完成
1
“聖兜王”チェイサーが“神王の剣”を肩に担いで、一休みをしている。
(“時間停止”……最強の能力だ。時間を止められるのであれば、一方的に攻撃ができる。運用次第では、アイシャの“龍王”より強いだろう。変身係数がすべての点で、俺の“影の騎士”を上回っている。……戦力的には、俺の五〇〇倍は強い)
ジョニーは戦力差を見せつけられた。ヴェルザンディには、いつも霊骸鎧の性能差に泣かされている。
目の前で、鳥が、羽ばたいて舞い降りてきた。
鳩、である。
ジョニーと“聖兜王”の間に、割って入るかのように、首を動かしながら、独特の動きをしている。
ジョニーとチェイサーの試合で巻き添えになった鳥たちの羽毛が、風で舞い上がった。
(この鳩には、羽毛がない……?)
羽毛に見せかけた装甲……霊骸鎧である、
兵士たちが、霊骸鎧の鳩に向かって、雪崩れ込んできた。
「何をしている?」
アイシャが、龍の玉座から立ち上がり、兵士たちを叱り飛ばした。
「いや、違います。さっきから怪しい鳩が、我々の周りをうろついておりまして……。追いかけてきたら、こちらまで逃げ出したのです」
「君たちは、揃いも揃って、鳩ごときを追いかけ回していたのかね?」
アイシャが呆れている。
だが、霊骸鎧の鳩は、捕まらなかった。兵士の掌から抜け出し、兵士たちの頭上を跳ねて、地面に降りてきた。
ジョニーの足下に辿り着くと、煙を出す。
「この戦い、ちょっと待った~!」
煙の中から、少女が現れた。甲冑に身を包み、片手を高く上げて、ジョニーの前に歩み寄った。
「アナタが“影の騎士”ジョエル・リコさんですよね? 私は、シグレナス親衛隊騎士団の一人、“伝書鳩”のゼルキア・メクスです。ジョエル・リコさんにお手紙を持って参りました」
メクスがポーチから、手紙を取り出した。
「……そいつを取り押さえろ」
アイシャが兵士たちに命じる。メクスが大騒ぎをした。
「わあ、わあ、私は逮捕されても構いません、ですが、この密書は必ず、ジョエル・リコさんに渡してください。セレスティナさんと約束したんです」
(セレスティナだと?)
ジョニーは反応した。メクスが伸ばす手……セレスティナの手紙を奪いに兵士たちを押しのけた。
もう少しの距離で、兵士の一人に手紙を奪われた。
手紙は、兵士の手から手と受け継がれていって、最終的にはアイシャに手に渡った。
「セレスティナが、今頃、どうしてご主人様に……?」
アイシャが封を破り、中を見る。
みるみる、表情が変わっていった。驚愕の表情である。
手紙を手で隠し、命令を下す。
「緊急事態発生だ。もう試合は、終了とする……」
アイシャは落ち着いたふりで、動揺を隠せない声を出した。
だが、“聖兜王”は、首を振った。
「チェイサー。試合は終わっていない、と申すか? 僕が試合終了と思えば、そこで試合終了なのだよ? ……それとも、僕に逆らう気か?」
アイシャが眉をつり上げて、冷たく言葉を放った。
(試合終了は困る)
だが、ジョニーは手を叩いて、アイシャの注意を引いた。
「あと一つ」
と、人差し指を見せて、自分の胸を指す。
“聖兜王”チェイサーと同じ気持ちである、と示した。
アドバッシュ以下、ヴェルザンディがどよめいた。
「ご主人様も……! ちょっと待って、どうすればいいの?」
アイシャが目を閉じて、黙った。
アドバッシュが話に入り込んできた。
「やめておけだか! “貝殻頭”! おめえの霊骸鎧じゃ、絶対にチェイサーには勝てないだか! おめぇは、生身の指揮官が、一番向いている……それが、アーちゃんがおめえを買っている理由だか。実際の戦いは我らに任せれば良いだか!」
アドバッシュが大声で叫んだ。
アドバッシュの意見が正しい。ジョニーは、単体として戦わず指揮官に徹すれば、ヴェルザンディにとって有益で、効率性がある。
だが、チェイサーとの試合は、売られた喧嘩である。引き下がるわけにはいかない。
ジョニーは首を振った。
アイシャが、両腕を広げた。
「男の勝負に口を挟むほど、僕は野暮ではない。……良いだろう、戦いたまえ。二人とも悔いが残らないようにな」
と、指を鳴らして、試合の続行を認める。
兵士たちが、メクスを試合場から引き離した。
「仕切り直しだ。あと一撃を耐え切れば、“貝殻頭”の勝利とする!」
アイシャが、声高に宣言をした。
(あと一発だと? いいや、俺は勝つぞ。……勝ちを目指さなければ、意味がない)
ジョニーは霊骸鎧の中で、目を閉じた。“星幽界”に意識を合わせる。
暖かい光に包まれた。
光に意識を集中する。
光に名前を付けるとすれば、安心……。
ジョニーの心が、穏やかになっていく。
セレスティナの気配がする。
(……これは、セレスティナだ。セレスティナが、“星幽界”を通して、俺を見ている)
根拠はないが、ジョニーには分かった。
セレスティナの霊力に包み込まれているような気がしてきた。
(セレスティナ……奴が“時間停止”を発動する瞬間が分かるか?)
