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ジョナァスティップ・インザルギーニの物語  作者: ビジーレイク
第V部外伝「カレン・サザード」
14/170

豚鼻

        1

 カレンは、通路に立った。

 霧に覆われていた通路と構造がよく似ている。違いがあるとすれば、壁の一箇所に、梯子(はしご)が上階に向かって伸びている点だ。

 カレンは、梯子に手を掛けた。山中で迷ったときは、高い木に登る。高所に行けば、脱出経路を発見できるからだ。

 霧の通路にも梯子があって、ただ霧で隠れていただけかもしれない。

 梯子を昇りつつ、カレンは思った。

 梯子を昇り終えると、建造物の屋上だった。

 太陽の光に照らされる。

 太陽?

 見上げると、空は海だった。日を浴びた、青い海が広がっている。

 鉄柵に囲まれており、中央には得体の知れない機械がいくつか、列をなしている。

 機械の陰に隠れる。安全かどうか疑問であるが、少しでも時間を稼ぐためだ。

 休息が必要だ。

 その場に座り込み、目を閉じた。

 遠く離れているが、青白い光が見えた。カレンが先ほどいた場所であった。

 青白い光は、レミィだと感じた。

 レミィが気になった。

 自分は、レミィを置き去りにしている。レミィを思うと、胸が締めつけられるようだ。

 だが、レミィはまだ生きている。

 レミィの生存が、カレンにとっての安心材料となった。

 レミィを観測していると、位置が微妙に移動していると、気づいた。

 レミィに移動手段はない、と考えていたが、なんらかの方法で動いているのだろう。

 カレンは、目を開いた。

 疲労を覚えた。身体中が、休息が必要だと主張しているようだ。

 だが、レミィの位置とは違う場所に、騒ぎが起こった。

 カレンはまた、静かに目を閉じた。

 肉眼では見れなかったが、黄色い光が見える。光は暖かく、カレンは額で熱を感じた。

「この感覚は、……ナスティ」

 自然と口に出た。根拠はないが、分かった。

 カレンは、目を開いて、ナスティの感覚に向かって走った。柵に遮られ、建造物は終わっていた。

 空中を挟んで向こう側に、建造物があった。

 向こう側の建造物は、カレンの現在地と同じく、屋上で終わっていた。

 屋上の中心で貝殻頭(シェルヘッド)が群がり、槍や斧を振り上げていた。

 群がっていた貝殻頭たちは、金色に輝く煙と共に、一斉に吹き飛ばされた。

 金色の煙が風に混ざって消えていく。

 煙の中から、スカートをつけた霊骸鎧(オーラアーマー)が、槍を構えた姿をして現れた。

 ナスティの霊骸鎧だ。

 ナスティがスカートの裾をたくしあげて、横に払った。

 両足を強く踏みしめ、宙に飛ぶ。

 滞空中に、ナスティの全身が横回転した。くるくると回転して、スカートが浮き上がる。舞い落ちる花びらのようだと、カレンには見えた。

 ナスティが貝殻頭の背後に着地すると同時に、貝殻頭の首が横にはねていった。首と別れた胴体が、たたらを踏んで倒れる。

 着地姿勢のナスティは槍を、翼のように広げていた。槍を重機関銃(ヘヴィマシンガン)に持ち替え、掃射した。

 放つ火力で、貝殻頭を穴だらけにしていく。

「強い……!」

 カレンは息を呑んだ。たった一人で貝殻頭たちを殲滅(せんめつ)していく。

 ナスティが、寄り集まってくる貝殻頭を、一方的に虐殺している。

 貝殻頭も愚かではなかった。数の優勢を利用して、ナスティを包囲した。

 一体の貝殻頭が、ナスティの背後から斬りかかった。

 だが、ナスティはお辞儀をするかのように上体を滑らかに倒し、敵の刃をかわした。空振りをして体勢を崩した貝殻頭の胸に、槍の石突きで打った。

 貝殻頭が胸を押さえて後退する。ナスティは振り向き様に、槍で貝殻頭の首を薙払った。

「……僕が呼び出した霊骸鎧よりも強い」

 カレンは驚嘆した。

 カレンの霊骸鎧たちは、すぐに袋叩きになった。どんなに強くても、多勢に無勢であった。

 だが、ナスティは、たとえ集団に囲まれても、一角を切り崩して突破していく。

 ガルグの発言を思い返す。ナスティに対する評価だ。

「この子を連れてくるべきではなかった」

 いやいや、とんでもない。

 カレンは首を振って、空想上のガルグに反対した。

 現に、貝殻頭の首が山積みになっていっている。

 柵を握りしめ、ナスティの奮闘をただ眺めていた。

         2

 柵の下から、誰かが見ている。

 カレンは視線の持ち主を見た。

 カレンの現在地より、階下に連絡通路がある。貝殻頭の一群が連絡通路を走っている。

 カレンを追いかけてきた貝殻頭たちだった。

 何体がカレンに視線を送っている。

 だが、貝殻頭はカレンに視線を送りつつも無視し、梯子を昇って、ナスティと対峙している仲間に加勢した。

 カレンよりも、ナスティが殲滅対象として優先される、と判断したのだろう。

 叫び声が聞こえる。

「こんなザムイッシュの出来損ないに手を焼くとは、何事か! このクルト様の目の前で、情けない戦いをした奴には、相応の罰を与えてくれる!」

 どこからともなく、貝殻頭の一体が現れた。

 喋った。

 外見も、他の貝殻頭とかなり違う。

 喋る貝殻頭クルトの頭部には、本来ある貝殻はなく、豚の頭部があった。豚顔のクルトは邪悪な形状をした甲冑を身につけており、黒いマントを羽織っていた。

 普通の貝殻頭は、どちらかというと巨大な昆虫に近い印象をカレンは受けていた。

 だが、カエル顔のイーザルトルといい、豚顔のクルトといい、人語を話し、人間に近い言動をとっていた。

(貝殻頭とは、一体なんなのだろう?)

