルザンディの人、アドバッシュさん」

と、遠くアドバッシュの後ろ姿を見ながら、メクスが口元をほころばせていた。

 シグレナスの兵士たちが、到着した。

 反乱軍のボルテックスたちを連行していく。セレスティナとメクスは、先に護送されていった。

「おい、ビジー」

 ジョニーは、逮捕されたビジーを追いかけた。

 兵士たちは、ジョニーを注意をしなかった。すべての事情を知っている、とジョニーは直感した。

「……ボルテックス、いや、サザードとは、なんなんだ? “魔王”を倒したとか、シグレナスの皇帝がどうとか……」

「“魔王”がこの地を支配していた……それは知っているかい?」

 ビジーを戒めている手錠が痛々しかった。だが、ビジーはいつものように答えてくれる。

「ああ、そうだな。シグレナスが“魔王”を討伐して帝国を築き上げた」

「そうだね。シグレナスは、どこから来たか知っているかい?」

 ビジーの問いかけに、ジョニーは答えられなかった。歴史は得意ではない。

「元々は、“魔王城”に囚われていたお姫様が、自分の赤ん坊を“魔王”に殺されないために、川に流したんだ。あくまでも、歴史書の記述だけどね」

「その赤ん坊が、シグレナスなのだな」

「赤ん坊シグレナスは、“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”の住む里まで流され、サザード族の族長が拾ったんだ」

「……サザード、つまりシグレナスは“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”に育てられたのか」

 川に流された子どもシグレナスが、“混沌の軍勢(ケイオス・ウレス)”に拾われた様子をジョニーは想像した。

「そうだよ。馬に乗ったシグレナスは、弓を引いて、“魔王”の軍勢と戦った。その弓を“サールーンの日輪弓ボウ・オブ・サン”……サルンガと呼ばれている」

「あのサルンガなのか? ボルテックスがシグレナスの子孫だから、持ち歩いていたのだな」 

 ジョニーは思い返した。

 ボルテックスが “サールーンの日輪弓ボウ・オブ・サン”を仲間たちに見せたとき、フィクス、ダルテ、ゲインが平伏していた。

 シグレナスに仕える騎士や王族たちは、シグレナスに忠誠を誓っているのである。

「“魔王”を倒したサザードの若きリーダーは、シグレナスと名乗り、今に続く帝国を築き上げたんだ」

「ボルテックスが、シグレナスの子孫だったとは、分からなかった。……それにしても、どうして皇帝を殺す理由がある?」

 ジョニーはボルテックスの巨大な背中を盗み見した。全身からは力が抜け落ちている。燃え尽きた灰のように、力がない。

 廊下を歩き終えると、出入り口で兵士たちに阻まれた。

「ジョエル・リコ殿。本日はシグレナス城にお泊まりください。罪人たちを裁くために、闘技場に移送しなければなりません」

「ビジーが罪人だと?」

 ジョニーは腹が立った。自分にとって兄弟同然の存在を、罪人呼ばわりしたのだ。

 ビジーだけではない。

 クルト、サイクリークス、セルトガイナー、フリーダ、プリム。そして、ボルテックス。

 仲間たちの虚ろな表情が、暗い夜に照らされた。

(こいつらが、本当に皇帝を殺したのか?)