ここにはいないセレスティナに質問をした。我ながら、馬鹿らしいと感じた。
だが、ジョニーの身体が、少しだけ、優しく、より温かくなった気がした。
これは、セレスティナからの回答なのだ。
肯定、である。
(もし分かるなら、教えてくれ。奴の能力が発現する前に、俺の“気配を消す”能力を発現したい)
セレスティナに祈った。
アイシャの“龍王”と戦っていたとき、セレスティナの声が聞こえた。セレスティナの導き通りに行動をしたら、当代最強と呼ばれている“龍王”勝てたのである。
……勝利の方程式を再現するのある。
セレスティナの横顔が、かすかに横切った。
幻である。
だが、幻であっても、ジョニーの胸には心強さが湧き上がった。
(ありがとう、セレスティナ)
ジョニーはセレスティナの幻影に感謝した。
(俺が誰かに感謝するなんて、珍しいな……)
“星幽界”から、現実世界に戻ると、“聖兜王”が、向かってきた。“神王の剣”を振り上げている。
ジョニーは、防御行動を取ろうとしたが、動けなかった。
(金縛り……?)
空気が、氷のように凍りついている。
氷の世界では、アイシャや周りの兵士たちも凍りついている。
動けているのは、“聖兜王”だけだ。
だが、氷の世界は、長く続かなかった。一瞬だけである。
元の、血肉が通うような暖かい世界に戻った。
(そうか、金縛り状態は、“聖兜王”が止めている時間なのだな? ……しかも、止められる時間は、ほぼ一瞬……! しかも、連続で止められない)
セレスティナが、“時間停止”の秘密を教えてくれたのだ。
ジョニーは剣を構えた。
数歩先に、冷たい風が飛んできた。本来では、肉眼では見えないが、感覚として掴めたのである。
(あの風に触れると、“時間停止”が発動する……!)
ジョニーは飛んだ。
“気配を消す”能力を発動した。
(“聖兜王”。一瞬だけで良い、俺を見失ってくれ……!)
“聖兜王”の頭上で、ジョニーは祈った。
時間が止まった世界で、“聖兜王”を見下ろした。
周囲を見回している。
(完全に俺を見失ったな。俺の勝ちだ……!)