 カレンの内部で、貝殻頭の定義が崩れ去ってきている。

 ナスティは、貝殻頭の隙間をぬって、重機関銃を撃ち放った。弾丸が空中に軌跡を描いて、豚顔クルトの顔面に向かった。

 豚顔クルトは右手で顔を守った。軌道から逸れた弾丸とともに、豚顔の太い指が数本、後方に千切れ飛んだ。

 豚顔クルトが慌てふためく。

「小癪な……! あのザムイッシュめ。高速移動で戦闘しながら、俺様を精密射撃するだと? なんて味な真似を」

 手のひらの中心にできた穴を見て、唾を吐くように言った。残った太い指には、細長い爪がある。爪は赤黒く塗りつぶされていた。

 クルトは右手を握りしめた。

「できそこないのザムイッシュ。俺たちは貴様らの弱点を知っておるぞ」

 目を閉じ、鼻から息を吸い込んだ。

 息を体内に留め、ゆっくりと口から吐く。

「……長時間では戦えないことだ」

 クルトの右手から、黒い煙が立った。黒い煙は、紫色を帯びていた。煙がたち消えた後は、右手の穴は塞がり、太い指も戻っていた。

         3

 ナスティは最後の貝殻頭に止めを刺し、死骸から槍を引き抜いた。

 残ったクルトが、静かに声を放った。

「だいぶお疲れのようだな……できそこないのザムイッシュよ」

 黒いマントを広げ、風になびかせた。

 ナスティとは距離があった。ナスティは槍を低く構えた。

 豚顔は、マントをひるがえし、意気揚々と名乗りを上げた。

「俺の名前はクルト。これから我らアポストルの恐ろしさを、貴様に叩きつけて……ふぐわぁ」

 すべてを言い終わる前に、クルトは悲鳴を上げた。

 ナスティは、空中から渾身の力で、槍の穂先をクルトの豚顔に深々と叩きつけていた。

 クルトは眼球が飛び出すほど、顔の半分を潰れている。

 ナスティのハイヒールが、屋上の堅いタイルに着地する。

 地面を蹴って、後方に距離をとり、槍を重機関銃に持ち替えて、クルトの胴に向かって乱射した。

 無数の弾丸が、多数の軍勢となって、クルトの全身を揺るがせた。

 口から血のような黒い体液が吹き出た。クルト自身は、音を立てて、背後に倒れた。

 両腕を広げて、動かなくなった。口から黒い体液を滝のように流している。

 ナスティは首をひねった。

 武器を槍に変え、クルトに近づく。足取りはどこか重かった。多数の貝殻頭を虐殺したため、疲れ切っているのだろう、とカレンは推測した。

 ナスティはクルトの豚顔をハイヒールのつま先で踏みつけ、槍を目の前で一回転させた。槍の穂先が、クルトの首に向く。

 クルトの首をはねて、止めを刺す気だ。

 クルトの全身から、黒い煙が立った。

 ナスティは視界をやられ、一瞬、たじろく。

「危ない!」

 カレンは叫んだ。クルトは何かを企んでいる。

 だが、距離がありすぎて、声が届かない。

 ナスティの全身が、破裂音と共に、青い電流に包まれた。火花を散らし、ナスティが激しく揺れる。

 ナスティは足下から崩れた。

 クルトはナスティを投げ捨てるように太い指を離し、悠然と起きあがった。

 クルトの両手から、青白い火花が散っている。

 霊骸鎧は黄色い煙とともに消え、生身のナスティが残った。地面に伏して、動かない。

「俺様が何も武器をもっていないことに、疑問を抱かなかったのか? 昔から言うだろう? 武器を持たぬ奴が、一番強いとな」

 クルトは、豚鼻を鳴らした。カレンには侮蔑しているように見えた。

 クルトはナスティの肩を、つま先で軽く蹴った。ナスティは無抵抗に転がり、仰向けになった。

 クルトは目を丸くして驚いた。

「美しい……」

 クルトはその場でしゃがみ、ナスティをなめ尽くすように観察した。

 細い爪で、ナスティの衣服……襟元を切り裂いた。ナスティの胸から、光るものがこぼれた。

 クルトの豚顔が、邪悪で残忍な笑みで満たされた。

「我らが神に捧げる前に、俺様が楽しませてもらうとしよう。我らが神は寛大であられるからな……!」

 太い指で、ナスティの足首を掴み、歩き出した。

 ナスティは完全に気を失っている。抵抗もせず、ただクルトに引きずられるだけだ。

 クルトは、天を仰いで叫んだ。

「特上の獲物をいただきまして、感謝いたします。我らアポストルが神、インザルギーン!」


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