 ジョニーの瞳には、罪人には見えなかった。

「どけ。俺の仲間たちだぞ? 罪を犯すような奴らではない。……今すぐ解放しろ」

 ジョニーは、腰の“羽音崩し(ワームスレイヤー)”に手をかけた。

 兵士たちがざわめいた。

「やめな、兄貴。兄貴まで罪人にならなくてもいいよ。今夜はセレスティナを守ってあげて」

 ビジーが主人らしい振る舞いでたしめた。優しい口調だが、震えている。

 死罪。

 シグレナスで、もっとも罪が重い。

「ほら、おいらたちは大丈夫だから、早くセレスティナの所に行きなよ。おいらたちの命を無駄にしないでくれ」

 ビジーが、恐怖のあまりすすり泣きはじめた。

 ビジーたちが連れられていく。

「馬鹿な……。貴様らは、本当に皇帝を殺したのか?」

 ジョニーは立ちすくみ、動けなかった。

「ジョニーの兄貴! もしも、もしも、おいらが死んだら、おいらの書斎を調べて欲しい。渡したい贈り物がある……!」

 ビジーが声を振り絞った。

 だが、ビジーの発言を遮断するかのように、兵士たちは扉を閉めた。

 ジョニーは、なすすべなく謁見の間に戻った。

 謁見の間は、柱が倒れていて、安心できない。扉の前でジョニーは座り込んだ。

 ジョニーは眠くなった。

 ひどく疲れた。

 チェイサーと戦って、ボルテックスと戦い、一度も休んでいない。

 すぐに眠りに入った。

        2

 次の日になる。

 シグレナス城の中を、たった一人でいる。

 昨晩の戦いが嘘のように静かであった。

 ボルテックスとの戦いを夢かと思い、謁見の間を覗く。

 複数の柱が倒れ、散乱している。

「……ボルテックスとの戦いは、夢ではなかった。左肩の傷も……」

 城の外に出る。

 だが、外が、いつもとは違っていた。

 シグレナスの街は台風が一過したかのように荒れている。

 略奪や暴力の痕跡があった。

 飛び散った血痕がある。踏み潰された果物が中身を吐き出し、木のカゴは割れ、引き裂かれた衣服の残骸が捨てられていた。

 帝国の旗すら、踏み出され、破かれている。

 民衆たちは暴動に興味を亡くしている。新たな関心事に注意を向け始めていた。

(裁判所……。いや、闘技場で裁判をするのだった)

 ジョニーは目的地に向かうと、すぐに、道が混雑していた。

 人々は、列をなして、闘技場を目指していた。ボルテックスの裁判が開かれる、と市民たちが口々に呟いている。

「おい、皇帝殺しの裁判が始まるんだって?」

 中年の男が、もう一人の男に話しかける。

「ずいぶん、話が早いな。昨日鎮圧されたばっかりだろ」

「犯人があのレオン・サザードがねえ、いんや、ヤクザ者のライトニング・ボルテックスだとはねえ。初代皇帝の子孫が、ヤクザとは、落ちぶれたもんだ。情けねえ」

「レオン・サザード……ボルテックスは、皇帝と女の取り合いをしたらしいぞ」

 肩を突き飛ばし合って、下品な声で、笑っている。

 ジョニーは、男二人を殴り飛ばしたくなったが、先を急いでいる。

(レオン・サザード……ボルテックスたちの裁判は、すでに始まっている)

 シグレナスの闘技場には、人でごった返している。ボルテックスら反逆者たちの顔を見ようと、好奇心だけで集まっているのだ。

 行列は整備されておらず、怒号と悲鳴で人々は互いを押し合っている。

 人間の海の中、ジョニーは途方に暮れていた。

「勇者様!」

 人混みの中から、蜂蜜色の髪をした少年が手を振ってきた。

 奴隷のプティだ。

「ジョニー様!」

 ゆるふわの髪をしたパルファンがプティに続く。

 サラを抱きかかえたマミラがいる。

「みんな、懐かしいな」

 ジョニーは懐かしき面々を見て、自分がシグレナスに帰ってきたとようやく自覚できた。

「……これまでの事情を知っているな?」

「はい、ご主人様が逮捕された、と聞きました」

 プティは焦っていた。ビジーは主人である。主人の急な逮捕は、気が気でないのである。

「そうだ。ボルテックスたちが裁判にかけられている」

「勇者様、僕たちは前列の席を座れます。サレトスさんが手配をしてくれました。もちろん、勇者様の分もありますよ」

 プティが懐から割り札を見せてきた。

 なにか模様らしき意匠で、番号と文字が書かれている。

 覆面をかぶった霊落子スポーンのサレトスが、プティの隣に現れた。

霊落子スポーンの連携というか、水面下でのつながりは強いな)