世界が動き出す。
“空中二段跳び”で宙を蹴り、落下とともに、ジョニーは手にした“羽音崩し”で、“聖兜王”の背中に浴びせ斬りをした。
ジョニーが着地する。
振り返ると、“聖兜王”の手から、“神王の剣”が、滑り落ちた。“聖兜王”は、その場にゆっくりと片膝を突いた。
「……勝負あり! 三回攻撃を受けきった、“貝殻頭”殿の勝利!」
審判役の兵士が旗をあげると、ヴェルザンディの兵士たちが歓声で沸き立った。
ジョニーは変身を解いた。
チェイサー……“聖兜王”は、驚きのあまり、変身を解けずにいる。その場に座り込んでいる。
「最後の技……空中回転斬りは、すげかったな! あれは、なんだったか?」
と、アドバッシュが駆け寄ってくる。
「“落花流水剣”だ」
「“落花流水剣”だと? ああ、おめえが木に隠れて奇襲攻撃する技か」
「そうだ。よく知っているな。“落花流水剣”を発動させるには、相手の背後に回らなければならない。これまでは壁や木が必要で、障害物のない、広い場所では使えなかった」
「使用場所が限られていて、使いづらいだかな」
「今回は、真正面から、気配を消したまま、奴の頭上を飛び越し、“空中二段跳び”で背後に回り込んだ」
「“めくり”って奴だかな。……これからは、弱点を克服した、“完璧落花流水剣”と呼ぶがよいだか!」
「……“完璧落花流水剣”か。悪くはないが、ただ単に、“落花流水剣”と呼ぶよ。これからが、もう木や壁はいらない……」
「“めくり”だか」
「“めくり”の意味が分からん。しかし、なぜ、知っている……? 初期の“落花流水剣”が、木に隠れてからの奇襲攻撃だと」
「それは……」
アドバッシュが、下を向いて、言い淀んだ。
「アドバッシュ!」
アイシャが叫んだ。天幕の前で、手招きをしている。
「ご主人様も来て……」
アイシャの命令に従って、ジョニーは、“聖兜王”チェイサーの横を通った。
変身を解いていない。まだ立てないでいる。
兵士たちは、試合の後片付けをしていて、“聖兜王”チェイサーに構う者はいない。
天幕の中にジョニーが入った。
中には、アイシャが軍机を前にして、玉座に座っていた。
アドバッシュ、デビアス、老婆ゴルゴッザ、そして兵士に捕まったメクスが、軍机を取り囲んで立っていた。
アイシャは人払いをして、重々しい態度で、口を開いた。
「……シグレナスの皇帝が死んだ」
2
天幕の内部が、驚きに包まれた。
「急だな。俺が最後に見たときは元気だったが……」
ジョニーは、帝が闘技場でセレスティナとともに、おいでになられた様子を思い返した。
「ただ死んだのではない、殺されたのだ。……殺害した者の名前は、レオン・サザード」
アイシャが声を詰まらせた。
「な、なんだって? レオン・サザードだとぅ……?」
ヴェルザンディの面々がジョニーを一斉に見た。
「俺は知らんぞ。誰だそれは?」
ジョニーの疑問には、誰も反応しない。
お互いに口々に囁いた。
サザード……どこかで聞いた響きだ。懐かしい気もするが、まったく思い出せない。
「で、我々の対応としては、どうするべきだろう? 皆の意見を聞きたい」
アイシャは玉座で足を組み、密書を団扇代わりにして、扇いでいる。「……取り急ぎ、シグレナスには、弔辞を送りましょう。本国に連絡して、善後策について、国王陛下のご命令を待つべきです」
デビアスが進言した。内容も態度も大人の対応である。
「弔辞も叔父さんの命令もいらねえだか! 今すぐシグレナスに進軍して、混乱に乗じて首都を制圧するだか」
アドバッシュが、興奮気味に叫んだ。意外と好戦的である。
(そういえば、俺が指揮官になれば、シグレナスを制圧できる、と豪語していたな。シグレナスを敵視しているのだろうか?)
二人の正反対な意見にアイシャは眉間にしわを寄せて、唸った。
「姫様は、お気持ちはどちらでもないようですじゃの」
老婆ゴルゴッザが進み出た。我が子に、自分の気持ちを表現させるかのような、優しい口調であった。
アイシャは密書を広げた。
「密書には続きがあってな。レオン・サザードは、まだ暴れている。この問題を解決するには、ジョエル・リコが必要だ。ジョエル・リコにおいては、即刻帰国するように、と書いてある」
帰国命令であった。
(……セレスティナが、俺を必要としている!)