 最前列の席は別の入り口が用意されていた。

 専用入り口には行列がなく、割り札を見せるだけで通過できた。

 石造りの通路を通る。男二人組が、壁に寄りかかり、話をしていた。

 闘技場の観客席に出ると、水を打ったかのような静けさがあった。

 誰もが裁判の進行に集中している。

 割り札に書かれた番号の席を、ジョニーはプティたちと並んで座った。

 後ろには、白い正装トーガを身に巻いた、富裕層の面々が座っている。

 どう見ても、一般庶民のジョニーたちである。迷惑げな表情で睨みつけられた。

「わわわ、僕たちは、こんな高級の席に座っていいのかしら? お金持ちでも滅多にとれない席なのに」

 プティが目を回す。

 マミラもパルファンも気にしていない。女性陣が堂々としている。

 サレトスに至っては、一番最初に座っていた。

 ジョニーたちは、観客たちの中でも、最前列である。

 裁判官とボルテックスのやりとりが分かるほどの距離だ。

 裁判官は五人いて、それぞれが椅子に座っている。

 覆面を外されたボルテックスが後ろ手に縛られ、裁判官の前に引き出されていた。

 ビジーたちは、両手を拘束され、鉄格子を載せた移送車に乗せられている。

「此度の反乱、どのような意図で行ったのか? ましてや、帝に無礼を働くとは」

 最も高齢の裁判官が質問をした。

「……気に喰わねえからだ。奴は、俺に支払わなきゃいけねえ報酬を出し渋った。だから、やってやったまでよ」

 ボルテックスはふてぶてしく答えた。清々(すがすが)しい表情をしている。

「……殺意は認めるのだな。……お前の思い込みと身勝手な理由で、陛下を手にかけた、と」

 裁判官が低い声で確認した。

「ああ。認める」

 ボルテックスは答えた。うっすらと笑みを浮かべている。

「命が惜しくないのか……?」

 観客たちがざわめいた。

「なんという愚行をやったんだ? 天下につばを吐く下劣な奴だ」

「セイシュリアか、ヴェルザンディの回し者だろう。……国を売りやがった!」

 次々とボルテックスを罵る言葉が、闘技場にあふれた。

 だが、反対意見の声が聞こえた。

「でかしたぞ、ボルテックス! 無能者をよく殺してくれた!」

 よく通る声であった。

「お前は、シグレナスの英雄だ」

と、ボルテックスを褒め称える。

 誰かが拍手をする。

 拍手は最初は、一人、二人だったが、次第しだいに増えていった。

 ボルテックスを支持する者が増えているのである。

 騒ぎの中、裁判官は裁判を続けた。

「次に、陛下の玉体おからだに手をかけた。……これも間違いないな」

「ああ、間違いない」

 ボルテックスが、すぐに肯定した。ちょっとした思い出話をしているのかのような態度である。

「誰も殺すなよ」

 ジョニーは、ボルテックスの指示を思い返した。

「馬鹿な……。あのボルテックスは金に汚く、自己保身の強い、単純なほど頭の悪い奴だが、誰かを殺すなんて、ありえない」

と、納得ができなかった。腹の底から、疑念が湧いてくる。

「共犯者は、この中にいるか?」

 裁判官が、移送車を指さした。

 ビジー、クルト、サイクリークス、セルトガイナー、フリーダ、そしてプリムまでいる。

「……殺しは、俺が一人でやった。誰も関係ねえよ」

 ボルテックスが笑った。まるで当然の話を言い聞かせるかのような口調である。

「こいつらは、シグレナス城を占拠するときに手伝わせただけだ。なにも事情を知らねえ。……だから、解放してやってくれねえか?」

と、ボルテックスが提案した。声は穏やかだった。

「おいおい、虫のいい話をしてんじゃねえぞ?」

 観客たちの中から、野次が飛んできた。

「殺せ、殺せ、皆殺しだ!」

 残酷な声が聞こえる。

 ボルテックスは涼しい顔をしている。

「クルトさん……」

 ジョニーの隣で、マミラが息を呑んだ。サラを抱く力を込めた。両目を赤く潤ませ、歯を鳴らしている。

 だが、状況が一変した。

「おいおいおい、ボルテックス様は、あの役立たずのゴミ皇帝を始末した、俺たちの救世主様だぞ? あの太っちょは、殺されて当然の豚野郎だ」