ジョニーは世界が明るくなった気がした。ジョニーはシグレナスに戻る想像をした。
「ダメ……! 行かないで……! ご主人様は、僕と結婚する。どこにも行っちゃ駄目」
アイシャが子どもっぽい声を出す。ヴェルザンディたちが動揺した。
「……ダメだ。たとえヴェルザンディに行こうと、シグレナスとヴェルザンディは同盟関係にある。シグレナスの危機は、ヴェルザンディの危機でもある。俺がヴェルザンディの王族になったとしても、シグレナスを救いに行かねばならん」
ジョニーは無理矢理な理屈を付けた。納得するとは思わない。
「シグレナスなんて、どうでもいい! どうなろうとヴェルザンディには関係がない!」
アイシャは、玉座から立ち上がり、地団駄を踏んだ。涙を流して怒った顔を見せた。
「……俺の故郷だぞ?」
ジョニーは腹を立てた。アイシャから密書を奪おうと手を伸ばした。
アイシャがジョニーの腕をつかんで、爪を食い込ませた。アイシャの力が弱いので、押し返したら、怪我でもさせてしまう。
「夫婦喧嘩だか……」
アドバッシュが頭を抱えた。
アイシャは、絶対に行かせまいとする態度を出している。
(セレスティナ……! 俺は、セレスティナを助けたい。セレスティナ、どうにかしてくれ)
アイシャは、身体を揺すると、軍机にぶつかった。
軍机の上には、書類が山をつくっていた。
山の頂点にあったペンダントが、滑り落ち、床に跳ね上がる。
ジョニーはしゃがんで、手を伸ばそうとしたが、アイシャが先にペンダントをつかんだ。
「……セレスティナのペンダントだぞ? 返せ」
「これも渡さない……」
アイシャはジョニーから手を離し、ペンダントを自分の胸に滑り込ませた。
ジョニーはアイシャの胸元に手を掛けようとしたが、堪えた。
「絶対に行かせない……!」
アイシャが瞳を潤ませて、勝ち誇った顔を作って、強がった。
(アイシャを傷つけたくないが、それでもセレスティナに会いたい……。)
ジョニーが、アイシャの胸に手を伸ばした。
強行突破である。
アイシャは、捕食される小動物のように、身を縮めて震わせた。
だが、異変が起こった。
ペンダントが、胸元で光ったのである。アイシャの服を透かすほどの輝きを持っていた。
ペンダントから、アイシャの目の前に、映像が投射された。
アイシャは映像を眺めていた。
ジョニーには、子どもの後ろ姿が見えた。
子どもは二人、いる。
少年と少女……。
ジョニーがアイシャの後ろに回って、映像を見ようとしたが、アイシャはペンダントを閉じた。
「どうして閉じた……?」
アイシャは応えなかった。
目を閉じている。
目尻から、細い涙が、頬を伝っていた。
「分かった。もう行きたまえ。君の居場所は、ここではない」
ジョニーにペンダントと、密書を突き出した。デビアスたちは驚いた。
「早く行って……! 僕の気が変わらないうちに」
「どうしてだ……?」
ジョニーは訳も分からず、天幕の外に出る。メナスとアドバッシュが従いてきた。
「“貝殻頭”、シグレナスの国境まで送っていってやるだか」
アドバッシュが、“竜爆神”に変身した。背中に円筒を背負った霊骸鎧である。
「待て待てぃ!」
デビアスが天幕の中から出てきた。
怒りの形相だ。ゴルゴッザも従いてくる。
「先ほどまでヴェルザンディに忠誠を誓う、とほざいておきながら、簡単に掌を返すのは、あまりにも不義理である! アイシャ王女を泣かし、ヴェルザンディを裏切ったお前を、俺は生かしてはおけん」
「……忠誠を誓った覚えはない」
「それに、先ほどの試合は、攻撃を三回受けきれば勝てるというもの。チェイサーに勝てたわけではない。お前は卑怯な臆病者だ。男らしく、俺と一騎打ちをしろ!」
だが、チェイサーが、デビアスの肩を取って、首を振った。
チェイサーが変身を解いて、生身の姿に戻っていた。
「“貝殻頭”。はじえmてかちたいとおのった相手。かあらず今よりも強くなって、お前をたおうs!」
チェイサーは、倒れた。
背中から血を吹き出している。
「チェイサー!」
デビアスたちが、チェイサーに集まってくる。
ジョニーはヴェルザンディの兵士たちに背を向けた。
「アドバッシュ! さあ、俺をシグレナスにセレスティナの許に連れて行ってくれ!」
再び、“影の騎士”となった。
両腕を広げると、“竜爆神”アドバッシュが、後ろからジョニーの両脇を抱え、天高く空に飛び上がった。
ジョニーは、空を駆け抜ける。
見下ろす景色は、田園や山腹、街道と、みるみる変化していく。
(ジョニーの兄貴も、居場所が見つかると良いね)
ビジーの言葉を思い出した。
(ビジー。俺は俺の居場所を見つけたぞ。……それは、戦いだ。……これまでの俺は、売られた喧嘩を買ってきただけだった。でも、これからの戦いは、違う。これからの俺は、誰かを、仲間たちを、セレスティナを守るために戦うのだ)
と、ジョニーは、想像の中で、ビジーに返事をした。