 観客が騒ぐ。ジョニーは、発言した観客を探したが、見当たらない。

「そうだそうだ。正義を執行したボルテックスが死罪だなんて、おかしいぞ?」

「これだから裁判は信用できねえんだ」

「無罪! 無罪! 殺すな!」

 観客の中から、ボルテックス無罪を唱える者がいた。

「殺すな! 殺すな!」

と、連呼が始まる。

 隣で、マミラも同調して、「殺すな! 殺すな! 誰も殺すな!」と叫んでいる。

 両目から涙を流している。

 プティもパルファンも、「殺すな! 殺すな!」と騒ぎ、手を鳴らした。

 観客の中には、暴れ出す者もいる。闘技場に燃える松明たいまつを投げ込んだ。暴動のように、観客たちが大騒ぎをしている。

 裁判官がお互いの顔を見合わせた。苦しげな表情で話をしている。

 話し合った結果、裁判官の一人が声を張り上げた。

「ここに重要参考人、ジョエル・リコを本法廷に召喚する! ジョエル・リコ、ここに来なさい!」

 どこからともなく、兵士たちが、ジョニーの両肩に現れた。

 目の前の柵が開き、ジョニーは闘技場に引き出された。

 闘技場は、静まりかえった。

「ジョエル・リコ。聞けば、そなたは、このレオン・サザード、いや、ライトニング・ボルテックスと一騎打ちをして勝利したとある。間違いないな?」

「そうだ。だから、なんだ?」

 罪人にでもなったかのような裁判官の口調に、ジョニーは気分を害した。 

「では、今回の法廷は、戦場の習わしに従う。そなたに、ライトニング・ボルテックスを生かすか殺すかの生殺与奪権を与える。この者の処分は、そなたが決めよ」

 戦場の習わし……ジョニーは“黄金爆拳ゴールデンボンバー”ストジャライズを思い返した。

「知らないのか? 敵国の武将や有名人を捕まえたときは、命令をできるんだ。命令の代わりに、身柄を解放する。戦いに勝った奴の特権ってやつだ。ま、大抵の奴なら、身代金を要求するけどな」

 ストジャライズを倒したとき、ボルテックスが発言した内容である。

 倒した相手を好きなようにできる。

「俺に、ボルテックスを死なせるかどうかを決めさせる、だと……?」

 ジョニーは、裁判官に質問をする。

「そうだ。そなたが、ボルテックスを処刑するのだ」

「馬鹿な……」

 ジョニーは目眩めまいがした。裁判官は職務放棄をして、ジョニーに責任をなすりつけたのである。

 縛られたボルテックスが、座っている。

「俺が、ボルテックスを殺す……?」

 ジョニーは世界が崩れるような感覚になった。

「殺すな! 殺すな!」

 観客たちが騒ぎ出す。手を叩き、どこからともなく打楽器を持ってきている。

 移送車から、声が聞こえる。

「リコ。あの人を殺さないでくれ。俺たちは、義兄弟だろう?」

 クルトが悲痛な声を出す。

「兄貴、お願いだ。ボルテックスを殺さないで」

 ビジーが懇願する。

「リコさん! おでたちをみすてないで!」

 セルトガイナーが泣いている。続く言葉が、言葉になっていない。

 サイクリークスは黙っていた。ただ、震えているプリムに寄り添っていた。

「おい、ジョエル・リコとやら。お前は何を躊躇ためらっているんだ? ただ、殺さない、と宣言するだけで良いんだぞ?」

 観客の一人が声を張り上げた。

 観客席を振り返ると、プティと目が合った。

「勇者様、勇者様の心に従ってください」

 プティが優しい表情でうなづく。

 パルファンとマミラは抱き合って泣いている。

「殺すな、殺すな、殺すな……!」

 仲間たちも、観客全員も、一体となって、ボルテックスの無罪を主張した。

 ジョニーは周りを見た。

 人々の声に飲み込まれ、正しい判断ができなくなっている。

(正しい判断って、なんだ!)

 ジョニーは、夢遊病者のように、立ち尽くしていた。

「……殺せ」

 だが、一人だけ、意見を異にする者がいた。

 ライトニング・ボルテックス本人であった。

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